騎士団の務めは急を要するものが多く、定時帰宅の希望を出していても受理されないことは多い。国を守り、王を守ることが職務であるからしてそれは仕方がない。仕方がない……が、その日だけはどうしても定時に帰りたかったリウトウェルは、自宅の玄関の前でため息を吐いた。その日が昨日になってしまった今日、それを思ってももう遅い。
昨晩は、騎士団の全てが忙しい日だった。
国王に第一子が産まれ、王族の家族が住まう守備体制の改編が実施されることになったのだ。祝いの式典の準備もあり、第二第三騎士団からの団員の交代などもあった。それらの事務仕事が重なり、普段とは異なる忙しさだった。リウトウェルは第一騎士団という騎士団の中でも一位に当たる団の誉高き一員で、しかも騎士団長の三席副官である。ゆえに、団長が残業するときは彼も付き合わねばならなかった。
ちなみにリウトウェルの仕える団長は指揮官として、戦士として、求められる全ての才能を兼ね備えている男だが、事務仕事だけは全くもって不得意という典型な男だ。そんな彼の脇を固める名誉を得ているのは、常に冷静で事務仕事には比類なき力を発揮する主席副官、常に周囲に目を配り情報収集を怠らず文官(特に女性)との渉外はお手の物の次席副官、そしてこの二人のベテランに囲まれた三席副官が、団長の従卒を務めたこともあるリウトウェルだった。この面子の中、なぜかリウトウェルだった。
リウトウェルは武家の名門の次男坊ではあったが、それに甘んじない年齢の割に実力のある真面目な男だ。しかし、あの主席副官と次席副官に比べれば、リウトウェルなどヒヨッコもいいところである。にもかかわらず、登用されたのはリウトウェルの誇りだ。
よって、リウトウェルは残業ももちろん厭わないし、業務によっては長い間帰宅できないこともあると覚悟している。
しかしそんなリウトウェルにも、昨晩はどうしても早く帰宅したい理由があった。
リウトウェルはこう見えても新婚なのだ。そして、昨日は妻エイレーネの誕生日だった。だからこの日だけはどうしても定時に帰宅しようと決めていた。何日も前から計算して、日々の務めはどれほど激務であろうとも日程よりも前倒しにこなし、それ以上の務めも出来る限り詰め込んだ。それが功を奏し、当日までに大方の仕事は全て終わらせたし、時期的にもようやく落ち着いた頃合いだった。だから定時で帰ることができたはずだったのだ。それなのに、今日に限ってどうしても外せない案件が舞い込んだ。
余談だが、団長と主席副官と次席副官の3名は非常に男映えのする美丈夫だったが、なぜかまだ未婚であり、彼らより随分年下のリウトウェルのみが既婚である。ゆえにからかわれることも随分多く、普段は遠慮して、妻が待っているから早く帰りたいなど言えなかった。そんなリウトウェルがどうしても今日だけはと、融通を利かせてもらったからだろうか、残業中は団長から早く帰るよう何度も言われたし、主席副官が事務仕事の大半は己がやった方早いと仕事を奪われたし、次席副官は女性に必ず喜ばれるケーキのお店ベスト3を教えてくれた。
しかし、そう言われれば言われるほどなんだか先に帰ることができなくなり、結局リウトウェルは最後まで付き合ってしまったのだった。
もちろん家には連絡をしておいたが、エイレーネは大層残念がっただろう。なにしろ、結婚して初めて……夫と妻として初めて祝う誕生日だったのだから。
そんなわけで、リウトウェルの新妻の機嫌を損なわないためにも、上司3人から翌日の休みと共に、手土産を怠らぬようにとのアドバイスを貰った。手土産は次席副官オススメの、女性ならみんな喜ぶというイチゴミルクシフォンケーキである。
あとは誠心誠意謝って、明日が休日であることを告げればきっと大丈夫だ。
リウトウェルを出迎えたエイレーネは、ほんの少し苦笑を浮かべて仕事の労を労ってくれた。だが、リウトウェルはその奥に潜む寂しげな様子を見逃さない。いつも気が強いエイレーネであるのに、こんな風に寂しげにされると、反省するとともにキュンとしてしまう。
イチゴミルクシフォンケーキを頬張りながら明日が休みだと告げると、そっけない風に唇を尖らせた。だが、その様子は手放しで喜ぶのが照れ臭い、エイレーネの喜びの表現であることをリウトウェルは知っている。尖らせた唇をツンと突いてリウトウェルが真面目な顔をすると、エイレーネも頬を染めて俯いた。
肩を抱き、俯いた顎を追いかける。覗き込んで、掬い上げるように唇を擦り寄せると、エイレーネもまた少し動いた。やんわりと甘く唇が重なって、すぐに離れる。
離れた唇を追って、本格的にエイレーネの身体を抱き寄せる。近づいた距離に、もう一度唇が重なった。
今度は離さない。リウトウェルの舌がエイレーネの柔らかい唇をなぞると、吐息を求めるように微かにそこが開く。誘われるように入り込むと、濡れた感触と触れ合った。
小さく愛らしいエイレーネの舌を捉えて、唾液と共に絡ませる。
エイレーネと初めてこうした時は無我夢中で、あまりに勢いよくぶつかって鼻を打ってしまったけれど、大分上手くなったと思う。唇に触れるという行為に緊張していた心臓が、今はエイレーネの柔らかさや温かさに興奮して高鳴る。
呼気が溢れ、エイレーネの喉がこくんと鳴った。
リウトウェルの手が、着ているガウンの上を這う。まだ脱がさずに身体の曲線に添わして手を動かすと、エイレーネの身体が少し逃げた。だけど逃がさない。抱く腕に力を込めて、布の上から胸の膨らみに触れる。エイレーネの身体が一瞬強張り、すぐに崩れる。
堪らずガウンの袷から手を入れて、肌に直接触れた。湯上がりの肌は少し湿っていて、指先に吸い付くようだ。指先に力を入れると独特の柔らかみに沈む女の胸というのは、なぜこんなにも魅力的な柔らかさなのだろう。リウトウェルはエイレーネしか知らないから、エイレーネの胸が特別に柔らかく心地が良いのかもしれない。
無我夢中で揉みしだいて痛いと怒られたこともあったけれど、今は特別に優しく、丁寧に扱おうと決めている。丁寧に扱えば扱うほど、エイレーネが可愛らしい声をあげるからだ。案の定、指先を少し動かすと、硬いとも柔らかいともいえない尖りに触れて、エイレーネが切なげな声をあげた。
その尖りを指先に捉えたまま弾くように動かしていると、むずがるようにエイレーネが首を振った。
リウトウェルは頷いてエイレーネの乱れたガウンを丁寧に戻すと立ち上がり、きょとんとしているエイレーネの膝と腰を掬い上げて横抱きにした。
いわゆるお姫様抱っこというやつを、エイレーネはいつも恥ずかしがるのだが、その恥ずかしがり方がそれはもう可愛らしいのでリウトウェルはニヤニヤしてしまう。素直に抱き上げられたのは、結婚式のときだけだろうか。あの時も顔を真っ赤にしていて可愛かった。
頬をつねられても引っ張られても気にしない。エイレーネは全然重くないし、重く感じない自分の騎士として鍛えた身体が誇らしい。リウトウェルはいそいそと寝室へとエイレーネを運んだ。
夫婦の寛いでいた部屋の隣が、続き間になっていてすぐに寝室だ。
柔らかな寝台にエイレーネの身体をそっと下ろして、ガウンも下着も脱がせ、自分も上に被さる。簡単にここまで連れてこられたことに反発心が起きたのか、ムッとしてこちらを睨みつけているが、それも涙目で可愛らしい。リウトウェルに服を脱ぐよう訴えたので、もちろん急いで脱いだ。上掛けと毛布をめくってエイレーネを包み込み、自分もその中に潜り込む。
身体を低くしてエイレーネの唇を塞ぎ、そのまま首筋に舌を這わせる。大事にしようと思っているのに、歯を立てたらどうなるんだろうという誘惑に勝てず、軽く噛み付いてみる。途端にエイレーネの身体がびくりと跳ね上がり、次にポカンと頭を叩かれた。
だけどその程度、痛くも痒くもない。だが噛んだところは丁寧に舐めて、そのまま耳に這い進む。今日はなんだかそういう気分で、柄にもなく愛を告げると、目に見えて頬が赤くなった。
その間、指はずっと胸に触れていて、先ほど軽く触れた頂を今度は念入りに震わせる。親指が往復するたびに、エイレーネの太ももがいやらしくすり合わされて、感じているのだと伝えてきた。
顔をそのまま今度は下へと下ろし、空いているもう片方の胸に吸い付く。唇に咥えて、舌を大きく動かすと、思った通りエイレーネの身体が強張り、甘く温かな声を上げた。
こうしてエイレーネの身体の味に夢中になっていると、油断したように少しずつエイレーネの足が開いていく。そこに自分の太ももを割り込ませるように侵入させ、足が閉じられないようにした。足と足の間に指を伸ばし、軽く触れるとぬめりを感じる。
エイレーネの顔を見下ろすと、自分の奥が濡れていることに恥ずかしげに視線を逸らす。その頬を励ますように触れると、余裕を見せるリウトウェルの髪を悔しそうに引っ張るのだ。
もちろんリウトウェルだって余裕なんてない。
触れた秘部の奥へ深く指を沈み込ませて内壁をくすぐり、膣内が十分に潤っていることを確認する。
もう我慢できなくて、狭い入り口に屹立した熱を当てがって、ゆっくりと奥へ分け入って行く。入り口の花弁に先端が包まれただけで、リウトウェルの胸がドキドキと興奮した。
他の何とも喩え難い、この膣壁に包まれる感触。襞を掻き分け少し奥へ進み、そこから少し引き抜くと粘膜に纏わり付かれるようだ。今度は一番奥まで挿入する。激しく突きたい衝動を堪えて、じっくりと進むと奥に当たって吸い付かれた。ぬめる液が押し出され、ぬちゃりといやらしい音を立てる。
エイレーネがリウトウェルの背中に腕を回し、抱きしめ合うような形になった。奥まで挿入すると、エイレーネが観念したようにうっとりと息を吐いて、リウトウェルに優しい口づけをしてくれる瞬間が、とても幸せだ。
幼馴染から恋人に変わり、互いの親に隠れるように初めて二人でこうした時、エイレーネが痛がって結局最後まで出来なかった。何故かそれを悔しがったエイレーネは、自分達だってうまくできるはずだとリウトウェルを叱咤激励し、上手くできる方法を二人で模索したものだ。
そうして結婚して、もう何度エイレーネに触れたか分からない。しかし、いまだにエイレーネの身体のどの部分がどんな風に感じるのか、リウトウェルには知らないことばかりだ。よく観察しようと思うのに、結局最後はエイレーネに夢中になってしまう。
焦らす動きに耐えられなくなって少し身体を起こす。エイレーネの顔を覗き込んで唇を少しだけ触れ合わせ、徐々に腰を動かし始めた。
寝具が揺れて軋み、肌と粘膜が触れる音が重なる。声を堪えるエイレーネの喉から、堪えきれない声が揺れに合わせて溢れる。
その小さな声が止まって、エイレーネがリウトウェルにしがみついた。リウトウェルも最も奥で動きを止めて、快楽が弾けるのを感じる。
鼓動しているのは自分の心臓だろうか、それともエイレーネとつながっている熱だろうか。そう感じるほどどちらもどくどくと脈打っていて、離れがたい。
基礎訓練を行った後のような心地のよい疲労感と共に身体の力が抜けると、エイレーネのふくよかな胸を押しつぶすように身体を重ねる。いつもは重いと文句を言うくせに、リウトウェルが吐精した後にこうするときだけは、優しく頭を撫でてくれるのだ。
少し気が強いけれど、優しくてかわいいエイレーネ。
リウトウェルもエイレーネの頬に唇で触れて、汗ばんだ身体を抱き寄せた。きっと今日の夜は心地よい気怠さと共によく眠れるだろう。明日の朝もゆっくり出来るのが、何よりの楽しみだ。
……というところまで脳内で模擬戦闘を行い勝利したリウトウェルは、大きく頷き自分を鼓舞した。
イケる。
この流れでいけば、今度こそリウトウェルは勝利するはずだ。今度こそ。いつも頑張りすぎてエイレーネより早く寝てしまったり、お風呂に一緒に入ろうとして先を越されてしまったりしていたけれど、この流れでいけば間違いない。まず、エイレーネは1日遅れの誕生日祝いを笑顔で受け取ってくれるだろう。
妻の笑顔と自分の戦略の成功を想像して、夫はヘラヘラと笑う。
胸をそわそわとさせながら扉を開けて、リウトウェルはすうっと息を吸った。