泣き虫王女と寂しがり屋の護衛

お行儀

オルディナの宮は最近少し忙しない。オルディナが聖苑ニールの護り手の任に就くにあたり、聖苑の近くに小さな館を建てて居を構える事になったのだが、小さいとはいえ王城からも少し離れることになるため、その準備で忙しいのだ。

オルディナは王城にも出掛けられるようになり、各所への書類の整備、フレクとミーニアは追加する使用人の教育全般、そしてスレンまでもが駆り出されて護衛の選出と訓練をさせられている。スレンはオルディナを守るのは自分だけでいいと最後まで護衛の追加を渋ったが、オルディナに嗜められてようやく折れた。その代わり、護衛候補への鍛錬は相当厳しいようだ。護衛候補らの中には、一見穏やかそうな優男に見えるスレンが、オルディナの伴侶であり筆頭護衛であることを快く思わない者もあったようだが、そうした者達は容赦なく叩きのめされた。スレン曰く「人間にしてはまあまあのやつら」だけが、正式に訓練を受けている。

一方、オルディナはかなり張り切っている。そのため、スレンはなかなかオルディナと2人きりになれない。折角聖苑まで出掛けられるようになったのに、オルディナを乗せて駆けることも出来ない。オルディナと心を通じ合わせたら、今度はもっと触れたくなって、これまで以上に満足する事が出来ない。しかしそれはとても幸せな感覚だった。手を伸ばせば触れてくれる、指を絡めれば握り返してくれる。乾いた心がとくとくと満たされていくのは心地がいい。

だからスレンは、オルディナと2人きりになったときは、その心地よさを目一杯甘受することにしている。

「ディナ、今日も随分忙しそうだね」

「スレン」

スレンがフレクの目を逃れてオルディナの自室にやってきた時、オルディナは書物机に向かっていた。顔を覗かせると、オルディナはうんと伸びをして手を休める。

「ちょうど一段落したところよ」

「じゃあ、少し休憩しよう?」

「そうね、お茶を淹れるわ」

オルディナが書類をとんとんと揃えて机に仕舞って席を立った。その隙を逃さず、スレンはエスコートするふりをしてオルディナの手をしっかりと握る。オルディナは相手がスレンだからだろう、きょとんとして、そして嗜めるように「スレン?」と首を傾げて笑った。

そう、こんな風に、スレンの前では隙だらけのオルディナが大好きだ。もちろん、無防備なオルディナはスレンの前だけでいい。

「スレン、なんだか楽しそうね。どうしたの?」

「ディナ……お茶もいいけれど、ワタシは、」

「スレン?」

少し強引にオルディナの手を引くと、バランスを崩した柔らかい身体がすっぽりとスレンの腕の中に収まる。ぎゅっと抱き締めて、オルディナの頭に自分の唇を寄せた。

「ディナの方がいいな」

「スレ、……ちょっと、あ……!」

オルディナの腰を捕まえて深く引き寄せる。反れた背中を受け止めて、スレンは顔を近付けた。そのまま唇を重ねると、机の上に押し倒すように身体をかたむける。

スレンの身体と机の間にオルディナを閉じ込め、動けなくしてからじっくりと唇を堪能した。柔らかい唇に舌を這わせてこじ開け、オルディナの吐息を飲み込む。スレンの舌はオルディナにあっというまに絡み付き、暫くの間、ぬるりとした触れ合いを楽しんだ。

しばらくの間、舌が絡み合う音が小さく響いていたが、我に返ったようにオルディナが腕を突っ張る。

「スレ、スレン、だめよ、ちょっと今」

「ん、今、何?」

しかし、もちろんスレンはその程度の抵抗で止めたりはしない。本当は軽い触れ合いだけのつもりだったのだ。しかし、舌を絡め合っていると戯れだけでは収まらなくなる。

スレンはオルディナの腰を机の上に持ち上げると、触れていた唇を少し下ろして胸元に顔を埋めた。胸の膨らみに顔を押し付けながら、机の上に座ってしまった格好になっているオルディナの太ももをさぐる。

「明る、い、……あ」

「うん、明るいから、ディナのことがよく見える」

一度顔を離して、オルディナのスカートをまくりあげた。両足の室内履きを脱がせて、肌の色が透けるほどの薄い長い靴下にも手を掛けて、スレンはそれをするすると取ってしまった。薄い靴下に透ける皮膚も悪くはないが、オルディナの生身の太ももはもっと好い。

もちろんオルディナも懸命に足をばたつかせた。しかしスレンが片方の足をしっかり掴んで持ち上げてしまったため、オルディナは自分の身体が机から転げ落ちないように支えるだけで精一杯だ。

スレンは脱がせた片方の靴下をぽいと落として、オルディナを机に座らせたまま膝を付いた。オルディナの足を大切な宝物のように両手で持つ。

「ディナ、ディーナ、……かわいい」

「ちょっと、や……め」

「ん」

そうして、オルディナの脛に口付けし、そのままつう……と足首まで舌を這わせる。足首の位置で唇を止めると、かぷ、と軽く噛み付いた。そんな場所にそんな感触を受け止めた事が無くて、オルディナはくすぐったさに声を零す。だがスレンは止める事無く、決して痛くない程度に歯を立てて、歯を立てたまま足首のぐるりをぺろりと舐めた。

そのまま足の甲に頬を摺り寄せ、ちらりとオルディナに視線を向け、見せつけるように爪先に口付ける。ちゅ、ちゅ、と音を何度も響かせて口付けし、やがてかぽりとそこを口に含んだ。

「……や! ダメ、スレン……!」

「どうして? かわいい、ちっちゃい指」

「ん、だって、そんなとこ、きたな……あ」

「オルディナの身体はどこもきれいだよ」

スレンが足指に歯を立てると、オルディナの背筋がぞくりと震えた。信じられない場所に触れられているのに、どうして身体が反応してしまうのかが分からない。しかしスレンの顔を蹴飛ばす訳にもいかず、ただただ羞恥に顔を染める。

ひとしきりオルディナの足の指先に噛み付いて、今度はその唇が徐々に上に上がってくる。

今度は逆側からなぞるように、足の甲に触れ、足首の皮膚に歯を滑らせたあと、足を抱きかかえるようにして太ももに顔を埋める。

「ひ……ぁ、っ……!」

くすぐるように甘噛みしていると、オルディナの可愛い声が上がって、呼応するようにスレンの胸の鼓動も高鳴る。

普段から馬に乗って鍛えているからか、オルディナの足は引き締まっていて、かといって締まり過ぎることもなく、ちょうどいい具合にふくよかでもっちりとしている。手のひらを何度か滑らせ、内ももの深い部分に噛み付いた。

「ん……」

オルディナの身体は、いつもよりも少し強めに噛み付かれて痛みを感じたが、下着越しに触れられて甘い刺激も同時に背中を走る。スレンがまださほど濡れていないそこを布越しに引っ掻きながら、噛み付いた痕を優しく舐めた。昨日の夜にも同じ場所に吸い付いて痕を付け、オルディナに怒られたばかりだ。だが、何度怒られても止めない。誰にも触れさせない、絶対に。

「や、ダメ、ダメ……だって、スレン……あ」

少し下着をずらして、スレンの指が秘部にやんわりと触れた。くにゅくにゅと花芽を撫で、時折入り口に指を侵入させる。そうしていると少しずつ潤いが溢れて指に纏わり付き、誘われるように深く入っていく。

「ディナのここ、素直でかわいい」

太ももを丹念に噛んだスレンは満足げに顔を上げて、指を入れたまま身体を起こした。

どんどん溢れてくる奥を指先でこちょこちょと撫でていると、オルディナの表情が徐々に艶やかになっていく。頬は薔薇色で、何かを我慢するように瞳をぎゅっと閉じている。スレンが「ディナ」と呼ぶと、うっすらと涙を浮かべて瞳を開き、顔を近付けると泣きそうな顔で手を伸ばしてスレンを抱き寄せ、口付けを強請った。

「ん、……ん、ディナ……」

くちゅくちゅと粘ついた音が激しくなっていく。唇を重ねていると、バランスを崩したオルディナが机に手を付いた。スレンが指を付け根に届くほど深く挿れ、くすぐるように動かしていると、触れているオルディナの粘膜がびくびくと震えている。

「……スレ、ン……っ」

「ディナ、いいよ。大丈夫」

「っ、あ……ああ!」

スレンが「いいよ」と優しく囁くと、オルディナの身体にひくつくような悦が走り、スレンの指を感じる部分がとろりと蕩けたような気がした。ぞくぞくと背筋が反れ、足が跳ね上がる。達した身体をスレンが受け止め、片方の腕でオルディナの背中を抱き締めると、もう片方の腕で自分の下穿きをくつろげた。熱い欲望を取り出してオルディナの身体に押し付けると、ねちゃりと音がして今にも入りそうだ。

スレンは己を触れ合わせたままオルディナの腰を掴み、ぐ、と強く引き寄せた。

「は、……あ、ディナ……」

心を通じ合わせてから、もう何度身体を重ねただろう。

しかし、幾度同じ風に身体をつなげても、いつもこの瞬間だけはまるで初めての時のような、ギリギリまで追い詰められた痛いほどの気持ちよさを感じる。余裕なんてどこにもなくて、獣のように貪りたい衝動を必死で堪えた。

「や、だ、や……んっ」

「ふ、……くっ、……もっと、奥、触りたいよ、ディナ」

言って、もう一度唇を重ねる。スレンはあまり動かさず、オルディナに包み込まれたきつい締め付けと柔い感触を楽しんだ。感じやすいオルディナの身体は、唇を重ね合わせて舌を絡ませるだけで、膣中が脈動して心地がいい。少し動かすと、く、と吐息が溢れて、それすらももったいなくてオルディナの顎を支えて、唇に吸い付く。

もっと長く、深く触れたい。その衝動にスレンの身体が、さらにオルディナの身体を追いかける。

「好きだよ、ディナ、好き……」

「スレン……」

スレンの「好き」は卑怯だとオルディナは思う。空気混じりの柔らかいトーンの声が、囁くようにオルディナの耳に届いて、それだけで力が抜けてしまう。

つながりあう箇所は強い愉悦をもたらしているのに、それとは正反対の穏やかさで、スレンが倒れたオルディナの背中をそっと支えてくれている。2人ともそれほど動いていないのに息が荒く熱がこもっていて、その熱がもっと欲しくて、オルディナは思わずスレンの顎を指先で撫でた。

スレンの表情から力が抜けて、翡翠色の瞳が細くなる。この優しい色がオルディナは大好きで、そしてとても弱い。こんな瞳で優しく強く見つめられたら、何もかも許してしまいそうになるのだ。

あまり動かしてはいないが、身体の角度を変える度にじわりじわりと擦れ合う粘膜が、ゆっくりと愉悦を高めていく。このままゆらゆらと揺さぶられていたら、スレンの身体の心地よさに我を忘れてしまうだろう。

「スレ、ン、だめ、こんなと、ころ、……でっ……」

「……ここじゃなかったら、いい?」

「きゃっ……!」

「……く……っ」

スレンはオルディナの腕を掴んで自分の背中に回させ、「しがみついていて」と言い聞かせた。オルディナは「ん」と素直にスレンの首にしがみつく。スレンはオルディナの足を抱えて、繋がり合ったまま抱きかかえた。振動で中が動いて互いを締め付け、スレンが眉間に皺を寄せる。

「スレン、なに、こわ……い」

「大丈夫、絶対落とさないか、ら……あっ……あんまり締め付けないで、ディナ」

「だって、動いたら……やっ」

挿入したままオルディナを抱き上げて、スレンは部屋を横切った。そのまま扉を開ければ、オルディナの寝室は隣だ。もちろん、オルディナの身体を抱えて歩く程度スレンには容易い事だが、それとは全く別の余裕の無さだった。動く度に、先ほどのゆっくりとした動きとは全く異なる場所を下から突き上げるように擦られて、怯えるオルディナが怖がってスレンにしがみつくほど、それが深くなっていく。

このままオルディナを揺らしていても心地よいだろうけれど、スレンは寝台の上にオルディナを下ろし、飲み込むように被さった。

腕の中に閉じ込めてオルディナを見下ろすと、服も髪も乱れたままでスレンを見上げている。瞳に浮かぶ涙も、愉悦に思わず流したものなら、そのまま零れ落ちていく様子を見せて欲しい。

「ディナ、我慢できない」

そして、そんなオルディナの涙を見ていると、激しく動きたくてたまらなくなる。優しいスレンを脱ぎ捨てて、オルディナの身体を堪能したい。

もう既に高められていた2人の身体は、スレンが大きく動かすと一気に溢れた。嬌声を上げて身体を震わせるオルディナを、スレンがぎゅっと抱き締める。挿れている膣内なかがひくひくとうごめいているのを感じながら、スレンもそこに飛沫を吐き出した。一度引いて、ぐ、と奥へ戻すと、こぽりと粘ついた音がして、溢れた白濁が2人の間を滴っていく。

はあ……と荒く息を吐いているオルディナは無抵抗だ。スレンは自分をずるりと引き抜くと、くたりと倒れたオルディナの服に手を掛けた。片方だけ身に着けたままになっていた靴下も取って、脱げかけた下着も脱がせてしまう。

「ん、スレン……」

「うん、服、しわになっちゃうから」

「ちょ、と……」

オルディナが止めてと腕を伸ばしても、もちろんスレンは止めない。オルディナの着ているドレスはいつだって素敵だが、そうした隔たりすら邪魔なときがある。

身に着けていたものを全て取ってしまうと、ふくよかで白くて輝くようなオルディナの肌が現れる。胸元やお腹の辺りに、太ももに付けたのと同じ赤い痕が残っていて満足だ。一つずつその赤を撫でていると、オルディナが手を伸ばしてスレンの服に手を掛けた。

「スレン、も」

「ディナ?」

「私だけ脱ぐのは、嫌」

「わかった、ちょっとまって」

好きな女から服を脱いでと強請られて、喜ばない男なんていない。スレンは急いで自分の着ている服を脱いだ。時々オルディナの手がスレンの服の留め具を外して、肌に直接指先が触れる度に己が力を取り戻していく。

我ながら単純だと思わずにはいられないが、オルディナを前にすると何もかもの歯止めが利かない。

スレンはオルディナの身体に覆い被さり抱きついたまま、今度はくるりと体勢をひっくり返した。ぐったりしているオルディナの身体は簡単にスレンの腹の上に乗る。スレンはオルディナの背中を抱えるように腕を伸ばし、腰の丸みをぎゅっと握って堪能した。

オルディナの身体はどこも愛しくて、どれほど触っていても飽きない。特に太ももと、腰の双丘が大好きだ。胸の膨らみの柔らかみもほっそりとした首筋も滑らかな肩もしなやかな腰のくびれも好きだが、太もものふっくら感は何にも代え難い。

上半身を起こし、オルディナの身体をスレンに跨がらせて座らせる。

「スレン……?」

スレンは、ふ、と笑ってオルディナの腰を少し浮かせた。

「ん……っ」

オルディナの秘裂に勃ち上がったスレンのものを擦り付けると、一度吐き出した精が潤滑剤になってぬるぬるとよく滑る。そのまま行為を思わせるようにオルディナを動かしていると、オルディナもまた、スレンの肩に手を置いて腰に力を入れた。

「……あ、……ディナっ」

「ふ、……あ」

スレンの手を借りて身体を持ち上げると、すぐにぴたりと重なり合った。少しずつ腰を下ろしていくと、スレンのものをゆっくりと飲み込みんでいく。スレンの顔を見てみると、余裕を失って……それでも余裕のあるところを見せようと、オルディナに笑ってみせている。

「スレン……スレン」

「ディナ」

オルディナの手がスレンの首筋を引き寄せると、自然に唇が重なる。隙間無くぴたりと、お互いを食べるように重ね合わせて、互いに互いの身体を引き寄せ合った。スレンの力強い熱がどこまでも深く突き刺さり、オルディナの身体の全てに触れられているような気がする。

「ね、ディナ、ちょっと動いてみて……」

「え?」

「ほら、バランス取って」

動いて、なんて言われて、オルディナの顔が赤く染まる。座っている状態とはいえ、スレンの身体に跨がること自体にオルディナは慣れていない。スレンが気持ち好さそうにするのは嬉しいが、どうしても恥ずかしい。

だが、逃げようと腰を動かしても、自重でつながってしまった部分からは抜け出す事が出来ない。少し動かしたら、それだけで背中に激しい感覚が這い上る。そうしていると、今度は行き着けないそれに奥がうずうずと疼いていて、この疼きをどうにかしたくてたまらなくなってくる。

軽く、きゅ、と動かしてみると、途端にスレンの顔から余裕が無くなった。

それを見ているだけでも、胸がきゅんとする。

「あ、ディナ……そ、な、締め付けて」

はあ……と妖艶な溜め息を吐くと、スレンの瞳が獲物を定めるようにすうっと細くなった。

スレンの手に力が入り、オルディナの腰が軽く持ち上げられたかと思うと、その手が緩んでぐぐ……と繋がりが深くなる。引き寄せてがくがくと揺さぶられると、オルディナの最も好い部分が好い角度で抉られた。思わず細く鋭い声を上げると、スレンがなだめるようにオルディナの耳元に優しい吐息を忍ばせる。激しく強いのに、やさしく甘く溶けるようだ。

スレンの大きな手が、オルディナの首筋に張り付く髪を掻き分けて、頬を拭い、耳をくすぐる。下腹と背筋を這う色めいた快楽とは真逆の、穏やかで柔らかな心地よさに、オルディナは甘く混乱した。スレンがオルディナのことを「ディーナ」と呼ぶのも好き。激しい愉悦の中に、ほっと安堵できるような優しさが滲んでいるのも好きだった。

ギシギシと寝台のきしむ音と、荒い呼吸音が響く。

窓の外はまだ明るく、汗ばんだ2人の身体が光を反射してさらに白く見えた。

「……っ!……スレン、も……う」

「ん、あ、……ディナ、ワタシ、も」

断続的な運動を続けていたスレンは、一際大きく揺らして、最奥で己を留めた。高鳴った熱が一気に解放される悦に、思わずスレンの唇からうめき声が漏れる。オルディナの身体もまた悦びに打ち震えていて、濡れて柔らかく締め付けている。とくりとくりと脈打つ粘膜が、まるでやんわりと撫でられているようだ。

「スレン、……スレン、大好き、好き……」

「ディナ、もう……今、そんな風に言わないで」

スレンの頬をオルディナが包み込んで、ちゅ、と軽く唇を触れ合わせる。それだけでは物足りなくて、スレンはオルディナの柔らかな背中を捕らえると、重く深く口付けた。

指がオルディナの柔い肌の感触を追いかける。

もう少し、もう少し……オルディナを離したくなくて、スレンは寝台に愛しい恋人の身体を押し付けた。

****

寝台の上ではオルディナを翻弄するスレンも、事が終わって2人でぬくぬくと転がる時間になると、まるで大きな子供のように甘えたがりだ。蕩けるような声で「ディーナ」と呼んで、身体の全てを使ってぎゅっと抱き締めてくる。オルディナの心臓の音を聞こうとするように胸に頬を寄せ、肩に噛み付くように首筋に顔を埋める。

触れるスレンの髪が極上の毛布のように気持ちよく、オルディナが思わずスレンの頭を抱きかかえると、スレンもまたオルディナの背中や腰回りに大きな手を這わせた。この安心感は、スレンフィディナのお腹にもたれて眠っていたときの事を思い出させる。

「スレン、眠いの?」

「ん、……ディナも、少し眠ろう? ディナはね、たまには怠けないとダメ」

「もう、スレンったら」

確かにここ最近、眠る時間と食事の時間以外は、スレンと2人きりの時間は取らずに、書類とにらめっこの日々が続いていた。こんな風に怠惰な時間は珍しく、太陽の温度とスレンの体温に挟まれて眠るのは気持ちがよさそうだ。

スレンの手がオルディナの裸を優しく撫でていて、その心地よさにオルディナも少しずつ眠くなってくる。

それにしても、なぜだかスレンはやたらオルディナの太ももと腰まわりが大好きなようで、ただ単に抱き合って眠るような夜でも、そこを堪能するように手を広げ、揉むように指を動かす。

「ディナが乗るの、好きだな」

「え?」

むにゃむにゃとスレンがつぶやいて、沈みかけていたオルディナの意識が覚醒する。上に乗った……というのは、もちろん座っているスレンの膝の上に乗せられていた、あの姿勢の事だろう。しかし、あれはそもそもスレンが乗せたのだ。そう抗議しようと口を開くと、言葉を発する前にさらにスレンが被せてきた。

「いつもみたいに、上に」

「いつも……?」

抗議の言葉は、代わりに確認になる。「いつも」とはどういうことだろうか。最初は昼間だからダメだと拒んでいたのに、最終的にはオルディナの方も少し積極的になってしまったのは確かだが、いつもこんな風にしているわけではないし、いつもオルディナが積極的にスレンの上に乗っている訳ではない。

しかし、首をひねっているオルディナの黒い髪を梳きながら、スレンはむにゃむにゃと続ける。

「いつも聖苑ニールを駆ける時にさ、ワタシの背中に乗ってくれるだろう?」

「えっ」

スレンは小さく笑って、驚き顔のオルディナの瞼に口付けた。

「最近ディナは忙しくって、あんまり早駆けに連れて行ってあげられないけど……」

「え、ちょっと、スレン」

オルディナの顔がみるみる赤くなっていくが、スレンはどうやら気付いていないようだ。

「また近いうちに行こうね。サンドイッチ持ってさ」

「スレン、ちょっと待って、あの、スレン? スレン?」

「ん、眠いね。ちょっと寝ようよ、ディーナ。ねえ、寝る前のキスして、いつもみたいに……」

いつも就寝前に、オルディナからスレンの頬に口付けするのが日課だ。昼寝の様相を呈して、スレンが空気を含んだ声でオルディナに強請る。

だが、オルディナはそれどころではない。

「そ、そっか、スレン……スレンフィディナだから、嘘……」

「ディナ?」

どうして今まで気が付かなかったのか。

スレンフィディナの正体がスレンだと分かってから、真っ先に気が付くべきだったのに。

……いつも乗っていた愛馬スレンフィディナがスレン……ということは、スレンの背中にオルディナは乗っていたということになるのだ。鞍をつけるのを嫌がるようになったのはここ最近だが、……鞍を付けずに乗るというのは、すなわち直接スレンの背中に乗っている、ということで……。

しかも、しかもである。

本当に今更気が付いたのだが、自分はスレンフィディナと一緒に森の水場に出掛けて水浴びを日課にしていたのではなかったか。オルディナときたら、行儀悪く服を脱ぎ、その服をスレンフィディナの背中に掛けることまでしていた。まっぱだかでスレンフィディナに振り向いて、拭き布まで持ってきてもらって……。

「ちょっと、スレン、ねえちょっと!」

「ダメ、ディナ。夕食まで少し寝るの」

「寝る前に、ねえ、スレン!」

神様のくせに、こんなに無防備でいいのだろうか。オルディナはスレンを何度も揺さぶったが、一向に目を覚まそうとせず、それどころか「もーう、しょうがないなあ」と言って、動けないくらいにぎゅっと抱き締められた。

やがて健やかな息が聞こえてくる。

だがオルディナはそれどころではなく、今までスレンフィディナに見せてきたお行儀の悪い場面シーンを詳細に思い出しては悶絶する羽目に陥った。

****

暫くの間アルフォール王国第三王女さんのひめ愛馬スレンフィディナに乗る姿が見られなくなった。その件について、なぜか護衛スレンがかなり落ち込んでいたと噂されているが、真偽は不明である。