[夜話] 零の夜

ヤトウィアとシグムントの出会いの話。


ある夜。

傷ついた戦士が魔都ウラスロの都城近くに辿り着いた。都城と言っても、周辺は森に囲まれ、森の中にはいくつかの修道院が置かれ、親を失った孤児達や夫を失った女達が暮らしている施設がある。魔都は慈悲深い都だと周辺にアピールするものだが、今は戦士の格好の隠れ場所になるだろう。

一つの修道院の側近くで男はそっと周辺を伺った。傷を治療する道具と、水を貰えれば長居をするつもりはない。

建物に近付き、人の気配の少ない方へ回り込む。小さな物置の扉が見つかり、中の気配を伺おうとそちらに向かったときだった。

カタン……

小さな音がした。

戦士がしまったと思う前に扉が開く。思わず腰の剣に手を掛け、身構えた。

「だれ?」

扉から出て来たのは、予想外の人物だった。戦士は漆黒の瞳を見開き、一瞬言葉を失う。

その驚いた表情を見て、また扉から出て来た人物も首を傾げた。

扉から出て来たのは、白い髪に銀色の瞳の女……少女だった。その少女は警戒することもなく、ただ不思議そうに戦士を見つめている。いとけないその瞳は、臆することなく漆黒の戦士の反応を待っているようだった。

戦士自身が驚いたことに、反応が遅れた。彼が何かを言う前に、少女がハッとした表情を浮かべたのだ。

「怪我を……?」

戦士は眉をひそめた。ここに来たのは失敗だ。身を退いて、少女の視線から逃れようとした。

「邪魔をした」

戦士は一言だけそう告げて、身を翻したが、少女は意外な反応をした。

「待って」

戦士の腕をつかむ。

「触るな!」

戦士が慌てて腕を振り払う。その様子に少女が身を竦めた。怯えさせてしまったかと一瞬焦ったが、そうではなかった。少女は切なげな表情を向けて、謝ったのだ。

「ごめんなさい。痛かったですか?」

「違う」

少女の表情がホッとしたものになった。

「こちらへ。治療をしなければ」

その言葉に、戦士が再び目を見開いて怪訝そうな顔をする。

「何を……」

「浅い傷でも、そのままにしておいてはいけません。肩と胸ですね。こちらへ」

「待て」

「待ちません」

「構わぬ」

「構わなくありません。早く、誰かに見つかったらどうします」

その言葉に、戦士もそれ以上抗うのはやめた。少女に引っ張られるままに、物置の中に入る。

「そちらに座って」

物置とは言っても整然と片付けられていて、小さな椅子が2つとテーブルが置かれている。誰かが生活しているのかもしれない気配もした。

戦士は少女に言われた通り、椅子に座る。だが、改めて警戒心がふつふつと湧いた。決して油断しないように、少女の動きに集中する。だが、そんな戦士の心は関係なく、少女は物置の棚からいくつかの薬と清潔な白い布を出してテーブルに並べた。

「ちょうど良かった。ウラスロの薬と包帯を今朝新しくいれたところなのです」

「……」

「あまり匂いも無くて、よく効きます。申し訳ないのですが、上を脱いでいただけますか? 傷が見られる程度で構いませんので」

戦士は着ている旅装を軽く解き、傷ついた肩と胸があらわになるように、前を開いた。鍛えられた鋼のような胸板と、古いいくつかの傷跡、そして先ほど剣で斬られたばかりの傷がある。縫うほどの傷では無く出血は止まっていたが、大きい範囲で斬られていて、確かに放っておく訳にはいかないほどであった。

「先ほど汲んだばかりなので」……と言って、手桶の水に布を浸して少女が男の前に座る。その傷を見たからか、それとも男の裸を見たからか、少女は一瞬躊躇うように手を止めたが、やがてそっとその傷に布を当てた。傷に水が滲みて引きつるような痛みを覚えたが、戦士にとってそれはどれほどでもない。だが、少女は心配そうに戦士の漆黒の瞳を見上げた。

「痛みますか?」

「いや」

こうした作業に慣れているのか、たどたどしくは無い手付きで、胸の傷を拭き、肩へとなぞっていく。自然、近付いた少女の髪の花のような香りが、戦士の鼻腔をくすぐった。腕を回せばこのまま押し倒すこともできるだろう。それなのに、なんと無防備な女か。なぜか戦士にはそれが腹立たしかった。

傷をすっかり拭いた少女の身体が離れる。

その動きを戦士が目で追っていると、少女は包帯を広げてさらにそこに布を敷き、傍らに置いてあった薬壺の中から軟膏を匙に取ってそれを塗り始めた。軟膏からは、爽やかなよい香りがする。戦士の知る薬の嫌な匂いとは違い、植物と花の香しい香りだ。

「よい香りでしょう?」

戦士の表情に気付いたのか、少女が銀色の視線を向けて穏やかに微笑む。

「子供たちが嫌な匂いを嫌うので、匂いを薄めてよい香りをつけているのです。でも大丈夫。効果はちゃんとありますから」

「要らぬ」

「え?」

「毒とも知れぬ怪しい薬を大人しく塗られるほど、愚かではない」

戦士が苛立った声で言った。先ほど感じた正体不明の腹立たしさに、感情が荒ぶるのが分かる。剣を交え、傷を負った手負いの獣の同然の戦士の前に、か弱い兎のような少女が置かれているのだ。戦士はこれ以上この少女と同じ空間にいるわけにはいかぬと自分を戒め、服を整えようと動いた。

その時、少女から戦士は目を離した。その一瞬だった。

少女は、包帯を切ったナイフの切先を自分の指に押し付けたのだ。戦士がそれに気付いた時には遅かった。

「何をしているっ!」

驚いて少女のナイフ持つ腕を掴んだ時には、もう片方の人差し指から赤い血が零れていたのだ。

少女は怒りを含んだ戦士の声に慌てることなく、押さえられた手に大人しくナイフを渡し、身じろぎをして腕を開放させた。呆気に取られた戦士の力はそれほど強くはなく、簡単にそれは外れる。少女は開放された手で、包帯に塗った側の軟膏を一つすくって切った指先に塗った。

「これで、もしこのお薬に毒が入っていたら、」

にっこりと笑う。

「私も無事では居られませんね」

少女の意図に気付き、戦士は深く息を吐いた。

「お前は……」

「手当をしても?」

戦士は諦めたように、首を振った。しかし、それを肯定の意図に受け取ったのだろう。少女は軟膏を塗った指に申し訳程度に適当に布を巻くと、それとは異なる丁寧な手付きで男の傷に布を当て、包帯を巻いていく。

「慣れているな」

「狩りで怪我をした方の治療などをしたことがありますから」

「俺の傷は剣に斬られたものだ」

「ええ。そのようですね」

怖くはないのか。そう聞こうと思ったが、それ以上は口に出さず、戦士は大人しく手当を受けた。

やがて包帯がきちんと巻かれ、少女の身体が離れる。それを名残惜しく思い、戦士は後片付けをしようとした少女の腕を掴んだ。

「お前の手当がまだ終わっていない」

「私は、大丈夫ですわ。このように、包帯を巻いて……」

「それでは巻いたと言えぬ。貸せ」

「かまいませ……」

「浅い傷でもそのままにしておいてはならぬと、お前が言ったのだろう」

「それは……」

「いいから、貸せ」

戦士は強引に少女の腕を取って、申し訳程度に巻かれた包帯を解いた。薬壺から軟膏を取り、包帯に塗り直す。それを傷口に当てがって、丁寧に包帯を巻いた。

「あの、ありがとうございます」

「ああ」

先ほどと違ってきちんと巻かれた包帯に満足したが、戦士は手を離さなかった。

「あの……?」

手を取られたまま降りた長い沈黙に、戸惑ったような少女の声が傾けられる。その少女の視線を受け止めて、漆黒の戦士が口を開いた。

「名を何と言う」

その問いに、少女は首を傾げた。細い肩からさらさらと白い髪がこぼれ落ち、薄桃色の唇が動く。

「ヤトウィア……と申します」

「ヤトウィア」

戦士が少女の名を呼んだ。その呼びかけに、「はい」と優しく返事をして、ヤトウィアも同様のことを聞いた。

「貴方のお名前は、なんというのでしょう」

「シグと呼べ」

「シグ様」

ヤトウィアの顔が染み渡るような笑顔になった。

****

それほど長居をするつもりはなかったが、戦士はその修道院でしばらくの間養生をしていた。……と言っても、傷ははすぐに治る。修道院の長にヤトウィアが話を付け、しばらくの間男手として力仕事を手伝うことになったのだ。

修道院には老いて目の悪くなった修道長がいるだけで、あとは子供達が数人……という慎ましやかというよりも、貧しい施設だった。それでも、ヤトウィアが毎日のように訪ね、必要なものは全て手配しているようだ。人出も無いわけではなく、時折、ヤトウィアが魔都の兵士と思われる男や、侍女などを伴ってやってくることもある。そのような時は、戦士は身を潜めていた。

驚くほど警戒心が薄いのは、取るに足らぬと思われているのか貧しいからか、戦士にとってそこで過ごす時間は穏やかなものだった。修道院に預けられている子供達と共に畑の世話をし、訪ねてくるヤトウィアが子供達に本を読んで聞かせる様子を、遠巻きに眺める。そうして、仕事を終えたヤトウィアを伴って川のせせらぎを聞き、魔都の森の梢の光を共に見上げた。

見た目はか弱い少女であるのに、ヤトウィアは意外なほどに自分の我を通す頑固さも持ち合わせていた。こうすると決めると決して覆さず、戦士に対してもそれは変わらない態度だ。ただ、自分のことに対しては疎く、ないがしろにすることが多々あった。それを嗜めると、しゅんとする。その態度もまた可愛く、戦士がこの少女に心惹かれるのに、それほど時間はかからなかった。

だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。戦士はいずれ国に帰らなければならない。

修道長は何も言わなかったが、しばらくの間共に過ごすと、兵士や侍女を連れる様子から彼女が魔都の白妙姫であることはすぐに分かった。その見目と出自が継母より疎まれ、都城から少し離れた離宮でひっそりと暮らす王族と聞く。

他国の王族とこのような形で恋に落ちるなど、それは叶わぬ話も同然だった。

しかし彼女を諦めるには、もう遅かった。
それほど、戦士の心の奥深くにヤトウィアは入り込んだ。入り込ませたのは自分だ。

奪い去り自分のものにしなければ、恐らくこの先自分は別の女では足りない。足りるはずが無い。だが、今の状況では平和の内に彼女を自分のものにすることは出来ないだろう。

戦士の出身はラディス。蛮勇の部族が国を興し、王はまだ数代を数えたほどの小国だ。その中で彼自身やんごとのない身ではあったが、周辺諸国から見れば何の身分もない、ただの戦士に過ぎなかった。

まだだ。

まだ力がない。

いずれ手にできる力だと戦士は確信しているが、残念なことにまだ彼にはそれが無かった。それでも、戦士はヤトウィアを諦めることなど考えられなかった。

それほどに、愛していたのだ。

「ヤトウィア」

「シグ様?」

何時の間にか、ヤトウィアもまた戦士に心を寄せるようになった。戦士が愛しげに名を呼ぶと、僅かに熱を帯びた目で身を寄せる。傍らのヤトウィアを抱き寄せて、戦士は囁いた。

「俺は、お前を……」

その囁きの続きを聞いて、ヤトウィアの頬が染まる。潤んだ銀色の瞳が戦士を見上げていて、切なげに揺れていた。柔らかな頬に指でそっと触れ、顔を近づけ唇を重ねる。最初は遠慮がちな触れ合いだったが、徐々に熱を帯びてくる。舌を絡めいれると、腕の中のヤトウィアがおずおずとそれを受け取った。

その身体を抱き寄せても、身を強張らせなくなったのはいつからだったか。
頬に口付けても戸惑われなくなったのはいつからだったか。

唇を重ね合ったのは、いつだったか。

これでは足りない。

****

1ヶ月ほどでヤトウィアの元を去らねばならない時が来た。

ヤトウィアにもそれは伝えてあり、去る時は見送りは要らぬと言っておいた。言葉通り見送りには来なかったが、修道院の窓からそっと白い影が自分を見送っているのを戦士は知っていた。

だが、戦士はヤトウィアを諦めたわけではない。
己の身の内を支配するのは、焼け付くような恋慕だ。

その日の夜、ヤトウィアの住まう離宮に1人の人影が侵入した。忘れ去られた王女の身辺に見張りはそれほど多くは無く、こうしたやり口も得ていた戦士にとって、侵入するのは造作も無い。

ヤトウィアの部屋はすぐに分かった。壁を伝って窓辺に上り、コツン……と窓を叩く。

「ヤトウィア」

その音に不審に思ったヤトウィアだったが、微かに聞こえる小さな声にハッとした表情で駆け寄った。

「シグムント様……?」

別れるときに教えた名をヤトウィアは躊躇うことなく呼んで、その呼び声が心地よい。窓が開かれ、シグムントは漆黒の身体をヤトウィアの側に滑り込ませた。

「ヤトウィア、会いたかった」

「シグ様……ラディスに戻られたのでは? ……こんなところに、危険です」

「危険は無い。お前が声を上げなければ」

ヤトウィアが自分の口元を手で押さえる。普段はあまり露出の無い動きやすいドレスに身を包んでいたが、夜目に映る薄い夜着姿のヤトウィアは艶かしい。シグムントは急いたようにヤトウィアを抱き寄せた。ヤトウィアの身体は細かったが、胸と腰の曲線は柔らかく劣情は抗い難い。

「シグ様、なぜここに」

「お前を……俺のものにしに来た」

その言葉の意味に、ヤトウィアは腕の中でシグムントを見上げる。

「シグムント様、私は……」

「知っている。魔都の白妙姫。……ただの戦士である俺には、まだ、お前を奪い去るだけの力は無い」

シグムントは剣を持つ硬い掌をヤトウィアの髪に通し、その顔に触れた。

「だが欲しい」

「シグ……」

何かを言いかけたヤトウィアの唇を、シグムントは優しく塞いだ。だがすぐに離す。そうして今度は、優しくはない、荒々しい貪るような口付けを落とした。戸惑ったヤトウィアの手がシグムントの服を掴み、息が上がったところでそれが離される。

「ヤト……俺は今から、お前を抱く」

「シグムント様?」

「ウラスロの王女として、お前は価値を失うだろう。……許してもらえるなどとも思わぬ。だが……」

両手でヤトウィアの顔を包み込み、漆黒の瞳は厳しい輝きを宿している。

「俺は必ずお前を迎えに来る。それまで誰のものにもならぬよう、お前を俺だけのものにしたい」

「それを言われるのであれば、私は……、シグ様以外の誰のものにもなりません……」

「知っている。だが、それだけでは足りぬのだ」

「……あっ……シグさ、ま……っ」

時間が無い。シグムントはヤトウィアを抱き寄せ、その首筋に唇を寄せた。夜着越しに胸の膨らみを弄りその柔らかさを手に乗せると、言いようも無い情欲が溢れてくる。

その身体を、ヤトウィアの純潔を奪う。ヤトウィアの寝台でそれを行えば、翌朝、侍女に知れて大騒ぎになるだろう。どこの誰とも知れぬ男に犯されたとなれば、王女として輿入れはまず無理だ。修道女になるか、それともこのまま離宮で静かに幽閉されるか。そのどちらかであろう。そうなれば、ヤトウィアを奪われることは無い。

もし奪われるようなことになっても、必ず奪い返す。それでも。それでも……だ。

狂愛とも偏愛とも、……執着ともいえた。ラディスの男の、女の愛し方は激しいと言われている。だが、己の心の内にそれほどまでに女を求める心情があるなどと、思いも寄らなかった。

「嫌ならばここで止める。……だが、受け入れるならば……」

「……私……、私は……たとえここにシグムント様が来てくださらなくても、シグムント様以外のものにはなりません」

「ヤトウィア……」

その言葉で、シグムントのためらいが全て溶けて消えた。

シグムントの手の動きが激しくなり、声を堪えるヤトウィアの身体が細い弓なりの月夜に逸れる。
二人の影は寝台に沈み込み、衣擦れの音が響き始めた。

****

声を上げることは出来ない。気配を感じられれば、僅かしか置いていないとはいえ、侍女と護衛が黙っては居ないだろう。それでも奇跡のように誰にも知られること無く、2人は静かに愛し合った。

柔らかな胸を欲望のままに口に含み、舌で突いては転がす。初めて与えられるであろう感覚に、ヤトウィアは声を上げることも叶わない。足を開かせ、その間に指を沈める。そこは既に蜜に満ちて濡れているが、解かなければ己のものは入るまい。シグムントはそこを押し広げるように、刺激を強くしていく。

甘い香りが2人の間に漂う。

シグムントは指を離して身体を下げると、その溢れる蜜壺に舌を挿し入れた。ヤトウィアが声を上げることができれば嫌がったに違いないが、彼女は今、黙ってその感覚に翻弄されている。シグムントは遠慮なくその甘さを味わった。それほどゆっくりできはしないが、それでも離れ難く、自分の与える手で彼女が感じていると思うだけで止められなかった。

掠れるほどの小さな声で囁きあう。

「挿れるぞ、ヤト……痛いだろうが、我慢するんだ……」

「シグ、さ、ま」

「耐えられぬなら、俺の手を噛め」

シグムントはヤトウィアの口に指を含ませ、とうに限界まで張り詰めていた己をぬるりと濡れた秘所に宛がった。数度往復させて周囲を濡らすと、ゆっくりとそれを沈めていく。

痛みに堪えるヤトウィアの身体を気遣いたかったが、シグムントにも余裕が無い。ゆっくりとだが、途中で止めることなく奥まで挿れた。押し返すような弾力は初めての証か、それを無理矢理広げてそのまま抽送を始める。強張るヤトウィアの身体と指に立てられた歯が破瓜の痛みに耐えていることを示していたが、シグムントは動きを止めることは無かった。

ヤトウィアの中はこれまで味わったことが無いほどに深い快楽で、それほど必死で動かなくても達することは出来るだろう。愛する女の膣内というのは、これほどまでに理性と感覚を奪っていくものなのか。この一度きりで、シグムントはそれを心から感じ取った。

静かに動かしていたが、それでも、ギシ……と寝台が軋む。

ヤトウィアに指を噛ませて、シグムントは動いている。音を立てぬようにするためそれほど技巧を凝らした動きではないが、ヤトウィアの身体もシグムントと同様に甘く攻め立てられ始めたのか、動かすたびに奥から潤いが沸き立つのを感じる。ゆっくりと唇から指を抜くと、音を立てず、だが、熱い吐息を零してヤトウィアがシグムントを見上げた。動かしながら愛する女を見下ろすと銀色の瞳が星明かりに輝き、戦慄く掌が愛しいものに触れるようにシグムントの頬を挟み込む。

やがて強く甘い刺激が2人の背に登る。一際大きく腰を穿たれると、ヤトウィアの身体の中でシグムントがとくんと脈打った。その脈動に合わせて、シグムントがゆっくりと動く。動くたびに、とくとくと温かいものが注がれているのが分かり、それと同じくらい温かな男の身体がヤトウィアを強く、優しく抱きしめた。

ヤトウィアの耳元にシグムントは唇を寄せ、今にも泣きそうな苦しげな声で囁く。

「……お前を、連れ去りたい」

「シグ……さま……」

「お前と、ずっと、こうしていたい」

「私も……私もで、す」

「ああ……」

吐く息すら、それほど大きく立てることはできない。それでも、もう一度だけ……。シグムントは、ヤトウィアの身体を揺らし始めた。もうこれが、最後になるだろう。この時間が終われば、離れなければならない。そう思うと、息ができぬほど胸が痛んだ。

名前を呼びたかった。

愛していると言いたかった。

快楽に叫び、愉悦に吼えたかった。

それでも2人は音立てることなく、ただきつく抱きしめ合いながら最後の時間と感覚を共有した。

****

ガシャン……!

調度品の割れる音がして、ヤトウィアの寝室の扉が開いた。

「ヤトウィア様……っ!?」

侍女のヴァンダの悲痛な声が響き、寝台の上で呆然とした様子のヤトウィアに駆け寄る。それに続くように2人の護衛が入ってきて、ヴァンダは慌てて何も身に着けていない様子のヤトウィアの身体を抱き寄せ、寝台の上掛けを巻きつけた。

「窓が……早く!」

その声に護衛が慌てて窓に駆け寄り1人が降り、1人がヴァンダを振り向く。

「……人影が。追いかけますので、ここはお任せしても」

「早く追いかけて。ここは大丈夫です」

護衛がヴァンダに頷き、部屋にはヤトウィアと侍女のヴァンダのみとなった。

「……ヤトウィア様……。ご無事で……」

「ヴァンダ……」

「失礼します」

ヴァンダはそっと上掛けを剥がして灯りをかざし、寝台の上を露にした。その様子に、絶句する。

「ヤ……ヤトウィア、様……。ああ……」

寝乱れたシーツに点々と残る赤い染み。ヤトウィアの身体に残された痣。
何が起こったのかは一目瞭然だった。

「ヤトウィア様、……お身体は……」

「私は……大丈夫です」

表情を消して俯く様子は、ヴァンダにそれ以上の追及を許さなかった。

「相手は……誰なのです?」

その問いに、ヤトウィアは黙って首を振る。

「まさか……誰とも知れぬ者なのですか……?」

今度はヤトウィアは沈黙した。さきほどまでのぼんやりとした様子は無く、伏せた表情は頑なだ。そのように沈黙したとき、ヤトウィアは決して口を割らないだろう。ヴァンダにはそれが知れた。ヤトウィアの身体をこのようにしたのは、賊などのような輩ではないのではないか。だが、その相手を伺い知ることは……出来ないかもしれない。

「ヤトウィア様……」

ヴァンダの声にヤトウィアは答えない。ただ、開いた窓に視線を傾けたのみだ。

その夜。

魔都ウラスロの王女は処女の身を穢され、諸国へ貢がれる価値を完全に失った。
3年の時が経過し、漆黒の男が迎えに来るその日まで。