007.王子さまがキスをして

実は魔の森は、シェンスタドの領地ではない。特に定められた領主のいない土地は王国の公領で、調査の行き届いていない王国所有の地の利を調査するのがダンテの仕事だ。

その仕事のためにシェンスタドに滞在するようになり、しらゆきに夢中になった。それでも毎日仕事はしていたのだが、この4日ほどはしらゆきに溺れて本国への報告をすっかり忘れていた。

本国から報告を促す使いがやってきていることに気付いたダンテは、しらゆきの眠っているころを見計らって、こっそりと小屋を出てきたのだ。

鍵は掛けなかった。

もしも、ダンテが帰って来るまでにしらゆきが逃げていなければ、今度こそ順を追ってしらゆきに愛を告げようと思っていたのだ。

だがもし、しらゆきが逃げていれば……。

嫌だ、そんなこと考えたく無い。逃げられても同然のひどいことをしたのは分かっているが、逃がすことなど考えられない。どっちみち逃げられても、自分はすぐにしらゆきを捕らえるだろう。今度こそしらゆきを逃がさぬように、閉じ込めて離さない。

「最低だね、僕」

自分の行動と感情の矛盾は、自分でよく分かっていた。最低だと分かっていても、反省も制御もするつもりはなく、こんな自分に目を付けられた哀れさを覚えると同時に、しらゆきを見出したことに歓喜する。

本国へと報告書を送った昼過ぎになって、ダンテは緊張した面持ちで小屋に戻った。そして、その風景に目を見張る。

そこにはいつもの風景が広がっていた。

しらゆきが居ないころの美しくもどこか殺風景だった景色ではなく、しらゆきが来てくれてから、2人であれこれと仕事をしていたころの温かな家だ。

外には2人の洗濯物が楽しげに揺れていて、しらゆきが植えた花の鉢がいつものように玄関先に並べてある。おまけに家の煙突からふわふわと煙が出ていて、誰かが煮炊きをしているようだ。誰か……など、しらゆきに決まっている。

まさかしらゆきは逃げなかったのだろうか。今も家にいて、いつものように家の家事をして、ダンテの帰りを待ってくれている? あれだけのことをしたのに? まさか。でも……。

最後に抱きしめた、しらゆきの様子を思い出す。

あの時、しらゆきはダンテにすがりついたように思えた。可愛らしい唇が何度もダンテを呼んでいて、嬉しかったけれど同時に怖かった。しらゆきはずっと「いや、怖い」と訴えていて、それ以上自分の愚かさや醜さをしらゆきに罵られるのが怖かった。

けれど、ダンテはあれから一度もしらゆきと話をしていない。どうしてだろう。あれほど、しらゆきと同じ風に笑うことが好きだったのに、すっかり忘れていた。

泣きそうだ。

会いたくてたまらない。

しらゆきと楽しくおしゃべりしながら、リンゴのタルトが食べたいよ。

ダンテは仕事道具を放り出して駆け出し、玄関に手を掛けた。

「しらゆき!」

玄関を開けて家の中に飛び込むと、甘酸っぱいリンゴの匂いがして一瞬だけ胸が躍る。

しかし、期待した気配はそこには無く、しらゆきからの応答は返って来ない。きょろきょろと辺りを見渡したが、あるのはテーブルの上に調えられた食器と、暖炉の側の調理台に掛けられた鍋だけだ。

だが、テーブルの上の一部が乱れていることにすぐに気が付く。深皿がひっくり返っていて、煮詰めたリンゴが散乱している。

そして。

「しら、ゆき……? しらゆき!」

青白い顔をしたしらゆきが、くったりと床に倒れていた。

****

ダンテが仕事に行ってしまってからしばらくして、起き出したしらゆきは早速動き始めた。

もともと働き者な性分で、家事仕事は大好きだった。それがダンテの家の用事ともなれば嬉しいし、気持ちを切り替えると、ダンテとのことをどうするか……という心配事も忘れることが出来る。

まず外に出て、新鮮な空気を思いきり吸い込む。そうして、雨に打たれないよう家の中に置いておいた花の鉢を玄関先に並べて水を遣った。それから家の掃除をして、洗濯をして、ダンテの作ってくれたらしいスープを味見して、少しだけ味を整える。燻製肉(ベーコン)の切れ端を足してもう一度火に掛ければ、昨日とはまた違った味になるだろう。

ふと気が付く。

そういえばしらゆきは、ここに来てからお菓子を作って居ない。

どうして忘れていたのだろう。しらゆきは、そもそもダンテがリンゴのタルトを食べてくれる顔が、とても好きだったのだ。

「あ、でも道具が無いわね……」

タルト生地を焼こうと思ったがオーブンも無く、道具も無い。あるだけの材料で……と考える途中でまた気付く。そもそもリンゴが無い。

「残念。……リンゴが無ければ作れないじゃない。私って馬鹿ね」

どうしよう。ダンテに言って買ってきて貰いたい。それが出来るならばしらゆきの家に一度戻って、使い慣れた道具を持ってきたい。ダンテに頼めば持ってきてもらえるだろうか。

だが、ダンテはしらゆきの話を聞いてくれない。今はこうしてダンテが留守だから、今までと同じように過ごしているけれど、ダンテが戻ってきたらどうなるのか分からない。ダンテはきっといまだに怒ったままで、しらゆきの身体を抱く時は不機嫌な顔をしている。

思い出して、急に気分が萎えしぼんだ。

しらゆきは今、余計なことをしているのではないだろうか。迷惑だって怒られたらどうしよう。だが、もう料理はしてしまったし、洗濯も掃除も終わってしまった。自分の浅はかさが嫌になって、おろおろとしていると、トントン……とノックをする音が響いた。

ダンテが帰ってきたのかと思って驚いて飛び上がる。

「ごめんください」

だが、返って来た声はダンテのものではなく歳を取ったお婆さんのものだ。そんなお婆さんがどうやってこの魔の森に来たのだろう。そう思って警戒したしらゆきは、玄関を開けようとして止めた。

「あの、どなた?」

「私はリンゴ売りの婆ですよ」

「えっ、リンゴ売り?」

ちょうど足りないと思っていたリンゴと聞いて、しらゆきが思わず聞き返す。扉の向こうで何か荷物を下ろしている気配がする。

「あの、お婆さん?」

「誰がお婆さんよっ!? いや、げふっごふっ……ええ、ええ、リンゴはいりませんかね?」

「お婆さん、どうやってここに来たの?」

「はあっ!? そんなことどうでも、あ、いや、私はちょうどこの森の奥に住んでいてね」

「リンゴの木なんてあるの? 魔の森に?」

「あるよ、いや、独自ルートで仕入れて……あー、もう!」

扉の向こうでは、お婆さんは随分とイライラしているようだ。こんなところまで歩いてきて疲れているのかもしれない。少し気の毒だなと思ったが開けるのは怖かった。

「あの、ちょうどリンゴのタルトを作ろうと思っていたの。でも、リンゴが足りなくて」

「んまあああ! それならうちのリンゴがちょうどいいよ。是非買っておくれ」

「でも、今、このお家の持ち主が留守だから、開けるわけにはいかないわ」

しん……と、扉の向こうが静かになりました。帰ってしまったのだろうかと思って、「お婆さん?」と、聞き返すと、ことんと何か置かれた音がしました。

「なら、今日はサービスだよ。腐らせてしまうのも勿体無いし、持って帰るのも荷物になっちまう。よかったら使っておくれ。ここに置いておくからね」

「お婆さん?」

しらゆきの呼びかけに返される答えは無く、人の気配が消える。玄関に耳を付けて外の音に耳を澄ませてみたが、何の音も聞こえなくなった。

恐る恐る扉を開いてみると、コツンと何かに当たって扉が止まる。

「リンゴ?」

しらゆきの足元には、お婆さんが置いていったらしいリンゴが、丸いカゴの中に盛られていた。

****

「どうしよう」

家の中にリンゴを運び入れたしらゆきは困り果てた。しかしリンゴに罪は無いのだし、このまま置いておいたら腐ってしまう。ちょうどリンゴのタルトを作ろうしていたのだから、お言葉に甘えて使わせてもらおうか。

「お婆さん、ありがとう」

リンゴに向かってぺこりとお辞儀をして、早速しらゆきはリンゴの調理に取りかかった。

ダンテの家にはオーブンが無いから、タルト生地が焼けない。代わりに、タルトの部分はビスケットを砕いてハチミツと混ぜた物にしようと考えた。あとはお鍋さえあれば大丈夫なはずだ。

いくつかの香辛料とお砂糖を合わせて、バターを敷いたお鍋でじっくり炒める。飴色になったところで火から下ろして、深皿にぎっしりと盛り付けた。

「ふふ、美味しそう!」

トロリと艶のある飴色に焦がしたリンゴは、とても美味しそうに見えた。

思わずしらゆきは、一欠片を取って口に入れる。

シナモンのよい香りとリンゴの酸味、後からバターの甘い香りがそれらを包み込んで……。

「あ……」

しかし、直後にしらゆきはクラクラと眩暈を覚えた。喉の奥を何かが塞ぎ、息が出来なくなる。嫌な汗が額に滲み、手先が冷たくなり震えはじめる。

「り、んご……?」

しらゆきは、重くなっていく身体を引きずって、深皿に入れてある煮詰めたリンゴに手を伸ばした。だが、もう限界だった。指が引っかかって深皿をひっくり返し、そのまま崩れ落ちるように床に倒れる。

ぺちゃりとテーブルと床に散らばるリンゴから、むせかえるような甘ったるい香りが放たれた。息が苦しくて、どんどん頭が朦朧としてくる。背中と額には冷たい汗が滲んだ。懸命に息をしようとするが、吐くことも吸うことも出来ない。

「ダンテ……くるし、よ……」

真っ先に浮かんだのは、父でもなく母でもなく、しらゆきの髪をやさしく梳いてくれたダンテの顔だった。

****

しらゆき、しらゆき。

どうか目を覚ましておくれ。

倒れているしらゆきを見つけたダンテは、その原因が呪いであることに気が付いた。呪いということは、しらゆきは誰かから悪意を向けられいて、仕掛けられたということだ。シェンスタドでしらゆきを憎む者など1人しか居ない。しかし、それを始末するのは後だ。

しらゆきに掛けられている呪いは、死の眠りの呪いである。

意図的に呼吸が止められ、冷たい氷の中にいるように心臓が冷えて動きが止まる。呪いを取り除かなければ、しらゆきは「死」と同義の状態だ。今すぐ熱と魔力を与えて呪いを取り出せば助かるが、それはちょうどしらゆきの喉に引っかかっている。

ダンテはしらゆきを大事に寝台の上に寝かせると、胸の膨らみに顔を寄せ、首筋に口付けた。顔を起こして、手のひらで頬を撫でる。

唇を寄せて触れ合わせる。

応えることは無かったが、そこはまだ温かく、しらゆきの香りがした。

「しらゆき……ごめん、ごめんね」

死の呪いは息を塞ぐ。しらゆきはどれほど苦しかっただろう。

テーブルの上に用意されていた料理は、しらゆきが作ったものに違いない。そしてまた、しらゆきはリンゴのタルトも作ってくれようとしたのだ。しらゆきは本当に家に帰りたかったのだろうか。ダンテと暮らしてもいいと思ってくれていたとしたら?

あれだけひどいことをしたのに、しらゆきはまだダンテに優しいというのだろうか。

一体どこで何を間違えてしまったのだろう。ダンテが欲しいしらゆきの笑顔と暮らしは、ついこの間まで確かにあったはずだ。多分、もう戻れない。しらゆきの身体を知ってしまったダンテには、それを喰わないという選択肢が無い。しかし、やり直すことは出来ないだろうか。あの時、初めてしらゆきと一緒に暮らし始めたように。

「しらゆき、今魔法を解いてあげる」

ゆらりとダンテの触手が持ち上がる。全ての触手が心配でもしているかのように、ゆらゆらとしらゆきの身体を這って、口元へと先端を触れ合わせた。

その中でもダンテの雄を司る、もっとも太い触手がぐいぐいとしらゆきの唇に触れ合う。

頤が緩くなり、ダンテのそれがしらゆきの口の中に入り込んだ。

「っ……」

想像以上にしらゆきの口の中が好くて、思わず顔をしかめる。

少し退かせ、またゆっくりと挿れた。

魔力を直に注いで、呪いの魔力を外に出す。……とはいえ、その方法にこういうやり方を選んだのはダンテの欲情に他ならない。

音もなく静かに出し入れを繰り返す。口淫を行っているのと変わらない、ひどく淫靡な光景だった。

ダンテはしばらくして、しらゆきの身体を抱き起こした。自分の胸に乗せて頭を撫でながら、再び触手がしらゆきの口を犯している様をじっと見つめる。ダンテはゴクリと喉を鳴らした。

ちゅぽ、と音がする。

「は……あっ、しらゆき……」

耐えられない。
もっと虐めたい。

でもダメだ。しらゆきを無茶苦茶にしてしまう前に、早く呪いを解かなければ。

ダンテはしらゆきの身体をふたたび寝台に押し付けると、上半身の服に手を掛けた。下着ごと乱暴に開くと、ぷるんと色白の胸がこぼれ落ちる。触手を2本使って胸を寄せ上げると、口の中にいれて動かしている触手を挟んだ。

胸の柔らかさと口の中の温かさが同時に感じられてたまらない。囲むように両手を付いて四つん這いになり、動かないしらゆきの腕を掴む。

胸に挟まれたその先は口の中にかぽりと咥えられ、与えられる刺激と見た目の卑猥さに、ダンテはあっという間に登りつめた。

ごぽりと音がして、人間ではあり得ない量の白い液が口の中に放たれる。喉の奥にそれを放った瞬間、ダンテは触手を引き抜いた。

「ごほっ、けほっ」

途端にしらゆきの喉が動き、苦しげに咳き込む。ダンテはしらゆきの身体をすぐにうつ伏せにさせて、背中をさすった。

ひっくひっくと喉を震わせながら咳き込むしらゆきの背中を撫でていると、ぼとりと黒い塊が飛び出てくる。

「出てきたね」

呪いの根源だ。

それはビクビクと痙攣しながら、逃げようと這いずっているようだ。すぐさま掴んで捕まえると、ぐっと握り潰した。

じゅうと音をたてて、あっけなく消える。

ダンテは呪いの根源からは直ぐに興味を失って、倒れ込んだしらゆきを再び寝台に横にさせた。口元が少し汚れてしまったが、息はもう整っている。健やかな吐息に戻っていて、ダンテはほぅと安堵の息を吐いた。

「ダンテ……?」

かすれ声が聞こえて、ダンテが慌ててしらゆきの顔を覗きこむ。思わず触手でそっとしらゆきの頬に触れようとしてしまったが、怖がらせてはいけないと引っ込めた。しかし、しらゆきは握手をするように軽く掴む。

触手を小さな手で掴むその仕草が愛らしくて、ダンテの心が温かく満たされる。もしかしたら、しらゆきは僕のことを怖くないのだろうか。触手のことも、受け入れてくれたのだろうか。

「気持ち悪い」

「えっ」

しかし、しらゆきの不機嫌そうな声でそんな妄想もガラガラと崩れてしまった。

やっぱり嫌われた。嫌われた!

気持ち悪いって言われた!

泣きそうな顔で触手を引いたが、なぜかしらゆきは掴んで離さない。それを見て、もしかしたら自分は間違ってしまったのかとおろおろする。

「し、しらゆき?」

「口の中、気持ちワルイ……」

「あ、あ、あ、あああああー!」

思い出した。今、しらゆきの口の中は、ダンテの吐き出したものでいっぱいなのだ。ダンテは食堂へとすっ飛んで行って飲み水と拭き布を持ってくると、甲斐甲斐しくしらゆきの世話を始めた。