あるお空に、ちいさなちいさなお星さまのこどもがおりました。「ほしくん」と呼ばれるお星さまのこどもは、ある日ちいさなかわいいおんなのこを見かけます。ほしくんは、どうしてもそのおんなのことお話したいと思ったのでした。
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あるお空に、ちいさなちいさなお星さまのこどもがおりました。お星さまのこどもにはまだ名前がありませんでしたので、「ほしくん」と呼ばれておりました。
ほしくんは、仲間の星たちにかこまれてたいそう楽しくくらしておりました。でも、ほしくんはもっともっとおもしろいものはないだろうかと思っておりましたので、あるとき、そっと地面を見下ろしたのです。
「やあ、かわいいおんなのこがいるぞ。」
ほしくんが見下ろしたさきは、とてもきれいなふんすいのあるちいさな公園でした。そのふんすいのそばに、お母さんにつれられたちいさなおんなのこがおりました。ほしくんは、そのちいさなおんなのこをじっと見ておりましたが、どうしてもお話してみたくてたまらなくなったのです。でも、ここから声をかけたのではとても届きそうにありません。
「ぼく、あのおんなのことおしゃべりしたいなあ。でもここからじゃ、声はとどかないや。」
うーんうーんと考えておりますと、やがておんなの人とちいさなおんなのこはどこかに行ってしまいました。ほしくんはとてもざんねんに思いました。
それからほしくんは、ずっとずっとそのおんなのこのことを考えておりました。ちいさなちいさなそのおんなのこと、お話したくてしかたがありません。どうやったらあのおんなのこの近くにゆけるだろう。そう思って、まいにち地面を見下ろしながらそのこが来るのをまちました。
やがて、またそのおんなのこがやってきました。おんなのこは、おんなのこのお母さんといっしょにやってきたのでした。ほしくんがじっとそのおんなのこを見ておりますと、おんなのこがよちよちとふんすいのそばにやってきます。おんなのこはふんすいに映るきれいな夜のお空を見て、にっこりと笑っておりました。
「そうだ。」
ほしくんにとてもいい考えがうかびました。
ちらりとほしくんがまたたくと、夜のお空からちいさなほしくんが消えました。そして次のしゅんかんには、なんと、ふんすいに映る夜のお空の中に明るくまたたいておりました。
「こんにちわ。」
ほしくんがふんすいの中から声を出しますと、ちいさなおんなのこがすぐそばでした。「あ」と声をあげて、ちいさなおんなのこが笑います。ほしくんもうれしくなって笑いかけますと、おんなのこがふんすいのふちに手をのばしました。
そのときです。
「かおる!」
ひめいのようなお母さんの声が聞こえたかと思うと、おんなのこがふんすいのそばで転んでしまったのです。
おんなのこの泣き声がひびいて、お母さんがおんなのこにかけよりました。ほしくんはびっくりして、おんなのこは大丈夫だろうかと心配になりましたが、声をかけられませんでした。おろおろと見守っているあいだに、お母さんはおんなのこを抱っこしてしばらくゆすっておりましたが、抱っこしたままどこかへ行ってしまったのでした。
ほしくんは、とてもかなしくなりました。だってほしくんが声をかけなかったら、おんなのこは転ばなかったかもしれません。
「今度また会えたら、ごめんねっていわなきゃ」
そんな風に思って、ほしくんはお空に戻ってゆきました。
ほしくんがお空に戻ってしばらくのあいだがたちました。そのあいだ、おんなのこは公園には来ませんでした。それでも、ほしくんはいつも地面を見下ろしておりました。やがて公園に植わっている木の葉っぱが青くなって、黄色くなって、落ちて、また花を咲かせても、おんなのこは来ませんでした。それでも、ほしくんは地面を見下ろしておりました。
3かいお花が咲いたあとの、すこしお日さまが低くなった時間でした。お空はまだ明るいうちにお星さまたちは外に出ておりましたから、ほしくんもいっしょにお空にでておりました。そうしていつものように地面を見下ろしておりますと、とてもかわいらしい声が聞こえます。
「おかあさん、きれいなふんすいがある。」
「かおる、あまり走っちゃだめよ。」
やさしい声ときれいな声は、あのおんなのことお母さんでした。おんなのこが走ってふんすいの側にやってきました。おんなのこはだいぶん大きくなっておりました。背も高くなっていましたし、よちよちもしておりません。ふんすいをのぞきこみながら、とても楽しそうに笑っておりました。
夕焼けのお空に、だれの目にも映らないほどほんのちいさくかがやいていた星のひとつが、きらりとまたたきました。
そうして、そのまたたきは、ふんすいに映っておりました。
「こんばんわ。」
ほしくんが語りかけますと、おんなのこが、わあと笑ってふちにつかまりふんすいをのぞきこみます。ほしくんは初めておんなのこを近くで見たのでした。おんなのこの瞳はほしくんに負けないくらい、きらきらときれいでした。
「こんばんわ。」
そのようにおんなのこが言いました。おんなのこの声はとてもかわいらしくて、ほしくんはうれしくなりました。
「ぼく、ほしくん。」
「わたし、かおる。」
ほしくんとおんなのこは互いに名前を言い合うと、もういちどにっこりと笑いました。こうして、やっとほしくんはおんなのことお友達になれたのでした。
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ほしくんはお星さまのこどもでしたので、お空にいても光が弱くて誰にも気付いてもらえません。ですが、ふんすいのなかに自分だけを映しておりますと、おんなのこはかならずほしくんに気付いてくれるのでした。最初は、おんなのこがお母さんにつれられておさんぽするときだけ、おんなのことお話することができました。ほしくんとおんなのこは、そうしてたのしくお話をするうちに、おんなのこは少しずつ大きくなり、やがて1人でもほしくんのところに来られるようになりました。
「ごめんね、かおる。」
「どうしたの、ほしくん。」
ある日、ほしくんがおんなのこにあやまりました。ふしぎそうな顔をしたおんなのこは、今は背中におおきな箱を背負っております。ランドセルというものだそうです。おんなのこは毎日学校というところに行っていて、その帰りに、時々ほしくんに会いに来てくれるのでした。
「ぼく、かおるがとてもちいさいころに、かおるを転ばせたことがあるんだ。」
「知ってる。」
「え。」
ふふっ…と笑いながら、おんなのこがうなずきます。おんなのこが歩けるようになったばかりのころ、お母さんにつれられてこの公園に遊びにきたことがあって、そのときに転んでしまったのよって、お母さんがいつもお話してくれたそうです。お母さんはとてもびっくりして、それからこの公園にはなかなかつれてきてくれなかったのでした。おんなのこは学校というところに行くようになって、ようやく1人で歩いてもいいということになりましたから、こうしてほしくんのところに遊びに来られるの、と言いました。
「また遊びに来てくれる?」
「また遊びに来るね。」
おんなのこがお家にかえるときは、そう言ってほしくんに手をふるのでした。
おんなのこはいつもいつもふんすいのふちに座って、ほしくんとお話をしました。ほしくんは、たくさんのお話をききました。学校というのはお勉強をしたり運動をしたり、お友達と遊んだりするところだそうです。ほしくんも行ってみたいなと思いましたが、ほしくんはお空にいるときは誰にも気付いてもらえないし、そうでなければふんすいの中にしかおられませんからそれはかないません。
「いいなあ、ぼくも学校にいきたいなあ。」
そんな風にいつも思っておりました。
ある日、おんなのこがしくしくと泣きながらふんすいのところにやってきました。ほしくんはあわてて、聞きました。
「どうしたの、かおる。泣かないで。」
ほしくんがおんなのこから泣いている理由を聞くと、どうやらおんなのこは「ふんすいのところでひとりでしゃべっている気味の悪い子」と学校でいじわるをされたのでした。ほしくんは、なんだかとても悲しくなりました。だって、ほしくんがふんすいのところにいるのは本当で、おんなのこと話しているのも本当のことですもの。それを気味が悪いだなんて、なんていじわるなのでしょう。それに、もしかしたらこれでおんなのこが来てくれなくなったらどうしようと、ほしくんは思いました。
けれども、おんなのこはちゃんとほしくんのところに来てくれました。ほしくんとお話しても大丈夫なように、おんなのこはちゃんと考えたのでした。
おんなのこは、小さな小さな声で本を読むフリをしながらほしくんとお話しました。こうしていれば、おんなのこはほしくんと話をしているのではなくて、本を読んでいるふうに見られるでしょう?
ほしくんが小さく話しかけますと、本を読むふりをしながらおんなのこが答えてくれます。おんなのこが本ばかり見て、ほしくんのほうを見てくれることが少なくなったのがすこしさびしかったのですが、ほしくんはおんなのことお話できるだけでとてもしあわせでした。
もう学校でいじわるをされなくなったのかな? とほしくんはほっとしておりました。
ところが、またべつのある日のこと。ふんすいのふちにおんなのこが座っていつものように本を読んでおりますと、いじわるそうなおとこのこが3人もやってきておんなのこに言いました。
「また1人でぶつぶつしゃべってるぜ!」
「きみわりぃな!」
「頭おかしいんじゃねーの!」
いじわるな3人のおとこのこはおんなのこが読んでいた本をとりあげました。
「やめてよ!」
「やめて!」
ほしくんの声とおんなのこの声がかさなりました。おんなのこがいじわるなおとこのこの1人につかみかかり、本を取り返そうとします。でも、いじわるなおとこのこは本を持ち上げてそのままふんすいに捨ててしまいました。
「ひどい…」
なんてひどいことをするのでしょう。おんなのこもほしくんも、なんにも悪くないのに。
ほしくんはなんとかおんなのこを助けたいと思いましたが、ふんすいの水がゆらゆらと揺れただけでした。おんなのこが瞳に涙をいっぱいためていじわるなおとこのこを見上げると、そのおとこのこはすこしひるんだようでしたが、おんなのこがいじわるなおとこのこに何か言おうとしたとき、小さな影が横切りました。
「いてえ!」
「なにするんだよっ!」
おんなのことほしくんがその影をみると、とても背の低いちいさなおとこのこがおりました。ちいさなおとこのこがいじわるなおとこのこにからだをぶつけて押したのでした。
「ちびせいじ、なんだよ、そんなおんなかばうのかよ。」
「うるせー!」
「ちびせいじのくせに生意気なんだよ!」
「うるせーっつってるだろ!」
そこからは大変でした。ちびせいじと呼ばれたおとこのこが、いちばんおおきないじわるなおとこのこをめちゃくちゃに叩いて押したり引いたりしたのです。もちろん、ちびせいじもあちこち赤くなったり青くなったりしましたが、やがていじわるなおとこのこたちは、「ちびせいじのばっかやろ!」と言いながら走ってどこかへ行きました。
おんなのこもほしくんも、あっけにとられておりました。
ちびせいじがじろりとおんなのこを睨みました。おんなのこもほしくんも何もしていないのに、ちびせいじはなんだかとてもふきげんです。ふん…とちびせいじがうなって、あっという間にふんすいに飛び込みました。
「あ!」
おんなのこがあわてて声をあげますと、ちびせいじがほしくんのそばを通り過ぎて、水の中に落ちている本をひろいました。ちびせいじはらんぼうにふんすいからあがって、おんなのこに本をつきだします。
「ほら!」
「あ…」
おんなのこはまだあっけにとられたままでした。ほしくんもなにも言えません。ちびせいじはますますふきげんな顔になって、おんなのこに本を押しつけました。
「おまえな!」
「えっと…」
「ひとりで本とかよんでぶつぶつ言ってるからあんなやつにからまれるんだよ!」
「あの…」
「わかったか!」
ちびせいじはなぜだか顔が真っ赤になっていました。「あの、ありがとう。」そう言って、おんなのこが本をうけとるとますます真っ赤になって、「かんちがいすんなよっ! …別におまえのためじゃねえし!」そう言って、あっというまに駆けていっていなくなりました。
あとに残ったほしくんが、おんなのこにおそるおそる声をかけました。
「かおる、だいじょうぶ?」
「うん、だいじょうぶ。ほしくんはだいじょうぶ?」
「うん、ぼくもだいじょうぶ。」
ほしくんがおんなのこを見上げますと、おんなのこはずっとちびせいじが走って行ったほうを見ておりました。
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どんどん月日がたって、おんなのこはとても大きくなりました。おんなのこがほしくんのところに来る回数は、すこしずつ減ってきました。おんなのこは塾とか、あそびにいったりとか、そういうふうにいそがしいそうです。それでも、おんなのこはご用の無い学校の帰りはほしくんのところにやってきて、いつもお話をしてくれるのでした。いつものように本を開いて、ちいさなちいさな声で、中学校というところで何があったかを話してくれます。部活というものをやったり、ランドセルを背負っていたときよりももっともっとたくさんのお勉強をするのだけれど、お勉強はとてもたのしいのだと話してくれます。
おんなのこは「せいじくん」の話もしてくれました。せいじくんはずいぶん背がたかいとか、いじわるなことばっかり言うけれど本当はとてもやさしいのだとか、スポーツがすごくできるのだとか、そういう話をしてくれました。ほしくんは、せいじくんの話はあまりおもしろくはなかったのですけれど、おんなのこがとてもかわいらしい表情でせいじくんの話をするものですから、ふうん、そう、などと言ってきいておりました。
おんなのこがほしくんとお話をしながら本をひらいて座っておりますと、背の高いおとこのこがどすんととなりにすわりました。誰だろうと思って、ほしくんがだまりますとおんなのこもだまります。だまって、おんなのこがおとこのこを見上げると、おとこのこがひくい声で言いました。
「よう。またこんなとこで、ひとりでおしゃべりか。」
「せいじくん。どうしたの?」
おんなのこがふしぎそうに首をかしげると、おとこのこは「べつに」と言ってそっぽを向きました。用事がないなら話さなきゃいいのにって、ほしくんは思いました。だって、誰かがそばにいるとおんなのこはほしくんにお話をしてくれません。だまって、本を開いたままうつむいております。おんなのこもほしくんも黙っていると、おとこのこがぼそっと言いました。
「また、ほしくんかよ。」
おんなのこはだまったままです。そういえば、と思い出しました。おんなのこはおとこのこのことを「せいじくん」と呼んでおりました。この子が、おんなのこのいつもお話する「せいじくん」に違いありません。とってもやさしいって聞いていたのに、ぜんぜんやさしそうじゃないので、ほしくんはむっとしました。
「中学生にもなって、まだひとりでそんなふうにふんすいと遊んでるのかよ。」
「お話しているだけよ。」
「誰と。」
「ほしくん…。」
「お前バカじゃねえの?…星がしゃべるわけないだろ! それより、…それより、俺と話せよ!」
「せいじくんとはいつも話してるでしょう?」
「そうじゃねえよ! …その、暗くなったらあぶないから、いっしょに帰ってやるって言ってんだ!」
「でも、そしたらほしくんと…」
「だから、ほしくんなんていないって言ってるじゃん。お前、そんな風に言ってるからともだちすくねえんだよ!」
「そんなの、べつに不便におもっていないし、それに…せいじくんは、おともだちじゃないの?」
せいじくんは、むうう…とくちびるをへの字に曲げると、急に立ち上がりました。
「…もういい! おまえなんか知らない。」
そういって、走ってどこかへ行ってしまいました。ほしくんはなんだか見覚えがあるなと思いました。うんと考えてみると、あれはきっとちびせいじなのでした。
「あれってちびせいじ?」
「うん、そう。でも、もうちびじゃないでしょう。」
「いやなやつ。」
つん…とほしくんが言いますと、おんなのこはかわいく笑って言いました。
「ほんとうは、とても、やさしいの。」
どこがやさしいのか、ほしくんにはちっとも分かりませんでした。けれども、おんなのこがいつまでもせいじくんの走って行ったほう見つめていましたので、何も言うことができませんでした。ほしくんは、なんだかおいてけぼりにされたような気持ちになりました。
それからまたしばらく日にちがたちました。しばらくのあいだ、おんなのこはご用があって来られないそうです。でも、おんなのこがいつやってきてもいいように、ほしくんは最近では、昼間も夜も、いつでも毎日ふんすいのなかにおりました。
「おい、ほし!」
ほしくんはだれかに、きゅうに話しかけられました。だれだろうとほしくんが見上げますと、そこにはせいじくんがおりました。
せいじくんは、とてもふきげんな顔でむっつりとしておりました。それにしても、せいじくんはほしくんに話しかけたのでしょうか。おんなのこには「星なんてしゃべらない」って言っていたくせに、おかしなおとこのこです。せいじくんは、顔を真っ赤にしながらもういちど「おい、ほし!」と言いました。
やれやれ、とほしくんは思いましたが、「なあに。」と返事をしました。するとどうでしょう。せいじくんは、ぎょっとしてふんすいのなかのほしくんをまじまじと見つめます。
「ほし?」
「ほしくんだよ。なにかよう?」
ほしくんはわざとぶっきらぼうに言いました。せいじくんは、じい…とほしくんを見つめておりました。ずいぶん長いことほしくんを見つめていたので、どれくらい時間がたったかわかりません。それくらい長いあいだ見つめておりました。やがてほしくんが、もう知らないよ、と言ったところで、せいじくんがはっとした顔になりました。
「なあ、ほし。かおるのこと、知らない?」
「かおる?」
「かおる、どこか行っちまったんだよ。あやまろうと思ってたのに家にいってもだれもいねえし…。」
「あやまるって、なにをさ。かおるに何をしたの。」
「いっしょに帰ってやるっていったのに、…またお前のとこに行くっていったから。」
「いったから、何さ。」
「ほしくんなんていないんだよって、俺、怒っちまって。かおるが泣くなんて、思わなかったんだ…。」
「泣かせたの?」
せいじくんは黙ってうつむいてしまいました。
「かおる泣かせるなんて、うそつきだ。」
「うそつき?」
「かおるが、せいじくんはやさしいっていつもお話してた。でもどこがやさしいんだよ。うそじゃんか。」
せいじくんは、目を丸くしました。
「俺が、やさしい?」
「いつもいじわるばっかりいうけど、やさしいって。でも、泣かせるなんていじわるだ。ぼく、せいじくんのこと嫌い。向こうへ行って。」
「待って、待ってくれよ!」
せいじくんがしゃがみこみ、ふんすいのふちにつかまりました。あわてた風に、ほしくんに言いました。
「なあ、かおるはどこに行ったんだよ。教えてくれよ、あやまりたいんだ。」
あやまりたい。…そういうせいじくんの気持ちは、ほしくんにも分かりました。だって、ほしくんも昔、おんなのこにあやまりたくて、ずっとおんなのこのことを待っておりましたから。だから、しぶしぶせいじくんに言いました。
「かおるは、おばあちゃんちに行ってるだけだよ。今日の夜のバスで、帰ってくるって。」
たしか「7回、お月さまが出たら帰るから」そう言っておりましたから、きっと今日、帰ってくるはずです。
「え、…ばあちゃんち…?」
いままでのいきおいがうそのように、せいじくんはぐったりと肩から力を抜きました。ほっとしたような顔で、せいじくんは笑います。
「そっか、そっか…ばあちゃんちか…はは、俺すっげえバカ。」
「ほんっと、ばか。」
「バスなら…もうすぐ帰ってくるぞ。俺、…迎えにいってくる。」
「好きにすれば。」
ほしくんは、ぷい…とせいじくんから目をそらして言いました。ほしくんはちっともおもしろくありませんでした。だって、おんなのこはおばあちゃんちから帰ってきたら、いちばんさいしょにほしくんのところに来るねって言っていたのに、せいじくんといっしょにいたら、ほしくんのところに来てくれないに決まっています。それでも、きっとおんなのこは、せいじくんが迎えに来ていたらうれしそうに笑うんだろうなって思って、ますますほしくんはおもしろくないのでした。
「おい、ほし。いないなんて言って、ごめんな。」
せいじくんは、ちょっと赤くなりながらほしくんにむかってあやまりました。そのすぐあとに、すごく大きく笑って、ありがとうと言って、走って行きました。今度はせいじくんの背中をほしくんが見送りました。
おんなのこはほしくんのところに来てくれないとばかり思っておりましたが、きちんとやって来てくれました。なんとせいじくんが、おんなのこを連れてきてくれたのでした。
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おんなのこは、高校生というものになりました。ますますお勉強がいそがしいらしくて、ほしくんのところに来るのもとても少なくなりました。でも、少なくなるだけでほしくんのところにはちゃんと来てくれるんですよ。そして、いつもおんなのこがほしくんのところに来るときは、せいじくんと一緒でした。せいじくんと手をつないでやってきて、ほしくんとせいじくんとおんなのこでお話をして、せいじくんと手をつないで帰ります。ときどき、せいじくんはおんなのこの髪の毛をそっとやさしくなでておりました。それを見ながらほしくんは、じぶんもあんなふうにおんなのこになでてもらいたいと思いました。
けれど、ほしくんはお星さまだから、そんなふうにはできません。そのことを、ほしくんは時々とてもさびしく思うのでした。
高校生というものになって、3回、大きな木に花が咲きました。もういちどお花が咲くころ、せいじくんがいなくなりました。せいじくんは、進学というもののつごうで、遠くの大学というところに行ってしまうのでした。せいじくんはほしくんにお別れを言いに来ました。さびしそうなおんなのこに、「でも、毎年、会えるから。」そう言って、せいじくんがおんなのこの頭をなでておりました。
そしてまた、おんなのこも、おなじように行ってしまうのだと言いました。
「もう会えない?」
ほしくんがさびしそうに聞くと、おんなのこは首をふりました。
「大学がおやすみのときは、かえってくるから、会えるよ。」
今日はせいじくんはおりません。たったひとりでおんなのこはほしくんのところにやってきてくれて、大きな木を指さしました。
「あの木の葉っぱが落ちるころと、葉っぱが緑になるころに、せいじくんといっしょにかえってくるから。」
「そっか。」
まってるね。ぼく、いつまでもまってるね。そう言って見送って。
それきり、ほしくんはおんなのこにもせいじくんにも会えませんでした。
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大きな木の葉っぱが落ちるころがやってきました。
きっと、そろそろおんなのこがやってくるころです。ほしくんは、うきうきとお空を見上げました。お空ではほしくんはとてもちいさいから、誰の目にもとまりません。けれども、ふんすいのなかにいればおんなのこに気付いてもらえます。だから、ほしくんは、あれからお空には戻らずに、昼も夜も、いつもたった一人でふんすいの中にいるのでした。だって、おんなのこがいつ戻ってくるか分からないでしょう?
「まだかな。」
ほしくんは、しずかになった公園でずうっとまっておりました。けれど、大きな木にお花が咲いても、おんなのこは来ませんでした。それどころか、だれも公園に来ませんでした。
「どうしてだれも来ないんだろう。」
ほしくんはとても不安に思いましたが、おんなのこが約束をやぶったことはありませんでしたから、きっとあの大きな木の葉っぱが緑になるころに来てくれると思いました。
ところが、大きな木の葉っぱが緑になってもおんなのこは来ませんでした。それどころか、気が付くと冬のころからずっとずっと、だれも公園に来ておりません。いつも公園をさんぽしていたおばあさんも、金切り声をあげてうるさい犬も、うばぐるまをおすお母さんも、ビールを飲んでいるおじさんも、おべんとうをたべているおねえさんも、だれも来なくなっておりました。どうしたんだろう、なんでだれもいなくなったんだろう。ほしくんは不安に思っておりました。
そうしたある日の朝、たいへんな音がしたのでほしくんは目がさめました。周りにみたこともないような大きな黄色い車がゆっくりと動いていて、きいろいぼうしをかぶったおじさんが、とつぜんほしくんをのぞきこみました。でも、びっくりしたほしくんはお話することができませんでした。
「ずうっと、ここにあった噴水だけども、もったいないな。」
「しかたがない。マンション建てるっていうんだからな。」
「公園がへっちまうな。」
「そのかわり、ここに住む子供が増えるさ。」
「だといいけどな。」
そんな話が聞こえてきたかと思うと、すごい音がして、あ、という間にほしくんの目の前がまっくらになりました。ほしくんのいた水はなくなり、硬い岩をけずるような音がしました。あまりにもあっというまで、ほしくんはお空にもどることもできず、お空が映っている水もなくなってしまい、ほしくんはまっくらの中にたったひとり、こぼれ落ちたのでした。
ほしくんを映すものはもうありませんでした。だからだれもほしくんに気が付きませんでした。ほかのお星さまも見えませんでしたし、お月さまもおりませんでした。
どこか遠くから、とんとん、かんかん、さまざまな音が聞こえたような気がしました。けれども、それが何の音かはわかりませんでした。
ほしくんはもう、ちらりともまたたいておりません。
ずうっと、ずっと。ほしくんはひとりぼっちのままおりました。
かおるに会いたいな。
せいじくんに会いたいな。
ほしくんはそればかりねがっておりましたが、やっぱりひとりぼっちのままでした。
さびしくてさびしくて涙がこぼれそうでしたが、ほしくんはどこにも見えなかったので、涙が流れたのかそうでないのかもわかりませんでした。
なでてほしかったな。
てをつなぎたかったな。
かおるの声をききたかったな。
ねえ、せいじくんの声でもかまわないから。
そうやってかんがえればかんがえるほどつらくてさびしくて、それでもかんがえずにはおられないほど、ほしくんはずっとずっとひとりぼっちでした。
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どれくらいの時間がたったのか、ほしくんには分かりませんでした。ほしくんは、さびしさのあまりずいぶん弱っておりましたから、もうきらきらまたたくちからも残っておりません。星というのはどうやって、そのおしまいがくるのでしょう。ほしくんは、長いことどこにも映っておりませんでしたから、そんな話は聞いたことがありません。
ぼくはもう消えてしまうのかなあ。そう思っておりますと、きゅうに、ぱあっと夜空が見えました。
「ほしくん。」
なつかしい声が聞こえます。
「よう、ほし。」
ほしくんのちょっぴりきらいな声も聞こえました。
「おそくなって、ごめんね。」
「やっと見つけたぞ。」
見上げると、おとこのひととおんなのひとが、きれいなガラスの器に水をいれて、その水にほしくんを映して、ほしくんをのぞきこんでおりました。ひとりは、今にも泣きそうな瞳が、夜のお空の星のようにきらきらかがやいておりました。もうひとりはとても背がたかいおとこのひとで、瞳のきれいなおんなのひとをやさしくだきよせておりました。
ふたりはずいぶんと大人になっておりましたが、ほしくんにはひとめでだれだか分かりました。
かおると、せいじくんだ。
ぼくに会いにきてくれたんだ。
けれども、ほしくんにはもう話しかけるちからも残っておりませんでした。それでもふたりに会えたことがうれしくてうれしくて、さいごにいっしょうけんめいこう伝えました。
おかえり。
ほしくんがさいごの力をふりしぼってちいさくちいさくまたたくと、そのひかりが、ふうっと消えました。ガラスの器のお水にも、まっくらな夜のお空にも、ほしくんは映らずに、ただ、かおるとせいじくんのぬれた瞳のなかにちらりと映っただけでした。
こうしてほしくんは、お空からもお水からも、とうとう消えてしまいました。
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やさしい手が、ほしくんをなでております。
とてもここちがいいなあと、ほしくんが思っておりますと、その手がもうひとつ増えました。そちらはおそるおそる、ほしくんをなでております。ひとつはほっそりとしていてやわらかな手。もうひとつはすこしおおきくて力強い手でした。ふたつの手はどちらもまったくちがう手でしたけれど、どちらもとてもやさしくて、いつまでもほしくんをなでておりました。
いつだったか、ぼくのこともなでてほしいと、ほしくんが思っていた手でした。
「おとこのこかしら、おんなのこかしら。」
ゆめごこちのなか、そんな声が聞こえてきます。それはとてもなつかしい、ほしくんのだいすきな声でした。ふっくらとやわらかくて、とてもとてもやさしくて、ほしくんはうれしくてせつなくなるほどでした。
「どちらでも、かおるに似ていたら、とてもかわいいさ。」
おとこのひとの声も聞こえてきました。それはとてもなつかしい、ほしくんがちょっぴりきらいな、でもしかたなしに好きになった声でした。すこし低くてたよりがいがあって思いやりのある声でした。
「せいじくんに似ていても、きっとかわいいよ。」
「そうかな。」
「うん。」
「はやく会いたいな。」
「ほんとうね。」
2人の声がとてもやさしかったので、ほしくんはうれしくなって、うふふと笑いました。
「あ! 今うごいた。」
「うごいたね。」
2人のなでてくれる手がここちよくて、ほしくんはだんだんとねむくなってきました。ゆらゆらとあたたかいものにくるまれて、いつまでもいつまでもなでてくれるふたつの手を感じながら、ほしくんはゆっくりとねむりにつきました。
ねえ、いまね、ふっと思い出したの。
なにを?
ほしくん。また、会えるかな。
会えるさ。
大きな手が、だいすきなあの人ごと、ほしくんをだきしめてくれました。
ほしくんはもう、さびしくなんかありませんでした。