その国は、光の神と天使が統べる天界と闇の魔王と悪魔が統治する魔界との、ちょうど狭間にあります。光にも闇にも属さぬ魔性が増え、光と闇の結びつきが強くなったため、そうしたもの達を保護するために光の神と闇の魔王が作った国でした。
光にも闇にも属さぬ魔性、あるいは光りに焦がれて闇の魔や、闇に憧れる光の精が混じり合い、光の界と闇の界が混沌としたことがありました。それらを各々の属性から守るため、そっとやんわり逃がすため、作った合間の国がその国でした。
しかし問題が一つありました。
国を治めるものが居ないのです。
神も魔王も自分の界で手が一杯で、国を作ったはいいが手はまわりません。そこでそれぞれの界から1人ずつ代表者を選出して夫婦とし、妻合わせることにしたのです。
光の界からは天使を、闇の界からは悪魔を派遣し、王と王妃として国を治めることにしました。いずれが王になるかはその世代ごとに決めると定め、まずは悪魔が王となり、天使がその妃となります。
悪魔側から派遣された王はアリュセイル。黒い肌に黒い髪、頭には二本の短い角が生えており、黒い羽は蝙蝠のよう。
天使側から派遣された王妃はミカル。白い肌に銀色の髪、桃色の唇に優しいまなざしで、白い羽は白鳥のよう。
つまり、今は悪魔の王アリュセイルがこの国を治めています。
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さて、何もかもが大雑把で力が強く尊大なアリュセイルと、何もかもが神経質で繊細で素直なミカル、……何の面識も無く突然妻合わされた2人でしたが、果たして協力し合い、国を上手く治めているのでしょうか。
暴れるもの達はアリュセイル王が力で伏し、争うものはミカル王妃の智略が制しました。なんと、国は穏やかで、争いごとはすぐに平定されたのです。
それにしても、政だけでいえば、王と王妃はとてもうまい組み合わせのように思えました。しかし、夫婦の仲はどうなのでしょう。王と王妃は形だけのもの、たとえそこに夫婦としての役割が果たされなくても、国は治まっているからよいともいえます。ですが、王と王妃に仕える者達は、できれば王と王妃にも、幸せな暮らしをしてもらいたいと思っているのです。
中庭を、アリュセイル王とミカル王妃が散歩していました。
「このあいだのアルファ族とオメガ族の領地争いの件はお前に任せたぞ。……ったく、条件だのなんだのと、俺にはよく分からん」
むすっとした太く低い声は、悪魔のアリュセイルのものです。アリュセイルは常の尊大な態度で、何やらミカル王妃に愚痴を言っているようでした。
「まあ、ちゃんと書類を見てくださいと言っておりましたでしょう? 陛下はいつもそうですのね」
呆れたような声はミカルのものです。空気を含んだような柔らかな声でしたが、どこかアリュセイルを咎めているようにも聞こえました。
「あんな辛気臭い作業はお前向きだろうが」
「陛下は、力だけがご自慢ですのね」
アリュセイルの上から物を見るかのような言い方に、ミカルがやれやれと溜め息を吐いたようでした。2人が黙り込み、気まずい沈黙が流れたようにも思えます。
「でも、オメガ族は恐ろしいのですもの……この間は、族長が炎の力を振り回したでしょう」
「お前がそうやって怖がるから、あいつらに舐められるんだよ」
少し不安そうなミカルの声に、ふん……と小馬鹿にしたようなアリュセイルの声が重なりました。それを聞いて、ミカルがしょんぼりと顔を俯かせます。気まずい雰囲気がますます重くなったようでした。
アリュセイルが足を止めました。
「お前みたいな弱っちいのは、いい子ちゃんの話し合いだけしてればいいんだよ」
「あなたみたいな乱暴な人は、喧嘩ばっかりしていればいいのですわ」
アリュセイルがミカルを怖い顔で見下ろします。ミカルも強気の顔でアリュセイルを見上げました。
ますます不穏な空気が流れ、周囲の気温が低くも重くもなったように思えました。思えたのですが……。
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アリュセイルがミカルの頬に手を触れ、ミカルの手がアリュセイルの手に重なりました。
「会合の席には俺も行くからな。あの野郎、ミカに手を出そうとしたらただじゃおかねえ」
「セイル、あなたの強い力がそばにないと、安心できません」
アリュセイル王は王妃のことを「ミカ」と呼び、ミカル王妃は王のことを「セイル」と呼んでいます。他の者達には決して呼ばせない、彼らの長である神と魔王にすら呼ばせたことのない、親愛を込めたお互いだけの呼び方です。
ふん……とアリュセイルは鼻息を荒くして、不機嫌に眉を歪めました。
「おい、ミカ! そっちは危ねえからこっちを歩けと言っているだろうが。ああ、くそっ、白い羽を落としやがって……」
「セイルはどうしてそんなふうに回り込むのでしょう。暴れないでくださいませ。貴方の蝙蝠羽が枝に引っかかってしまうでしょう。貴方の羽の薄い部分はすぐに傷がつくのですよ」
そんな風に言い合いながら、2人は中庭の散歩を続けます。いつのまにか、お互いが木の枝に引っかからないよう、アリュセイルの腕がミカルの細い腰に回されて、ミカルがアリュセイルの空いた方の手に自分の手を乗せていました。
黒い羽と白い羽がふわりと重なり、城の中庭をゆらゆらと仲良く揺れています。
2人は別段、いがみあっているわけでも、素直になれないわけでもありません。これでもアリュセイルはミカルの智略を、ミカルはアリュセイルの力を、尊敬し、互いに必要とし、それを隠すこと無くいつも話し合っているのです。そうして互いを傷つけるものから、互いを守るようにして、いつも過ごしているのですよ。
どうやら心配は無いようです。
光と闇の狭間の国は、光の神と闇の魔王の望むままに、穏やかな平和を保っているのでした。