灰かぶりではない、ある童話

獅子は宵闇の月にその鬣を休める」より。パロディ注意。
あくまでもお遊び童話としてお楽しみください。


あるところにりっぱな騎士さまの夫婦がいました。

奥方はコーデリアといいます。コーデリアはきりりとした美しい笑顔のやさしい貴婦人であり騎士でした。旦那さまはバルバロッサといいます。バルバロッサは渋みのある…それでいながら茶目っけのある瞳の、誠実な紳士であり騎士でした。

その夫婦はとってもなかよしでいました。けれど子供ができないので、とってもかわいらしいふたりの娘を養女にもらいました。

ふたりに育てられたふたりのかわいらしい娘は、笑顔の美しい、誠実で少し茶目っけのある娘にそだちました。

ひとりはぞうげの肌に黒い髪の娘で、リューンといいました。
もうひとりは、白い肌に綺麗な金色の絹のような髪の娘で、オリヴィアといいます。

ふたりの娘は夫婦の教育がよかったのか、はたまたよくなかったのか。贅沢もせず、いつも質素な灰色のワンピースを着て暮らしておりました。おまけにふたりは、普通のお嬢様なら嫌がるようなことも、嫌がらずにたのしくやるのです。水くみだって、ごはんづくりだって、皿あらいだって。使用人たちが止めても、夫婦がそんなことまでやらなくてもいいんだよと呆れても、ふたりはいろんなことに興味をもって、たのしく家の仕事をして暮らしておりました。

さて、あるとき、王さまがパーティをひらくことになりました。そして、パーティーにきたひとのなかから、王さまははなよめをえらぶということでした。ふたりの娘はパーティに招待されました。

しかしパーティの招待状を持ってきたシドという従者にバルバロッサはきっぱりと断りました。

「アル坊なんぞにうちの可愛い娘はやれん!」

バルバロッサはたいそうふんがいして言いました。

「まったくだ。そもそもパーティにきたひとから……などという安易な考えが気に食わない」

腕を組んでコーデリアも同意しました。

「まあ、あのはらぐろい宰相が考えそうなことだが」

ちなみにアル坊というのは王さまのことです。王さまのなまえはアルハザードと言って獅子のように怖いひとでしたが、バルバロッサとコーデリア夫妻には、なぜか頭があがらないのでした。ちなみに、王さまのそばではいつもはらぐろい宰相がわるだくみを考えていて、どうやってあくとく貴族をあぶりだそうかとか、どうやってうっとうしい貴族をだまらせようかと、つねづね策をねっているのです。こんかいのパーティも、おそらく王さまのよめを取るなどというのはまったくのうそで、妙なうごきをするたちのわるい貴族をさそいだそうというこんたんでしょう。

そんなあぶないパーティにだいじなむすめを参加させるわけにはいきません。

それを聞いて、ふたりの娘はにっこりわらいました。

「じゃあ、欠席にしましょう。面倒だし。ね、オリヴィア」

「私もべつに行きたくないわ。旦那様になる人は自分で決めたいもの。ね、リューン」

うふふと顔を見合わせてリューンとオリヴィアは頷き、そんな娘ふたりにバルバロッサもコーデリアも、まんぞくそうに笑うのでした。

困ったのはシドでした。招待状を渡した娘さんからお断りの返事をもらうわけにはいきません。なぜなら、招待しているのは王様、とても偉いそして怖い、あの獅子王なのです。「面倒だし、べつに行きたくないそうです」…などと報告したら、いい顔をしないにきまっています。シドは獅子を怒らせたくはありませんでした。シドには子供がいるし、奥さんだってかわいいし、いまだに新婚気分でしたから。

「そこをなんとかお願いします。……出席したからといってかならずしも王に選ばれるというわけではありませんし」

「シド、私らのむすめが選ばれないとでも言いたいのか」

「いや、そういうわけではなく」

ムっとしたバルバロッサの声にあわててシドは首を振って、困った顔をしました。そうした困ったようすをみて、リューンもオリヴィアも困った顔をしました。どうやらじぶんたちがパーティに行かないと、このシドという人が怒られそうないきおいです。

「……どうする、ヴィア?」

「うーん……少しだけなら行ってもいいかしら……」

「美味しい料理だけ食べて帰る?」

「そうね、美味しいワインもあるかもしれないし」

美味しい料理に美味しいワイン。なるほど、それを楽しむだけならばいくかちがあるかもしれません。ふたりはぼそぼそと相談して、やがて意をけっしました。

「わたしたち、行ってみます」

「行ってみるだけ。ね」

「ふうむ……」

ふたりが行きたいというならばしかたがありません。バルバロッサとコーデリアは、家令のラズリと侍女頭のアルマを呼んで、言いつけました。

「パーティに来るどの娘らよりも地味で、それでいながらパーティに恥ずかしくないような姿にするように」

こんな無茶ぶりにラズリはこころえたように頷き、アルマはうでをまくります。家令と侍女の本領発揮というわけです。

リューンは青灰色で飾り気の無いドレスを、オリヴィアはカスタード色のシンプルなドレスを身に着けました。髪の毛は結わずに下ろして、庭に咲いているふたりが育てた花を飾るだけにしました。宝石もそれぞれ瞳と同じ色のちいさなペンダントをつけるだけです。

ラズリはふたりにいいました。

「よいですか。よのなかにはセクハラする危険な輩もたくさんおります。変態とおぼしき人に声をかけられたらそれよりも大きな声で周囲に助けを求めること、ひとりで無茶をしないこと、お約束ください」

「約束するわ」

「約束するわ」

ふたりのむすめは力いっぱい頷きます。

それから、バルバロッサとコーデリアは思案して「淑女たるもの、かならず24時に帰って来るように……」と、ふたりに魔法をかけました。24時になったらお化粧がおちるという魔法でした。お化粧をしたまま一晩すごすなんて、淑女としてあるまじきことだからです。

****

「ねえ、この魔法やばくない?」

「まあ、リューンったら、せっかくバルバロッサ卿がかけてくれたのに」

「だって、24時になったら化粧落ちるって、こわいわー、まじこわいわー」

「リューンはお化粧を落としてもさほど変わらないじゃない」

「えー、オリヴィアに言われたくない。オリヴィアの方が変わらないよ色白いし」

あはは、うふふ……と笑い合いながら、パーティ会場に到着したふたりは、それぞれ目的のばしょにいきました。リューンはかわいらしいお菓子をたくさんとって、庭にさんぽにでました。オリヴィアは出されているワインの色を観察し、これをイチゴのワインにできないかしらと考えたりしておりました。ふたりのむすめはたいへん地味な装いでしたから、華やかなドレスに身を纏った娘さんたちに紛れて、だれもそのようすにきづきませんでした。

リューンはババロアやトリュフショコラやロールケーキやタルトをお皿に好きなだけとって庭にでると、あずまやのベンチにすわってうきうきとほうばりました。

「さっすが城。すごい美味……」

もちろん家の人たちがつくってくれるお菓子もおいしいものですが、さすが王さまの口にはいるものは違います。今度、オリヴィアと一緒につくってみようともうそうをふくらませました。特においしいのがクルミのキャラメルタルトでした。ぎっしりと入ったこうばしいクルミと、そのまわりにながしこまれた甘く煮つめたキャラメルの味わいが口の中においしくひろがります。

「うっわ、これも美味しい……」

「こんなところで何をしている」

突然かけられた低い声に、ごふっ……! とむせそうになったリューンは顔を上げました。リューンの前にゆうぜんとあらわれたのは、濃い金色の髪の獅子のようないでたちのおとこです。とてもりっぱな群青色のふくに、真っ黒のマントをはおっております。リューンはみたことのないおとこでしたが、ひとめでわかりました。きっと王様です。それいがいありません。ピンチです!

リューンは獅子をしげきしないようにゆっくりと立ち上がり、まずもぐもぐと口の中のタルトをそしゃくしました。つぎにそれをごっくんと飲み込み、一緒にもっていたイチゴのジュースをくちにはこびます。その間もじりじりと東屋のベンチから離れ、獅子からちょっとずつ距離をはなそうとこころみました。

王様はそうしたおかしなリューンのうごきを、えんりょなくじろじろとうえからしたまでくまなく舐めるように見ておりましたが、リューンの喉からお菓子がなくなり楽になった様子をみてとると、ゆっくりとちかづいてきました。

「ストップ!」

「なんだ」

「それいじょう近付かないでください」

「なぜ」

だって、とても危ない感じがしませんか。こんな暗がりでケーキを食べている娘さんをだまってながめているなんて、変な嗜好としか思えません。けれども警戒しているリューンをよそに、王さまはへいきなかおで近付いてきました。

とうとう腕をつかまれて、あごに指をかけられました。

じー……とリューンをみつめる群青色のまなざしはとてもちからづよくて、いがいとまじめそうでした。が、しかし、そんなところでこころうごくリューンではありません。

「名はなんという」

「……」

リューンはだまりました。言わないリューンにじれて、王さまはさらに身体をくっつけてきます。

「聞こえぬのか」

「聞こえません」

「聞こえているではないか」

王さまはリューンのほほに手をのばし、腰にうでをまわしました。

そして、そのたくましい手はやわやわとリューンの腰をさわり、お尻のまるみをなでました。しょたいめんなのにこんなことをするなんて。

変態です。

リューンは、すう……と息をすいました。

「へんた、むぐぅ」

へんたいだー!とさけぼうとすると、ゆっくりと王さまの唇がリューンの唇をふさぎました。

しょうじき、王さまはパーティなんてきょうみがありませんでした。たいして酔ってもいませんでしたが、よかぜにあたろうと思って庭にでてみると、見たことのない地味なむすめがひとりでおいしそうにデザートをほうばっているではありませんか。そこで王さまは声をかけてみたのでした。

地味だなとおもっていましたが、よくよく顔の造作をみてみると、このむすめはとてもきれいでなめらかでした。地味だとおもっていたドレスもふれてみるとかなり上質なきじです。ふれてみてはじめてわかりましたが、このむすめはそうとう上流階級のむすめがわざとに地味なかっこうをしているとしかおもえません。しかもその地味さかげんもとてもよく似合っていて、まわりのおんなたちの派手なドレスで目がちかちかしそうだった王さまのこころも、ゆったりとやすらぐようでした。

つまり、王さまはこのむすめをとても気に入ったのです。

気に入ったのならば、このむすめのことをもっとよく知らなければなりません。だから、息をおおきく吸ったときの愛らしい唇をみて、おもわずそれをうばったのでした。やさしくしたつもりでした。やさしくするつもりでした。それなのにむすめときたら、あふあふと息をはき腕の中でもぞもぞとあばれて王さまのこころとかからだとかいろいろ、よけいにあおります。

ぷはあ……とリューンが王さまの顔からなんとかのがれました。

「すみません離してください」

「離すと手触りが分からぬだろう」

「手触りって何ですか。……わたし時間がありませんのでこれで」

「時間ならたっぷりある」

「いいえ、もう帰ります」

「なぜ。もう少しここにいろ」

「いやです」

「いろ」

「いやです」

「くどいな」

「そっちがしつこいんです」

そのときです。

ゴーン。

ふんいきをぶちこわすような……といっても、リューン的にはべつだんいいふんいきでもありませんでしたが……鐘のおとが聞こえてきました。24時をしらせる鐘のおとです。まずい。化粧がおちる。リューンは、ばっ! と王さまの目をふさぎました。

「……なんの遊びだこれは」

「化粧がおちます」

「誰の」

「私の」

「……」

「だから帰ります」

「待て」

「いやっ!」

ゴーンと最後の鐘のおとがなってしまいました。ふわりときれいな金色のひかりがおりて、リューンの身体をつつみます。おもわず王さまがうでをゆるめると、そのすきにするりと逃げました。なるほど、化粧がおちて恥ずかしいからさっさと帰って来いといういみではなく、ちかちかして相手をひるませて逃げるわけです。バルバロッサの周到な魔法にリューンは感嘆しました。たぶん、バルバロッサの本意とはことなりますが。

「おい、待ってくれ」

いままで上から目線の俺さま王さまな口調だったのに、きゅうにこころにうったえるような声で王さまがリューンを呼びました。おもわずリューンは振り返ります。

化粧をおとしたリューンと王さまの目があいました。

「いや、無理。むりむりむりむり、彼氏でもない男に素顔さらせとか淑女として絶対無理!」

ぴゃっ……! とリューンは逃げてしまいました。

逃げられてしまった王さまはあわてておいかけたりはしませんでした。ふ…とよゆうのため息を吐いて、やみのなかに声をかけます。

「スフ。……あれを追いかけて、まもれ」

「は」

小さいへんじがきこえて、庭はしずかになりました。

****

いっぽう、オリヴィアのほうはというと美味しいワインの味見ができて、とても幸せでした。オリヴィアはワインのけんきゅうもしているのですよ。将来はソムリエです。

「このワインいい香り。マスカットかしら」

だれもオリヴィアのことを気にとめていませんでしたが、たったひとりだけ、そのうつくしい金髪をしかいにおさめているじんぶつがいました。金髪についになるような銀色の髪のきれいな男の人です。

その男の人はめがねをぐいぐいなおしながら、じっとオリヴィアのことをみておりました。

「あやしい。ワインのことばかり気にしている」

男の人はよりによってあのはらぐろい宰相でした。はらぐろい宰相はわるい貴族をさがそうと、かいじょうをくまなく見ておりましたから、オリヴィアのことも見ていたのです。ワインばかり気にしていて、もしかしてワインに毒をいれようとしているのかもしれません。

「おじょうさん」

宰相はオリヴィアに声をかけました。声をかけられたオリヴィアはワインから目を離し、きょとんとした顔で宰相をみあげます。そうして淑女のほほえみをうかべて、ドレスの裾をつまみ、ていねいな礼をとりました。

そのかんぺきな所作に宰相はいささかおどろきました。あどけない表情はとても毒をもろうとしている悪女には見えません。わるいことをしていればはらぐろい宰相には分かると自信はあったのですが、このオリヴィアの榛色の瞳はまったく純粋で、うたぐった自分をはずかしくおもってしまうほどでした。

どなたかしら?

……と、首をかしげてちょこんとまっているオリヴィアを見下ろして、あわてて宰相はなのります。

「しつれい。私はライオエルトともうします」

「ライオエルトさま?」

とてもすんだ声でした。ふんわりとくうきがまじっているようで、宰相のはらぐろいこころもちがいまだけでもきれいにあらわれていくようです。

宰相はオリヴィアのからだをかいじょうから隠すようによりそいました。

ふしぎそうに宰相を見上げながら、オリヴィアがふたたびほほえみます。

「オリヴィアともうします」

「オリヴィアひめ」

「ひめだなんて」

くすくすとわらってさりげなく、オリヴィアは宰相から距離をとりました。もうそろそろじかんですし、あまり男の人と話していてはならないとラズリにいわれています。

けれども宰相はもうすこしオリヴィアと話してみたくて、おもわずその手をつかみました。

「まってください」

ゴーン、ゴーンと鐘が鳴りはじめました。

まっすぐにふたりは見つめあいます。オリヴィアになにかこうように見つめる宰相のあおい眼はとてもきれいでめがねをかけていて、オリヴィアはみとれてしまいました。めがねをかけているし、わるだくみばかりかんがえているはらぐろい宰相にはとても見えません。めがねがとても似合っていたので、すこしだけなごりおしいな…とおもいましたが、それでもふりきるように宰相の腕から離れました。めがねをかけたこんなにきれいなひとに、お化粧をおとした顔を見られたくはありません。

ゴーン……とさいごの鐘の音がきこえます。

「オリヴィアひめ!!」

オリヴィアは顔を見られないように宰相の手からのがれました。金色のまほうのこなをきらきらとまといながら走り去るうしろすがたに宰相はいっしゅん足を止めましたが、あわてて追いかけました。

****

「ヴィア! ヴィア!」

「リューン!」

オリヴィアが会場からでてくると庭のほうからリューンもはしってきて、オリヴィアをぎゅうとだきしめました。オリヴィアもリューンをぎゅうとだきしめます。「無事でよかった」となみだぐみました。

「あ、わたし、お化粧が」

「ヴィア、お化粧おちてもぜんぜんきれい」

「リューンも」

「ほんと?」

「ほんとうよ」

「やだ、ヴィアったら」

「うふふ」

あはは。

そんなふうにわらいあいながら階段をおりました。するとあまりにふたりともきゃっきゃしていたため、階段のとちゅうでつるんとすべってしまいました。

「きゃっ」

ふたりは階段からころげおちてしまう……とおもわず身体をこわばらせました。しかし、ふたりの身体はかたく強い腕にうけとめられました。オリヴィアとリューンと、それぞれ片方の腕にひとりずつうけとめられたのでした。

うけとめた相手をリューンは見上げます。それはまっくろの衣装にまっくろのローブをかぶった、見た事のない男の人でした。淑女としてはしたないと思いながら、ローブの中をのぞきこみます。

ローブの中の顔をみて、かあ……とリューンの頬がそまりました。

しかし、おれいを言う前にその人はふたりの身体をしっかりとその場に立たせて、どこかへ消えてしまいました。

「おれいをいえなかったわ」

「そうね、リューン」

「行きましょう」

「行きましょう」

「オリヴィアひめ!」

ふたりが階段をふりむくと、なんとうしろから宰相がおいかけてきました。おまけに、よゆうな態度の王さまがわるい笑みをうかべて、ゆっくりとこちらにきているようすも見えます。

「逃げられぬぞ」

いいえ、逃げますとも。

ふたりは走って走ってむかえにきていた馬車に飛びのりました。馬車のなかで、すがおみられなかったかな?……とふたりで渋いかおをしていましたが、そのあとは、おいかけられたことは忘れて、もっぱらお菓子の話とワインの話と、そしてさいごにみた黒いローブのひとがどれほどすてきだったか……と語る、リューンのどくだんじょうになりました。

けっきょく、バルバロッサと黒いローブのひと、どちらがかっこいいか、というけつろんはでませんでした。

****

翌日のことです。

バルバロッサとコーデリアの夫婦のところに、りっぱな馬車が1台とまりました。そしてその中からさきぶれの騎士ヨシュアが出てきます。みずから出迎えたバルバロッサにきょうしゅくしながら、ヨシュアは伝えました。

「王さまが来られました」

「『アル坊か、なんの用だ』……と返せ」

とだけ言って、バルバロッサはとびらをしめました。

かわいそうにさきぶれのヨシュアは、その言葉を一字一句王さまにつたえなければなりませんでした。

「あ、あ、ある、ある、ある坊」

「ヨシュア、それ以上言うな」

馬車のなかにいたりっぱなおとこのひとが、じろりとヨシュアをにらみました。ヨシュアは、ひい……とおかしな声を出しました。

ヨシュアの反応をむしして、おとこのひとがゆうぜんと馬車のなかからおりてきました。かたわらには、はらぐろそうな宰相もいます。

「バルバロッサ卿」

「アル坊か、なんだえらそうになったものだな」

「恐れ入ります」

実はバルバロッサは王さまの先生をしたことがあるのです。あの王さまがアル坊とよばれ、なおかつ敬語をつかっておられる。ヨシュアはドン引きしながらもことのてんまつを見守っておりました。

「こちらにリューンというむすめがいるとおもいますが」

「いないと言ったらどうする?」

「いるのですね」

ふん……とバルバロッサはおもしろくなさそうに息を吐きました。となりにならぶコーデリアもあきれがおです。

「お前、影をよこしたな」

「どのようなものに狙われるかわかりません」

「リューンをどうするつもりだ」

「決まっています。きさきに迎えるのです。あれほど俺のきさきにぴったりの者はありますまい」

バルバロッサはしかたなく、リューンをよびました。じつのところバルバロッサも、この王さまのおきさきに自分のむすめ以上のものはあるまいとおもっていたのです。

リューンはむっとしながら王さまの前にでてきました。王さまがリューンに手をのばします。

「見つけたぞ」

「知りません」

「俺はしつこいからな」

はあ……とリューンはため息をはいて、その手をとりました。だって、この王さまの群青色の瞳と力強い腕を、リューンはちっともきらいじゃないのです。

こうして、リューンは王さまにつかまえられました。

王さまはリューンがじぶんのおきさきになるということで、とてもごきげんです。そんな王さまのごきげんを見て取って、馬車で城に向かうとちゅう、リューンは王さまにたずねました。

「ねえ、あの黒いローブの人はなんていう方ですか?」

そのときのリューンのあまりにきらきらしたうるんだ瞳とほんのり染まった頬に、王さまはいっきにふきげんになりました。自分にそんなきらきらした瞳は見せた事がないくせに……。

そうして、馬車のなかでリューンは王さまによけいなくちをきかぬようにいろいろなことをされたのでした。馬車というのはいいものです。密室ですし、ゆれます。

ちなみにはらぐろい宰相はどうしたかというと、家じゅうが王さまとリューンに気をとられているあいだに裏庭にまわり、しんぱいそうに玄関を覗いているオリヴィアの背後をとりました。

「オリヴィアひめ!」

「ライオエルトさま?」

「まさかこんなところで、ふたたび会えるとは……」

もちろん、まさかなどではありません。ぐうぜんをよそおいました。ぐうぜんの再会というロマンチックは、おんなのこなら誰だって好きなものです。おまけにふたりはたがいに惹かれあっておりましたから、手をとりあうのは簡単でした。こうして宰相もオリヴィアをおよめさんにすることができそうでした。

まもなく、王さまとリューンの、そして宰相とオリヴィアの結婚式がおこなわれました。

なんやかんやありましたが、ふたくみの夫婦はたのしくしあわせに暮らし、王さまははらぐろい宰相とバルバロッサとコーデリアの力をかりて、騎士たちや影のまもりとともに、国をりっぱにおさめたのでした。