その女は、樹の洞の中に閉じ込められていた。
男は人間族の族長で、百年に一度結ぶといわれる聖樹の実を得るためにこの地にきた。志を同じくする者は、男を合わせて六人居る。それぞれ、この大陸に住まう六種族の族長だ。
聖樹はこの大陸が出来たときからあったとされ、六種族の起源よりさらに古い。百年に一度結ぶ実は、あらゆる病や傷を治し、大陸に住まう人々、主に族長のような高位の者らを、病や老いの恐怖から守ってきた。このため、大陸に異種族間の争いはない。聖樹の実を分け合う種族同士が争うことは禁忌とされ、逸脱すれば実を得られぬからだ。聖樹の恩恵に預かる族長達は、ことさら他の種族との争いを避けた。
実を収穫する代わりに百年毎、族長にあたる者は儀式に参加せねばならぬという。しかしその儀式とは何なのか、誰も知らない。他の種族の族長らに聞いてはみたが知っている者はおらず、神官どもに聞いても無駄だった。
そしていよいよ儀式が始まり、男は聖樹の根元がある神殿の最奧に連れてこられた。
ただ連れてこられただけで何をせよとは言われず、男の後ろで扉が閉ざされる。
その場所は広く、目の前には確かに聖樹の根元が見えた。上を仰げば聖樹の枝が天井を貫き、空が見え、星が輝いている。白に近い薄桃の冷たい色の聖樹の花が、妖しいほどに咲き誇っていた。
そして、そこに、女がいた。
聖樹の根元の洞の中に、女が一人眠っていたのだ。
女はどうやら男と同種の人間族のようだ。柔らかそうな亜麻色の髪は腹に届くほどの長さで、緩やかに波打っている。白い肌に重なるのは、薄い肩掛けと腰に巻かれた美しい刺繍の施された布だけ。年の頃は十六、七だろうか。健やかに眠る様子は、まるで彼女自身が樹の一部のようだ。
身体に纏う布は豊かな胸や腰を隠しておらず、容易に触れることができるだろう。
むせかえるような花の香りに、男はグラリと酩酊した。ふらふらと誘われるようにしゃがみ込んで手を伸ばし、指先で女の頬に触れる。
女の長い睫毛が震え、ゆっくりと眼が開いた。幾度か瞬きをして、男を見る瞳は琥珀の色をしている。
男は性欲とも情とも分からぬ衝動に突き動かされて女の腰を掴み、自分の身体に引き付けるように引っ張り出す。ざわざわと葉擦れの音が聞こえて周囲を見ると、女の身体に蔓が絡みついていた。そのせいで、女の身体は完全には外に出ない。
しかしもう、それでよかった。女の腰に巻かれている布を捲ると、細かく連なった飾り玉がシャラリと音を立てる。太ももに目をやれば、下着は身に着けておらず、赤く溶けた女の秘部が露わになった。
視界の端で何かが動く。
顔を上げると、聖樹の枝がまるで蔓のようにうねって女の身体を這い始める。慌てて身を引くと、蔓が女の腰と足に絡みつき、赤く剥き出しになった裂け目へと入り込み、まるで男に見せつけるようにゆっくりと抽送を始めた。
どこかぼんやりとしていた風に見えた女の顔が、苦痛とも快楽とも分からぬ表情に歪んだ。唇を噛みしめて声を堪えていたが、ずるりと蔓が秘部から抜け出た瞬間、空気が混じったような切なく甘い声を吐く。
そうして、女から抜け出た蔓から透明な雫がぽたりと落ちた。腰に巻かれた飾り玉に掛かり、雫に濡れて光っている。女は少女のような危うさと、娼婦のような妖艶さがあった。
男はゴクリと唾を飲む。
国に帰れば妻が居る身だ。しかしこの衝動を止める理性はどこにもない。聖樹の花の香りは、男からただ雄の情欲だけを引き出した。
下履きを脱げば、男の欲望は獰猛な色で屹立している。女の腰をできるだけ引き出して、すでに濡れたそこに己をあてがった。
女の琥珀が男を見た。
男の心臓がギクリと跳ねたが、進む身体は止まらない。自身の硬い欲望はぬめる女の膣内 に容易く包み込まれた。吸い込まれるように奥を突くと、女が弱々しくも濡れた声をあげる。
その声が愉悦の声だと思うと、まるで目の前の女がただ一人、自分の性と精を受け止める、愛しい唯一の者であるかのように錯覚する。錯覚に身を任せ、腰を動かさずにはいられない。
女の柔肉は音を立てるほど濡れていて、男の欲望を受け止める。
それほど長くは保たなかった。女の膣内はあまりに好い。男は奥に引っ張り込まれるような強い愉悦を感じて、そのまま抜かれた。精が抜かれるとしか言えぬ感覚で、これまで感じたことのない快楽だ。
抜かれるに任せて吐精し、行為の余韻に浸りたくて女を見下ろす。
しかし、男が女の顔を見た途端、ザア……と音をたてて何本もの蔓が女の身体を引き寄せた。男のものはずるりと抜け、女の身体は元の通りに聖樹の中に引き込まれる。
男は愚かにも女のことを惜しいと思い、再び手を伸ばした。しかし、周囲の雰囲気が一瞬で変わる。女はまるで恋人に甘えるように聖樹に寄り添い、聖樹が男に対して怒りのような諦めのような……そして拒絶の意思をはっきりと表したのだ。聖樹が言葉を発したわけではない。しかし、男はこれ以上女に触れることを許されなかった。
そして理解する。これが儀式かと。
おそらくこの後、他の族長も訳の分からぬままここに来て、女の愛らしさと聖樹の花の香りに誘われて、洞の中の女と交わるに違いない。
洞の中の女が六種族の精を受け止める。それは一体何の意味を持つのか。男は聖樹の営みに空恐ろしさを感じて後ずさった。申し訳程度に服を調え、逃げるように聖樹の間を後にする。
男はこの時の女との交わりを、生涯忘れることは出来なかった。
聖樹は、永遠に近い時をこの地で過ごしてきた樹でありながら、百年に一度生まれ変わる存在だ。百年を掛けて育ち、完全なる聖樹となって実を宿す。そして実を落とすとその力は失われて今の己は死に、再び不完全な聖樹となってもう百年を廻る。
聖樹は雄も雌もない不完全な存在で、それゆえ女を利用し、大陸に住まう六つの種族の精を集める。
洞に閉じ込めた娘は、先ほど六人目の男から精を抜いたばかりだった。聖樹の花の香りによって身体の全ての時を止められ、長く続く行為の果てに大抵の女は気が狂うだろうに娘は違った。洞の中でまるで聖樹だけが拠り所のように蔓にすがりつき、時折甘い声を吐き、幾度も続く愉悦の波に翻弄されながらも、絶え間なく続く交わりに耐え抜いた。
己の蔓に縋りつかれながら、聖樹は娘の……足と足の間にそれを伸ばした。滑らかな肌を伝い、赤く腫れあがった花芽を摩る。疲れ果てていたはずの娘が、か弱い声を上げる。
先ほどまで男を咥え込んでいた部分に何本もの蔓を伸ばし、花弁のようなそこを開き、襞をなぞり、太く滑らかな蔓の一本をあてがう。丸い先端はまるで動物の雄の性器にも似て、ぬるぬるとそこを撫で、ゆっくりと侵入した。
これで六種族の精は揃った。あとは娘の子宮を取り出し己に取り込めば、聖樹は完全な存在となり実を宿す。
それは娘の死を意味する。
完全な存在になることは聖樹の役割だ。この愛らしい娘の腹を割いて食らい、己は完全な存在になり実を宿し、そして死なねばならない。
娘は幼い頃からこの聖樹に寄り添っていた稀有な少女だった。普通、神殿に仕える者は聖樹を怯えて近づかない。それなのに、娘は神官の目を盗んではここに来た。その日あったことや己の身の上を語り、若い枝が芽吹けば喜び、嵐の日は小さな身体で樹の幹を守るように側にいる。娘が天井から伝う雨露に濡れてしまわぬよう、聖樹は蔓を伸ばして身体を覆い、苔と若葉を寝床に娘と過ごした。
聖樹は娘を愛しいと思い、欲しいと思った。そして娘が己の枝に蕾を一つ見つけた日、とうとう聖樹は娘の身体に蔓を巻き付けたのだ。亜麻色の髪をくすぐり、耳を撫でて葉擦れの音を聞かせ、服に忍び入り胸の柔らかみに触れ、下腹の秘所を探って濡れたそこを確かめた。
娘がまるで男と交わるように秘所を濡らし、聖樹の根元に倒れこむ。蔓の愛撫に身を委ねる様子は愛しかった。奥をこじ開け破瓜の血を吸い、娘と一つになったような歓喜を知る。蔓を撚り合せ、人の子の逞しい腕に見立てて娘を抱きしめれば、温かな身を寄せる。それは紛れもなく、聖樹の情愛だった。
何故、樹が人を愛してしまったのか。己の役割を忘れるほど。
神殿にとっては前例のないことだ。聖樹は雄でもなければ雌でもない存在であるのに、「雄」として女と交わった。
聖樹の営みの綻びを感じた神官達は、娘を聖樹の贄にするために洞に閉じ込め祈りを捧げた。香を焚かれると、聖樹は己の役割を思い出す。
そうして、儀式が始まったのだ。
聖樹は己の身に携えた娘を六人の男達に差し出さねばならなかった。せめて娘を手荒に扱われぬよう、男を惑わせるしか聖樹には出来ない。人間の男はまだいい。中には性器を二つ持つ者もいれば、長い時間をかける者もいた。おぞましい大きさの者も、幾度吐いても抜けぬ者もいた。それらは皆、聖樹の花の香りの中で女を愛して交わった。
聖樹には成し得ぬことをする、娘と同じ形をした者達がひどく憎い。なぜ自分は樹であり、娘は人間であるのだろう。抱きしめる腕も娘と一つになる身体も愛を囁く声も無く、口付けすら叶わない。出来ることは娘の身体を引き寄せて慰めるだけだ。
そして、最後には愛する娘の腹を裂かねばならない。自身が完全な存在になるために。
聖樹は怒りに葉を震わせた。
娘を食らうために挿れたはずの蔓を、愉悦を引き出すためにゆっくりと抽動し始める。
くちゅりと音がして、娘が濡れた甘い声を上げた。葉を下ろして頬に触れ、女の胸に蔓を絡めて頂をくすぐる。触感などないはずなのに、聖樹は娘の身体を感じていた。柔らかい膣内が鼓動する度に粘膜が絡みつき、言葉など通じないはずなのに娘が聖樹を望んでいることを知る。
娘が手を伸ばした。
それに応えることのできる逞しい雄の身体が無いことが切なく、苦しい。
それでも蔓と葉を撚り合せて、娘を包み込み抱き締めた。娘の中が脈打ち、達した愉悦が聖樹にも伝わる。どうしてこれほど、この娘と感応するのか聖樹には分からない。しかしもはや自分はこの娘と離れることはできぬ。
聖樹はとうとう己の営みに憤り、百年を掛けて育ててきた己の役割を捨てた。これまでの気が遠くなるほど何度も繰り返してきた、無数の百年を捨てた。
神殿が葉のざわめきで包まれた。神殿を覆うすべての葉が震えて、風も無いのに音をたてる。そうして、何事かと思い集まってきた六種族の族長達と神官達の目の前で、聖樹から花がぽとりと落ちた。
神官どもが狂ったような悲鳴を上げる。
実を結ばぬ聖樹から花が落ちるなど、あってはならぬことだった。これでは実が結ばれない。実は収穫できず、人は病に怯えて生きていかねばならない。
しかしそんなことは聖樹にとってどうでもいい。そもそも聖樹に完全な存在であるように求めたのは、貪欲になった人々だ。
始めはただそこにあっただけで、いずれ枯れ落ちるような樹だったはずだ。人々はただ樹に寄り添って風雨から身を守り、その実の恩恵に預かっていただけだった。しかし樹を失うことを恐れた人々が、朽ち果てることを許さなかった。百年ごとに実を宿しては生まれ変わるよう、女を与え、男を与え、樹ならざる樹であることを求めたのだ。幾千も繰り返される残酷な儀式の中、聖樹は完全な存在になるために何度も死に、殺さねばならなかった。
しかしそれはもう終わる。
自分が守りたいのは、欲しいのは、大陸の人々でもなく己の役割でもなく、この愛らしい娘だけだと気が付いた。
洞の中に守る娘に聖樹はさざめく葉の音で語りかける。
娘が微かに笑って頷きそれに答えた。
聖樹は己の中に娘を閉じ込め洞を封じる。不完全な存在のまま、もう生まれ変わらない。次の百年は失われた。実はならぬまま花は散り、生まれ変わらぬままただの樹として生き、いずれ老いて枯れるのだ。愛する娘と共に。
それまで娘は離すまい。いや、枯れ落ちたとて離すまい。
聖樹の恩恵が無くなり、六つの種族は均衡を崩す。いずれかは滅び、いずれかは覇権をとった。その間もずっと聖樹は大陸の上にあったが、実を結ばぬただの老樹に祈る者はいない。
そして、かつて聖樹と呼ばれた樹が朽ちる頃。
亜麻色の髪と琥珀色の瞳をした娘が、老樹の幹のような茶色の髪に翠の瞳を持つ若者と出会い、恋をし、幸福な夫婦となったのだが、それは歴史などに残ることのない、誰も気にもとめぬような些細な営みの一つである。