不滅の戦い

009.宇宙の至宝

惑星ヴァルキュイウルス。

広い宇宙にあって黒き闇の惑星と言われている星だ。あらゆる星を侵略によって手に入れ、支配し、搾取することで豊かさを維持している。

そして、その闇の惑星ヴァルキュイウルスに唯一敵対できると言われているのが、惑星エルデュルス。ヴァルキュイウルスによる闇の侵攻を食い止めるために、狙われた星へと戦士を派遣している。

……それが表向きの理由だ。

「しかし実際は違う。我がヴァルキュイウルスは別段、他の惑星を侵略したこともなければ、搾取したような覚えもないぞ」

「どういうこと?」

「そもそもそんなことをする必要がない。我が惑星は他の惑星が無くとも潤沢だからな」

そう。

惑星ヴァルキュイウルスはその資本力は宇宙でも随一と言われている。つまりは、宇宙一お金持ちな惑星なのだ。その資本力ゆえに、貧しい惑星から援助を求められることも多い。そうした援助を求められた時、ヴァルキュイウルスはその惑星が援助に見合うものを持っていると認めれば、惜しみなく支援をするという。その支援によって貧しさを脱却して成功した星は多く、そのためヴァルキュイウルスによって発展した惑星は、ほとんどが並々ならぬ恩義を感じている。

ヴァルキュイウルスは、資本援助により成功した惑星からは、投資した資本に応じて定期的に利益を摂取している。むろんその利益は星々の自立を妨げぬ程度のもので、また、地球で言うところの金銭ばかりではない。利をあげらなければ経営相談にも乗り、人的資材が派遣されることもあるそうだ。

「なにそれ、めっちゃ理想的なお金周りじゃん」

「うむ。それゆえ、ヴァルキュイウルスには宇宙からあらゆる才能を持った者どもが集まってくる」

非常に良い流れができているのだそうだ。

「それがなぜエル……エルデュルスと敵対しているの?」

陽菜の邸宅に招かれた関係者たちは、1ヶ月前にライエとウォルフが消えてしまったことについて、いったい何が起こったのかを詳しく話し合うことになった。そこで浮かび上がる惑星ヴァルキュイウルスの真実と、それに対する陽菜の素朴な疑問に、今度はライエがぐったりと肩を落とした。ウォルフが言葉を続ける。

はるかな昔。

ヴァルキュイウルスも古い惑星ではあるが、そのヴァルキュイウルスがまだ新星であった頃にまでさかのぼるほどのはるかな昔。最初の投資先として資金援助を話を持ちかけたのが、エルデュルスだったそうだ。

エルデュルス星人達が持つ光に満ち溢れたパワーと、それによって生み出される土壌活性化の技に投資したいと持ちかけたのはヴァルキュイウルスの方だったという。しかし、エルデュルスはプライドの高い惑星でもあった。光に満ちた惑星が、闇の惑星と手を取り合うなど到底考えられなかったのだ。

それゆえ、エルデュルスはヴァルキュイウルスの手を突っぱねた。

むろん、エルデュルスに投資できなかったからといってヴァルキュイウルスにダメージがあるわけではない。ただ、その後ヴァルキュイウルスは美しく発展した。

当時、エルデュルスのような惑星は多くあったようだ。ヴァルキュイウルスもまた、慈善的な惑星ではない。投資によって利が見込める礼儀正しい惑星であればどんなに貧しくとも支援を惜しまないが、逆に言えば、それらが無い、向上心の無い無礼な惑星に対しては、当然のことながら一切協力しない。支援を望むも、ヴァルキュイウルスに断られる惑星もまた、支援を受ける惑星以上にあった。

それらの惑星のうち、理不尽な恨みをヴァルキュイウルスに向けるものもあったようだ。エルデュルスはそのような惑星に対して援助を行ってきた。その行為は無謀ではあったが、それなりに効果のあったものらしい。エルデュルス人の持つ光のパワーはそれほど大きかったのだ。そして力を得たエルデュルスは、ヴァルキュイウルスと敵対する構図を作り上げた。

しかし、そうした根本的な原因は長く続く宇宙の歴史、宇宙感の中で消え失せてしまった。

ただ敵対する惑星……という関係性のみがそこに残る。

それでも長きにわたる(一方的な)戦いは何百年もの間膠着状態にあり、(一方的に)エルデュルスを疲労させた。互いの惑星には形式的なスパイが置かれるのみとなったが、そのような膠着状態にあったある日、今代の帝王アクノテイオーン自らが「宇宙の至宝」を求めて「地球」へ赴く、という情報がエルデュルスに伝わってきたのだ。

帝王自らがヴァルキュイウルスを出るという。

ヴァルキュイウルス打倒のまたとない機会だ。

「いや、そんな簡単に帝王やっつけられないでしょ」

「そのとおりだ」

ウォルフが自信満々に腕を組み頷く。その突発的な計画は、誰が見ても無謀としか思えないものだ。しかし、こうした機会を逃せば、ヴァルキュイウルスに敵対するというアイデンティティを持っていたエルデュルスも示しがつかない。長い長い宇宙史に積年したプライドを守るためだけに派遣される戦士。選ばれたのが、キラキラマンだったのだ。

エルデュルスの38番目の王子である。

「さ、さんじゅうはちばんめ!?」

陽菜がドン引き、ライエの落ち込む肩がさらに落ち込む。察しのいい優月には大体どういうことか分かった。宇宙の惑星と地球でいうところの国、同じとは限らないけれど、さんじゅうはちばんめ……となると……。

「それって王位継承権も……」

「あるにはあるが、38番目……正確には45番目だな。そしてエルデュルスは代々健康的に寿命を全うするものが多く子にも恵まれるため、大体第1番目の王位継承者が王位に就く」

つまり38番だか45番だかの王位継承権などないのと同じである。

「ええと、王族っていうのは基本なんの仕事をしているの?」

「政治の要職に就くものも多いが、それがなければ無職だな」

おお……なんということでしょう……。

38番目ともなるとあてがわれる要職も無く、ただなんとなく剣の技、戦いの技を身につけて、ヒーローとして他の惑星に派遣されるだけしか道がなくなる。

そういうわけで、アクノテイオーンを倒すために地球に派遣されるというのはただの名目。運良く打倒できればよし。出来なくても何十人といる王族の一人がいなくなるだけ、というわけだ。つまり王族の使い捨てである。

それを聞いた陽菜はひどく憤慨した。

「そんな……ひどい!!」

しかしウォルフによって一蹴される。

「ひどいというが、小娘。ただ王族というだけで無職であることに危機も感じず、ぼんやりと生きておる者どもにも責任はあると思うがな」

正論です。

「で、でもライエは……」

それでもなおライエをかばおうとする陽菜の言葉を遮って、アクノテイオーンは付け加えた。

「ただし、そこの第38王子はどうやら違ったようだ。計算の素早さと土壌浄化の光属性力、下々の仕事でも厭わず勤勉に引き受ける柔軟性、そして身体能力のバランスを見て、単なる末端王族とは異なる……と余は判断した」

「僕が、最後に使った技。あれは母星へ強制帰還する技だったんだけど……」

頭を抱えたライエがポツリとつぶやいた。その言葉に、話を聞いていた優月が眉根を寄せる。

「まさか、……ウォルフ、ライエくんと一緒にライエくんの星に行っちゃったの?」

「無駄な手続きを踏むより手っ取り早かろう」

ニヤリと笑ってウォルフが頷く。

完膚なきにまで叩きのめされ、どんな技もウォルフには効かない。力の差を見せつけられたライエは、この地球からウォルフを「消す」ために、最後の手段を使わざるを得なかった。元は帰還するための技だが、それをウォルフに対して使ったのだ。

今まで全く惑星間交流の無かった、むしろ敵対していたエルデュルスの中枢部へ帝王自らが乗り込んできた。当然エルデュルスは大騒ぎになったのだが、アクノテイオーン自身の座標を捉えた惑星ヴァルキュイウルスの軍がエルデュルスを取り囲み、今後一切地球、ひいては惑星ヴァルキュイウルスとその事業に接触せぬよう取引をしたのだという。

敵対する惑星に帝王が一人で乗り込むなど、危険極まりない。しかもそんなに簡単に取引成立するものなのかと思ったが、すでにライエの知らぬ様々な根回しがされていたのだそうだ。そうした様々な根回しの末、ライエ……エルデュルスの王族が、惑星に強制帰還できる必殺技を知っていたウォルフは、その発動を狙っていた……というわけだ。

ウォルフの強引な行動と、彼から聞かされた実際の歴史とその真実、一気にひっくり返ってしまった事態に、ライエは己の無力を思い知らされた。ライエは惑星エルデュルスからももはや不要な王族として生かさず殺さずに放逐され、半ば呆然としていた。しかし、ライエの実力を見込んだウォルフが、亡命する覚悟があるなら地球上でアクノテイオーン……ウォルフが起業している会社を手伝わないか、と持ちかけたのだという。

んん……?

「ウォルフ、起業してるって……」

「言っていなかったか? 余はこの日本に、太陽系外惑星出身の各種星人が地球で活躍できるような法人を立ち上げている」

それを聞いた優月が唖然とした。

「全然知らなかったわよ!? あなた帝王でしょう!?」

「帝王は引退した」

「はああああ!?」

「地球に伴侶がいるからと帝王職は弟に譲ってきた」

「あなた、弟がいたの」

「余と同じくらい有能だぞ」

「そ、そんな簡単に譲れるもんなんですか帝王職って」

「……弟も政府も渋ったが、余が『宇宙の至宝』を守る為だと言ったら納得した」

「そんな理由で譲れるもんなんですか帝王職って!?」

そもそも、宇宙の至宝ってなんなのだ。

それを問うと、「ようやく聞いたか」とウォルフが腕を組んで踏ん反り返った。なぜか先ほどまであれほどしおらしかったライエが盛大に舌打ちし、陽菜に「聞かなくてもいいよ」と大きな声で耳打ちしている。

ウォルフはのたまった。

「惑星ヴァルキュイウルスを治める帝王の伴侶のことを、我らは『宇宙の至宝』と呼んでいる」

「はあん?」

巻き舌になった。

****

多くの星々を従える闇の惑星ヴァルキュイウルス。そのヴァルキュイウルスでの伴侶選びは自分が見初めた運命の相手という判断基準が絶対であり、逆に言えば、見初めた相手がいなければ独身を貫く者も多くあるのだという。

多くの星々の中にたった一人の伴侶とめぐり合う可能性は奇跡に近いと考えられており、それゆえヴァルキュイウルスの人々は見つけ出した己の伴侶を「至宝」と呼ぶのだそうだ。

おわかりいただけただろうか。

そうした世界にあって、闇の惑星の頂点に立つ帝王の伴侶も、もちろん政略や血族の結びつきなどで選ばれることは全く無い。

帝王の「至宝」……宇宙で最も豊かな闇の惑星ヴァルキュイウルスの帝王の、至宝。

それを「宇宙の至宝」と呼ぶのだそうだ。

結婚適齢期になっても一向に伴侶を決めない帝王を心配した周囲の者たちが、占いや予言を得意とする惑星に帝王の伴侶について調査を依頼したところ、それは青き惑星でウォルフが迎えに来るのを待っている……という結果が出た。それを聞いた帝王もあまり期待はしていなかったが、休暇と視察、太陽系惑星への進出事業、およびおそらく来るであろうエルデュルスの戦士を利用した怪人ロボットの試運転などの名目で、地球にやってきたらしい。

そうして、見つけたのだ。

さて、まずここで陽菜とライエの心情であるが、陽菜は「何この夫婦漫才」といった感じですでに真顔になっており、あらかじめウォルフから「宇宙の至宝」がなんたるかは聞かされていたライエについては、もはや悟りを開いた仙人のような顔になっていた。

そして優月。

ここでいう伴侶とは。
ウォルフの伴侶ということで。
たしかこの指輪はウォルフの伴侶の証と。

「え、ちょっと待って」

「待たぬ」

「いやいやいやいや待って、私は自惚れないわよ!?」

「むしろお前は自惚れていい」

「無理でしょ!?」

「何が無理なのか一向に判らんが、余の伴侶は」

ウォルフのたくましい無骨な指先が、優月の髪を一房持ち上げる。いつものように口の端に悪い笑みを浮かべ、かすれるような色っぽい声で囁いた。

「お前だ、ゆづ……」

「ウワーーーーーーーッ!! もうやめて! こうなってくると、宇宙の至宝が何かもよくわからないのに、僕がキラキラマンとして地球に派遣されたこと自体がすごくはずかしめだからもうイチャイチャするのやめて!!」

両手で顔を覆ったキラキラマン……ライエが、耳まで赤くして首を振っており、その横で陽菜が丸まったライエの背中をポンポンと叩いて慰めていた。