正義の味方

003.美しき日常

「僕はライエ。惑星エルデュルスの王子です」

その名乗りからしてすでに常軌を逸していたが、彼の言を信用すると、キラキラマンの名はライエといった。

ライエは光の惑星エルデュルスより「宇宙の至宝」を守護するために地球へとやってきた王族であり戦士だ。ライエによると、「宇宙の至宝」を我が物にするため、この地球は闇の惑星ヴァルキュイウルスに狙われているのだという。

宇宙の至宝……一体どういうものを指すのかは不明なのだが、この広大な宇宙で唯一青く光り輝く地球そのもののことなのではないかという説もある。地球は未だ自らの力では他の惑星に到達することも叶わぬ文化レベルの低い星だったが、美しい恒星と衛星の位置関係から、奇跡的なほど鮮やかな青い姿をしている。この地球の美しさは田舎の美しさ、とでも言うのだろうか。他の惑星からも別荘地として密かに人気なのである。

話がそれたが、そういう「未だ未開の美しい楽園」という奇跡が地球であり、まさに宇宙の至宝と呼ぶにふさわしい。

「キラキラ・マン、っていうのは、地球の日本で言うところの、光り輝く男、という意味でしょう?」

つまり光り輝くキラキラマンが、名前の由来である。

完全に違うとも言い切れない。そもそも「光り輝く男」という二つ名を自分で名乗ってしまうあたり、それもどうかと思う。しかしライエのキラキラしい完璧な造形の驚愕顔を見ていると、さすがの陽菜も強気な反論は出来なかった。だが反論したところで、ライエが納得するかどうかは不明だ。

「で、そのヴァルなんとかっていうのは具体的に何をしているの?」

「ヴァルキュイウルスだよ。あいつらは怪人を派遣して、地球を調査しているみたいなんだ。だから僕は、そうした怪人に好き勝手させないように探し出して、懲らしめるのが仕事さ」

爽やか、かつ、強気な笑顔で言い切った。

こういう爽やか、かつ、強気な笑顔まで含めて、陽菜はテレビで見たことがある。つまり特撮ヒーローものだ。それも何人組とかのではなくて、ソロで戦うタイプのやつ。

ちなみに今、ライエは普通の白いシャツにジーパンという若者っぽい格好をしている。八嶋と陽菜が少し目を離した時に、いつの間にかゴム素材の鎧とマントは消え、普通の格好になっていたのだ。

なるほど。つまり。

「あ、だから変身できるのね?」

「変身?」

「倒れてた時はマントと変な鎧着てたじゃない」

「変なって、ひどいよ! あれは、僕の唯一の……財産なんだよ!? 宇宙塵に激突しても破壊されない強度とどんなに成長してもフィットする柔軟性に優れた鎧なんだから!」

「へ、へえ」

しかも、変身ではないという。変身トランスフォームではなく、コスチュームの変化チェンジ、らしいのだが、どちらも同じではないかと思った疑問は口には出さなかった。

ライエの言動も、一瞬にして服が変化する現象も、すべてが不可解だ。

とても現実的な話ではない。

しかし現実にライエは目の前に存在して、陽菜が買ってきたコンビニのおにぎりや焼き鳥を平らげた。惑星エルデュルスの戦士だというのだからいわゆる宇宙人だと思うのだが、不可解だが実在する現象と相まって、信じるしかない。つまり、ライエは宇宙人なのだと。

さて、宇宙人であり地球……「宇宙の至宝」を闇の惑星ヴァルキュイウルスから守る戦士は立派ではあるが、その活躍を地球で知る者はあるのだろうか。

この長い長いライエの身の上話の最後に陽菜がそんな疑問をぶつけると、代わりに八嶋が老紳士特有の慇懃さで、かつ有無を言わさぬ厳しい口調でこう断言した。

「なるほど、つまり無職というわけですな」

何しろライエは地球で使える通貨というものを1円も所持しておらず、彼の戦士としての働きはこの地球では1円にもならないからである。

****

「はい、イチゴ味のアイス一つね」

それから1ヶ月後。ライエは公園でアイスクリームやクレープなど、軽食を販売する店の店員のアルバイトに従事していた。無職をよしとしない八嶋が紹介した仕事である。バイトをしない時間や日は、八嶋を手伝って車の清掃や庭の世話、八嶋の奥方を手伝って買い物の荷物持ちや雑用に従事することにより、陽菜の屋敷に使用人として置いてもらうという雇用形態である。

「無職なんだったら、うちで雇ってあげるわよ」

ふふん。……と、いかにも良いことを思いついた……とでもいうような顔で笑って、ライエを家に置こうと言い出したのはお嬢様のわがままであったが、家無し銭無しの怪しい自称宇宙人を警察に突き出すのもどうしたものかと八嶋が判断をあぐねていたのもまた事実である。故にこのような雇用となった。

ライエは最初「なぜエルデュルスの戦士である自分がバイトに従事しなければならないのか」と断ろうとしていたが、八嶋から、戦士などという職業は戦いのない日本では無職と同義である、というような話を厳しく説教され、すっかり萎びてしまったようだ。

そんなわけで、陽菜は学校などの子供特有の予定をこなした後は、公園に遊びに来てはライエからアイスクリームを買っているのだった。

「今日は僕のおごりだよ」

「えっ?」

「お給料がね、出たんだよ、この間!」

そんな風に朗らかにライエが笑う。ちなみにライエは完璧な美青年であるがゆえに女性客がひっきりなしにやってくるかと思われたが、さほどひっきりなしということもなかった。美青年すぎて逆に一周してしまったらしく、やってくるお客さんはごく普通のテンションだ。

ライエは先日バイトの給料が出たのだという。八嶋の奥方のご厚意によって銀行に口座を開いてもらったのだが、そこに初めて、アイスクリーム屋のバイト代と屋敷での八嶋の手伝い分の時給が振り込まれたのだという。給与というものを生まれ始めてもらったライエは、すこぶる喜んで陽菜に自慢した。

惑星エルデュルスでは王子であったというライエは、戦士としての修行が言ってみれば仕事であり、そのことについて何の疑問も持っていなかった。衣食住に困ったことはなかったが、いざという時には闇の惑星ヴァルキュイウルスから皆を守って命を捨てる覚悟は常に持っており、それが自身の生活の糧につながっているのだと全く疑問に思っていなかった。ただしやっていることは、戦士としての訓練だったが。

そうした戦士としての働きが全く通用しないこの地球という地で、最初は挫折に苛まれたものだ。己の存在価値である「戦士」というステータスを真っ向から否定され、無一文であるということを思い知らされた。しかし、もとより朗らかで素直な性格である。労働の喜びを知り、己が稼いだ金銭で焼き鳥串を買うことのなんという幸福なことであろうかと、毎日が楽しくて仕方がないという様子だった。

しかしそれが僅かに陽菜には悔しい。

ライエが来た頃は、ライエの世間知らずな様子を自分のことも棚に上げてからかっていたものだったが、今ではすっかり逆転してしまっている。案外勤勉なライエのことを八嶋の奥方が褒めたりするのだから余計だ。

「ほら、どうしたの? 陽菜イチゴ味好きだったでしょ?」

イチゴのアイスを綺麗に丸く盛り付けたコーンを、カウンター越しに陽菜に渡す。拾ってあげたときは無一文の世間知らずだったくせに、今はこんな風に陽菜にお給料でイチゴのアイスをおごってくれるだなんて。

「アイス、いらない」

「え?」

「私もう帰る!」

「あっ、陽菜、待って、僕もうお店の時間終わるから」

「いい!」

一緒に帰るというライエの声を後ろに聞きながら、陽菜は走り出した。いつもなら八嶋を迎えに寄越しているが、その電話をしていないのを思い出す。しまった、と思った時にはもう遅くて、電話取り出そうと立ち止まざるを得なかった。

「陽菜!」

ライエがお店のワゴンを飛び出して追いかけてきたらしく、隣に並んで肩に手を置いた。まるで子供に言い聞かせるみたいに優しく、根気のよい様子でしゃがみこむ。

「今ね、八嶋さんに電話したからお店で一緒に待とう? お店片付けるまで待ってて」

ライエはイチゴのアイスを食べなかったことも咎めずに、ニコニコと笑っている。決して悪気はないのだろうけれど、それが逆に自分が子供のわがままを発動しているようでイライラしてしまう。何よ、ついこの間まで変な名前の無一文だったくせに! ……しかし、どっちみち八嶋の車が来なければ家に帰れないし、ここで一人で待つのはそれはそれで心細く、陽菜は頷いてしまった。

頷いた陽菜を見てあまりに嬉しそうにライエが笑うものだから、いつもの強気なわがままも弱くなってしまう。

「さっきのイチゴのアイスは?」

「持ち帰り用にしておいたよ。食べる?」

「……食べる」

結局、イチゴのアイスを食べながら、八嶋の迎えが来るまでの間、ライエが他のスタッフと一緒に店を片付ける様子を見ることになった。

****

地球を闇の惑星ヴァルキュイウルスが狙っていると分かった時、惑星間の交流を含め、こちらの存在をアピールし、警告をするとともに協力体制を敷いてはどうかという意見ももちろんあった。しかし結局は却下された。地球の危機を知らせるべき機関が存在しなかったからだ。

ライエの生まれた惑星や、それらと付き合いのある他の惑星と比べると、この地球という星は実に小さく、小さいくせに全くまとまりがない。陽菜のいる日本という国は平和だが、平和ではない国もたくさんあり、未開の場所も多い。総合的には発展途上で、そして驚くべきことに言語や文化に至るまで統一性が無いため、他の惑星との交流はまだ無理だろうというのが上層部の判断だ。

しかしこの地に実際に降り立ち、しばらくの間暮らしてみると分かったことがある。

この地球という惑星は美しい。宇宙の暗闇に浮かぶ地球の美しさは、他の惑星ではなかなか見られないものだ。そして特にこの日本という地の多様性と何よりも食事の美味さ。これは非常に素晴らしく、もしかしたらこれが「宇宙の至宝」なのかもしれない。最初に陽菜からもらったあの焼き鳥串は最高に美味だが、これと同じクオリティの味がほとんど500mおきに設置されているコンビニという店で売られているのが信じられない。

このように、未開の地ではあるが、なぜかとても居心地がいい。

エルデュルスで王族として過ごしていた頃、ライエはもちろんかなり裕福な暮らしをしていた。日々の糧に困ることはなく、エルデュルス星人としての光の力を磨き、学び、毎日の鍛錬と戦闘のシミュレーションを欠かさず行うのが仕事と言うほどの生活だった。それに疑問を抱いたことはなく、王族とはいざという時のために民草を守るのだから当然だとさえ思っていた。

しかしこの日本には戦いがない。

最初こそ、おそらく同時に送り込まれたのだろうヴァルキュイウルスの怪人と二度戦ったが、それ以降は怪人との戦いはない。いや、怪人との戦いだけではない。もちろん日々起こる犯罪はニュースというもので知ることができるが、この日本に(宇宙規模で)「平和ではない」時間はほとんどない。一歩宇宙に出れば、互いをけん制し合い、時に惑星ごと破壊し、滅ぼさんとするほどの規模の戦いもそこかしこであるというのに、そんな争いとは無縁なのだ。

それゆえ、自分の無能さが身にしみる。

自分は戦うことしか知らない。しかし、戦うことしか知らない自分は、戦いがなければ無職なのだ。そして、民が本当に必要なのは戦いの無い暮らしなのである。

だが、エルデュルスの王族であるというのに、ライエはそうした「戦いの無い国」を想像したこともなかった。本来なら、民のためにそうした星を作るのが務めであるはずなのに。

気づかせてくれたのは陽菜との暮らしだった。

この地球に降り立ち怪人を探し出して戦い、衣食住など考えてなかったことに気がつき、空腹で倒れてしまった夜、拾ってくれたのは陽菜だ。日本では随分と裕福な……自分のような王族にも引けを取らない生活を送っている陽菜は、ライエの命の恩人だ。

父と母があまり家におらず、常に自分のわがままを押し通してきたのだろう。自分を家に置くと言い出したのも陽菜で、それを通すことが自分にできると知っているしたたかさを持っていた。

そんなわがままに見えがちの少女だったが、わがままさゆえの性格の悪さはあまりなく、困ったところはあるけれども、基本的にとても賢くいい子であることをライエは知っている。ライエが一番最初に陽菜にご馳走してもらった、コンビニというところで買った焼き鳥串やおにぎり、それにデザートは、それぞれ3人分あったと記憶している。あれは自分の分だけじゃない、八嶋夫妻の分だ。それを指摘して謝罪すると、「別に一人で食べたらつまんないし!」となぜか怒ってそっぽを向かれたけれど。

陽菜と、そして八嶋夫妻との、そうした生活がとても楽しかった。