『傭兵将軍の嫁取り』より、ジオリールとシリルエテル。
いつもとは異なる硬さの寝台の上、いつもと同じ夫の腕の中でシリルエテルは目が覚めた。陽はずいぶんと高くなっていて、窓の外を確認した途端に寝過ごしてしまったと慌てて起きた。ジオリールに連れられて温泉を訪ね、昔の馴染みが営んでいる宿屋で滞在して、今の時間だ。
「んあぁ?……」
隣で飛び起きた気配を感じたのだろう。むにゃむにゃと唸りながらジオリールも起きたようだ。
「ジ、ジオリール、起きて。もうこんなに陽が高くて……」
「んー……?ああ、大丈夫だ。遅くに起きるって言ってあるからな」
「遅くって、……でも、もうお昼前ではありませんか?」
「だからどうした。別に用事なんかねえんだから、気にするな」
ジオリールは身体を起こしているシリルエテルの腰に腕を回し、そのまま柔らかなふくらみに口付けたかと思うと、がぶりと噛みついた。いつも後ろから腕を回して揉むのが好きなのだが、こうして食い付くのもいいものだ。妙なところに噛みつかれたのが恥ずかしかったのだろう、シリルエテルが「ジオリール!」と言いながら夫の額をぺちんと叩き、引き剥がした。
妻の戯れにくっくと喉の奥で笑いながら大人しく引き離され、ごろんと仰向けになったジオリールは、日差しに一瞬目を細めた。降りようとするシリルエテルを再び後ろから抱える。今度は強引に引っ張ったので、そのまま自分の身体の上に乗せてひっくり返すと、その上に馬乗りになり唇を軽く重ね合わせた。
見下ろして、前髪をゆっくりと撫でる。
「お前は寝てろ。食べるもんを持ってきてやる」
「ですが……」
「いいから寝てろ。本当は起きれねえくらいだろうが」
「それはジオリールが……」
「ああ、俺が何だって?」
シリルエテルの顔が赤くなる。昨晩はずっとジオリールがシリルエテルを離さなかった。ここのところ、砦での仕事が忙しくて2人の時間があまり取れていなかったからだろう。2人きりで広い湯を使ったのもジオリールを煽り立てたのか、これまでになく甘い濃密さで身体を重ねた。正直に言うと、身体が軋んで動き回るのは辛そうだった。
困り顔の妻を妙に楽しげに見遣って一通り口付けると、ジオリールが身なりを申し訳程度に調えて部屋を出て行く。その背中を見ながら、シリルエテルも諦めたように寝台に身体を沈めた。
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ジオリールが宿屋の主人から散々からかわれ、女将からはなぜか怒られて、ようやく食事を持って部屋に戻ってくると、シリルエテルはまだうとうとしていた。それでも身体を起こそうとする様子に、ジオリールは寝台のサイドテーブルに食事のトレイを置くと寝台に上がり、シリルエテルの隣に並ぶと枕を背中にあてさせた。
2人並んで寝台の上に座り、布を広げて膝の上に食事の入った籠を載せる。
ジオリールの横には木の実がたくさん練りこまれた大きなパンと、外側が真っ白で柔らかそうな小さなパンが入っている。どちらも大きく、どのように食べようかと思案していると、ジオリールがパンを薄く切ってシリルエテルに渡した。
「好きなもんを挟んで食うんだ。ここの昼飯はいっつもこれだ」
「ここで食べるのですか?」
「行儀なんて気にしなくていいんだよ。どうせ俺らだけだ」
寝台で食事をするのに気が引けるのか、戸惑っているシリルエテルに苦笑しながらジオリールが給仕してやった。目の前の籠には燻製肉を削って軽くあぶったものと、キノコの和え物が添えられている。シリルエテルに渡したパンを取り上げて、燻製肉を2,3枚乗せ、その上にキノコの和え物を置く。もう一枚パンを置いて挟んでぐっと押さえると、そら……とシリルエテルに渡した。
いつもとは異なり大きな口を開けてぱくりと食べる。肉は炙って脂を落としているし、燻製のよい香りがする。キノコは焼いて割いたものに少し酸味のあるソースで絡めている。噛むと香ばしい風味の肉の味がして、それらをキノコの香りと酸味のソースがさっぱりと包み込む。挟んでいるパンは外側がカリっとしていて味が濃く、練りこまれている木の実がよい歯ざわりだ。
「美味しい」
「おう」
シリルエテルが微笑むと、ジオリールが子供のように楽しげに笑う。男共は肉ばっかり挟みやがるとか、やたらパンを大きく切るとか、傭兵達のエピソードを話して聞かせながらジオリールも自分の分を作っては平らげる。白いパンは丸く小さいものでシリルエテルの好みに合わせたのだろう、甘酸っぱいクリームと干した果物を混ぜたものが用意されていた。今度はシリルエテルがそれらを挟んで、ジオリールに渡す。
こうして夫婦は、少々お作法のなっていない食事を大いに楽しんだ。
「さて」
食事が終わり部屋に設えてある湯である程度の身支度をすると、着替えようとしたシリルエテルをジオリールが後ろから抱き締めた。
「ジオリール?手を離して、着替えますから」
「まだダメだ」
「え?」
「朝の風呂に入ったことねぇだろう。来い」
「ちょっと、ジオ、もう昼ですわ」
「同じだ。明るいからな」
「……だからっ……ちょっと……!」
明るいからいやなのだ、という奥方の意見は到底聞き入れられない。外に設えた露天の方に行こうと夫は誘った。女将と主人の許可はしっかりと取っていて、しばらくはほかの客を寄せ付けないようにしている。そもそも昼だから皆出払っているのだ。渋る奥方を夫はよいしょと抱え上げた。
休暇を大いに楽しまねば。夫の機嫌は上々だ。
【後書き】
喉:欲求……の続きです。夫婦で朝ご飯。
要するにお尻にがぶーっ……がやりたかったんです。そして、がぶーっ……といえばなんとなくジオリールです。ジオリールは噛み付くのが好きなお人なのです。
あと、キスの話なんだか食べ物の話なんだか分からなくなってしまいました。……いつかやってみたかったんですよね、あの海外映画とかでよく見る、寝台でブランチ、っていう構図。あれ本当なんですかね。がぶー。