こんな夢を見た。
カリスト王国のリューンの部屋で、リューンと龍は二人並んで座っていた。
龍が手を伸ばしてみると、リューンの髪に触れることができる。初めて触れたそのさわり心地。さらさらと柔らかい。龍が自分と同じその黒い髪を梳いていると、リューンがその手を押さえて、にっこりと笑ってこう言った。
「ねえ、龍、覚えている?」
「何を?」
「金髪のお姫様の話」
「覚えているわ」
「憧れのお父様とお母様の話も?」
「もちろん覚えているわよ。私はあなたの言ったこと、全部覚えてる」
龍はリューンの髪を一掬いして口付ける。龍が時折、戯れに見せる騎士のような所作に、リューンの顔がくすぐったげに綻んだ。
「じゃあ、リューン・アデイル……の話は?」
「覚えているわ。『アデル』でしょう?」
「そう。よかった。私、約束はちゃんと守るわ。ねえ、龍、ありがとう」
ありがとう。
龍。私の代わりに生きてくれていて、ありがとう。
そう言って、リューンはふわりと空気に溶けた。
****
長いこと愛し合って、いつの間にかリューンは眠ってしまっていた。いつから眠ってしまっていたのか分からないが、夢でリューンが出てきたような気がする。ぼんやりと意識が浮上すると、自分の身体を抱きしめているアルハザードの体温を感じた。服を着る前に眠ってしまったから、お互い裸のままだ。今は正面にあるアルハザードの眠っている顔をそっと見てみる。
しばらくその寝顔を見つめて、よく眠っているアルハザードに満足したリューンは、寝返りを打つようにアルハザードに背を向けてゆっくりと身体を起こした。外は少し白んできた頃合だ。いつものように、置かれている水差しから水を汲んで一口喉に流し込んだ。冷気の魔法で冷えた水が喉に心地よい。ことんとコップを置くと、自分の左手の指輪が目に入った。リューンは不思議なものを見るような気分で、しばらくそれを眺める。華奢で何の装飾もない綺麗な指輪は、リューンが確かに結婚したことを実感させた。正式に皇妃となるという事実以前に、アルハザードの妻である、というそれは、日本という異世界に生まれた龍に生まれる実感だった。
不意に大きな手がリューンのまろやかな腰を抱き寄せる。
「リュー」
呼ばれて返事をする前に、リューンはくしゅんと小さくくしゃみをした。
後ろの気配ががばりと起き上がり、慌てるようにリューンの腹を抱えるとそのまま後ろに引っ張った。引っ張られるままに体重を預けると、それはアルハザードの胸に受け止められる。性急なその動きに、きょとんとリューンが見上げると、アルハザードが少し顔を顰めている。
「寒いか」
「ん、寒くない」
少しアルハザードが身体を傾けると、リューンはたちまち逞しい腕の中に包み込まれた。自分を見上げてくる黒い瞳に引き寄せられるように、アルハザードは頬に口付ける。
「眠れないか」
「……いいえ。私は貴方が居ないと眠れない」
「ああ」
知っている。アルハザードは頷いて、両腕の中に引き寄せた。味わうようにリューンの耳元に唇を寄せる。リューンはしばらくその動きに身を委ねていたが、ふと思いついたように身体を離した。
「アルハザード」
「どうした」
身を離したリューンを見つめて、アルハザードは首を傾げる。
「この指輪。……どうしたの」
「作った」
「そうじゃなくて、……その、結婚のときに指輪を交換する……って、こっちの世界では一般的じゃない、よね」
「お前の世界では一般的なのだろう」
「……いやまあそうなんだけど……何故知っていたの?」
「知りたいか」
思わせぶりなアルハザードの言葉に、リューンは少しムッとして見せた。アルハザードは楽しげにその表情を見遣り、リューンの腰を深く抱き寄せる。
「リューンに会った」
「え」
驚いたリューンが少し身動ぎをする。だが身体が離れないようにアルハザードは、しっかりと抱き込んだ。
「こうして触れることは出来なかったが。……龍の姿で会いに来た」
「……りゅ、龍の?……えーと、私の?」
「そうだな。お前のところでは、女は皆あのように足を出しているのか?」
「足出して……て、ああ、膝丈スカートでも履いてたのかな」
「こちらでは、あれは履くな」
「履いてないでしょう」
「他の男の前で足を出すな」
「出してないでしょう。って、そうじゃなくて、リューンはなんて?」
「お前を皇妃にしたいなら、『結婚してください。』と言えと」
「……え、それリューンが言ったの?」
「ああ。それから、こうだ。『龍の世界では結婚している証として、夫婦で左手の薬指に指輪をする』」
「う。うん……」
「『結婚の儀式の時に、神職者の進行で指輪をお互いに付け合い、誓いの口付けを交わして、『ここに2人の結婚が成立しました』って言ってもらう』」
「だからあの羞恥プレイか!」
「……プレイ……?……それをやってから、妻にしろ、……と言われた」
リューンめ、なんという話をアルハザードにしたんだ。
確かに、龍は、昔リューンとそういう話をしたことがある。リューンが結婚ってどんなものかしら……などと、うっとりと言うから、龍の世界での結婚の儀式を、できるだけロマンチックに教えたのだ。リューンのお気に入りは、特に指輪の交換のところだった。「お互いに指輪を付け合うの?……素敵だわ!」とかなんとか言って、かなり喜んでいた。その頃の龍にはどうにも実感できなかったけれど、だが、龍の故郷は日本という国が存在する、こことは異なる世界だ。指輪とその交換の意味するところは、はっきりとリューンの心に実感として残った。
龍とリューンの過ごした時間、思い出すいくつかの会話。それがこうして形になって、自分の元に残っていくのは感慨深かった。そして同時に、龍とリューンの人生がひとつに重なってしまっているがゆえに、あの子には、リューンには……もう会えないという事実に胸が痛んだ。自分が今リューンだから、龍の知っているリューンには会えない。不意に胸に降りたその寂しさに、リューンはアルハザードの首に抱きついた。
「リュー……?」
抱きつかれたアルハザードは、その身体を受け止めるようにリューンの背中をさする。黒髪を撫でていると、リューンが不意に顔を上げてアルハザードの唇に自分の唇を軽く重ねた。数度、柔らかに口付け合う。もう少し深くリューンを探ろうと、アルハザードが体勢を変えると、リューンが「待って」と、その動きを止めた。
「アルハザード、結婚の儀式にまだ足りないことがあるわ」
「なんだ」
「ホントはバルバロッサ卿に言ってもらいたいけど、ま、いいか」
リューンは身体を起こし、首を傾げて楽しげに笑った。リューンのその表情にアルハザードも身体を起こし、頬を優しく撫でる。リューンは頬を撫でるアルハザードの手に自分の手を重ねて言った。きちんと覚えているわけではないが、なんとなく、こういう雰囲気だったと思う。
「汝、アルハザードは、このリューンを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻のもとに、誓いますか?」
アルハザードの瞳が少し驚いたような表情になった。重なっていた手を取って、そっとリューンの指輪に口付け、ニヤリと笑う。婚姻の誓いに浮かべる笑みとは程遠い気がするけれど。
「誓う」
そういった言葉に、嘘は無かった。
「アル、私にも同じことを誓わせて欲しい」
アルハザードは、ふむ……と、少し考える。
「汝、リューンは、アルハザードを夫とし、良き時も悪き時も、無茶をせず、危険に首を突っ込まず、夫のみを想い、夫のみに愛を誓い、夫のみに添うことを、この婚姻のもとに、誓うか?」
……若干内容が改変されているような気がするが、かまわないか。リューンは小さく笑った。
「誓います」
その言葉に満足気な表情を浮かべると、アルハザードはリューンの身体を抱き寄せた。寝台に沈み込み、その身体に触れる。
リューンはその手に深く息を吐いた。嬉しくて、温かくて、ほんの少し寂しくて、ため息が零れたのだ。リューンの身体を愛でているアルハザードの背に手を回す。相変わらず2人の身体は密着していて離れがたい。
「愛してるわアルハザード……」
「俺もだ」
少し手を緩めて、アルハザードはリューンの唇に自分の舌を挿し入れた。ゆっくりとした動きだったそれは、やがて水音を伴って激しく動き始める。息が荒くなり、アルハザードの手に回されたリューンの手が何かを求めるように、さわりと動いた。心地よい体温は、触れ合っていると激しい欲情を誘う。お互いの下半身が、触れあって疼いていた。アルハザードの舌が耳を、首筋を這い、先ほど何度も何度も愛し合って自分のものにしたはずの身体を、また求める。
「……リュー……愛している。リュー……」
「私もよ」
しっとりと柔らかなリューンの肌にアルハザードの手が滑る。胸の膨らみを捏ねるように揺らすと、リューンの背がびくんと反れ、枕の上に散らばった髪が乱れた。アルハザードは自分の頬に触れるリューンの手を握り、指と指を絡めた。ゆっくりとアルハザードの舌が胸の膨らみまで下がり、その屹立した頂に触れる。リューンの息が吐かれて、握る指が強くなり、それを感じてアルハザードは、激しくそこを貪った。舌で転がし、胸の膨らみに沈めるようにそれを押し込んで弾く。舌で包み込むと、大きく舐める。それに翻弄されるように、リューンの下半身が跳ねた。誘い込むように片方の足が上がり、アルハザードはそれを手にかけると身体を起こす。
リューンが高い位置にあるアルハザードの顔に手を伸ばしてきた。その手に自分を触れさせながら、もう片方の足も抱えて、開かれたそこにアルハザードはゆっくりと自分を埋めていった。そして、ゆっくりと動き始める。膣内の全てを味わうように濃密に。やがてくちゅくちゅと水音が響いて、結合している箇所の様子を伝え始めた。アルハザードがすこし身体をずらして擦る角度を変えると、リューンの弱いところに触れるのだ。途端にびくんとリューンの身体が弾かれるように跳ねた。
その手を握ってやると、リューンもぎゅうと握り返してくるのが愛しい。少し唇を開けて息が荒くなり、乱れた様子を隠すように自分から逸らす表情も、堪えきれずに潤んだ瞳でこちらを見上げてくる顔も、アルハザードだけのものだった。リューンの胸に自分の胸を重ねるように身体を倒すと、両手で黒い髪を抱える。大きな身体がリューンの華奢な身体を包み、そのまま、ぎしぎしと激しく動き始めた。
「あ……アル、」
「……ん、リューン……」
リューンが絡みつくように全身でアルハザードにしがみついてきた。何かを求めるようにアルハザードの腰に手を回して、追いかけてきた。これ以上近づけないと思っていた2人の身体が、さらに近づき結合が深くなる。やがて、リューンが探るように腰を動かし始める。いつにないリューンからの追撃に、アルハザードは急速に自身が持っていかれるのを感じる。
「ああ……、待て、リュー、これ以上は……っ」
「ん……、ダメ、待って、まだっ……」
「……リュー……っ……、」
「も、少し……待っ、アルハザード……っ、」
お互いの身体に絡みつくようにしがみついて、リューンがアルハザードを導くように動き、そのたびに中から激しく蜜液が零れる。アルハザードを包み込む中は温かくとろけるようで、そのくせにきつく絡みつき、さすがのアルハザードもそろそろ限界だ。「……っあぁ……」やがて、リューンの小さな声が聞こえた。同時にアルハザードは、自分がこれまでにないほどリューンの奥に捕らわれ、吸い付かれたように感じた。
「……くっ……リュ……、もう……っ」
「……あ、ああ……そこ、に……、私もっ……」
リューンが艶やかな声を零す。びくびくと逸らした背中とひくつく内膜がリューンの絶頂をアルハザードに伝え、彼自身も動かせないほど吸い付いてくるリューンの奥に自分を放った。あまりの快楽に2人は繋がったまま動けなかった。しばらくの間、お互いの汗ばんでしっとりとした肌のぬくもりを堪能する。
アルハザードは名残惜しく、リューンの身体から自分を引き抜いた。肩で息をするリューンを抱き寄せ、自分も息を整えるようにその柔らかさに触れる。そうしていると、リューンが不意に口を開いた。少し気だるげな、だがしっかりとした口調だ。
「アル、前に『俺を殺してくれるな』って言ったのを覚えている?」
「ああ」
「私も」
リューンが身体を回してアルハザードの肩に擦り寄った。
「私も、同じ、だから」
アルハザードがもぞりと動いて、身体を離し、リューンを見下ろす。
「だから、離れないで」
リューンのその言葉は、アルハザードの胸を疼かせる。離すはずがない。離せるはずがない。
「ああ……。リュー。約束しよう」
アルハザードはゆっくりとリューンの首筋に自分の顔を埋めた。甘く低い声が、耳元で、リューンの名前と愛の言葉を優しくそっと囁いている。いつからだろうか、アルハザードがそうすると、リューンはその頭を抱き寄せるのだ。そして、濃い金色の髪に指を埋め額に口付ける。
それは、帝国の頂点たる獅子王が、唯一、その鬣を休める宵闇の月なのだ。
※「こんな夢を見た」という言葉は、夏目漱石の『夢十夜』より。