006.魔女と盗賊

魔女がいつも1人休んでいる寝台は狭く、抱き合わなければ眠れない。そのような狭い寝台を軋ませ、魔女と盗賊は絡み合っていた。
盗賊が魔女の耳に唇を寄せて、何かを囁く。怯えるように身体を震わせた魔女の返事を待たず、盗賊はその顔を強引に自分に向かせて唇を奪った。喰らい付くようなその動きは、幾度も向きを変える。魔女の吐息すら零さぬように。

戸惑うような魔女の瞳と盗賊の瞳が、合う。

俺から逃げるな、と。
まるで愛の告白のように、耳元でそう告げられた。

盗賊は組み敷いた魔女の両手を片手で掴んで押さえつけ、顔を背けて口付けから逃れた彼女を追い詰めるように、耳朶へと息を吹きかける。そのまま耳と首筋に盗賊の舌が触れると、魔女の背筋がそれに呼応するようにゾクリと逸れた。

盗賊は、身体全体をそっと魔女に重ねるように下ろした。
そうして身体を重ねると、盗賊は魔女の首筋を味わいながら、片方の手で魔女の胸の頂を攻め始める。そこは吸い付くような手触りと柔らかさを盗賊の手に伝え、動きにあわせてたやすく揺れて形を変えていく。彼の中心は既に熱く滾っていて、相手の腰に強く充てられ、存在を主張するように時折動いた。

魔女の唇から零れているのは、極僅かな喘ぎ声。
盗賊から溢れているのは、感嘆にも似たため息。

盗賊は、声をあげろなどとは言わなかった。
我慢するだけすればいいと言った。
時折聞こえるお前の声は、耐え切れずに零れたものだろう。
零れるそれらは全て自分が拾ってやる。
それが出来るのは、盗賊だけなのだ。

盗賊の舌が、魔女の乳房に降りていく。わずかに甘噛みしながら、わざと音を立て、甘いそこを舌で転がした。1つ空いた手は、ゆっくりと魔女の腹を焦らすように、何かを探すように、徐々に、少しずつ、下の方へと這い回る。
やがて、彼女の足の付け根に到達し、その奥を一筋、指でゆっくりと舐めるように触れた。

「…あぁ…っ……」

魔女の零れる声に導かれるように、触れた指をそのまま彼女の中に入れる。
それは一切の躊躇いもなく滑らかに入り込んだ。

魔女の身体が盗賊を受け入れた証なのか、盗賊の手に魔女は今までに無く声を乱し、動揺していた。

僅かに声を零す魔女の様子を見た盗賊は、胸を弄る手を止めて、その頭を優しく撫でてやった。
そうして、わななく唇に唇を重ねる。
子をあやすような優しげな手つきとは対照的に、下に挿れた指は激しく音を立てて動かされた。

中のざらりとした箇所を擦ってやると、魔女の腰が緊張したように強張る。奥からさらに熱い液が沸きあがってきたのだろう。溢れた蜜液は盗賊の指を濡らし、それを認めた盗賊の息は、まだ自身を挿れてもいないのに荒く熱が籠もっている。
盗賊は魔女の反応をしばらく堪能していたが、やがて指を抜いた。
その途端、唇がずれて可愛らしい声が響く。盗賊は魔女の頬に小さく口付けを落として身体を離すと、太腿へと舌を這わせ秘裂に顔を埋め舌を沿わせた。

その行為が何を示しているのか分かった魔女は手で抗う、が、その手は盗賊には届かない。
腿を押さえつけられ、魔女の中へと、遠慮なく盗賊の舌が入っていく。

「…んっ…はぁ…」

「ああ、俺の手で…ここが。」

「…やめて…。」

「それは、出来ない。」

指で触れられるのとは全く別種の切ない刺激を受けているであろう魔女は、いまだに声を上げぬように堪えていたが、それもそろそろ限界のようだった。もっと自分に身をゆだねればいいと望む盗賊は、秘所から舌を抜いて、少し上にあるぷくりと膨らんだ箇所を捉える。空いた中には再び指を挿れた。

「…ゃ、めて、もうっ……!」

それは恐らく、魔女から初めて訴えられる予兆だ。
盗賊はその声に答えず、舌で蕾を刺激しながら指で内側の側面を激しく擦りはじめた。
びくん、びくんと、その指の動きに合わせて魔女の身体が跳ねる。
声を上げることすらできなくなったのか、魔女がふるふると震えながら手を握り締めていると、その手に片方の盗賊の手が重なった。
盗賊は舌を離すと、指の動きを激しくした。ここだろうという箇所を、容赦無く攻め立てる。

「ここには俺しか居ない。」

「…うっ…く…!」

「だから好きなだけ俺の身体を感じろ。」

「あっ…んっ…ぁぁっ…!」

零れ落ちた小さな悲鳴は、彼女が絶頂を迎えたことを伝える。
魔女は一度びくんと大きく身体を揺らして、さらに小刻みにびくびくと震えた。その余韻を味わうように、魔女の震える動きに合わせて指の動きを少しずつ緩めていき、盗賊はしばらく熱の籠もった瞳で魔女の顔を見つめていたが、名残惜しげな音を響かせて指を抜いた。

魔女がこのように、乱れた様子を盗賊に見せたのは初めてだった。
その蜜で指を濡らし、自分の手で導き達した顔を見るのは盗賊を興奮させる。盗賊は魔女の足を開かせると、己を秘所に宛がい、その先を主張するように擦り始めた。

「…それ以上、は…、もう…」

「そうだな。もう遅い。」

「…ふっ…うっ…」

「…そうだ…俺が、望んでいたものだ…。」

盗賊はゆっくりと、魔女の中に自分を進めていく。
じわじわと重く動かすそれは角度と方向を変えて魔女の身体の奥をなぞっていった。2度の晩は荒々しく動かした盗賊の身体は、今は魔女の中を深く抽送している。こうして繋がっていると、2人の境目が失われるほどに解けていくようだった。

やがて、堪えきれぬように盗賊の動きが激しくなっていった。
寝台の軋む音がリズムを刻み、2人の荒々しい息遣いと声がシンクロする。

魔女の腕が初めて盗賊の背に絡みついた。その手は、まるで盗賊自身を求めるかのように鋼色の髪を梳いていく。他のどんな女にされてもなんとも思わなかったその行為に、盗賊は狂おしく欲情した。動きのためではなく息が上がり、自身も魔女の身体に腕を回す。

一瞬、お互いの身体がきつく絡みつき、結合する箇所が小刻みに動いた。

達した魔女のひくつく膣内に、盗賊の奥から湧き上がる熱い精が吸い込まれるようにどろりと入っていく。盗賊の放つそれは簡単には止まらぬほど、いつまでもとくとくと魔女の中に流れ込む。盗賊は何度か魔女の奥を打ちつけてそれが完全に納まるのを待つと、吐息と共にじわりと己を抜いた。
盗賊は荒く肩で息をする魔女をなだめるように、そっと抱き寄せる。だが、まだ終わりではないし、終わらせるつもりはない。

再び、盗賊が魔女の身体を求めるのにそう時間はかからなかった。

****

盗賊がそれと気付かないうちに眠ってしまうのは、これで3度目だ。
そして…今度は、その腕の中に魔女は居なかった。盗賊は思わず眉を潜め、その隻眼に僅かの焦りを見せる。
あれほど、強く絡み合い、求め合ったというのにまだ逃げるのだろうか。
2度は逃げず、3度目は求め合い、得たと思わせておいて4度目には逃げるのか。
盗賊は、旅人の言葉を思い出した。

『もし魔女を得たいならば、4度目は決して迷うな。』

盗賊は、寝台から起き上がり…脱ぎ捨てていた服を取る。

『迷うな。』と、旅人は言った。

「迷うものか。」と、盗賊は独り呟いた。

****

いつかと同じように、赤い血のような太陽が、砂漠の端に沈もうとしていた。
砂漠にある、とある小さな小さな泉。人の誰も来ないオアシスに、満たされているのは魔女の香。

「迎えに、来た。」

その声に、魔女が振り向く。
視線の先にあるのは、隻眼の盗賊。

「なぜ。ここが?」

「初めてお前を望んだ場所だ。」

「私は、」

「もう何も言うな。」

切なげに瞳を逸らした魔女に歩み寄ると、盗賊はその身体を抱き寄せた。
あの夜、最初に魔女を抱いたときに全てが決まっていたと、今は思える。
すでに抱き慣れたその身体は、魔女という、砂漠に住まう人間たちに敬慕され畏怖される存在でありながら、盗賊にとっては普通の女のようにか弱く心許ない。
そのように感じること自体が、もはや普通の男ではないのだろう。

「何も言わずに、俺をお前の側に置け。」

盗賊の声は淡々としていたが、冷たい命令ではなかった。それは掠れるように低く甘い。
魔女は盗賊から身体を離した。
いつか、初めて抱き寄せたときのように、柔らかな羽毛を押さえるようにそっと。
一瞬、魔女が逃げるか…と思った盗賊だが、それはすぐに間違いであることを知る。
魔女は、自分の首にかかっていた、盗賊が魔女から奪い、魔女に返したあのペンダントを外し、盗賊の頭に掛けたのだ。

盗賊にかかったその石を持ち上げて、小さく口付けを落とした。

「貴方の、名前を…。」

魔女の綺麗な銀色の瞳が、盗賊の鋭い鋼色の隻眼を見上げた。

「クロエ。」

「クロエ…。」

魔女の唇から初めて紡がれるそれは、自分の名ではないほど美しい響きだ。

「私の名前は、シオン。」

「シオン?」

盗賊の唇から、盗賊のみに許された魔女の名前が紡がれた。

「シオン…。」

魔女の手が盗賊の首に絡まるのと、盗賊の手が魔女の頬にかかるのは同時だ。

互いの名前を交互に囁き、その身体が重なり合う。

2人は4度目の夜を迎えようとしていた。

****

海から全てが始まり、森緑は命を育て、街道は世界を繋ぎ、死して砂漠へ還り砂になる。

知る者は少ないが、世界はそうして出来ていた。

その世界に、いつからか、それぞれの領域に住まい、それぞれの領域が果たす業を見守る存在があった。
それは時代によって、魔と呼ばれる存在であったり、単なる人の子であったり、人外の種族であったり、光であったり、闇であったり、様々だった。
他と交わらないものもあれば、他に交じって生きていくものもあった。
総じて、その存在は孤独だった。

そして、また、それらと心を通わせたがる者もあった。
彼らは、その存在と同種の存在になり、その存在の孤独を癒すことを切望した。

そもそも、心を通わせたいという思いに至ること自体、彼らはその存在と同種なのだ。

そういった者との出会いは、世界の理と同じだ。
偶然のように見えて、必然。
獣がつがうときのように、一目で交わりあうことを理解し、そこにためらいなどは生まれない。
そのような出会いに愛や情などあるものかと問われれば、無いとなぜいえるだろう。

そこにつながりが生まれるのも、また世界の理と同じなのだ。