集められてくる報告に、シグムントはため息を吐いた。
「……侍女、か」
確か、ヤトウィアには幼い頃から共にいるという侍女が1人いたはずだ。乳姉妹だというその侍女が、寄り添うようにヤトウィアの側に居たことを覚えている。だが、ヤトウィアはそれを連れてこなかった。年頃の女だ。故郷で婚姻などするのであれば置いていくのも無理からぬこと。シグムントもそれを気には留めず、そういった気心の知れた侍女を連れて行けぬのも哀れと思い、信用の置ける侍女を用意したのだ。
ただ、ウラスロ側も侍女を1人付けてきた。
その侍女に対して、ヤトウィア付きの侍女や護衛から不満が上がっているのだ。こちらを常に見下すような冷たい態度で、ヤトウィアの世話をしたくても近づけない……とか、ヤトウィアの気疲れの一因になっているのでは無いか……などというものだ。気位と誇り高い魔都の民らしい態度だといえばその通りだが、ヤトウィアに関することを見過ごしたくは無かった。
シグムントは宰相を呼んで、意見を求めた。
宰相クラクスは、先代の王よりラディスに仕える忠臣だ。シグムントも幼い頃からよく知っていて、王としての政治学を教え込まれた。優しいが飄々としている老獪な宰相は、国との交渉事においてもシグムントより余程長けている。剣の技が自慢のラディスに於いて、文官として頼りになる人間だった。そのクラクスももちろん、ヤトウィアと侍女について城内からの意見を聞き及んでいる。
「ウラスロは王族の血筋の高貴さにこだわる都。王族であるヤトウィア様の血筋を慮り、気位が高い……とも見受けられますが」
「まだ婚儀は挙げていなくとも、あれは俺の妻だ。いつまでも魔都の王女で居てもらっては困る」
「そうですな」
侍女の動向と経歴をよく調べよ……と宰相に頼み、シグムントは執務机を立った。
己の目でも確かめてみなければならぬ……というのが、この漆黒の王の身上なのだ。
****
ヤトウィアは自室の端で、自ら茶を設えていた。用意するのはラディス産の茶葉だ。侍女ベスプリムの目を盗んで、アンナが用意してくれた。こうして混ぜておけば、自分が淹れて飲む時に咎められることは無いだろう。
そうして、別の小さな箱の蓋をそっと開ける。砂糖と一緒に、そこに沈めてある丸薬を取り出した。
「ヤトウィア様」
急に掛けられた声は、一切の気配を感じさせなかった。背筋が凍り、手が痺れる。
「何を飲まれているのですか。……困りますね、勝手な真似をされては」
ヤトウィアの背に腕を回すように背後から手を伸ばして丸薬を奪い、さらに砂糖を探って中から同じものを取り出す。
「おやおや子を孕まぬ薬ですか。いつの間に。……時間稼ぎのおつもりで?」
小さく含み笑いの気配がして、侍女の手が指先から砂糖を払い、箱の蓋を閉めた。
「これは没収いたしましょうね。子を孕まぬなど、あの蛮族の王が悲しみますよ、ヤトウィア様」
舐めるような声がヤトウィアの耳をくすぐる。その、刹那。
「返して……!」
振り向き様ベスプリムの腕を掴もうと、ヤトウィアが手を伸ばした。ベスプリムが後ろに身を退き、ヤトウィアの手はやすやすと掴み返される。なんと、拙い動きか。ベスプリムはせせら笑って、掴んだ手をヤトウィアの背に回す。その身体を床に押し倒した。
音をたてて箱が床に落ち、中身が散らばっていた。ほとんどが砂糖だったが、その中には幾つかの丸薬が混ざっている。
「無駄なことを。今のは遊戯か何かでしょうか」
ベスプリムが吐き捨て、ヤトウィアに乗った形になった。だが、すぐに離れる。そして今までの表情を全て消し、労しげにヤトウィアの身体を抱き起こしてその手を取った。
「ヤトウィア様。ああ、私、……申し訳ありません……っ!」
「ヤトウィア……!」
扉が開き、漆黒の気配が部屋に入ってきたのだ。駆けるように倒れたヤトウィアの側にやってきて、侍女の手から白妙の身体を奪う。散らばった砂糖と丸薬、床の惨状を見てシグムントが厳しい眼差しを侍女に向ける。
「どうした。……これは、どういうことだ」
「ヤトウィア様がこれを飲もうと……。咄嗟にお止めしたら興奮なさって……」
侍女が差し出した小さな丸薬を見て、シグムントの声が冷える。
「これは……何の薬だ」
「その……」
「言え」
言い難そうに口を慎む侍女を、低く脅すような声でシグムントが睨む。その視線を受けて、怯えた様子で侍女が答えた。
「恐らく、子を、為さぬようにするウラスロの薬で……」
「子を為さぬ……?」
これ以上低くならぬと思っていたシグムントの声が、さらに低くなった。腕の中のヤトウィアを見つめ、荒々しく息を吐く。
「お前は……それほど俺を拒むか」
あれほど自分との行為を拒んでいたのだ。ヤトウィアがシグムントとの子を望まぬとておかしくは無い。だが、このような生々しい形でヤトウィアの拒絶の気持ちを突きつけられると、最後の望みも断ち切られた心地がした。ヤトウィアは自分が与える、一切を拒んでいるのだ。自分の声が怒りに震えてないことが、意外なほどだった。込み上げてくる暗い劣情に、心の内が一気に支配される。
「下がれ。俺が出てくるまで、誰もヤトウィアの寝室に近づけるな」
侍女に低く命令すると、ヤトウィアの肩がびくりと揺れた。一礼して慌てたように下がる侍女に、ヤトウィアが一瞬視線を向ける。
己の腕に怯えている……と思ったヤトウィアの手が、縋るようにシグムントの服を掴んだ。だがその意味を量ることができるほど、シグムントは冷静ではなかった。ヤトウィアの身体を抱え、寝室へと運ぶ。
シグムントは、気付かなかった。
ヤトウィアを見て冷ややかに笑う侍女の口元にも、ヤトウィアの手の冷たさにも。
****
シグムントはヤトウィアの身体を寝台に落とすと、後ろからドレスのボタンを乱暴に解いた。1つ2つ、ボタンが飛び、背中が露になる。
「陛下っ……や、止め……」
「黙れ」
ヤトウィアの足に自分を乗せて押さえつけ、肌と服の間に手を入れ、ドレスから白い身体を無理矢理引き抜いた。たちまちの内にヤトウィアの身体が全て暴かれる。何とかシグムントから逃れようとヤトウィアが身を起こすが、その力ではシグムントの身体を跳ね除けることは出来なかった。ヤトウィアに体重を乗せたまま、シグムントも服を脱ぐ。
白妙の細い手を背後から押さえつけた。
シグムントは身の内で暴れる、凶暴な獣を持て余す。
だが、それを飼い馴らすつもりは無かった。
「ヤトウィア。……俺の子を孕みたくないか」
「……陛下……」
「そうであろうな。俺はお前を無理矢理犯し、この国に連れ去った蛮族の王だ」
「やめ……やめてくださ……」
「だが、諦めろ」
「あ……っ……」
くち……と音がして、ヤトウィアの肌が強張った。シグムントの唇が、ヤトウィアの首筋を這っているのだ。ヤトウィアの細い背に自分の胸板を重ね、後ろから片方の手で、柔らかな胸の膨らみを手繰る。手に収まったそれは吸い付くような張りと、とろりとした揺れで、シグムントの節の大きな逞しい手の中で形を変えた。言葉の激しさや荒々しさとは全く異なる、細やかな動きだった。すぐに硬くなった切先を、手の平や指で刺激してやると、ヤトウィアの唇から甘やかな吐息が洩れ始める。
「ずっとこうやっていようか。胸に触れられるのが、お前は好きであろう」
「陛下……あ……ああっ……」
長いことそうして胸に触れていたが、ヤトウィアの声が跳ね上がる。突然、数本の指が秘められた箇所に挿れられたのだ。胸を丁寧に愛撫しながら、沈めた指は激しく掻き混ぜる。ヤトウィアの身体は、思った通りシグムントの手に反応する。喘ぐヤトウィアの声の原因が自分の手にあると思うだけで、どうしようもない支配欲に駆られ、衝動を抑えることが出来ない。拒む声すら聞きたかった。角度を何度も変え、中をまさぐり、激しく出し入れする。高くなっていく水音が表すのは、自分の手に落ちていくヤトウィアの身体とその感覚だ。
「これほどに濡らして。お前は拒むが、お前の肌は俺を受け入れている……分かっているのだろう。なぜ認めぬ」
「知りませぬ、分かりませぬ。……も、う……、陛下」
「ヤトウィア」
「知りませ…………あっ……ん……」
激しく拒むヤトウィアの声が、再び甘い響きを帯びて長い吐息になった。後ろからシグムントが己の猛りを挿れたのだ。時間を掛けてゆっくりと挿れ、それが奥まで届いた瞬間、打ち付けるように激しく抽送を始める。
柔らかく絡み付いてくるヤトウィアの濡れた内奥。愛しく大切にしたいと思うのに、シグムントの思いとは全く異なる方向に自分の身体は反応する。激しく攻め立て、自分のことしか見ることも感じることも出来ぬ身体にしてしまいたい。ヤトウィアの心の内に誰か別の者が居たとしても、その者のために自分の子を孕みたくないとしても。いや、むしろ、それならばなおのこと。子を孕ませて、ヤトウィアを自分の元に縛り付ければいいのだ。
シグムントはいつまでも、ヤトウィアの身体を甘く甘く傷つける。
それが許されるのは、この漆黒の王だけだと白妙の姫に分からせるために。
****
何度、己の激情に身を任せれば気が済むのか。
その度にヤトウィアの涙混じりの声を聞き、それすらもシグムントを煽った。ヤトウィアの中も外も精で汚し、それでもなお甘く反応する身体を抱すくめる。
途中で眠りに落ちるように気を失ったヤトウィアは、シグムントの腕に身を任せた。
そこでやっとシグムントはヤトウィアの身体から自分を離し、それまでの激しさが嘘のように優しくその身体を包み込んだ。こうしておれば優しくすることが出来るのに、ヤトウィアに拒まれることが、戦士であり王である自分の心にこれほどの打撃を与えるとは思いも寄らなかった。
「ヤトウィア。……それでも、お前を求めてしまう。お前は俺を許さぬか……」
腕の中でヤトウィアの柔らかい白い髪を梳いていると、互いに愛し合っているかのような錯覚に襲われる。3年前のあの時のような、甘くて穏やかな時間が恋しかった。3年という月日は長すぎたのか。あの時……。
「あの時、お前を連れ去っておけばよかったのか」
立場に縛られ一時ヤトウィアを手放してしまったからか。この手に出来るだけの力を付けるのが、遅かったのか。「ヤト……」と、愛おしくその名を呼ぶと、それに応える様に閉ざされた瞳がうっすらと開いた。
「……シグムント、さ、ま……」
「ヤト……?」
銀色の瞳がシグムントの漆黒を見上げて、安堵したように柔らかく微笑んだ。その笑みを見て、シグムントが息を呑む。ヤトウィアをラディスに連れて来て、初めて自分に向けられた笑みだった。
「ヤトウィア……? どうした」
「う……ん……」
また、瞳が閉ざされようとしていた。どうやら夢と現の狭間をたゆたっているようだ。その穏やかな銀色を逃したくなくて、シグムントは思わずもう一度名を呼ぶ。
「ヤトウィア。……ヤト。どうした、俺はここだ。ここに居る」
「シ、グ様……」
ヤトウィアの銀色の瞳が再び開いて、みるみるうちに潤んでいく。細い指でシグムントの顎に触れ、再び笑みを向けた。
「シグ様……きて、くだすったのですね。……お待ちして……」
「ヤトウィア」
「わたし、ずっと、まって……」
「ああ……遅くなって悪かった」
これは一体何なのか。
シグムントの心が、これまでにない感情で満たされる。自分の欲しかった言葉を、今、ヤトウィアが自分に語りかけていた。これはヤトウィアの本心なのか、それとも別の心なのか。やはり3年前の自分達のことを、ヤトウィアははっきりと覚えているのか。もちろん、ヤトウィアにとっては夢なのだとも分かっていた。だが、自分にとっては現実だ。このまま、この心地が続いてくれはしないかと心の底から願う。
「……シグムント様……私、変わらぬ風に……お慕いして……」
「ヤト」
「会いたかった」
夢現のはずなのに、はっきりとヤトウィアは言葉にして、シグムントの逞しい身体に腕を伸ばして身を寄せた。
「お会いしたかった……シグムント様……」
「ヤト……ああ……俺もだ。お前を……」
「シグ様……私……」
「ヤト……待て、……くっ」
シグムントの腰が思わず引けた。ヤトウィアの細い身体がシグムントに寄せられ、当然何も身に付けていない2人の肌が触れ合い、これまでのような暗い劣情ではなく、愛する女を優しく抱きたい……という願望に、身体も心も張り詰める。
この一瞬、心を捕らえたこの一瞬を逃したくなかった。シグムントはヤトウィアの身体を抱きしめる腕を緩め、その身体に被さった。先ほどから張りつめた己の中心をその細い身体に宛がう。ヤトウィアの名前を呼びながら少し揺らすと、そこは溢れるように濡れてきた。ゆっくりと、激しさを伴うことなく静かに挿れていくと、それほど時間を掛けることなくシグムントを受け入れる。
ヤトウィアから零れる声もまた、甘く響いた。空気の混じった掠れた喘ぎ声で自分を見上げる瞳は、見つめているだけで胸が痛いほどに詰まる。
「あ……あ……シグムント様……」
「愛しているんだ、……ヤト」
「わ、たしも……」
「ああ……」
全てを奥にしまうと、激しく動くのを堪えてヤトウィアの身体を再び抱き直した。
意識の無い女を抱くなど、尋常とは思えない。それでも、シグムントは己を抑え切れなかった。
ゆっくりと慎重に動かす。
常に無いほど中は柔らかく、それなのにきつく締まっている。ふつふつと優しく脈打っていて、あまりの気持ちよさにあっという間に達してしまいそうだった。それは中が心地よいというだけではないだろう。拒むためではなく受け入れる為に、自分の名を呼ばれているからだ。
「……ヤトウィア……このまま……」
「シグさま……あ……」
このままいつまでも溶け合っていたかった。だが、繋がりあった身体は2人を優しく連れて行く。シグムントの激しい息とヤトウィアの甘い声が混ざり合い、これまでに無い深い陶酔感の中でシグムントは達する悦びを味わった。