ぱしゃぱしゃと心地の良い水音がしている。身体のあちこちが濡れているような気がしたが、何故か冷たくは無かった。どこかほの温かい水がオルディナの足や腕に掛けられては、やんわりと摩られている。
纏わり付いていた重くて邪魔な布が取り払われ、身体中が自由になったようだ。自由というのは時に不安や孤独を感じさせるものだが、今は身体に触れている手が1人ではないと言ってくれているようで、寂しさも不安も感じなかった。
胸や首筋、お腹や二の腕を優しく撫でている手は大きくて硬くて、とても頼もしくて安心する。この手はオルディナをいつも護ってくれていた手だ。そしていつもオルディナの涙を拭ってくれる。
……そうだった。オルディナはいつも泣くのを我慢していた。けれど、どうしても我慢できない時もあって、そういう時はスレンフィディナのところに行って泣いていたのだ。スレンフィディナは涙の理由を決して訊かず、黙って涙を受け止めてくれていたから、オルディナも安心して涙を流す事が出来た。
本当は泣きたくなかった。甘えたがりの自分を消したかった。強くなりたかった。でもどうしてもなれなくて、結局スレンフィディナに甘えていた。自分の涙を知っているのはスレンフィディナだけ、そう思っていた。
けれど本当にそうだったのだろうか。いつだってオルディナが泣きそうになったとき、1人で寝台に潜り込んで泣いた後、スレンフィディナのところに行った後……頬に触れてくれる手があった。例え涙が流れていなくても、そこに涙が流れていたのを知っているかのように、そっと労る手だ。
夢現をゆらゆらしていると、その手が優しくオルディナの頬に触れていた。
「ディナ……」
「スレ、ン……?」
「うん」
「怖かったの……」
怖かった。おまえがしねばよかったのにと、突き付けられた言葉が怖かった。
心のどこかで思っていた事だ。ウィスリールではなくて、オルディナが死ねばよかったのではないか……と。けれどそれを思ってはいけないのだと、オルディナは知っていた。自分が死ねばよかったと逃げるのは容易い。卑下するのも楽だけれど、そんなことを言ったら……。
「ダメだよ」
「スレン……」
「オルディナがいないとワタシもいなかった。救われていなかった。ワタシは、オルディナの兄王子がオルディナを遣わせてくれたんだと思っているんだよ」
これは夢だろうか。スレンが囁く言葉に、オルディナが首を傾げる。そんな風に考えた事もなかった。そんな風に考えてはいけないのだと思っていた。ウィスリールが、スレンフィディナと会わせてくれただなんて。
でも、どうしてか、ストンと腑に落ちて、いろいろな重みから解放されたような気がした。
「そんな風に考える、ワタシをダメな男だと思う?」
「思わない……思わないよ……」
「うん」
「ありがとう、お兄様、スレン」
ぎゅ、とオルディナがスレンの身体に抱きついた。様々な安堵感に襲われて、喉が締め付けられたように痛くなるのは、涙が出る前兆だ。
ああ、また泣いてしまう。
そう思ったけれど、結局オルディナは泣いてしまった。しかし今は子供のようにわんわんと泣くのではなく、声もなく静かにただ涙が流れていく。時折、嗚咽に息を吸うと、なだめるようにスレンが頬を寄せて唇を触れ合わせてくれる。こうしてオルディナはスレンの腕の中で、初めて心から泣いたのだ。
****
そうして、夢の中でたくさん泣いて心が落ち着いたオルディナは、やっと意識が覚醒した。先ほどまで対峙していた魔物やスレンフィディナとスレンが同一である、という記憶が蘇るよりも先に、自分の置かれている状況に驚愕する。
「オルディナ、落ち着いた?」
「うん、スレン……わた、し」
あれ……、なんだか身体が軽い。そう思って自分の身体を見下ろすと、なんとオルディナはその身体に何も纏っていなかった。
「えええええ!?」
しかもスレンまでなぜか上半身裸で、肌と肌が触れ合うようにして抱き寄せられている。きょろきょろと辺りを見渡してみると、どうやらいつもオルディナが水浴びに来ていた水場のようだ。触れている水は不思議と温かく、あれほど泥まみれだった自分の身体は、何も身に着けていないのは別として、すっかり綺麗になっていた。
「ちょっ、と、スレン、私、はだ、はだか……!」
「大丈夫。すっかり綺麗になったよ。ワタシが綺麗にしてあげた」
ニコニコとスレンがいつもの笑顔でオルディナを見下ろしている。いつもと違うのは2人して裸ということで、そしてオルディナの身体がスレンに抱き抱えられているということだ。
「ど、いうこと、裸、なんでっ」
「ん? だって、服もドロドロだったし、邪魔だったから」
「邪魔って、何か! 着るもの、それから離して」
裸の羞恥から思わずそう言ってしまったが、言った途端スレンの頭からひょこんと菱形の耳が現れた。
「だめ!」
「えっ!?」
耳だけになっても分かる。それは明らかにスレンフィディナの耳だ。オルディナは瞳をぱちぱちと瞬かせたが、急に記憶が鮮明に蘇ってくる。ティワルズ、黒い魔物、泥まみれになって逃げた事、助けてくれたスレンフィディナ……そして、スレンフィディナが、本当はスレンだったこと。
スレンはじたばたと暴れるオルディナを抱き上げると岸辺へと戻り、置いてあった外套に裸の身体を包んだ。何も身に着けていない羞恥を忘れて呆然とスレンの手を享受しながら、オルディナはつぶやく。
「スレンフィディナ……?」
「そうだよ。ディナ、……お願いだから離してなんて言わないで。離してあげられないから」
「え?」
オルディナの身体を外套ですっかり隠すと、ぎゅ……と抱き締め直した。オルディナごと吸い込もうとでもするかのように、大きく息を吸って、吐く。
「オルディナ。好きなんだ……ディナ」
「スレン……?」
「君が好きだよ、ディナ。12歳の頃からずっと一緒に過ごしてきた泣き虫の女の子が好きだ」
スレンの抱き締める腕がさらに強くなった。しかし苦しくはない。とくとくと心臓の音が重なり、スレンもオルディナと同じ心臓が時を刻む人間……人間というのは語弊があるかもしれないが、そういう存在なのだと理解する。
「ワタシのことが怖い? 嫌わないで、離れないで……お願い」
嫌わないで、離れないで。
1人にしないで。
それはずっとずっとオルディナが心のどこかで思っていた事で、恐怖していたことだ。それをスレンから求められて、オルディナも思わずスレンの背中に腕を回した。
いい香りがする。干し立ての上掛けのようなお陽様の香りと、草原を駆け抜ける時に感じる風のような香りと、朝日を浴びた森の緑のような、そんな香りだ。
「怖くなんかないよ、スレン」
「本当?」
「だって、私……スレンもスレンフィディナのことも好きよ。12歳の頃からずっと一緒に過ごしてきた、私を守ってくれる男の子のことが好き」
そう言って、オルディナがスレンの背中をそっと撫でる。
スレンが腕を緩め、身体を離してオルディナの銀色の瞳をじっと見つめて、……やがて、その顔が降りてくる。ゆっくりと唇が重なり合って、ちゅ……と音を立てて離れた。
****
スレンの外套に身体を隠されているからか、あまり寒さは感じられない。裸なのは恥ずかしかったが、思い返してみれば確かに泥の中で転んでしまったり尻餅をついたりしていたので、あの薄い布は本当にドロドロになっていたはずだから仕方がない……となんとか自分を納得させる。
スレンはおとなしくなったオルディナを抱き上げたまま森を歩いた。聖苑に来たとき以外でこんなに森の奥まで入り込んだことはなく、どこに行くのか……それとも宮に戻っているのかもよく分からない。どこに行くのと聞いてもスレンはいつものように……いや、いつもよりも真面目な顔で笑うだけで何も答えてはくれなかった。
しかし、すぐに何処に連れて行こうとされているのかが分かった。
急に開けた視界に、見渡す限りの草の流れが映り込む。ここは聖苑の端だ。少し小高くなっていて聖苑の全てを見渡す事の出来る、聖苑の入り口だった。
入り口と言っても、少し進むともうそこは草原の柔らかな草むらだ。スレンは目印のように立っている樹の側までやってくると、オルディナを抱えたまま座り込んだ。
「聖苑」
「そう。……ワタシが守るところで、とても嫌いな場所だった」
「嫌い?」
「うん。でもディナに会った場所だから、今はとても好きだよ」
そうして、オルディナを抱えたスレンはゆっくりと話し始めた。自分という存在がどのように生まれたのか。最初はアルフォールにも人間にも興味がなく、ただ1人でつまらない時間を過ごしていて……そうして、オルディナを見つけたときのこと。強すぎる力はとても不安定で、周囲を……特に同胞である馬や動物達を怖がらせてしまうこと。オルディナを得てからもそれは同じで、恐らくそのためにオルディナは宮に閉じ込められる事になったのだということ。
「ディナが宮に閉じ込められて、国王や兄弟達と離ればなれになったのは、ワタシのせいなんだ」
「それは、……それは違うわ」
「違わないよ」
「そうじゃない。宮に入ったのを辛いことみたいに言わないで。……寂しくて泣いてしまった事もあったけど、でも、そのおかげでスレンと一緒に居られたのだって、もう私は知ってるから」
スレンフィディナと一緒に居るために必要だったからこそ、オルディナはそれを受け入れる事が出来たのだ。もしそれが間違いだったのなら、スレンフィディナとの出会いそのものが間違いだったことになってしまう。だが、そんなはずがない。オルディナにとってもスレンは唯一の人なのだ。スレンが言ってくれたように、ウィスリールがスレンフィディナとオルディナを出会わせてくれたのならなおさらだ。
「オルディナ……ワタシは、メーア・ヴェンターナという存在なんだよ」
「それは……正直まだよく分からない。でも」
スレンの胸にオルディナが額をくっつけ、深呼吸をした。スレンの肌蹴た素肌にオルディナの吐息が届いて、その温かみにびくりと肩が揺れる。
「……でもね、スレンと、スレンフィディナと一緒にいたいよ。1人にしないで」
「1人にしないよ」
スレンがオルディナの綺麗な黒い髪を撫でて、顔を上に向かせる。スレンを見つめている潤んだ瞳は、月の光に負けないくらいに銀色だ。スレンはその銀色を隠すように、オルディナの瞼に口付け、眉間に口付け、頬に吸い付いて、唇を重ね合わせる。
さわさわと風が吹いているが、何故か肌寒さは感じなかった。
****
オルディナの身体を包んでいる外套を広げると、もうオルディナの身体を隠す物は何も無い。恥ずかしそうに身をよじるオルディナの腕を押さえつけて、外套を敷いた草むらの中へと押し倒し、掌をやわやわと白い肌に這わせた。
首筋に鼻を押し付けて、唇に触れた肌を軽く咥える。じっとそうしていると、とくとくとオルディナの血潮が感じられた。少し歯を立てて甘噛みすると、「ん」とオルディナの空気を含んだ吐息が聞こえる。息も声も血の巡りも、オルディナのものは何もかも感じ取りたくて、首筋に吸い付いたまま、身体に這わせている手を胸の膨らみへと動かす。
胸の柔らかみを集めるように掌で包み込み、たっぷりとした弾力を味わう。手に吸い付くような心地、素直に形を変える柔らかさに嬉しくなって、オルディナの耳をぺろりと舐めると大げさなほど身体が揺れた。
好きな女が感じる様子を「感じる」ことが、これほど自分を興奮させるとは思わなかった。
「ディナ、ディーナ……」
耳元で名前を呼ぶと、その呼気が耳朶をくすぐりオルディナの身体をさらに震わせる。オルディナの細い腕がスレンにしがみつき、服を掴んで何かを我慢している様子がとても可愛い。
スレンは羽織っていただけのシャツを脱いだ。オルディナの肌の温かさを遮るものは何もかも邪魔だ。下穿きも脱いで、お互い何も身に着けないまま抱き締め合う。
オルディナの首筋の温もりが名残惜しかったが、スレンは少しずつ唇を下へと下ろしていった。
先ほどまで指で触れていた胸の膨らみに唇を付ける。
「……あっ……ぅ」
口に含んだまま舌を動かし、まだ柔らかい頂をそっと舐めとる。本当は首筋も耳も胸もみんな味わいたかったが、自分には唇が1つしか無いから仕方が無い。スレンはオルディナの片方の胸に吸い付きながら、もう片方の胸に指を伸ばした。親指や人差し指で弾くように触れていると、少しずつ指へ届く感触が変わってくる。
胸にそうして触れられる度に、オルディナの背筋にぞくぞくと得体の知れない何かが走る。唇を重ねた時に感じた感触とよく似ているが、それよりももっと大きくて、もっと直接的な感触だった。触れられているのは上半身だが、下半身が心もとなく不安になって足を閉じようとした。しかし、気が付くとスレンの身体がオルディナの足と足の間にあって閉じられない。
「あ、や……」
「ディナ、かわいい。やわらかい……」
うっとりとスレンがオルディナの身体に触れ、くちゅくちゅと音を立てながら吸い付いては離れていく。時々、見せつけるように舌を出してオルディナの胸を舐め回し、そうかと思うと甘えるように優しく口に含んだ。持って行き場の無い手の片方は、空いているスレンの手が指と指を絡めるようにつないで押さえつける。怖くなってその指をぎゅっと握ると、小さく握り返して答えてくれる。
胸に触れていた手が、オルディナの下半身へと降りてくる。唇はいつまでも胸に触れたまま、スレンのざらついた指がオルディナの下腹をさすり、何かを確かめるように太ももに触れた。さわさわと太ももに触れていたが、音を立てて胸から唇を離し、身体を起こす。
「スレン?」
「うん」
重みが無くなった身体にオルディナが首を傾げると、スレンは手の甲でオルディナの頬を撫でて安心させるように笑った……が、太ももに視線を移した瞬間、眉間に皺を寄せて顔を険しくした。
「……どうし、……あ!」
急に機嫌が悪くなった風なスレンにオルディナが何かを言う前に、太ももに顔が埋められた。羞恥に思わずオルディナが声を荒げ、慌ててスレンを押し退けようとするが、もちろんびくともしない。それどころか、ちくりとした痛みをいくつも感じた。
「あいつ……オルディナの太ももに傷をつけやがって。慈悲など与えず、消してやればよかった……!!」
太ももに唇を寄せたまま、ぼそぼそと低くつぶやいた声は幸いなことにオルディナの耳には届かなかった。「スレン?スレン?」……と不安そうに名前を呼ぶオルディナの方に少し視線を向けると、再び微笑む。
「ここ、治すから大丈夫だよ、痛かったね」
言って、優しく舐め始めた。時々、爪で撫でるように引っ掻いて、頬を寄せてはまた舐める。恥ずかしくて止めてと言っても、決して止めず、行為はどんどん熱を帯びた。
「オルディナ、足を少し広げて、見えないから」
「や」
「ダメ。……全部治すよ、オルディナに傷をつけていいのはワタシだけだ」
いやいやを繰り返すオルディナに、スレンはかなり強引に膝を立たせて足を広げさせた。半ば無理矢理暴かれた内ももに、スレンがちゅ、ちゅ……と音を響かせながら吸い付いては舐める、を繰り返す。
先ほどティワルズの……正確には黒泥の魔が爪を食い込ませた場所を丹念に舐めると、少しずつオルディナの太ももから赤黒くなっていた爪痕が消え、代わりにスレンが付けた痕が残った。ひとつひとつを丁寧に自分の痕に変えながら、スレンの指が堪えきれぬようにオルディナの足と足の間へと伸びる。
「……や……!?」
「ああ……」
すっと、指の一本でなぞると少しぬめりを感じる。そのぬめりを搔き出すように、最初は入り口に沿って指をゆっくりと往復させた。途端にオルディナの声が止まり、変わりに息を飲むようなか細い悲鳴があがった。
「触れる度に、濡れて……ディナ」
「い、や、……そんな、さわらな、で、スレン」
「ダメだよ。ここ、大事にしないと」
オルディナは嫌だと言っているが、徐々に呼吸が乱れ始めていた。今まで感じた事の無いような愉悦に揺さぶられ、それに身を委ねるのが怖くて身体を強張らせる。スレンがそんなオルディナの腰回りを温めるようにゆっくりとさすり、「力を抜いて」と囁いた。
「ディナ」
それでもなかなか力の抜けないオルディナの太ももから顔を離し、触れる箇所を徐々に進めながら元の通り身体を重ねた。オルディナの唇に触れるだけの口付けをする。
途端にオルディナの肩からかくんと力が抜けた。同時に、く、とスレンの指が奥まで入り込む。入り口の花弁を一枚一枚ほぐしていたからか、蜜が指に絡まって引っかかることなく中へと誘われた。固く閉ざされていたと思っていたが、指を挿れてみると膣内は驚くほど柔らかい。
この柔らかさはどの場所とも異なる。壊さないようにそっと丁寧に扱わなければならないが、むしろほんの少しの手加減で壊れてしまう危うい繊細さは、オルディナの全てを手中にしているような気がした。そんな気持ちをスレンはなんとも狂った欲望だと思ったが、性が交わり合うというのはそもそもそうした狂った一面があるのかもしれない。最も弱い部分を、互いにつなげ合うのだから。
指を挿入したまま、掌と指の付け根で入り口にある花芽の部分を優しく押し潰す。幾度かそこを掠めつつ、指先を曲げて膣内をひっかくと、オルディナの吐息が急に変わった。
「あ、あ、……だめ、スレン……や、それ」
「ん、ディナ、ディーナ……力抜いていいよ。指の感覚だけ追い掛けて」
「いやあ……だって、あ、ぁ……」
オルディナの荒い息に合わせて、スレンの指の動きが早くなる。粘つく水音は草の音に掻き消されたが、自分がまるで溶かされたように中から蜜が溢れてきている様子は分かった。ぞくぞくと強くて痛いほどの愉悦がお腹を駆け上がり、オルディナは思わずスレンの長い髪の一房を手で握る。
オルディナが達する瞬間、スレンもまた興奮で吐き出しそうになった。オルディナの吐息混じりの悲鳴と、緊張して一気に弛緩する身体と、余韻に震える身体を、外から感じているだけでスレンの身体にも悦が走るような気がする。
「好きだよ、ディナ、本当に……好き、可愛い、きれい」
「スレン……私」
「少しだけ、痛い思いをして。ワタシのために」
言って、スレンはオルディナの足を開かせた。一度達してくったりとしたオルディナは、今度は素直にスレンに従う。互いに我を忘れているかと思ったが、オルディナの銀色の瞳ははっきりとスレンを見つめていた。スレンもまた翡翠色の瞳でオルディナから目を逸らす事無く、ずっと張り詰めていた熱を宛てがう。
「く……ディナ」
少し力を込めると、濡れた花弁が先端に張り付く。それだけで我を失ってしまいそうなほど心地が良い。一度引き抜こうかと思ったが、先に進めたくて身体がいう事を聞かない。思わず、ぐ、と力を入れると、こぷりと先端が包み込まれた。オルディナの瞳が僅かに歪み、痛みが走った事を知る。まだ入り口なのにこんなにもきついとは……。何度も想像したことはあったが、神であるはずのスレンのそんな想像も遥かに越える感触だった。理性などでは制御しきれない。オルディナへの愛しさだけで、スレンは腹に力を入れ、一気に進みたがる己を止める。
「スレン……」
「ディナ、痛い? ごめんね」
「だいじょ、ぶ」
「ディナ」
「大丈夫、スレンの……平気。スレンのっ、だったら平気だから……!」
それを聞いた瞬間、一気に貫きたい衝動を我慢していた理性はあっけなく崩れ去った。スレンは一瞬辛そうに顔を強ばらせ、一息に腰を進めた。何かを無理矢理押し開いた感覚を覚えたと同時に、オルディナの食いしばった歯から痛みを堪える声が響く。
「オルディナ……っ、挿入った。ワタシのだ」
「ん……スレン、……の」
「ごめん、今、痛くなくしてあげるから」
見れば、オルディナの瞳から大粒の涙がポロポロと零れていた。慌てたように、スレンはその頬に唇を寄せて、涙の粒を舐め取る。
スレンの欲望を受け止めたオルディナの秘膜は傷つけられたが、それを傷つけるのはスレンでなくてはならなかった。痛みを与えるのはスレンだけでいい。それが叶えられた今、もう痛くする必要は無い。スレンの形を覚えたまま痛みを失くし、後はもう、互いの愉悦を感じ合うだけだ。
スレンがオルディナの腰を抱き寄せて手を当てると、ほんわりと温かくなった気がした。暫くつながりあったまま、お互いの身体に腕を回して静かに抱き合う。じんじんと火傷をしたように痛かった膣奥から徐々に痛みが引いていき、ただ、欠けていたものが満たされたという感覚だけが残る。
オルディナの柔らかい身体に逞しい身体を重ね、挿入したまま首筋を貪る。耳を食み、首に軽く歯を立てると、中がきゅんと鼓動するように締まってとても好かった。首筋に歯を立てたまま少し腰を引き、ぐっと奥まで挿れる。
「あ、スレン……!」
「は、あ、ディナ、少し動かしただけで、こ、んなに」
初めての痛みは消え、粘膜を摺り合わせる心地よさが段々と身体を這い登ってくる。きつくて柔い締め付けは、入っている方にも受け入れている方にも温かな悦を与えた。お互いを引き寄せるようにスレンの手がオルディナの髪を掻き分け、オルディナの指がスレンの背中に這う。
スレンの動きが少し大きくなった。ぬるりと引き抜かれる時の下腹をくすぐる感触と、突かれる時の満ちた感覚が繰り返されて、再びオルディナの瞳から涙が溢れた。身体の奥から突き抜けるような激しい感覚はオルディナにとって初めての経験で、何故泣いているのか分からない涙が頬を伝う。意図していないのにオルディナの中がビクビクと激しく波打ち、不意打ちにスレンの眉間に皺が寄る。
オルディナを追い詰めるように細かく動かすと、愛らしい悲鳴が上がった。
「あ……あ、ふ、スレン、スレン……」
「……っく、オルディナ……ディナ!」
きゅうと吸い付くようにスレンの欲望が奥に引っ張り込まれる。もう堪える事は出来ずに、吸い付かれるままにスレンも白濁を吐き出した。そして、ようやくつながったオルディナと少しも離れたくなくて、そのまま抜け出ることなく呼吸を整える。温もりを確かめるように、何度も何度も抱き直して黒髪に顔を埋めた。
「スレ、ン」
「ディナ」
オルディナの手がスレンの頭を撫でていて、小さく名前を呼ばれてスレンも顔を上げた。名残惜しかったが、ゆっくりと引き抜くと、「は、あ……」とオルディナの息が溢れる。離れた場所を埋めるようにオルディナがしがみつく腕にますます力を込めてきたから、スレンはオルディナの唇に、長く、何度も口付けた。
****
スレンが元々着ていた服をかき集めてオルディナの身体を包み、膝の上に乗せて背中から抱き寄せた。スレン自身は木の袂に身体を預けて座り、うっすらと白んできた草原の方へと視線を向ける。
少しずつ夜が明けようとしている。
暗い夜の黒が、徐々に濃い群青色へと変わり、やがて紫に染まって、朝焼けに燃える。その中でオルディナを抱いていると、オルディナの白い肌も黒い髪も、空の色に合わせて徐々に染まっていった。
疲れて眠ってしまったオルディナを抱いて、夜と朝の狭間にうとうとしていると、草原を駆ける風が聖苑の香りを届けてくれる。暗いうちは冷たく清冽な草露の香りだったが、朝焼けが近付くと共に乾いた草と陽光の香りに変わっていった。スレン自身が眠ってしまったのはほんの僅かで、顔を出し始めた太陽の眩しさに瞳を開ける。
そろそろ宮に帰らねばならず、やることもたくさん待っているはずだ。
スレンはオルディナがもう暫く眠っていられるおまじないに、まぶたにちゅ……と口付けた。抱いたオルディナの首筋に鼻を押し付けて大きく息を吸い込む。
「ディナっていい匂い」
スレンフィディナの愛おしい主であり、スレンの泣き虫の恋人。オルディナを抱いたまま立ち上がると、スレンは朝焼けに染まる聖苑に背中を向けた。