004.離れた手

くるくる巻き毛の金髪の小さな小さな天使と、真っ直ぐ硬そうな黒い髪の小さな小さな悪魔が、手をつないで眠っておりました。そしてその傍らには、真っ白の髪に大きな翼を持った神さまと、真っ黒の髪に角と鴉羽の魔王が、2人を見下ろして立っておりました。

見習いの天使も、見習いの悪魔も、おまつりの日をすぎてしまっては、この街にはおられません。いつまでたっても帰って来ない2人を、神さまと魔王はそれぞれ迎えに来たのでした。

それは光の国と闇の国と、そして人間の世界との決して違えてはならない決まりごとです。

神さまは小さな天使をそっと抱き上げました。魔王は小さな悪魔をよいしょと抱えます。

 

つないでいた2人のちいさな手が、離れてぽとりと落ちました。

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リーンゴーン。

いつもよりも長い間、鐘楼の鐘が鳴り響いておりました。冬のおまつりがはじまる合図は、いつもよりも倍の数の鐘を鳴らすのです。

そうして、その鐘が鳴っているうちに、街の人たちは家の中の灯りを消していきます。

リーンゴーン。

ぽつ、ぽつ……と家々の灯りが消えていき、街がいっせいに闇に包まれていきます。安らかで穏やかな、それは夜の闇でした。

リーンゴーン。

最後の鐘の音が終わりました。静かになった鐘楼の一番上に、ぽ……と灯りが灯ります。それを合図に、ぽ、ぽ……と次々に広場に置いてある雪のランタンに灯りが灯り始めました。それらの広がる速さがどんどん速くなり、まるで光が走っていくみたいに、広場の端まで広がりました。清らかで荘厳な、それは人々の光でした。

今はすっかり明るくなった広場から、ランタンがひとつふたつ、離れていきます。街の人たちが自分たちの作ったランタンを、めいめい自分の家の前に置くために持って帰るのです。広場の中から光の水が道々に流れていくように、それらがゆらゆらと動いて、家に帰っていくのです。

そうした、おまつりの始まりの人間たちの営みを、鐘楼の上から見守っている2つの影がありました。

1人は鐘楼の屋根にだらりと腰掛けて、ひざの上にすやすやと眠る小さな男の子を乗せた黒い髪の闇の魔王。
1人は鐘楼の屋根の上に背を伸ばして立ち上がり、すやすやと眠る小さな女の子を腕に抱いた白い髪の光の神。

2人は、広場の光が街のすみずみに行き渡るのを、最後まで見守っておりました。

やがて広場からほとんど光が無くなると、黒い髪の魔王が立ち上がりました。

「ひさしぶりだな、光の」

「ひさしいな、闇の」

2人は決して眼を合わせぬまま、ただ街に行き渡った光を見下ろしています。

「それをどうする、光の」

魔王がちらりと、神の抱く小さな女の子を見やりました。神はつられるように自分の腕の中の小さな女の子を見下ろし、慈しみに満ちた口調で、このように言いました。

「……悪魔を幸せにしようとする愚かな天使など要らぬ」

それを聞いた魔王が、ふん……と笑います。そうして、同じ風に聞かれました。

「それをどうする、闇の」

神がようやく視線を動かし、魔王が抱える小さな男の子にそれを映しました。魔王はニヤニヤと笑いながら小さな男の子のおでこを指で軽く弾き、とても楽しそうに言いました。

「……天使と一緒にいたいなどという純粋な悪魔は要らん」

それを聞いた神が、ふ、と笑いました。

「それじゃあな、光の」

「それではな、闇の」

バサリと羽ばたきのような音が聞こえた気がして、次の瞬間には屋根の上から2つの影は消えておりました。

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今年の冬のおまつりも、街のみんなは楽しく、そして幸せに過ごしました。

ある病院の子供用の部屋には、一組の兄妹が、みんなから貰ったお菓子を少しずつ食べながら、窓の外を指さして笑います。指さす先には、街で一番上手に出来た美しい雪のランタンと、そのそばに置かれている小さなランタンがありました。

中庭をはさんだ別の部屋には一組の夫婦が寄り添っておりました。寝台には夫が、その傍らに妻が腰掛けていて、夫の手を包み込むように握っておりました。窓の外にはほのほのと、街のみんなが作ったランタンの光が灯っておりますが、夫と妻はまるで互いが雪のランタンであるかのように、ただ静かに見つめ合っておりました。

薬草の香りのする小さなお家では、小さなおばあさんが窓のそばに腰掛けております。部屋の一番広いところでは、家族が温かいお茶とアップルパイを囲んでおりました。その家族の輪から一人の娘さんが抜けて、おばあさんのところにお茶とアップルパイを持ってきました。おばあさんの瞳は見えないようですが、まるで見えるように、窓の外に向いております。やがてお茶の香りに気が付いてすっかりやさしく、笑いました。

ただその人々の営みの中に、天使の女の子も悪魔の男の子もおりませんでしたが、街の人たちはもちろん誰もそのことに気が付きませんでした。