額:祝福、友情(『獅子は宵闇の月にその鬣を休める』)

『獅子は~』より、リューンと……?


陽王宮の中庭を皇妃のリューンと幼子が手をつないで歩いている。リューンが見下ろすと、挨拶をするように小さく膝を折った。その仕草にリューンが楽しげに微笑む。ふわふわと毛先が巻いた薄い金髪に、きれいな蒼い瞳。まるで人形のように愛らしいが、人形とは違っていきいきとした表情を見せる、この子供の名前はアデリシア。宰相ライオエルトの愛娘である。

つい先日、アデリシアは4歳の誕生日を迎えた。

リューンはアデリシアの名付け親だ。リューン・アデイルという名前から取って「アデリシア」……愛称は「アデル」という。アデリシアは身分も申し分なく、ちょうどその後生まれたリューンの双子の子供達とも歳が近いため、遊び相手として陽王宮に招かれることが多い。

だが、今日はリューンとアデリシアの2人で中庭を散歩していた。

リューンは中庭のベンチにアデリシアを伴い、並んで座った。リューンはアデリシアの金色の髪をそっと指で梳く。リューンの黒い瞳はとても優しく、自分の息子や娘達に向けられる瞳とよく似ていたが、それよりも少し甘い。

「4歳なんてあっという間ね。すぐに大きくなってしまうわ」

「でもでも、リューンさま。おとうさまは、まだおちゃかいにはでてはいけませんって、いうのです」

「お茶会?お父様やお母様が出席するお茶会は、確かにまだ早いかもしれないわね」

「でも、リューンさま。わたし、このあいだおかあさまにおちゃのいれかたをならいました」

「まあ、本当に?では今度、私と陛下にも淹れてくれる?」

「はい!」

陽の光のように明るい笑顔を向けたアデリシアにリューンは笑った。アデリシアはいつもリューンに一生懸命、家であったことや、父のライオエルト、母のオリヴィアが何を話してくれたか、そんなことを話して聞かせてくれる。リューンはアデリシアのたくさんの嬉しい話や、かわいらしい悩み事を聞くのが楽しく、アデリシアがリュケイオンやウィルヘルミアに会いに来ているのだと分かっていても、ついついこうしてアデリシアを独占してしまうのだ。

楽しげなアデリシアの顔を、リューンが覗きこむ。

「それならば、リュカとミーアを招待して、お茶会を開きましょうか」

「ほんとうですか?」

「ええ、本当よ。そうね……そうと決まったら、他に誰を招待しましょう」

「それなら、わたし、リューンさまと、おとうさまと、おかあさまと、へいかをおよびしたいです」

「アデルは、陛下が怖くないの?」

リューンは指を折りながら答えるアデリシアの髪を梳く手を止めて、少し首をかしげて問い掛けてみた。アデリシアは大きな蒼い瞳をますます大きくして、じっとリューンを見つめていたが、花がほころぶように笑い返して頷く。

「こわくないです。だって、リュカとミーアのおとうさまですもの!」

「そう」

「それに、いつも、リューンさまとなかよしです」

「あら、そうね」

くすくすとリューンが楽しそうに言って、愛しげにアデリシアの顔を眺めた。ふと、リューンはアデリシアの首に小さなペンダントが掛かっているのを見つけた。子供用のサイズに直しているペンダントには、アデリシアの瞳と同じ色の石が掛かっている。

かつてリューンが見たことのあるペンダントだった。

「綺麗なペンダントね」

「ありがとうございます。これ、おかあさまがくれたの」

「オリヴィアが?」

「はい。おかあさまはおとうさまがくれたものをつけるの、っていって」

「アデルの瞳と同じ綺麗な色をしてるわね」

「これ、リューンさまがくれたのよっていってました」

その言葉に、リューンが少し驚いたような表情をした。その後、なぜか安堵したように瞳を潤ませて、ため息を吐く。

「ええ、そう。……それは、それはリューンのペンダントなの」

「リューンさまの」

アデリシアが言い直したが、リューンはそれには答えなかった。少し沈黙が落ちて、「リューンさま?」とアデリシアが心配そうな顔でリューンの濡れた瞳を覗き込む。リューンはアデリシアの頬を両手で挟むと、おでこに、ちゅ……とキスをした。アデリシアが不思議そうにリューンを見上げる。

「お誕生日おめでとう、アデリシア」

「ありがとうございます。リューンさま」

アデリシアの微笑みとお礼に頷くと、リューンの濡れていた瞳は既に悪戯っぽいものに変わっている。

「アデル。これからもリュカやミーアのお友達でいてくれる?」

「はい!リューンさま」

「それから……、私とも、友達でいてほしいのだけど」

「リューンさまとですか?」

「そう。それからね、これはアデルと私だけの秘密なのだけど」

「はい」

ひそひそ……とリューンが、アデルに耳打ちする。

「陛下とも、お友達になってあげて」

リューンがにっこりと笑うと、アデリシアがわあ……と嬉しそうな楽しそうな表情になった。2人で何か秘密めいたものを共有するように、顔を寄せ合ってくすくすと笑っていると、中庭の向こうから2人の子供の声が聞こえた。

「アデルとははうえがなにかひみつのおはなししてるーー!!」

「ひみつのおはなししてるー!」

駆けてくるのは、リューンの子供達だ。後ろからゆっくりとやってくるのは、皇帝アルハザード。さらにその後ろに控えている宰相ライオエルトと妻のオリヴィアが、はらはらした顔で皇帝一家を見守っている。アデリシアはあっというまにリュケイオンとウィルヘルミアに囲まれて、子供同士の輪の中に入っていく。リューンも立ち上がり、側に来たアルハザードの腕の中に囲まれた。

何も言わずに自分の肩を抱き寄せる力強い腕に身体を預けて、リューンは少しだけ瞳を閉じた。脳裏に浮かぶのは自分ではないあの子の笑顔だ。その笑顔はもう2度と見ることは出来ない。鏡を見て笑ってみてもそれは自分で、あの子ではない。分かってはいるけれど、いつまでもリューンにはそれが悲しかった。

しかし。

「リュー」

瞳を開けて声の主を見上げると、アルハザードが静かにリューンの額に口付けた。リューと呼ばれたリューンは、その声に微笑む。そうして庭に視線を向けると楽しそうに笑うアデリシアと子供達がいる。アデリシアが悪戯をしないように静かに見守っているライオエルトと、リューンの友人のオリヴィアも。

それを見て、リューンはやっと実感したのだ。

『それでね、優しいお母様とかっこいいお父様がいて、あなたと、お友達がいると、素敵でしょう。』

リューン、貴女の言うとおりだわ。本当に、とても素敵ね……と。


【後書き】

リューンとアデリシアのお友達エピソード。たまにはこんなキスも。

そういえば、毎回リュカ・ミーア・アデルの3人を見るたびに、なんというか、一度でいいからアルハザードとアデリシアを2人っきりにしてみたいんですよね。自分の子供相手とは違って、どう扱っていいのか分からないところとか。「へいか、おちゃをどうぞ」「あ、ああ」「おいしいですか?」「うむ……」みたいな。それを見てリューンがニヤニヤすればいいと思う。