004.第二王女の場合

ギフヴェント・リムガウの妻、シルウィウス・ウェルギルスは正式な名前を『シルウィウス・エウフィ・ミア・ウェルギルス』という。現ウェルギルス王と王妃の間に生まれた3番目の子供で、正式に第二王女という身分を与えられている歴とした王族だ。

幼い頃から家族にだけは「ミア」と呼ばれていて、上の兄も姉も、父も母も、彼女をとても愛してくれ、可愛がってくれていた。

ただ、彼女は他の王女や王子に比べて髪の色が少し異なった。父王は濃い金色、王妃は白金。子供達は皆、その何れかを受け継いで美しい金の髪をしていた。比べて第二王女の髪は灰色がかった栗色だ。

家族達は皆、栗鼠のような可愛い色だと褒めてくれたが、父にも母にも似ていないその髪色を、今は亡くなった祖母が大層厭うた。それに、遊び相手候補にと連れてこられた子供達や、挨拶にくる貴族達も、明らかに第二王女の髪の色を見ては一様に口を閉ざすのだ。

幼い王女にはこれが堪えた。さらにその頃、王女は幼児性の病気で顔に赤い湿疹がたくさん出来てしまった。鏡で自分の姿を見るのが嫌で、お見舞いに美しい家族が来るのも嫌で、泣き喚いて全てを拒絶して皆を困らせた。

しかし、そんな拒絶をいつまでも続けるほど彼女は我侭に育てられてはいなかった。自分の立場を理解し、両親が心配するほど物分かりよく、すぐに反省して大人しくなったが、おとなしく、なり過ぎた。

誰と会うのも恐ろしくなって、それでも責任感から外に出ようとすると、今度はストレスで蕁麻疹が出たり高熱が出たり吐き気を催すようになったのだ。両親も家族も第二王女を心配して、彼女は公に出ることを免除された。

公務が云々というよりも、王女の体調に困り果てた両親は、彼女を外戚に預けることにした。王妃の実家である領地に預けられ、苗字を変え、名前を変えた。正式名の中間名から取って「エウフィミア」、そして母方の実家の苗字「ウィルンド」を名乗ることを国王からも許可され、「エウフィミア・ウィルンド」として、王妃の実家から高等教育も受け、さらに王族と同等の教育も私的に受けることが出来た。

ここで第二王女……エウフィミアはようやく、外の世界と触れ合うことを知った。王族でない生活でエウフィミアは世間を知り、やりたいことが見つかった。

エウフィミアは中央に戻り、中央司令府の緑化研究施設に就職したいと強く願い、それを国王に申し出たのだ。

ただし、これは許可されなかった。

国王はいずれはエウフィミアに王族として戻ってもらいたいと思っていたのかもしれない。別棟の研究施設は中央司令府での勤続経験が必要であることを理由に、許可しなかったのだ。

もちろん、王族であるからといって勤続経験を特別に免除などしてもらうつもりはなかったエウフィミアは、それなら中央司令府に就職し、経験年数を積むと主張した。そして黙って中央司令府に履歴書を提出し、すべての試験に通ってみせたのである。

おそらく国王は彼女が中央司令府に履歴書を提出した時点で、全て見通していただろう。しかし試験の結果に国王の息は断じてかかっていなかった。

見事に合格して、一人暮らしの段取りまで始めたエウフィミアに国王は慌てた。止められぬと思ったのか、それならばこれだけは譲れぬと、郊外に小さな屋敷と信頼のできる使用人を用意した。引退したばかりの手練れの元女官長ヒルダ・ジェイルと、エウフィミアが王妃の実家に移り住んでいた頃から世話になっている侍女エイメだ。本当は不要だと言いたかったけれど、渋々エウフィミアはそれを飲み、中央司令府に普通の研究員として就職したのだ。

そして、ウェルギルスの英雄と恋に落ちた。

****

ギフヴェントと過ごす時間は本当に楽しくて、大切だった。エウフィミアは外に出られるようになったからといっても、内向的で人付き合いが苦手な性格であることには変わりがない。しかし、そういう彼女であっても、共通の話題、趣味の話がそれを助けてくれた。元々一つのことを突き詰める頑固なところがあって、刺繍やレース編みの趣味も、ただの趣味と片付けるには過ぎた腕とこだわりがある。他人には話しにくい奥深い話にも、ギフヴェントは瞳を輝かせて聞いてくれた。

何よりも彼の正直でまっすぐな人柄にエウフィミアは心から惹かれた。顔が怖い、笑っていても怒っていると言われるとギフヴェントは悩んでいたが、エウフィミアは、優しい彼が必要なこと以外滅多に怒らないと知っている。怒っている時とそうでない時のギフヴェントは、エウフィミアの眼には全然違う風に見え、だからこそ、ギフヴェントが普段と違う表情を見せた瞬間が可愛くてならなかった。

真面目な彼であったから、付き合いが深まれば互いに共にいることを意識するようになった。しかし、彼から妻になって欲しいと言われると、嬉しい、ついていきたいと思う心と、それはできないという気持ちでせめぎあった。彼女が王女だからだ。

父に頼って結婚させてくださいといえば、父は動くかもしれない。しかしずっとずっと王族の権利を放棄して、王家の手を拒んできたのに、こんな時だけその手に頼るなんて都合が良すぎて自分が嫌になった。就職の時も家を用意してもらったり、結局は王家に縋らなければ何もできない自分が情けなくて辛かった。

それに、第二王女という身分がギフヴェントにとってどのような枷になるのか、社会的にどのような影響を与えるのか想像することができない。かといって、婚姻という儀式にあたり「エウフィミア・ウィルンド」のままで居られるはずがないのは分かっている。何をどうしようとも、結局相手には王家と外戚になることを強いるのだ。

揺らぐ心に決着が着いたのは、ちょうどギフヴェントとエウフィミアが付き合い始めて1年ほど経ったときのことだ。

「エウフィミア」

「……ギフヴェント……?」

「部署を変えるつもりか」

中央司令府に2年在籍したら研究施設に移るというのはエウフィミアの希望だったし、それはギフヴェントも知っていることだ。エウフィミアはコクンと頷いた。

「ならば、ちょうどいい機会だな」

「え? ……んっ……」

何の機会かと問いたかったが、その問いは口付けに飲み込まれた。離れに入るなり、その日はレース編みも刺繍編みもすることなく、小さな寝室に連れて行かれる。

豪奢でただ広いだけの寝台と違って、抱き合わなければ落ちてしまう小さくて可愛い寝台が、エウフィミアは好きだった。二人で刺繍したカバーで揃えて、それにくるまって眠るのはとても幸福だ。

そんな寝台に押し倒されて、ギフヴェントの大きな手がエウフィミアの身体を弄り始めた。

浴室を使わせて欲しいと申し出たがそれは却下され、ぷつりぷつりとブラウスの留め具が外される。

首筋を甘く食んでいた歯が耳に移動して、少し強めに……存在を確認するように噛み付かれた。痛くはなく、むしろじりじりとした感触が背中を這って、思わずぎゅっとギフヴェントの服を掴む。

「ミア……」

掠れた低い声が、エウフィミアの耳朶をくすぐる。ただ名前を呼ばれるのとは違う、まるで「愛している」の言葉かと錯覚するほど、ギフヴェントはエウフィミアを甘く呼ぶ。声は決して甘くないのに。

服を脱がされ、エウフィミアの胸にギフヴェントの唇が吸い付く。そのまま舌で頂きを転がされて、あっという間に下半身が緊張とも弛緩とも分からない感触に襲われた。思わず逃れるように動かした身体はギフヴェントの鍛えた体躯に押さえ付けられ、ぴくりとも動かせずに逆に引き寄せられる。

何度も抱き合って、何度も教えられた感触に流されそうになりながら、エウフィミアは何とかギフヴェントから逃れようともがく。

「んっ……あ、まって、まって……ギフ、ギフヴェント……」

「待たん」

「や、あ……まって、あ、ちょど、いいって……」

少しだけ、胸を弄ぶ舌が緩む。

「ちょうどいい機会って……どういう、意味、ですか?」

まさか、まさか、はっきりしないエウフィミアに業を煮やして、部署移動を機会に別れたいとでもいうのだろうか。

「ミア」

思考がおかしな方向に流れそうになるエウフィミアを、信じられないほど優しく、たくましい腕が抱き寄せた。よし、よし……と、子供をあやすように、エウフィミアの短い髪をゆっくりと撫でている。

その腕を少し緩めて、ギフヴェントはエウフィミアの身体を己の上に乗せた。

「俺の結婚が決まった」

エウフィミアの身体が一気に冷えた。ギフヴェントは侯爵家の嫡男であり、英雄だ。いずれそうした相手が出てくるだろうとは思っていた。しかしとっさのことに、言葉が出ない。

「これは……王からの勅命だ」

ああ、それも……父王からの命令であれば断ることなどできるはずがないだろう。出世のためにも、彼の家柄のためにも……「おめでとうございます」というべきなのだろうか。しかし言葉は何も見つからず、ただ唇を震わせたエウフィミアをギフヴェントはきつく抱きしめた。鍛えられた硬い胸板に、唇が押し付けられて塞がれる。

「ミア……俺は、お前を離すつもりはない。俺の結婚相手は」

腕がふっと緩くなる。

エウフィミアの短い髪に長くてゴツゴツとした指を通して、いかつい顔を赤く染める。眼鏡を外したエウフィミアがよく見えるように顔を近づけ、鼻をすりすりと触れ合わせるこの仕草が好きだった。

「ウェルギルス王国の第二王女。シルウィウス・エウフィ・ミア・ウェルギルス殿下だ」

一瞬、ポカンとしてしまう。ギフヴェントがエウフィミアを覗き込みながら、困ったように「ミア?」と呼んだ。喉がぎゅうと締め付けられたように痛くなり、次の瞬間ほろりと涙が溢れる。

「これがどういうことか……ミ、ミア!!」

「ギフヴェント……うっ……」

「ミア、すまん……そんな、泣かせるつもりは、その」

「はい、はい……」

ギフヴェントは、エウフィミアの涙を受け止めながら慌てて言い訳をしている。もちろんギフヴェントがエウフィミアを泣かせようと思って言っているわけではないと分かっている。分かっていても、感情がいっぱいになってただただ、涙が溢れてしまうのだ。

「その、これがどういうことか、分かるな?」

改めてそのように聞かれて、エウフィミアは頷いた。

「ずっと、黙ってて、わたし」

「ああ」

「も、しわけありませ……」

「かまわない。結婚を受け入れられなかった理由が、解決できぬものでなくてよかった。……言っておくが、リムガウ家は国王との外戚を欲しがるような家ではないし、国王から言われたからお前を妻にするわけではない」

「わかって、おります」

必死で言い募るギフヴェントに、エウフィミアは小さく笑った。

ずっと家族のことを話さないエウフィミアについて、ギフヴェントは調べたのだそうだ。もし心配事があり、ギフヴェントの力でそれが解決できるならばと思ってのことだった。無論、調べたことについては謝罪されたが、黙っていたのはエウフィミアの罪だ。

第二王女からエウフィミアにたどり着くことは難しかったが、エウフィミアから第二王女に辿り着くことはそれほど難しくはなかった。エウフィミアの屋敷にいる使用人ヒルダ・ジェイルがリムガウ家の家令スウェイクの姉で、実は裏で互いに協力していたという幸運もあった。

そしてギフヴェントは自ら国王に第二王女を妻にしたいと申し入れしたのだそうだ。

国境を平定した時の褒美を、ギフヴェントはまだ貰っていない。王と王妃はギフヴェントの願いを聞き届け、第二王女の降嫁を決めた。勅命は「エウフィミアを幸せにせよ」とのことである。通達は近いうちにエウフィミアにも届くだろう。

「ただ、俺の妻になるということは、公式の場にお前の名が出るということだ」

「それは……」

「無論、お前を無理に社交の場には出さない。しかし研究施設への就職は……」

第二王女の名で行うことになるだろう、ということだった。そうなれば、エウフィミアが第二王女であったこともいずれは明るみに出るだろう。長らく国民を騙していたと憤られても仕方がない。そうした声に耐え、これからは「第二王女」として生きていかなければならないのだ。

「それでも……俺の妻になってほしい」

「ギフヴェント……」

「すまない。本来なら結婚への許しはまずミアに得るべきだったのに、お前に断られるのが恐ろしくて、先に陛下に申し上げてしまった」

頭を下げたギフヴェントに、エウフィミアは首を振った。王に相談するなんて、おそらくエウフィミアには出来なかっただろう。

ギフヴェントが、エウフィミアの頬に手を添える。

「しかし、どうか、お願いだ。ずっと俺のそばにいてくれないか」

「わたし……」

ずっとずっと、ギフヴェントを偽っていた。同時に自分も偽っていた。王族という枷から逃げるために。けれど、そんな逃げるエウフィミアにギフヴェントは辿り着いてくれた。それならば、次に辿り着くのはエウフィミアの番だ。ギフヴェント……守護獅子の妻にふさわしい女に自分がなれるのか。今は、少し自信がないけれど。

「わたし、ウェルギルス一番の英雄の妻に、……良き妻に、なることができるでしょうか」

「無理して良き妻にならなくてもいい。まずは俺にだけ良き妻であれ」

「ギフヴェント」

「……俺とて良き夫であれるかどうか分からん。ただ、そばに、いてほしい」

そして、できれば支えてほしい。そう、言って冷えた身体を抱きしめてくれる。答えはもちろんたったひとつだ。エウフィミアはギフヴェントの腕の中で深く頷いて、涙の混じった声ではっきりと「はい」と答えたのだった。

****

エウフィミアの身体を四つん這いにし、ギフヴェントもその上に折り重なる。

幾度も触れられてすっかり溶けて濡れた場所を確かめるように、ギフヴェントの指が伸びた。前に手を回して、裂け目に沿って指を滑らせる。

ギフヴェントの指に蜜が絡みついたのが分かる。エウフィミアが甘い声を上げるが、指の動きは止まらずに、襞のひとひらひとひらを捲り、つぷ……と小さな音を立てて指が挿れられた。

膣壁を確認するように、ギフヴェントの指が濡れた中を触れていく。隅々を触りながら、奥より少し手前を指の腹で引っ掻くように刺激される。

「あ……あ、やあ……」

エウフィミアの身体で知らぬ箇所はギフヴェントには無い。そして幾度も快楽を教えられた身体は、一度覚えた愉悦をたやすく追いかけた。追いかけざるを得なかった。

しかし、もう少しで達するというところで指を抜かれる。何かを耐えるような息を吐いて、ギフヴェントが耳許で誘った。

「ミア……もう」

もう耐えられない。お前の中に入りたい。そう、エウフィミアに囁いた。誰にも聞かれるはずがないのに、エウフィミアにだけ聞かせるような声で囁いて、同時に一気に貫いた。

「……!! あああ……!!」

硬く大きな熱が、膣壁を抉りながら奥へと到達した。それだけでエウフィミアの身体が達して震える。どくどくと、心臓が鼓動するように自身の膣内が動いているのが分かる。

「は……搾り取られそうだ。中が、動いて……」

「んっ……あ」

ひくひくと達した余韻の膣内なかを、グ……と引き抜かれ、奥に戻ってくる。その度にひたりと絡みついた襞がギフヴェントの熱の動きに合わせて大きく捲られる。

腰を掴まれ、何度も抽動を繰り返された。その度に、愉悦の階段が一つ一つ高くなる。

「……ひ、ぅ……」

そして最も高みに連れてこられた時、それが一気に落とされた。苦しさと甘さと、身体の奥がじくじくと熱くなる恍惚とした幸福感に満たされて、また一段一段、階段を登っていく。

「何度も……何度も達して……くっ……ミア、っ俺も……」

ギフヴェントの言う通り、エウフィミアの身体は何度も達して、その度にギフヴェントの熱を締め付けた。時折胸に触れる指先や、耳やうなじに口付ける唇が優しくて、しかし貫かれるその場所は優しさとは真逆に激しくて、確かに求められている感じが堪らなく愛しかった。

心地好さそうなギフヴェントの呻き声が聞こえて、エウフィミアももう一度達する。その脈動に重なるように、最奧を貫いたギフヴェントが大きく鼓動した。

ドクリと中に吐き出される。

「は……ああ……ミア……」

後ろから抱きしめられて、そのままずるずると寝台に沈められた。ギフヴェントの硬い身体が熱を持ってエウフィミアの身体を覆っている。

手の指と指を絡め合って、お互いを確かめ合うようにぎゅっと握られた。

****

それからギフヴェントが満足するまで付き合うのは、体力の少ないエウフィミアにとって大変な作業だったが、愛されている実感に満たされるのは抗い難かった。

ようやく身体を離されて寝台でうとうとと転がっていると、ギフヴェントが珈琲を1杯だけ入れて持ってきてくれる。

サイドテーブルに置いていた眼鏡を掛けて身体を起こすと、ひょいと抱えられてギフヴェントの上に座らされた。持たされた珈琲の上にはたっぷりと生クリームが乗っている。生クリームがこぼれないように気をつけながらマドラーで混ぜると、ほんわりとした湯気と共に、芳醇な蒸留酒ウィスキーの香りが立ち昇った。

曇った眼鏡をガウンの袖口でお行儀悪く拭って、ギフヴェントを振り向いて笑むと、つられたように厳つい顔が微笑んだ。

「見よう見まねだ」

「飲んでみても?」

「ああ」

ギフヴェントが作ってくれた温かな酒に一口、口を付ける。少し強めの珈琲に甘目に作った生クリーム、そして少し多めに入れた酒精はエウフィミアが作る味とは少し違う。

「お酒を、ちょっと多目にいれましたね?」

「これくらいが俺好みだ。飲めないなら、俺が飲んでやろう」

くすくすと笑いながら、グラスを渡すとギフヴェントが受け取ってこくんと飲む。「ああ、これくらいがちょうどいいな」そう言って、再びエウフィミアに渡された。

この日、エウフィミア・ウィルンドは、ウェルギルス王国第二王女シルウィウス・エウフィ・ミア・ウェルギルスに戻り、守護獅子ギフヴェント・リムガウの妻になることを決めたのだ。