天使さまがウルリカのおねがいを3つかなえてくださる。
その言葉は、ウルリカのなかでたいへんなきぼうになりました。3つもおねがいごとがかなうのであれば、何をおねがいしましょうか。
まずはのどをなおしてもらって、刺繍をするときにのろまじゃなくしてもらって…、髪の色をきれいにしてもらうのもいいかもしれません。天使さまのいう「いちばんよいおねがいごと」というのはどういうおねがいごとなのでしょう。そうやってウルリカが楽しいかんがえごとをするようになって3日もたった日の朝、フレデリクに呼び止められました。
「ウルリカ!」
フレデリクはニコニコと笑って手をうしろにかくしています。
「ウルリカ、おまえにいいものやるよ」
ウルリカがくびをかしげておりますと、フレデリクは背中からうすもも色のバラを1輪さしだしました。バラのとげはぜんぶきれいに取りのぞかれていて、すこしだけほころびかけた花びらには真珠のようなつゆがついています。フレデリクはウルリカの灰色の髪に、そっとバラの花を挿しました。
「思ったとおりだ」
フレデリクはまんぞくそうにウルリカを見つめて、そのように言ったのです。ウルリカはまたからかわれたのだと思いました。「からかわないで」とか「どういういみなの」と聞きたかったのですが、声がうまくでませんでしたからうまくいきません。ですから、そうやって言うかわりに涙をためて、だまってフレデリクの前から走ってにげました。
とほうにくれたように立ち尽くすフレデリクをおいて、ウルリカはいつも寝起きしている部屋にとびこみました。
ウルリカは自分の髪からうすもも色のバラを外しました。バラはたいへんきれいであいらしく、とてもウルリカに似合うとは思えません。ウルリカの瞳からぽろりとなみだがこぼれます。天使さまが3つおねがいごとをかなえてくれるといったよろこびからはすっかり覚めてしまいました。
でもどうしてフレデリクはウルリカにこんなきれいなバラをくれたのでしょう。やっぱりにあわないバラを髪に挿しているウルリカを笑うためでしょうか。それとも、ほんとうにおくりものだったのでしょうか。ウルリカはフレデリクが髪にさわったときの、ごつごつとしたゆびさきを思い出すと、なぜか顔が赤くなりました。
お礼をいったほうがいいのかしら。
そう思いなおして顔をあげると、ガラスのまどに自分のすがたが映りました。
灰色の髪にやせっぽちの身体。髪はこげてしまったからといってずいぶん短くなっておりましたし、うでにはまだあちこち赤いあとがあります。ちっともかわいくないウルリカには、バラの花が似合うとは思えませんでした。
<やっぱり からかったの?>
ウルリカは急にみじめになりました。きれいなバラの花ですら、ウルリカの眼にはうっとおしく見えました。ウルリカは歌うこともできず、ふつうの声すらみにくくて、何をやるにものろまだし、見た目だってきれいではありません。それなのに小さなバラときたら、なにもしなくてもただそこにあるだけでとてもきれいでかわいらしいのです。
かわいらしいバラを見ていると、なぜかとてもかなしくて、とてもねたましくなりました。
―――― バラなんて枯れてしまえばいいのに
ウルリカがそうねがったとたん、手のなかでうすもも色のバラがちゃいろくしおれてかさかさになってしまいました。天使さまがウルリカのねがいをかなえてくださったのでした。
それを見たウルリカはハッとしてバラを落としました。なんてことをねがってしまったのでしょう。
ウルリカはとてもこわくなって部屋をとびだしました。
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ウルリカはかなしいまま、聖歌隊がれんしゅうをしているところまでやってきました。そこでは、ソフィアが何度もれんしゅうをしているところでした。
ソフィアは、街でいちばんおかねもちのお家の子です。きれいな金色の髪と青い瞳は、まるでおにんぎょうのようにかわいくて、歌もウルリカの次に上手いのでした。でも、今はウルリカは歌えませんから、ソフィアがきっといちばん上手です。
何もかもを持っているソフィアのことが、うらやましくて、ねたましくて、ウルリカはどんどんいやなきもちになるのでした。
ソフィアの歌がはじまりました。
声はとてもきれいでした。もしかしたら、ウルリカよりも上手かもしれません。いっしょうけんめい歌っているのがわかります。
とおくで見ておりますと、ソフィアは歌を途中でやめて、くやしそうな顔でうつむきました。ウルリカにはわかりました。歌のなかでもいちばんむつかしいところで、ソフィアはうまく歌えなかったのです。
もし、ソフィアが歌えなくなったら…。
そう考えて、ウルリカはハッと我にかえりました。今、ウルリカはおそろしいことを考えていなかったでしょうか。
自分のねがいがおそろしいものにならないよう、ウルリカは必死で頭をふりました。
<このままだと わたし>
自分いがいのみんながうらやましくて、ねたましくて、いなくなってしまえばいいのにって、おねがいしてしまいそうです。
先ほどのバラのことを思い出しました。枯れてしまえばいいのにって思っただけで、本当に枯れてしまったあのバラのように、みんながいなくなってしまったらどうすればよいのでしょう。でも今のままでは、そういう悪いおねがいをしてしまいそうなのです。
<わたしは なんて かわいくないの>
ねたましさのあまり、そんなことをねがってしまうなんて、自分はなんて悪いこなのだろうと思いました。
だから、このように思ったのです。
ーーーー 私なんて、いなくなってしまえばいいのに。
天使さまは、ウルリカのねがいをかなえてくださいました。