おはなしを少しだけもどしましょうね。
ウルリカが「私なんていなくなってしまえばいいのに」とねがうと、ウルリカのすがたはだれにも見えなくなりました。そればかりではなく、ウルリカはだれにもさわれなくなってしまい、声はだれにもきこえなくなりました。それでもウルリカはいいと思っていました。ウルリカにはもうなんにもありませんでしたから、だれのやくにもたてませんし、いないほうがましなのです。
けれどもすぐにそうではないことが分かりました。ウルリカはフレデリクが自分をさがしている様子を見てしまったのです。
ウルリカのまわりのだれもが、ウルリカのことを心配しておりました。
庭師のおじさんはウルリカが刺繍したハンカチを大切にもっていてくれていましたし、刺繍をおしえてくれるおばさんはウルリカをかばってくれました。ウルリカがうらやましい、ねたましいと思っていたソフィアも、おなじようにウルリカのことをうらやましいと思っていたのです。
そしてなによりも、フレデリクがウルリカのことを好きだといったのです。フレデリクはウルリカをからかったりしていたわけではありませんでした。ウルリカはゆっくりでもいいんだよって、そうやって言ってくれていたのでした。
みんなすこしずつ、いろんななやみをもって、ときどきだれかのことをうらやましいなって思ったり、うまくいかない自分のことをいやになったりしながら、それでもいっしょうけんめい、自分にあたえられたしごとややくわりをがんばっているのでした。だからこそ、みんなとてもすてきに見えるのでしょう。
やっとそのことに気付いたウルリカでしたが、もうウルリカのことはみんなに見えなくなっておりましたし、ウルリカの声はだれにも聞こえなくなっております。ウルリカがもとにもどるにはどうすればよいのでしょう。もういちど天使さまにお願いすればよいのでしょうか。
ウルリカが、ひとり部屋で考えておりますと、やがて夜があけました。そして大変なことがおこったのです。
あちこちまっかにしたりあおくしたりしたフレデリクが、ウルリカのいる部屋に運ばれてきたのでした。
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ウルリカのすがたはだれにも見えませんでしたが、ウルリカにはすべてが見えておりました。お医者さまがむつかしい顔で首をふり、庭師のおじさんがフレデリクにとりすがります。
ウルリカもフレデリクのからだにふれるくらいすぐ近くにいきました。寝台のそばにひざをついて、フレデリクのくちびるに顔をちかづけます。
息がどんどんとよわくなっているのがわかりました。もう瞳も頬も、くちびるも、なにもかもがほとんどうごいておりません。それなのに、フレデリクはその手にぎゅうと白いスイカズラの花をにぎりしめていたのです。スイカズラは聖堂の中庭のすみに庭師のおじさんが植えていてくれたものでしたが、火事ですっかり傷んでしまっていたはずです。しろくてこまかな花がだいすきで、ウルリカはよくハンカチに刺繍をしていたのでした。フレデリクはそれを取りにいって、足をすべらせてしまったのです。
―――― フレデリク。
こどもたちにやさしい大きなおとこのこで、庭師のおじさんのむすこさんで、フレデリクも庭師をめざしております。聖堂のお庭のお花のお世話はもちろん、いまではすこしずつ庭のおしごとをまかされておりました。ごつごつしたゆびさきはだれよりもお花にやさしくふれて、たくさんのお花のことを知っているのです。
もうフレデリクはお話できないのでしょうか。
もうフレデリクがお花を世話するところを、見られないのでしょうか。
いいえ。そんなことはありません。ウルリカは知っていました。
天使さまのおねがいは、あとひとつだけ残っています。
それをおねがいすれば、もうウルリカはもとにもどることはできないでしょう。もういちどみんなの目に見えるようにとおねがいすることはできなくなりますし、声をもどしてもらうこともできません。けれどウルリカはちっともまよいませんでした。
―――― 天使さま
―――― どうかどうか、おねがいします。フレデリクをたすけてください。