026.あなたに優しくしたい

あれからすぐに浴槽に湯が溜まり、彩乃は先に入っておくように促された。もちろん恋人と一緒に風呂に入るなんて初めてのことで、ここから先どうすればいいのかよく分からなかった。あの後、下着姿のままお姫様だっこ状態で浴室に連れて来られて、「一緒に入るか」と言われたので、慌てて首を振って「先に入ります!」と言ってしまったのだ。

山科はすぐに「わかった」と言ったが、その後はっきりと「先に入って待っててくれ」と続けた。

おとなしく待つべきだろうか。

それとも、ささっと入って出るべきだろうか。

待つとしたら身体とか髪も洗ってて良いのだろうか。

……あの、入浴剤使おうか……。

彩乃はいろいろ考えて、身体も髪も洗うことにした。入浴剤もしばらく考えて、身体を洗う前にポトンと浴槽に落としておく。

浴室はガラス張りのシャワールームと、浴槽と、そして少し広い洗い場に分かれている。下着やアクセサリを外して浴室に入ると、彩乃はガラス張りのシャワーの下に身体を滑り込ませた。こちらの方が早くいろいろ終わらせられると思ったのだ。

アメニティは彩乃もよく知る有名ブランドのもので、ユニセックスないい香りがする。急ぎながらも念入りに身体を洗っていると、脱衣室に人影が見えた。

「彩乃?」

「かおるさん!」

「もう入っていいか?」

「ま、まだです!」

「……わかった」

すりガラスの向こうで少し笑っている気がする。彩乃は眼鏡を掛けていないから、目を凝らしても影がゆらゆらとしているだけで何をしているのかは見えない。

髪を急いで流していると、「彩乃、入るぞ」と声が聞こえた。

「ま、待って!」

シャワーのところに置いてあったバスタオルを抱えて身体に巻きつける。そのタイミングで、ガチャリと山科が浴室に入ってきた。ちゃんと下半身にタオルを巻いているのを見て、ホッとした。

「隠してるのか、残念だな」

「か、か、かおるさんも」

「隠さないほうがよかったか」

冗談かと思ったが、声のトーンがいたって真面目だった。

浴槽を見ると入浴剤のおかげでお湯は真っ白で、入れ替わるように山科がシャワールームに入り、彩乃が浴槽のヘリに腰掛ける。

「風邪ひかないように先に温もっていてくれ」

「は、い。あの、あんまりこっち見ないでくださいね」

「それは少し難しいな」

楽しそうに笑いながら、山科がシャワーの蛇口をひねった。

****

山科は湯の中で彩乃の身体を後ろから抱きしめて、その柔らかさを感じていた。いつもとは違うボディソープやシャンプーの香りに、湯から立ち上る入浴剤の香り。それに包まれる彩乃の肌はしっとりふっくらと柔らかく、首筋に唇を寄せるとそのままかぶりつきたくなる。

彩乃の背中に自分の胸と腹を押し付けて、腰を足で挟むようにして、腕の中に囲む。

こうしていると、肌と肌が触れ合う感覚に安堵すると同時に、彩乃を啼かせたい衝動にも駆られてしまう。これまで何度なく触れてきたが、何度触れても飽きることがない。

「彩乃」

「はい……」

「こうしていると、安心する」

「あんしん?」

「そうだ。彩乃を抱いていると」

彩乃を呼ぶ声が、ひどく甘いのを自覚する。

戸惑うような彩乃の声が聞こえて、甘えるように肌を摺り寄せる。思わず胸の膨らみに手を添えると、もぞもぞと身じろぎをした。

恥ずかしがる彩乃が可愛くて、触れる胸の柔らかみに指を沈め、ゆっくりと揉みしだく。

「彩乃、こっちを向いてくれないか」

「は、恥ずかしいです」

「湯は白いからあまり見えない」

「私も、あんまり見えない」

「ああ、眼鏡をかけていないからな」

なかなかこちらをむいてくれない彩乃の顔を追いかけるように再び首筋に唇を寄せると、彩乃が少しだけ首をひねった。

唇を触れ合わせる。

一度、二度、甘噛みをするように、ちゅ……と吸い付く。深追いをしたくなるのをこらえ、頭をゆっくりと撫でた。

「出るか。風邪をひいてはいけない」

少し腕を緩めると、ようやく彩乃が顔を向けてくれた。

「あの……」

「私も、……安心します」

「……」

「こうしている、と……」

それを聞いて、山科はバシャンと顔を湯につけた。

「か、薫さん!?」

すぐに顔を上げて片方の手のひらでぬぐうと、もう一度彩乃を抱き寄せる。

「裸で抱き合ってる時にそういうことを言われると、止められなくなりそうだな」

「えっ、え!?」

「いや、早く寝台に行こう。その前に髪も乾かさないと」

「あ、はい、あの」

「二人で暮らすとしたら、風呂は広くしたいな。一緒に入れるように」

冗談ではなくそういうと、彩乃の顔が真っ赤になったのがすぐに分かった。

****

本当は彩乃が髪を乾かす時間も待ってられなかったが、風邪を引いてしまう。風呂から出た後、彩乃が髪を乾かしたりしている間に、山科は自分の携帯端末を確かめた。着信が一件。夕方に入っていたものだが、気付かなかったようだ。ベッドメイキングされてピンと張った上掛けを崩してめくりながら、留守電を再生してみる。

再生の内容に山科が瞳を細くする。口元を緩めていると、彩乃が出てきた。

「薫さん?」

「ん?」

「なんだか嬉しそうだったから」

「ああ」

しかし、その嬉しい出来事については何も言わずに、そばにやってきた彩乃の腕を掴んで引き寄せた。山科と同じようにホテルの部屋についていたバスローブを着ている彩乃は、とても脱がせやすい。

手を引くと、バランスを崩して山科の方に倒れこむ。抱き寄せて腰を抱えると、よいしょとベッドの上に乗せた。

髪に触れてみるとまだ少し湿っている。

「寒くないか?」

「大丈夫です、あの……」

何か言いたげな彩乃の唇を塞ぐ。閉じ込められた呼気を逃がすように唇を食み、開いた隙間に舌を入れる。は、と息を吐いた彩乃に抵抗はなく、すんなりと山科の舌を受け取った。

ぬるりと触れ合わせ、何度も絡ませる。

「っふ、ぅ……」

くぐもった彩乃の声がたまらなく可愛くて、山科は急いたように彩乃の前を開いた。下着を着けていた真面目さに小さく笑ったが、その表情を押し殺して唇を歯を這わせる。

下着を少しだけ下ろして胸の膨らみの、最も高いところに舌を伸ばした。

「……あっ……」

舌先で突くと身体がびくりと震える。もう少し力を入れて下着を下ろすと、胸元が完全にあらわになり、山科が強く吸い付く。

唇の中で弾力をもったそこを丹念に舌で舐めまわしながら、下着のホックを外した。帯を解けばバスローブは簡単に脱がすことができる。山科は一度息を吐いて身体を離すと、自分もバスローブを脱いだ。

お互い着ているものを全て取り去って、いつもとは違う広いベッドの上で彩乃の身体に自分の身体を巻きつけた。腕で、足で、彩乃を拘束し、唇が触れた部分を味わう。

肌が触れ合う心地は独特で、彩乃のそれであればいつまでも触れていたいと切実に思う。二人で会うとき、抱くたびに朝まで一緒にいる心地よさ。それが無いときの冷たさ。

「薫さ……ん……あっ……んっ」

「あやの、声、もっと出して」

「や……だ、め」

「ダメじゃない」

互いの部屋では遠慮して出せない声も、ここならば聞こえないはずだ。どこに触れれば彩乃の身体が感じるか、それこそ「真面目に」調べていた山科は、的確に触れていく。

「んっ、彩乃……っ」

山科の背中に回った彩乃の手の指先が、ガリ……と軽くひっ掻く。痛くない感触はゾクゾクと背を這い、くすぐったさは愉悦にすり替わった。堪えるように首に唇を寄せると、彩乃の息が山科の耳にかかり、思いがけず名前を呼ばれて、下半身に熱が集中する。

どれだけ触れても互いの身体を知り尽くしたということは決してなく、時折彩乃が触れる唇や指先に山科が屈することもある。戸惑うように触れた指先は決して計算したものではないだろうに、山科の欲望を唐突に刺激して理性を焼き切っていく。

自分の吐息が喘ぎと区別がつかぬものになっているのを自覚する。

山科はベッドサイドに置いてあった避妊具を手に取った。彩乃の身体を自分の身体で押さえつけたまま、封を切って手早く着ける。

腕の中に彩乃を囲んで見下ろすと、潤んだ瞳がこちらを見つめていた。

その光の中に拒絶がないのを確かめる安堵と、そして……己のものを彩乃に埋める感触は、何度経験しても慣れることのない愉悦の瞬間だ。ぐ……と力を入れて秘部に己を押し付けて、ぬかるみに誘われるように沈めていく。浅く挿れて、一度引く。浅い抽動を何度か続けていると、奥から溢れる蜜が、もっと奥へと誘うようだ。幾度目かに、つなぎ合わせた彩乃の手が、ぎゅっと強く握られた。

まるで催促されているかのように思えて、グッと最奥を突くと、彩乃が愛らしい声を上げる。

大きく引き抜き、奥までは届かない程度に小刻みに揺らして膣内を擦る。ヌルヌルと滑らかなのに、キュッと締まるようにきついそこは温かく心地が好い。幾度かそれを繰り返すと、ゆっくりと、子宮を押し上げるように奥へと進めた。

あえかな彩乃の声が山科を呼ぶ。

甘えるようないとけない声で「薫さん」と呼ばれると、優しい心持ちで唇を寄せたくなる感情と、このまま彩乃を一晩中抱き潰しても足りないくらいの激しい欲望を同時に覚える。

「薫さん、か、おる、さん」

「彩乃……」

「あ、……わたしっ、あ、薫さん、好き、……あ」

「ああ……彩乃、俺も、好きだ……彩乃」

愛してる。

二人は確かにそう言って、一つに融け合うような瞬間を味わう。

山科はつながりあったまま彩乃の身体を抱き起こした。彩乃の身体の重みで深く繋がり合い、縋り付かれる感じがとても好い。お互いにきつく抱きしめあって、何度も彩乃の身体を揺さぶり、甘えるように首筋に頬を摺り寄せた。

最奥に熱を止めたまま彩乃の胸にきつく吸い付くと、膣内なかがきゅんと縮まる。ただただ心地よさしか感じない柔くきつい締め付けに、先に達しそうになってそれは堪えた。

「薫さん……」

眼鏡をかけていない彩乃の瞳は、黒々としていて熱が籠っている。無垢に見えるのに妖艶で、その瞳で名前を呼ばれるのはさすがに反則だと思った。激しく唇を奪って、結合部の花芽を指で押しつぶすように撫でる。途端に彩乃が繊細な声をあげ、背中が大きく逸れた。

逃げようとする身体を強く引き寄せて、腰を擦り付けるように身体を揺さぶる。抽動する熱が収縮する膣内なかを摩擦し、グツグツと子宮を押し上げた。

「あ……あっ……や、もう、かおる……さ……」

「……はっ、あ、あやの……っ」

彩乃の奥がトクトクと幾度も脈動する。そこに合わせて山科も己を吐き出す。愉悦は一瞬ではなく長く続くようで、心地のよい彩乃の中にいつまでも留まっていたいとさえ、思う。

彩乃の身体から引き抜いて簡単に始末すると、そのままずるずるとベッドに倒れ込んだ。何も身につけないまま彩乃の身体を抱きしめ、自分の身体に閉じ込める。汗ばんだ肌がぺたりと触れ合い、それすらも心地がいい。

「離したくないな」

「ん……」

足も腕も彩乃に絡めていると、彩乃もまた、山科の背中に手をまわす。小柄で華奢に見えるのに、腰回りや胸を撫で回してみると、ふっくらと程よい柔らかさだ。抱き心地がよくて、触り足らない。

少し顔を持ち上げ、頬を撫でて深く口付ける。

長い間そうして唇を離すと、閉じていた彩乃の瞳がゆっくりと開いた。

愛しくて柔らかくて、本当に、

「足らない」

「……え?」

彩乃の身体の柔らかみをただ触れるだけで、その奥の、もっと柔らかい部分を暴きたくなる。一度ならず、何度も。自分の彩乃に対する性欲は少し持て余し気味だ。優しくできればいいのだが。

山科は再び熱と力を持ち始めた欲望をじんわりと押し付ける。

その正体が何か分かって彩乃が瞳を丸くしたが、そのまん丸の愛らしさだけを受け止めて、残りの意思は敢えて見て見ぬ振りをする。何度も小さな口づけを落として、山科はもう一度、愛する人を抱き寄せた。