正義の味方

002.光の戦士との邂逅

二つの正義がぶつかり合い、闇の力を抑え込む光の技が煌めいた。激しい音と、そして静寂。

怪人の必殺技の中から生還した彼は、まばゆい光の中から姿を顕す。そのまばゆい光は、戦いの中、彼が放った技だった。二つの必殺技がぶつかり合い、勝ったのは光の力。

彼は勝利を背に戦いの場から離れ、喜びとは真逆のため息を吐いた。

あの怪人どもが……その長である帝王が求めるものとは一体何なのか。この戦いは、何をもって終わりとなるのか。終わりのない終わりを求め、この戦いのいく先はどこにあるのか。

「く……」

戦いのダメージだったのであろうか。勝利したはずの男は、己の腹を押さえ、ガクリと膝をついた。

****

「つまんないわ」

「左様でございますか」

「何よ、それだけ?」

「何かなさりたいことがございますか?」

そう問い返されて、宮部陽菜みやべはるなはムッと頬を膨らませた。まだ幼さが残るものの、周囲の目を引く美少女は、いかにも上流階級の人間が乗っているであろう大きな国産車の後部座席にちょこんと座り、つまらなさそうに外に視線をやる。

一緒に乗っているのは陽菜の家に昔から仕えている老使用人で八嶋やしまという。八嶋は幼い頃から陽菜のことをよく知っているだけに、他の使用人と違って何もかも甘やかしてくれるというわけではない。しかも今は両親が仕事で不在の分、陽菜が勝手をしないよう、あるいは陽菜がより過ごしやすくいられるように、常に目を配っているのだ。

だからこそ、陽菜は思う存分わがままを言うことができる。自分のような子供が両親のいないところで自由でいるのは逆に不自由だし、手綱を繰る大人がいるのはいいことだ。陽菜は賢しい12歳で、それを十分理解していた。

だが、つまらないものはつまらないし、何か面白いことはないかなと思うのは12歳だから致し方がないではないか。陽菜は八嶋からの質問にどんなわがままで答えようかと思案した。

外は子供が出歩くには少し遅い時間だったが、もちろんこんな時間に車に乗っているのには理由があった。

両親が仕事で日本を発つことになった、その見送りに「来なくてもいい」と言われたところを、無理やり「行く」と言ったのだ。二人が家を留守にすることは珍しいことではないし、むしろきちんと揃っている方が少ない。特に夜の便で出発する時は玄関までの見送りになるのだが、今日は夜の空港が見たくて駄々をこねた。

結局は帰りが遅くなるのを心配する両親に諭されて、見送りもそこそこに帰路に着いたのだ。

ぼんやりと外を眺めていると、視界の端に街の街灯やすれ違う車のランプがキラキラと反射する。わざと目を細くしてそんなキラキラをぼやかしながらやり過ごしていると、そのうち住宅街へと入ってしまった。

「コンビニに行きたい」

「コンビニですか? 何か欲しいものがあるのであれば、コンビニになど寄らなくても私が買ってきます」

「今コンビニの焼き鳥が食べたいの」

この時間に焼き鳥ですか、と怒られたりはしなかった。車はいつもより少し道を逸れて、コンビニに立ち寄ってくれた。

時々、本当に時々ではあるが、陽菜のこうしたわがままに八嶋は付き合ってくれる。父と母が一緒にいるときはコンビニの食べ物が食べたい、だなんてことは絶対に言わないし言えないのだが、両親がいない時で、なおかつ陽菜が八嶋と一緒に外出した時であれば、こんなわがままも聞いてくれる。例えば、ハンバーガーを食べたいとか、ファミレスに行きたいとか。

一目で分かる身なりのいい老紳士と12歳ほどの美少女が、突然夜のコンビニにやってきて店員が仰け反っていたが、陽菜は上機嫌で店内を物色した。

シーチキンマヨのおにぎりと、オムライスのおにぎり、それから梅おかかのおにぎり。コンビニ限定のクリームたっぷりシュークリームを3つにイチゴ牛乳1つとお茶を2つ、八嶋の持つ買い物かごにそれらを入れてレジに向かい、肉まんとおでんと唐揚げの類が並ぶレジ周辺をじっくりと吟味して、最終的に焼き鳥串を3つ買った。レジで「焼き鳥串を3つ」と命じて、陽菜は上機嫌だ。

さて、今思えば。

この時間のこのわがままがあって、八嶋がこの時陽菜のわがままを聞いてくれて、寄り道をしたから、あの出会いがあったのだと言えるだろう。

たくさんの食料を買い込んで、陽菜は乗せた車は帰路に着いた。陽菜の住む邸宅がある閑静な高級住宅街と、駅近くのアパートやコンビニなどが並ぶ住宅街、その二つの間にある少し大きな公園の前に差し掛かった時だ。

車の乗り入れることのできない歩行者用の小径が、公園の中を横切るようにまっすぐ伸びている。そこをちらりと覗いた時、繁みに頭をつっこむようにして誰かが倒れているのが見えた。時間はかなり遅い時間で、陽菜の車がある側は今の時間、通行人が多いわけではない。

そこに人が倒れている。

窓の外を眺めていた陽菜には、一瞬風景に違和感があったのが分かった。夜も遅く暗い道に、その倒れた人間はなぜかキラキラとした粉のようなものを纏っていて、非常によく目立ったのだ。

「ちょっと、停めて」

「陽菜お嬢様?」

「八嶋、停めて。人が倒れてる」

お嬢様のお戯れであれば停めてはくれなかったのだろうが、「人が倒れている」となると不穏な空気だ。私が見てきますのでお嬢様はこちらでお待ちを……と車を出た八嶋に、無理やりくっついて陽菜は外に飛び出した。

「お嬢様、お待ちなさい、これ!」

するりと八嶋の脇をすり抜けて、陽菜は駆けて行った。別段無謀なことをしたつもりはない。周囲は見通しが良かったし、倒れている人のところまではすぐだ。さすがに12歳の元気な少女をすぐに捕まえることはできず、後ろから慌てて八嶋が走って追いかけてくる。

八嶋が追いつく前に、陽菜は倒れている人のところにたどり着いた。

キラキラした粉塵が舞っていて、灯りがそれほどないのにも関わらず倒れている人の造形がはっきりと分かる。どうやら男のようで、顔が横向きにこちらを向いていた。

まるでファンタジー映画に出てくる王子様か何かのような、キラキラしい巻き毛の金髪と整った顔。そしてゴムっぽい素材のよくわからない衣装と、安物のカーテンのようなマントっぽいものを背中に背負っていた。

「やだ、めっちゃかっこいい。でもダサい」

「これは……」

まず解説しておくと、ダサい、しかしかっこいい。というのは陽菜の感想であり、次が八嶋のため息である。そこに倒れているのは明らかに怪しいコスプレ外国人だった。なんのコスプレかは分からないが、おそらくコスプレだった。しかもかなり安っぽいコスプレだった。造形的には、こう、ソロタイプのヒーローが戦う時の格好のヘルメット無し、みたいなやつである。そしてなぜか、キラキラ粉塵を未だにしつこく、纏っている。そうとうダサい服装ではあったが、顔はちょっとびっくりするほどのイケメンだった。ダサさとイケメンぶりの融合に脳内が混乱するほどである。

「ねえ、八嶋これ人間?」

「見た目は人間に見えますが……」

まあ、人間でないものが存在するなどという予想、普通は出来ない。まずは冷静で妥当な判定を下して、八嶋は陽菜をくるりとよそに向かせた。こんなものを大切なお嬢様の視界に入れてはいけないと思ったのである。

「後で八嶋が警察を呼んでおきます。さ、陽菜お嬢様は帰りますよ」

「ちょっ、ちょっと……」

「う……」

ちょっと待ってといい切る前に、男が苦しげにうめき声をあげた。しめた! そう思って、陽菜が慌てて振り向き、八嶋の手を振り切って男の顔を覗き込む。

「ね、ねえ、ちょっと大丈夫?」

「お…」

「お?」

死にそうなのであろうか。

今際の際の言葉なのであろうか。

陽菜は八嶋が止めるのも聞かず、男の言葉をよく聞き取ろうと耳を近づけた。

「おなか」

「お腹?」

「おな……か、すい」

「お腹すい?」

がくりと力が抜けそうな男の肩を、陽菜がガッシリと掴む。

「ねえ!? なんなの!? お腹すいってなんなの?」

男の上半身を起こしてぶんぶんと振ると、男がヒイとおかしな声をあげた。

「おな、お腹」

「お腹?」

「お腹、すいた……」

グ、キュルルルル……と、男の腹から奇怪な音が響き、再び地面に伏した。

****

結論から言うと、陽菜が寄り道してコンビニで購入した焼き鳥串もおにぎりもシュークリームも全てこの男が平らげた。

車の中で焼き鳥串の匂いを嗅ぎつけた男は、再びあの奇怪な音を腹から響かせながら目を覚ましたのである。お腹から音が鳴るほど腹を空かせたイケメンを見るのは珍しい。陽菜はコンビニで購入した焼き鳥串を男に与えた。

そうして、警察に任せるか救急車に乗せようと言った八嶋を止めて、陽菜は男を邸宅に連れて帰ったのだ。八嶋は知らない人間をと渋ったが、困っている人を見捨てられないでしょうとの論調で強く言って、無理やり連れてきた。こんなおかしな格好をしている人を警察に突き出したら犯罪者扱いされるだろうし、病院に行っても見てもらえるか分からない。うちはお金持ちなのだから保護したっていいじゃない、という、子供っぽい理由も上乗せした。

それに何より愉快そうではないか。

両親がいないからこそ勝手は出来ないと諭されたが、寂しそうな顔をしてみせると、八嶋は最後にはため息を吐く。勝負は陽菜の勝ちだ。

さて、コンビニの焼き鳥串3本だけでは飽き足らず、宮部家の応接室で引き続きおにぎり3種とシュークリーム3つを平らげ、夢中で平らげてしまったことへの罪悪感からしょんぼりと肩を落としている、謎のゴム素材鎧を着た男は、ちょっと見たことのないような完璧な童顔美青年だった。

単に染めただけでは手に入りようのない綺麗な金髪は、緩やかな巻き毛で少し短い。悩ましげな瞳はよく晴れた澄み渡った空の色だ。ちなみにキラキラの金粉は収まっていた。

名前を問うと、男はキラキラマンと名乗った。

「キラキラマンです」

「は?」

「キラキラマンです」

「それは無いよ。だっさ」

「えっ!?」

キラキラマンは「ダサい」と言われて心底驚いた顔をした。なぜ心底驚くのか。ダサさゆえにわざとキラキラマンと言う名前にしたとしか思えないネーミングセンスだというのに。

しかし、キラキラマンが反論しようとする言葉を遮って、コホンと八嶋が咳払いした。

「そんなことはどうでもよろしい。警察を呼ばれたくなければ、何者なのかを本当の名を名乗りなさい」