帝国の男たち

獅子王の決着

リューンは溜息を付きそうになる顔を引き締めた。瞳を少し細めて、きょとんとした顔を作る。

「側室……?」

「ええ、ええ。突然このようなお話をいたしまして、驚くのも無理からぬこととは思います。しかし、皇妃陛下ほどのご立派な出自の方であれば我らの進言もきっと聞き入れて下さると思い、こうしてお話をするのでございますことをご理解いただきたい。……それと申しますのも、皇帝陛下と皇妃陛下の仲の睦まじさは宮廷の者達も皆聞き及んでいることではありますが、皇妃陛下におかれましてもご公務がお忙しく、かの皇帝陛下のお相手を常に務められるというのは、陛下の高貴なるご身分から考えましても無理を為さっているのではないかと、心配しておる者も多いのでございます」

「……なるほど」

目の前には、本日最後の面会希望者である貴族が居た。貴族は、「なるほど」と言ったリューンの言葉を、納得した……と受け取ったのか、いささか前のめりになりながら、瞳を輝かせて迫った。

自分の話に夢中になっているのだろう。控えることを許されている近衛や、家令のラズリと侍女のアルマの冷ややかな視線には気付いていない。

貴族は尚一層、言い募った。

「皇帝陛下が後宮を解散なさったのは、まこと皇妃陛下のみご寵愛するという御心の表れではございましょうが、皇妃陛下のみにお世継ぎのご期待とご負担を課せられるという点に付きまして、懸念の声が上がっているのも確かなのでございます」

リューンは何のことだろう……という風な顔で首を傾げてみせる。

「つきましては、……皇帝陛下にご側室を……と進言なされてはいかがかと思いまして」

「わたくしから……でございますか?」

「皇妃陛下からご進言なさったご側室であれば、もしお子を賜りましても何の心配もございませんでしょうし、皇妃陛下が推薦なすった娘であれば皇帝陛下も興を示されるやもしれませぬ」

リューンは静かに瞑目した。

****

陽王宮に設えているリューンの自室で、アルハザードが隣に座るリューンの黒髪を指に絡ませ遊んでいる。

ここ数日、様々な案件が重なり、昼も夜もアルハザードは満足に自由な時間が取れていなかった。ようやくそれらが片付き、午後の早い時間に執務が全て終わったのだ。陽王宮に戻り、まずは家令のラズリに何か変わったことは無かったかと問う。そこで、リューンとリューンに面会を求めたという貴族の話を報告されたのである。アルハザードは獅子の瞳を物騒に細めると、着替えもそこそこにリューンの自室へとやって来た。

「側室を持てと進言してきたそうだな」

アルハザードの手は優しいが、声は極めて不機嫌だ。不機嫌の矛先はもちろん、リューンではない。ただ「ああ。そんなのも居たっけねー……」などとリューンが誤魔化すと、アルハザードは手遊びをやめてリューンの細い顎に触れた。

「ラズリより報告があった」

「……」

「お前は何と?」

「ラズリから聞いているんでしょう?」

「ああ」

もちろん聞いている。

リューンは興味のあるような無いような表情で、目の前の貴族に「年頃の娘さんが?」などと聞き取る。なんでもリューンよりまだ若い妙齢の娘さんがいるらしく、もし自分のところの娘が気に食わなくとも、別の女性にも心当たりが……と延々話が続いた。

一通りどこそこの貴族の娘さんが年頃だ……という話を聞いてから、リューンは静かに微笑み、「しかし、かの陛下のお心を私如きが変えることはできません……。それほどまでに陛下と……ひいては、帝国のことを思ってくださるならば、直接ご進言くださいませ。帝国に名高い諸侯の言葉であれば、きっとお聞き入れくださいますでしょう」と言ったのだ。

無論、アルハザードに直接「側室を持て」などと進言できる程の気骨のある者であるはずがない。進言出来るならば、リューンを通したりはしないだろう。貴族はひとしきり、「いやいや皇妃陛下から」と幾度も繰り返していたが、のらりくらりと交わすリューンが、アルハザードに大人しく従うだけの小娘に見えたのか……あるいは喰えぬ女と思ったのか……、あからさまにがっかりした様子で退室していった。その様子や言い分に、追い詰める必要もないだろうとリューンは判断した。

だが、心の中で何も思わないわけではない。

「俺が側室を持つなどと、馬鹿げたことだ。そう思わないか、リュー」

俯いてしまったリューンを、アルハザードが静かに抱き寄せて自分の二の腕に凭れさせた。大きな獅子の手にリューンの華奢な手が遠慮がちに重なる。アルハザードは重ねてきた手を見下ろすと、壊れ物のようにその手をそっと握った。

「どうして私に聞くのよ」

「お前から聞きたいからに決まっている」

アルハザードが寄り添ったリューンの腰を今度は強く引き寄せる。バランスを崩して、リューンの身体がアルハザードに倒れこみ、大きな手で支えられる形になった。アルハザードは自分の胸に倒れこんだリューンの顔をこちらに向けさせると、貪るように唇を重ね合わせる。思わぬ格好になっていて、支えが無いとそのまま崩れそうで抵抗が出来ない。唇を離すと、アルハザードはリューンの足と腰に両手をかけ、自分の膝の上に乗せた。

「ちょっと!」

「なんだ」

「いや。なんだ、じゃなくて。重いでしょ、下ろして」

「重いわけがないだろう」

アルハザードは自分の膝の上に乗っているリューンの身体を、ぬいぐるみか何かのように抱き寄せた。大きな掌でひとしきり撫で、身体全体でその柔らかさと体温を感じていたが、やがて低い声色で問い詰める。

「……で」

「で?」

「俺が、側室を持っても平気なのか、お前は」

「……」

リューンはそれほど自分にうぬぼれているわけではない。それに、自分が皇妃でアルハザードが皇帝である限り側室を持つな、などということは言えない。……が、日本人の極当たり前の概念から言っても、そして自分が女で……アルハザードが愛する男で、精神的にも自分の夫である……という自覚がはっきりとある今、そんなのは嫌だった。当たり前ではないか。だが、自分にはそれを言う権利があるのだろうか。

「どうなんだ?」

アルハザードは抱き寄せたリューンの耳の上に口付けた。大分長くなった髪を払いのけ、見えた首筋に舌を這わせてそこを濡らす。

なんて意地悪なことを言うんだろう。自分という存在がいるにも関わらず、アルハザードが他の女性にこんなことをするなんて、……そんなのは耐えられない。自分はこんなに独占欲が強かっただろうか。リューンはアルハザードの唇から逃れるように身動ぎをした。

「嫌」

「リュー?」

アルハザードが驚いたような顔になった。嫌がられたのを怪訝に思ったのだろう。だが、リューンは体勢を変えると今度はアルハザードの肩に手を宛てて、逞しい身体に自分の頬を寄せた。思わず、アルハザードの手がリューンの背を滑り、もう一度しっかりと抱き直す。

「アルハザードが他の女性に、こんなことをするのは嫌。……私にそんなこと言う権利は無いと分かっているけれど」

「ああ」

アルハザードはリューンの顔を上げさせると、その唇をぺろりと舐めた。他の女に注ぐ情など無い。それがあるならば、さらにリューンに注ぐだろう。

「お前にしか、それを言う権利は無い。安心しろ、お前以外にこんなことをしたいとは思わん」

リューンの気持ちなどとうに分かっていた。リューンとてアルハザードの心の内を分かっていて、なお、自分達の立場を慮っているのだろう。だが今は2人きりなのだ。ただの男と女で構わないではないか。リューンの口から彼女の嫉妬を窺い知るような台詞を聞きたいと思っても、罰は当たらないだろう。

「機嫌を損ねたか?」

「損ねてない」

損ねているな。

少し拗ねたように顔を背けたリューンを見て、ならば機嫌は取らなければと……アルハザードは小さく笑った。リューンの頭を抱えて引き寄せる。当然のように、再び重なり合う唇は、今度は遠慮が無く深かった。リューンの手が、支えるものを求めるように、ぎゅ……とアルハザードの服を掴んできた。その手に自分の首を抱えさせる。

「俺にお前以外の女は不要だ。分かっているだろう」

「……アルっ、ちょっと……」

少しだけ唇を離し、甘い声で囁くように言うと、アルハザードはリューンの身体に手を這わせた。ゆっくりと布越しにリューンの身体に触れていく。細い腰から胸にかけての曲線を楽しみ、やがて柔らかな膨らみをその手に収めると、握りこむように掌を動かし始めた。

「……んっ……待って、人、が……」

「来ないというのに」

「で、も、」

「俺が部屋から出てくるまで、誰も入れるなと言ってある。……リュー、こっちを向くんだ」

アルハザードはリューンの脇に手を入れると、少し浮かせて自分に向かい合わせに座らせる。

「ああ、そうだ。足をこちらへやれ」

「って、アル……」

ここ数日、まともにリューンの肌に触れていないのだ。公務で2人揃うことがあってもそこに私的な時間はあまり無かったし、何かの嫌がらせのように忙しくてアルハザードが寝室に戻る時間は大抵遅い。寝ているリューンを腕に抱いて眠りに着くのも心地よいものではあるが、それだけではやはり物足りない。

リューンはアルハザードに足を持ち上げられ、いつのまにか膝を跨がせるように座らされていた。アルハザードは満足気に、リューンのブラウスのタイに指をかけてそれを解き、ボタンを上から外していく。リューンはその手を慌てて止めさせ、抗議の表情を浮かべた。

「何やってるのよ」

「見て分からないか?」

「見て分かるから聞いてるのよ」

「まあ、待て」

アルハザードは邪魔するリューンの手を後ろ手にさせると、片方の手でそれを拘束した。アルハザードの手は男の中でも大きい。リューンの細い腕2本を拘束するなど、造作も無い。アルハザードはもう片方の手で、リューンのブラウスのボタンを半分ほどまで外し、鎖骨に顔を埋めた。ぬるりと何かが触れる感覚に、リューンの身体がピクンと跳ねる。

「……んっ……も、う、アル……っ」

リューンの抗議とも喘ぎともつかない声がアルハザードを煽り立てた。リューンの首筋をアルハザードの舌が這い、そのままソファの上に押し倒される。柔らかなクッションにリューンの背を預けさせて、半分開いた肌に舌が這い降りていく。アルハザードは下着を少しずらしながら舌を侵入させて、胸の先端に触れた。

リューンの両手に電気が走ったようにビクリと震えるのが、それを押さえるアルハザードの手に伝わり、思わず笑みが零れる。アルハザードはいつまでもしつこく、その箇所を舐めながらリューンの拘束を外した。両手でブラウスをさらに広げ、下着の紐を引くと、ふるりとリューンの胸に空気が触れる。露になったそこを、今度は遠慮なく口に含んだ。アルハザードの熱い口の中でリューンの片方の胸は弄ばれている。もう片方の胸は、筋張ったアルハザードの指がざわりと触れた。リューンの徐々に荒くなっていく息がアルハザードの金髪に掛かる。それでも、解放された両手はアルハザードを押しやろうとしているが、その程度の力で身体が離れるはずも無い。アルハザードの舌の動きは激しくなる。濡れたそれがとろけるほどに柔らかな胸に沈み込み、音を立てて吸い付いては揺らす。

「やだ、……アルハザード、や……っ……」

「ダメだ。止めぬ」

アルハザードの身体の一部は、既に硬く熱くなっていて、それはリューンの腰の辺りで当然のように主張していた。アルハザードは胸から唇と手を離すと、リューンの背に腕を入れて身体を起こさせる。自分の服の襟元も緩めて再び膝の上にリューンを座らせると、スカートの中に手を入れて下着の紐を解いた。すっかり乱れた服と上がった吐息が艶かしい。今夜は幾程味わっても足りないかもしれない。

「アル、ちょっと、待って、こ、ここで?」

「床で、というわけにはいくまい」

「そうじゃなくて、……ぁ……」

アルハザードが少し膝を開くと、リューンの足も広がってしまう。その隙間を利用して、アルハザードはリューンの秘所に指で触れた。舐めるように一掬いしただけだが、それで十分分かるほど、そこは濡れている。溢れるほど濡れているぞ……と、その様子を詳細に伝えてやると、リューンの顔が羞恥に染まっていく。そうした表情を楽しみながら、アルハザードは指を沈めた。細かく動かしていると、抱き合って密着したリューンの身体が快楽に震え始めるのが分かる。僅かに聞こえるようになった小さなリューンの声も、確かにアルハザードを煽りたてるが、初めて抱いた夜から変わらぬ悦は、反応する身体が肌を通して伝わる心地だ。それらはアルハザードをいつも堪らない気持ちにさせる。

本当に、どれほど抱けば足りるのだろう。沈めた指を抜く瞬間ですら、アルハザードを楽しませる。

アルハザードはガチャリとベルトを外すと、ズボンを少しずらし、既に充分すぎるほど屹立している自分を取り出した。アルハザードがわざとそこを動かすと、下腹に触れるその意味を知ったリューンの小さな唇から、荒い息が零れる。

「あ……アル……」

「来るんだ、リュー……」

「ん……、で、も、」

「来い」

アルハザードはリューンの太腿を抱えて、その身体を持ち上げてやった。急に不安定になった体勢に、リューンが思わずアルハザードの肩に手を回す。アルハザードは、リューンの裂け目に沿わせるように腰を少し動かして、濡れたそこに宛がう。リューンはこれから始まることを思ってか、潤み、既に熱情で蕩けたような瞳でアルハザードを見つめ返した。

その瞳を覗き込んで、アルハザードがニヤリと笑う。

「そんな顔で見るから、止められなくなるのだろう」

「じゃあ見ないで」

アルハザードの言葉にリューンが頬を赤く染め、潤んだ瞳で顔を逸らした。アルハザードはその華奢な顎を無理矢理追いかけ、唇の端をぺろりと舐めて囁く。

「またそのような理屈を……。お前が見せているのだ」

「違う……」

「何が違うのだ」

「アルがそんなこと言うから……」

「ほう。何を?」

「ん……」

言葉遊びを楽しみながら、アルハザードはゆっくりとリューンの身体を自分へと下ろしていった。それほど長い時間は掛けず、リューンの奥まで入っていく。自分を徐々に埋めていくときのリューンの表情を、アルハザードはじっくりと眺める。しっとりとした黒い瞳は、羞恥と期待が混在していて、もっと混乱させてやりたいと意地悪く思うのだ。

「こうしておれば、動けまい」

「アル、なんで……」

「……どうした」

「な、んで……そんな意地悪、言うの……っ」

アルハザードが腰を強く一度動かした。それに合わせて、リューンの身体が大きく揺れた。アルハザードは思わず、自分の目の前にあるリューンの首筋に口付ける。強く吸いたくなる自分を抑え、痕にならぬよう慎重に食んでいった。時折唇を離して、リューンに甘い声を傾ける。

「……お前が逃げようとするからだろう?」

「逃げてない……っ……んんっ……」

「リュー、また中が締まって……ああ……」

リューンが少し力を入れたのだろう。途端に中がきつく締まり、アルハザードの低い声もまた、感じる快楽に甘く解けた。誘われるように、両手で支えているリューンの腰をゆっくりと動かし始める。結合している箇所が動かされ、奥をじっくりと突く度に中からとろりと液が溢れてくるのをアルハザードは感じた。粘着質な水音と、微かにソファが軋む音、そして、2人の荒い息が響いて、互いの身体の内が心地よさにじわじわと疼く。

「アルハザード……んっ……」

リューンが、両手でアルハザードの顔を包み込み唇を重ねた。時々見せるリューンからの積極的な行為は、いつも僅かだが躊躇がある。それがアルハザードにはたまらなく可愛かった。アルハザードは重なった唇を離さないように、リューンの舌に己の舌を絡める。リューンの両手がアルハザードの首に回り、さらに口付けが深くなっていき、その間も、2人が繋がっている部分は互いを求めてゆっくりと……だが奥を確かめるように動いていた。

いつまで続いたか。時折小さく角度を変えながら、飽きることの無いゆっくりとした抽送がもどかしく、リューンがアルハザードの背中に手を回してさらに身体を押し付けてきた。その動きに唇が離れ、アルハザードが愛しげにリューンの表情を見遣る。顔が解放されたリューンは表情を隠すようにアルハザードの首筋に頬寄せて、先を求めるように腰を動かす。

「……く……、リュー……誘っているのか……?」

「や……ちが……」

「違わな、い」

「あ、アル……も……」

「そうだな……っ」

アルハザードももう我慢が出来なかった。リューンの腰を強く掴んだまま、激しく動かし始める。

「う……ん……」

「リュー……もっと奥へ……」

やがて、リューンの舌の動きが止まり、抱く腕が強くなった。アルハザードはさらに抽送を深くする。唇を離し、荒々しい息でリューンを呼んだ。

「構わん、……そのまま。リュー……俺も……」

「……っは、ん…………っ」

リューンの腰が達した感覚に小刻みに動き、繋がっている箇所がアルハザードを締め上げた。それに誘われるように猛りがリューンの中でびくびくと脈動して、じわりと熱くなる。リューンの中に吐き出した余韻を味わうようにその中を数度小突いていると、リューンがアルハザードの顔を、ぎゅうと抱きしめた。調えるように息を吐いている。アルハザードもひくつく中を感じながら、しがみついてくるリューンの頬から耳元に掛けて唇を滑らせた。

「……ア、ル」

「ん……ああ……どうした……」

リューンの身体に残る心地よい熱を味わっていたアルハザードは、感に堪えぬといった風にその背をゆっくりと撫でている。

「仕事……、じゃなかったの」

「今日予定の執務は全部終えた」

「え」

「今日は早く終わらせると、朝言っておいただろう」

話しながらも、言葉の端々でアルハザードは腕の中のリューンの髪や頬に、荒い息遣いと共に口付けを落としていた。その口付けが落ちてくるたびに小さな音が響いて、肌を咥えるように唇が動く。

「じゃあ、別にここじゃなくても」

「ほう、寝台の方がよかったか?」

「いや、そういう意味じゃなくて、」

「そういう意味以外に、どういう意味があるのだ。……ああ、リュー……!」

「え、……ぁっ……!」

まだ2人は繋がったままだ。リューンが軽く身動ぎすると、たちまちリューンの中でアルハザードの熱量が高くなる。再び余裕を奪われた獅子王は、愛しい妃の頬を指で撫でた。

「まだ、誘うのか、リュー……。困った姫君だな」

「違うのっ……あ、や、アルっ……動かさな、い、でっ……」

「安心しろ。すぐに終わらせて、寝台に連れて行ってやろう」

達したばかりのリューンの中は、少し動かすとたちまち吸い付くようにアルハザードを誘い始めた。動かすなという方が無理ではないか。アルハザードは、ソファにリューンの身体を押し倒した。リューンの足を腕に抱えて身体全体を抱き、最初から激しくリューンを突き上げていく。先ほど味わったばかりだからだろう。2人の身体を襲う高鳴りは常に無い程熱い。それにしても、陽王宮の……特に、リューンの自室のソファはもう少しサイズを大きくするべきだな。だが、今日は致し方ない、寝台に連れて行こう。陽の高い時間だが、部下とて心得たものだ。少しばかりなら構うまい。

アルハザードは、リューンの声を零さぬように、その唇を塞いだ。

****

夕食まではまだ少し時間があり、リューンはアルハザードに身を任せて眠っている。

激しい情交の後に、次を求めずその身体をゆっくりと抱き寄せていると、独特の気だるさに負けてうとうとするのがリューンの常だ。アルハザードは、幾度激しく抱いても応えるいじらしい身体を愛でるのも、自分の腕に安心したようにまどろみの中に入っていくリューンを見るのも、どちらも好きだった。

飽き足りないリューンの身体を寝台の中で腕に抱きながら、アルハザードは今日訪ねてきたという貴族の言動について考えていた。側室を持てなどと、自分に進言してくる人間は居ない。その進言が自分の身を滅ぼし、獅子の怒りを買うことを知っているからだ。だからこそ、自分よりは懐柔しやすい皇妃のリューンに頼むのだろう。いまだ、リューンを御しやすい小娘と考えている貴族は多く、元一国の女王で公爵という身分があるだけに、浅ましくも自分達と同種の人間のはずだと考える者達もいる。リューンを知るものであれば、御しやすいなど馬鹿げたことだと笑うだろうが。

後宮を失くしたとなれば当然出てくるであろう後継者の問題は、もちろん、争いの火種は極力失くすように動かすつもりではあった。だが、もし万が一の事が起きた場合は、どのような手立てを取っても争いや駆け引きは行われるだろうし、幾ら多くの跡継ぎを抱えようともそれは変わらないのだ。結局は、その争いや駆け引きを切り抜ける運と強さを持った者が帝国の頂点に立つだろう。自分のように。

煩い貴族どもの口を封じる方法はある。

もちろん方法として、それがすぐに功を奏するか……というのは、分からない。
だが、確信はあった。

アルハザードは腕の中で眠る、自分の妃を見つめる。

死んだ母の思い出は無く、父は皇帝であり父ではなかった。

ただ、見聞きするのは枢機卿夫妻の睦まじさや、部下達の様子のみ。それは義務でしかないと思っていた。だからこそ諦めていた、遠い存在だ。愚かな女から生まれた愚かな子を愛せぬ、だから作らない……などというのは、それこそ愚かな言い訳だ。皇帝の自分にそれが許されるはずが無い。それでも、義務としての皇妃をいつまでも娶らず子供を作らなかったのは、愛する女と、その女との子を得たいという、1人の男としての望みがあったからだろう。

そして、自分はリューンという女を見出してしまった。
それでも、まだ、迷いがあった。

凶暴な身の内を自覚する獅子と呼ばれる男が、それを願ってもいいのかと葛藤する。妻を愛し、子を愛し、義務としてではなく、願いとしてそれを望んでよいのか。そして、皇帝以外の存在に、……父という存在に自分はなれるのか。だが、それを望む相手はリューンを置いて他にはおらず、相手がリューンであるからこそ望まずには居られない。そして、皇帝たる自分に選択肢は無いのだ。

思い悩むなど獅子らしからぬことだ。

「リュー……。愛しているのだ、お前も……お前と共にある時間も。……構わぬか」

……自分が、それを望んでも。

うとうとと眠っているリューンから言葉は無かったが、擦り寄ってきた心地よい温もりが全ての答えだ。アルハザードは腕の中の華奢な身体に、小さく口付けを落とす。そうして、誰にも言ったことの無い葛藤に自ら決着をつけた。