獅子は宵闇の月にその鬣を休める

040.龍

リューンと離れていたからなのか。
あの男に抱き寄せられ、欲望のままに触れられていたからなのか。
怖かったと、泣いたリューンの涙を見たからなのか。
自分の側に置いておくと、否が応でも危険な目に合わせてしまうからなのか。
それでも、自分の側に置いておきたいからなのか。

あるいはその、全て。

アルハザードはこれまでにない欲望をリューンに感じ、その激流のままにリューンを寝台へ連れて行った。

****

アルハザードは仰向けのリューンの足を抱え、自分は膝立ちになって腰を深く引き寄せて自分を繋ぎ、ゆっくりと動かしていた。既に何度も精が吐かれ何度も達しているリューンの秘所は、どちらのものか分からない体液でかき回されて、2人の結合している箇所を濡らしている。アルハザードが身体を動かすと、その度にこぷ……と水音がいやらしく響いた。先端近くまでじっくりと引き抜くと、アルハザードのものに纏わりつくように内奥から蜜液が溢れ、強く一気に奥まで突くと行き場を失ったそれがやはり溢れる。

「リューン……。もう一度だ……」

「……ん……ぅっ……、アルっ……」

アルハザードの動きが刻むように早くなった。リューンの身体がアルハザードからもたらされる感覚に耐える。リューンが切なげな顔で手を伸ばしてきた。その手を掴み、指を絡めると、アルハザードは何度か腰を強く打ち付ける。びくびくと脈打つ彼から放たれた白い液が、引き抜いた瞬間溢れて、リューンの下腹にぱたぱたと流れ落ちた。自分の体液に汚れたリューンの身体を見下ろしながら、リューンの体勢を楽にしてやると、アルハザードは一度寝台脇に置いてある水を飲んだ。さらに口に含み、リューンの口に移す。冷たい水が流れ込んでくる感覚に、リューンの上がった息が少しずつ静まっていく。

一度貫けば、リューンの身体が誰のものにもなっていないことがはっきりと分かった。もし誰か別の男のものになっていれば、アルハザードには分かるだろう。それに大きく安堵すると同時に、リューンが自分ではない別の男に触れられた箇所を、全てかき消し、忘れさせたいという思いに駆られる。

無理をさせていることは分かっていた。だが、どうしても容赦できない。

何度抱いても足りない夜はこれまでにもあった。しかし今夜は違う。リューンの身体に全てを教え込みたかった。自分がどれほど彼女を求め、どのように彼女を愛しているかを。

「リューン……」

大分疲れたのだろう。労わるように、アルハザードはリューンの身体を拭いてやった。リューンは自分の激しい行為によく耐えている。時折喉の奥から零れるようになった小さな喘ぎ声が、アルハザードを幾度も煽り、激しい感情は止められなかった。

アルハザードは再びリューンの手首を掴む。リューンがそれに気付いて、アルハザードを見上げてきた。昼間は理知的でどこか飄々としている瞳は、寝台の上ではしっとりと濡れていて従順だ。アルハザードは、リューンの手首を掴んだまま、その身体を柔らかい寝台に沈み込ませて、首筋を舐め取るように上に圧し掛かった。

「……ん、アル……手……」

「リューン?」

「手。離して」

「重いか」

「違う」

アルハザードが掴んでいた手を離すと、リューンはアルハザードの髪に手を伸ばして指を埋める。

あまり何かを望むことのなかったリューンが、いつからか、アルハザードを望んだ。それを彼は知っているだろうか。どう言葉にしていいのかリューンには分からなくて、時折こうしてアルハザードの金色の髪を抱き寄せた。

「私も貴方に触れたい」

「……お前は……」

その言葉を聞いたアルハザードは、例えようのない感情を覚えた。何か言おうと唇が動く。だが、それは言葉にはならず、アルハザードは唐突にリューンの足を抱えると、足と足の間に自分を宛がった。

「……っん……」

戸惑うように自分を見つめるリューンを無視して、アルハザードは位置を確認するように何度か小さく入り口を小突くと、一気に奥まで突き上げた。

「っぁぁんっ……!」

アルハザードの大きさは相変わらずリューンにはきついのだ。突如、奥まで挿れた衝撃は思いのほか強く、リューンの喉の奥から声が零れる。

アルハザードは抱えていたリューンの足を自分の腰に絡ませると、片方の手で柔らかい胸の膨らみに触れた。縋りつくリューンに引き寄せられるように、首筋に唇を寄せて大きくその肌を舐める。首筋をなぞっていく大胆な舌の動きとは反対に、胸の頂を絡めるように触れる指の動きは繊細だ。繋がりあっている箇所は小突くように動き、お互いの息が荒くなっていく。身体の全てが蹂躙されていくようだ。

「あ……アル……アルハ、ザード……ぅっん……」

やがて、アルハザードはリューンの身体を包み込むように抱きしめた。リューンの細い足が巻き付いて、深くなっていく結合感。……それに誘われるように、アルハザードはリューンの膣内を激しく味わった。リューンはアルハザードの名前を呼ぶ。だが、アルハザードは我を忘れたように動いた。リューンの身体に手を回し、潰れんばかりに抱きしめた状態で抽送している。アルハザードの唇に触れた肌は全て支配するかのように吸い付かれ、甘噛みされ、舌で嬲られた。だが、それでもアルハザードは何も言わない。名前すら呼ばない。

「待っ……アルっ……お、願い、何か言っ……んっ……名前……呼んでっ……」

リューンの声に一瞬、アルハザードの動きが止まった。熱に浮かされたような群青が、リューンを見つめ、抱きしめていた手の片方を離し、リューンの頬に添える。

「龍……」

アルハザードの顔が降りてきて、今までの激しい動きが嘘のように優しく唇が重ねられた。温かな舌がリューンの口腔内を味わい、音を立てて唾液が混ざり合う。ねっとりと離れると、もう一度その唇が動いた。

「龍」

「……あ……ア、ル……?」

「龍……愛している。……龍。俺の側に居てくれ……」

アルハザードの低い、甘い声が「龍」と呼んだ。呼ばれたリューン……いや、龍は、胸が締め付けられる。あまりの心地は痛いほどだ。その余韻に浸ることを許さず、再びアルハザードがリューンの身体を抱きしめて、激しく動き始めた。何度も角度を変え、リューンの奥の全てに触れるようにかき回していく。リューンは自分の奥から、何度目かの、喉の詰まるような感覚が這い登ってくるのを感じた。思わずアルハザードを抱える手に力を込める。

「……アルハザード……も、一度、呼、ん……」

「龍。俺と、来い……っ」

リューンが達した快感に大きく震え、その動きに合わせるように、アルハザードは一度大きく突いた。先ほどの荒々しい動きとは対照的に優しくリューンの内奥を数度引っ掻き、白い精と共に自分を抜く。

アルハザードはリューンの身体を再び抱き寄せた。何度も何度も、優しく「龍」の名前を呼びながら。

****

「……ん、……アル……?」

「龍、起きたか」

「私、眠って……」

「昨晩は無理をさせたな」

朝も随分遅い時間に寝台の上で目が覚めたリューンは、自分を見下ろすアルハザードの言葉に恥ずかしそうに顔を逸らした。確かに若干腰が痛い。いや若干ではない。かなり軋む。だが昨晩はアルハザードの熱情が自分に流れ込んでくるようで、リューンはそれを受け入れた。そして出来れば、自分の思いもアルハザードに流れて欲しいと望んだ。私だって愛しているのだ、と。

「龍……」

愛しげな声で、アルハザードが囁いた。それを聞いて、リューンは戸惑うように首をかしげた。

「アルハザード……、あの……」

「なんだ」

「その、龍って……」

「嫌か」

「違う、そうじゃない」

そうではない。嫌ではない。だが、リューン……龍は、龍であることを諦めていた。自分はリューンとして生きることを望み、選んだ。自分は間違いなく、リューンだ。それに後悔など全く無い。だが……、アルハザードに「龍」と呼ばれたときは、あまりの心地よさに目が眩むようだった。その悦びは、言葉に出来なかった。

「私は、リューンとして生きているから……」

「龍と呼ばれるのは嫌か」

「違うわ……。リューンなのか、龍で居ていいのか……分からなくて混乱する」

「ならば」

アルハザードの指がリューンの頬をなぞった。

「リューンであり龍であればよかろう」

「え」

「そうだな。……それならば、お前と2人のときは『リュー』と呼ぶ」

「龍」と「リュー」。2つのよく似た響きに、きょとんとしたリューンを、アルハザードは楽しげに見下ろした。

「お前も、俺のことを『アル』と呼ぶだろう」

アルハザードはリューンの額に唇を寄せた。

「だから、俺もお前のことを『リュー』と呼ぶ。俺がリューと呼べば、それはリューンのことだ」

リューンの頬が赤く染まる。不覚にも、ときめいてしまったではないか。照れて黙り込んだリューンの耳に、アルハザードは満足気に唇を寄せて囁いた。

「リュー、……顔が赤いな」

「赤くないです」

「そうか? 明るい中で確認してやろう」

「……いやいやいやいや、大丈夫だから確認とかしなくて」

「こっちへ来い、リュー」

アルハザードはリューンを後ろから抱き寄せた。背中から腕を回し、リューンの胸の柔らかさを手に納める。自分の片方の腕にリューンの身体を乗せて、その腕をまげて胸の頂に触れた。既に硬く屹立しているそこを弾きながらリューンの顔を見下ろすと、黒い瞳が熱く疼いている。その扇情的な表情を後ろから覗き込むように見つめ、リューンの秘所に指を沿わせた。つぷ……と小さい音を立てて、濡れたそこにアルハザードの指が入っていく。ああ、あれほど貫いても、まだ自分の指を誘ってくる。

「もう濡れている……分かるか。リューの……ここに……俺のと、お前のが混ざっている」

「……ぅん……、あんまり、動かさな、いで……」

「なぜ」

「だ、って……」

「かまわん……。リュー、イクんだ」

「……やっ……」

身動ぎするリューンを動けないように、抱き寄せている腕をきつくした。リューンの身体にどう触れれば、どこが快楽に反応するか、アルハザードは知り尽くしている。中に入れた指を折り、溢れてくる蜜を探るように角度を変えて出し入れしてやると、それはリューンをやすやすと登らせた。

リューンの身体が柔らかく逸れ、達した内奥がアルハザードの指を締め付けてきた。くちゅん……と音をたてて指を抜くと、間を置かずにアルハザード自身を埋める。リューンの足を後ろから抱えて、何度か裂け目に沿わせて動かし、ぐ……と力を込めて貫いた。達したばかりのリューンの秘所は、いまだ余韻が残っている。びくびくと痙攣する膣内は、挿れただけでアルハザードの息を荒くさせた。

アルハザードは挿れたまま、リューンの身体を四つん這いにさせた。リューンの上半身を寝台に沈め、腰を上げるように持ち上げる。その身体に獣のように覆いかぶさり、リューンを囲むように手を付いて腰を動かし始めた。ゆっくりと動かしていると、リューンの喉の奥から声が零れ始める。

「……っぁふ、……ん……」

「そうだ、リュー……もっと感じろ……俺を……っ」

「あ……アル、一緒、に……」

「分かっている……っ……!」

動きが激しくなり、2人とも、急速に上り詰めていくのを感じた。アルハザードはリューンに挿れたまま、その背に自分の胸板を重ねて抱きしめる。ぐっと角度が深くなり、リューンのもっとも奥が突き上げられた。

「……ぁ……深、いっ……」

「くっ……リュー、出すぞ……っ」

「……ん……っ……!」

ぐぐ……と濃厚に突き上げられ、リューンの奥にアルハザードが吐き出された。挿れたまま、アルハザードは後ろからリューンの手に手を絡め、荒い息を隠すことなく耳を柔らかく噛んだ。

「リュー……。俺の側から離れるな、リュー」

「アルハザード……」

リューンが振り向いて口付けをせがんできた。アルハザードは唇を重ねながら、余韻を味わうように小さくリューンの中で自分を動かす。……重なる唇を僅かに緩めると、ゆっくりと名残惜しげに引き抜き、引き抜かれるときの独特の感覚に、リューンの顔が切なげで艶やかななんともいえない表情になった。その魅力的な顔を満足気に見下ろすと、アルハザードはリューンの身体を抱き直した。そうして、抱き合ったあとの、独特の気だるい時間に溺れていく。

今日は雨王宮は休みだ、だからまだ寝台に居ても誰も咎めぬ

しばらくは抱き合っても、眠りあっても構わないだろう。だが、やはり服を着ていないといけない。こうして裸で抱き合っていると……。