002.ゆめにかくれず あうぎにかくるる

折に触れて文を贈ってくる公達とのやり取りはそれから何度か続いたが、手紙の送り主は一向に分からずじまいだった。文を持ってきた使用人を追い掛けても巧みに撒かれてしまう。時子は待つばかりの身だったが、それでも満足だった。

そのような心が浮き立っていた時期の昼間、頼景が訪ねてきた。

年の瀬で頼景も忙しいのだろうか。ちょうど時子に文が送られてくるようになった頃から、頼景が訪ねてきたのは初めてだ。

昼八つを数えた折で外はよく晴れているが、今にも雪が降りそうな鋭い冷気を孕んでいる。 炭櫃の炭がぷすんと焦げる音は、どすどすと頼景が廊を踏む音で掻き消された。

やがて、遠慮もなく御簾を開けていつもの髭面が顔を覗かせる。常のことに諦めている葛貫はため息を吐いて席を空け、時子はぱっと顔を輝かせた。

「頼景さま!」

「おう、どうした時子。随分とご機嫌だな」

いつものように簾も几帳も挟む事無く、畳の上で膝を突き合わせて座った。二人して火鉢に手をかざしながら、時子はほくほくと頼景に報告する。

「あのね、とうとうわたくしにも、素敵な公達から文が届きましたの!」

ほら、と言って時子は一番最初にもらった文を頼景に見せた。時子がそれを話したとたん眉毛をぴくりと動かし、急に苦虫を噛んだようなしかめ面になる。嫌そうに文を受け取って、頼景は「ふうん」とだけ言った。

「頼景さまは、宮中にお務めでしょう? この綺麗な手蹟に覚えはありませんの?」

「ふん。……こんな女々しい手蹟、見た事ねえな」

「まあ、女々しいだなんて。男らしくて、きりっとしていて、素敵だわ」

「雅なもんは俺には分からん」

むっつりとそのように答えて、ぽい……と文を時子に返した。つれない態度に時子は少しばかりむくれて、わざとらしく丁寧に文を畳んで胸に抱く。

「雅やかなことは私も苦手です。でもお心が伝わるのだから、いいの」

「そんな文で伝わるのかよ」

「伝わりますわ。……だって、だって……きっと優しくて素敵な公達に決まっていますもの……」

しかし時子は未だに公達の姿を見ておらず、物語のような男女の逢瀬も経験したことがない。頼景から暗に「お前は男と女のことなど何も知らない」と言われているように思われて、時子はしゅんと顔を伏せた。

「優しくて素敵ねえ。……よう、時子。お前はやっぱりそういう公達が好きなのか?」

「え?」

「歌ばっかり歌って、滅多に会いにも来ねえようなお上品な公達がいいか?」

何故か急に不機嫌になった頼景の声色を読んだのか、時子の顔がみるみる不安そうになっていく。都では、男と女の逢瀬は、男が女のもとに通うものだと言われている。まずは文のやり取りから始まり、男が女を訪ね、夜のまだ暗いうちに姿を見せる事無く帰っていく。三日それを続けて、初めて殿方ときちんと顔を合わせるのだ。女が男に会うのは普通は御簾や几帳越しであり、顔を見せる事はあまり無いのが通常だ。こうして頼景と直接対面している事自体が、例に外れているのである。

「でも、でも……殿方は宮中でお忙しいって。それに顔を見せるのははしたないことなのでしょう」

「俺には見せるのにか」

「……それは、頼景さまだから……っあ」

かたん……と音がして、急に時子の身体が厚いものに包まれた。

時子の顔が触れているのは頼景の胸、背中に回されているのは頼景の腕、耳元に感じるのは頼景の息だと気付いた時には動けなかった。

「よ、よりかげさま? くずぬき?」

「葛貫は、さっき炭を取りに下がっただろ」

「あの、あの……」

「時子」

聞いた事も無いような、真剣な声が時子に届いた。低くて枯れているのに、「ときこ」という音だけが澄んだ風に空気が震える。その震えが耳の中をくすぐって、思わず時子はぎゅっと頼景の直衣を握った。

僅かに沈を強くした菊花の香りは、頼景が常に薫き染めている香だ。

「ときこ」

もう一度呼ばれて、時子が顔を上げる。よりかげさま、……と呼ぼうとしたが、それは静かに塞がれた。

唇が重なっている。

思った次の瞬きの間に、それは離れた。

「より、かげ、さま?」

は……と、時子が息を継ぐ。その顔を見て頼景はわずかに顔をしかめたが、すぐに額と額を擦り合わせ、再びゆっくりと時子の唇を塞いだ。

幾度か、頼景の唇に時子の唇が挟まれる。まるでそれが甘い食べ物でもあるかのように、ぱくりぱくりと唇を食み、不意にぬるりとした感触に意識が攫われた。

びくんと時子の身体が震える。

「口を開けろ、時子」

少しだけ唇を離して頼景が命じると、時子は術にでもかかったようにそれに従ってしまう。

開いた唇にぬるりと何かが落ちてきて、時子の唇に触れた。

途端に時子の身体がごく自然に強張る。しかし、それは恐怖ではなかった。触れ合っているのは唇であるはずなのに、何かやわやわとした心地よいものに腹を包まれているようだ。頼景の舌と時子の舌が触れ合い、唇を吸われているのだとようやく認識したが、それを振り払う事は何故か出来なかった。

「ん……ぅ……」

くぐもった呼気が時子の唇からこぼれて、急に触れ合いが無くなった。慌てたような様子で頼景が時子の身体を離したようだ。

「頼景さま」

「……」

突き放すように時子から離れ、頼景は立ち上がった。頬を染めた時子が、ぼんやりと背の高い頼景を見上げている。何故か頼景は時子から顔を逸らし、「くそっ」と毒付いた。

「頼景さま?」

ただならぬ頼景の様子に時子が再びその名を呼び、不安そうに首を傾げる。

「帰る」

常よりも無愛想に言うと、頼景はすぐさま几帳の向こうへと出て行った。

****

頼景は几帳の向こうに消え、御簾を上げて出て行ってしまった。来た時と今度は逆で、廊をどすどすと渡る足音が遠ざかっていく。

呆然とその音を聞いていたが、急に心許なくなった。今の今まですぐ側にあった大きな温もりが無くなって、心細さや寂しさに襲われる。今までは頼景が帰った後、このように思うことなどなかったのに。

時子は、そっと自分の唇に指で触れた。あれは何だったのかしら。離れていった唇の感触を思い出し、何故か心が騒ぎ始める。酒の香を嗅いだ時にも似た、ほんわりとした喉の奥の温かさは何なのだろう。時子にとって何もかもが初めての感触で、離れがたい感覚だった。温かい厚み、ざらりとしたお髭、ぬるりとした熱さ、ぬくぬくとくすぐったいお腹。なんだかもう一度してみたいような……。

それでいて、ひどく恥ずかしいようなことをしでかしたようにも思える。自分の裸を暴かれてしまったような、そんな心持だ。

「時子様? 頼景様は……、出て行かれたようでしたが」

「え、っと」

「何かございましたか?」

葛貫は時子の側ににじり寄り、その顔を覗き込んだ。時子は珍しく扇で顔を隠して背け、その様子に葛貫が怪訝そうに眉を寄せる。

「よもや頼景様が何か?」

「な、なんでもないわ!」

「……」

言うなり、今度は顔を隠すために広げたばかりの扇を畳んで脇に置き、真剣な顔で新しい炭を突き始めた。

「時子様」

「な、んでもないの。なんでも」

「時子様」

「なんでもないったら!」

「……時子様、炭櫃の炭が砕けてしまいますから、あまり弄らない方が」

「あ」

時子は顔を真っ赤にして、火箸から手を離す。葛貫に先ほどの頼景の行動の意味を問いたい気もするが、問うのが恥ずかしい気もした。あの時間はどこか秘密めいていて、時子の心にしまっておきたいような気がするのだ。

葛貫はそのような時子をしばらくの間じっと見つめていたが、やがて問うのは諦めたようだった。

****

「時子様、お手が止まっておりますよ」

「ん……」

時子は新年を迎えるための着物の縫物をしていた。そうは言っても時子の家は父も母もおらず、家を仕切るのは時子の役目である。葛貫の手を借りて、必要最低限のものだけを設えて新しい年を数えられるよう準備をする。

しかしそれらの作業にもどこか時子は上の空だ。

あの日、唇を触れ合わせてから頼景には会っていない。その間も何度か公達から文が来たのだが、何故か心は最初のときほど浮き立たず、煩わしくさえあった。それよりも返事をしようとするときに、何故か頼景の「時子」と呼ぶ声ばかりを思い浮かべてしまう。

いつもならば年の瀬に一度くらいは顔を出してくれそうなのに、頼景は時子を訪ねてくれなかった。

「頼景さま、さいきんいらっしゃらないわね……」

「時子様?」

だから、ついつい愚痴めいた口調で葛貫に訴えてしまう。

「気になるのですか?」

「……だって」

時子は俯く。自分に恋文が届けられるようになってから、今まで絵物語の中だけであった「男女の恋」というものを意識するようになった。そして思ったのだ。頼景にも、もしかしたらこんな恋文を出すお相手がいるのだろうか。扇で顔を隠し、礼を守って几帳越しに応じるような女性がいるのだろうか。……頼景は優しいし、内裏にも勤めている貴族の一人だから、そういう人がいてもちっともおかしくはないのだ。

「頼景さまには、文をお書きになるような女性がいるのかしら」

「……は?」

「雅なことはお嫌いだって言っていたけれど、……でも、通われるのであれば頼景さまだってお歌を歌うわよね」

どちらかというと半分は独り言で、時子は葛貫にこぼした。呆れられるかと思っていたが、意外な事に葛貫は真面目な顔で聞いている。

「こちらに来てくださらないのは、どこかに好い方がいらっしゃるからなのかも……」

「時子様、それは」

葛貫が深いため息を吐いた。縫物を傍らに置き、真面目な顔を崩す事無く、少しばかり時子の側近くへと膝を寄せる。

「時子様、葛貫様」

しかしちょうどその時、使用人の声が御簾の向こうから聞こえ、葛貫が相手をするために時子から離れた。何事かを使用人と話し、すぐに戻って来る。

「時子様、また御文が届きました」

「え?」

「お返事をお書きになりますか?」

「……どうしても書かないとだめかしら」

縫物の手を終えて、時子はむくれたように葛貫に答えた。今はとてもそのような気分ではなく、文ばかりで会いにこようともしない姿見えぬ公達を恨めしく思ってしまう。

それでも渋々文を開くと、いつものように誠実そうな美しい文字で恋歌が書かれていた。

『雪降らば 積もり隠るる君なれば 年明けぬれば 雪のほどけぬ』

雪が降って積もると隠れてしまう貴女です。年が明けてしまえば雪が解けてしまいますよ。……貴女の心も解けるでしょうか。

……そんなことを言っても、この公達は会いに来てくださらないのに……。

時子は決して隠れておらず、まして、向こうは時子の居場所も知っているはずなのだ。しかし時子は相手が誰だかちっとも知らない。こちらから積極的に文を送る事すら出来ず、届けに来た使いに持たせることしか出来ない。それなのに「雪が降ったら隠れてしまう」だなんて。

「殿方は卑怯だわ」

「時子様?」

むう……とむくれて、時子は葛貫が摺った墨を筆に含ませた。

『としあけて ほどけるゆきの つめたさに あふぎもなければ かくるるみもなし』

年が明けて解ける雪の冷たさは貴方の心のようで、私は身を隠す扇もなく、隠れる身すらも無い思いです。

暗に「会う気などないんだから」と、拗ねた心のうちをそのまま書いて、時子は葛貫に突き返した。葛貫は書かれた歌をまじまじと見ている。失礼な事を書いて怒られるかしらと、時子はちらちらと葛貫を伺ったが、意外なことにその文は丁寧に設えて、手紙を届けに来た使用人へと返された。

「持たせてしまうの?」

「そのために書かれたのでございましょう?」

「そうだけど……」

ぷりぷりとした気分に任せて書いてしまってはみたものの、これまで真面目な文で時子の心をくすぐっていた公達に対して失礼だったかとも少し思う。会いに来てはくれないが、時子に向けた恋心を歌った歌は、間違いなく時子の心を慰めていたのだ。

「時にはこのくらいの文で、殿方のお尻を叩くのも必要なことですわ」

「おしりをたたく?」

「いいえ、何でもございません」

きょとんとした時子に葛貫は首を振った。手紙を持たせた使用人が去っていく方向をちらりと見送ると、葛貫は主を隠すようにそっと御簾を下ろした。

****

年明けの行事もつつがなく終わり……と言っても、時子の家では四方を拝み、正月の飾りをほんの少し施して、使用人達に正月用の食事を振る舞って、新しい着物に袖を通す程度である。それでも一年に一度の心ばかりの贅沢に、少し華やいだ気持ちになる。

新年の挨拶に公達から文でも届くかと少し期待していたがそれは届かず、頼景もまた正月のその日には訪ねてこなかった。仕方のないことかもしれない。正月の宮中は朝早くから遅くまで、随分とたくさんの祭事が控えており、それに合わせて宴も盛大に行われる。宮中で働く頼景も忙しいはずで、そう考えると文をくれていた公達もまた、同様に忙しいのではないかと思われた。

正月二日目の夕方、葛貫が実家への宿下がりを申し出たので、時子は仕方なく承知した。去年もその前も同じ日に葛貫は宿下がりをしているのだが、毎年、頼景がお喋りの相手に来てくれていたので寂しくは無い。だが今年は来てくれるのだろうか。やはり頼景は時子のところに来てくれていないし、文の公達の事を思っていても時子は気分が晴れなかった。

「それでは、時子様、明日には戻りますので」

「うん……すぐ戻ってね」

「はい」

時子の家には女房役は葛貫くらいしか居らず、後は使用人が僅かにいるというだけで、本当は随分と心細い。だが行かないでと我侭を通す訳にもいかず、かといって頼景に文でも遣わして「葛貫が居ないので寂しいので来てください」などと子供っぽいことも言えない。

葛貫が下がってしまった後は、時子は御簾のうちに閉じこもって早々に眠ってしまう事にした。どうせ冬の日はすぐに落ちて暗くなるのは早いし、一人で物語を開く気にもなれない。普段なら葛貫がいなくても飽かずに黙々と裁縫をしたり、手作業をするのは苦にならないのに、今日はうまくいきそうになかった。

外の冷たい空気が入らぬよう帳をしっかりと下ろし、いつものように几帳で囲んだ一番奥の寝所に寝床を設え、着物の中に潜り込んだ。炭櫃の残り火の暖を頼りに目を閉じる。

「せめて夢にも君を見えこそ……」

そう言うけれど、ならば時子が夢に見るのは一体誰なのだろう。

****

カタン……と音がしたような気がして、時子は目を覚ました。誰かがそっと御簾をくぐる気配がして、どうやら几帳の向こうに人があるようだ。

「誰?」

炭櫃にはまだ火が残っている。眠ってしまってからまだそれほど時間は経っていないのだろう。身体を起こした時子は袿の襟元を引き寄せて調え、側に置いてあった扇を握りしめた。時子のところに来るのは、使用人か葛貫か、そうでなければ頼景くらいのものである。

「頼景さま?」

だから、頼景かと思ってそう問いかけたのだ。しかし返ってきた答えは思いもよらないものだった。

「他の男の名など呼ばないで」

「え?」

「そこにいらっしゃるのは、雪に隠れた私の姫君なのでしょう」

降る雪のような、空気を含んだ澄んだ男の声だった。雅やかで、それでいて嫌味の無い声だ。

しかし、頼景の声ではない。時子の知らぬ声だった。時子の心の臓が、びくりと跳ね上がる。

時子を「雪に隠れた姫」と呼ぶということは、この男がまさか時子に恋文をくれていた者なのだろうか。その公達が、とうとう時子の所に来てくれたというのだろうか。

「あの、あなた、は?」

「私が誰かなど、どうでもよいではありませんか」

「お文をくだすった方?」

「雪降らば、積もり隠るる君なれば……」

男は時子の問いに答える代わりに、送った文を水でも流れるかのように滑らかに吟じた。それが答えとでも言うように。

まさか本当に来てくださるなんて。

しかし、待ち望んだ逢瀬であるはずなのに、何故か時子の心には清らな水に墨を一滴落としたように不安が広がる。

黙ってしまった時子に焦れたように几帳が揺れた。時子は慌てて扇を広げて顔を隠して後ずさる。

「こ、こないで!」

「おや」

「お話なら、そこでいたしましょう?」

「すぐそこに愛らしい姫がいると分かっているのに?」

小さく笑う気配がして、几帳はあっけなく捲られた。月が無いからか、男は片方の手に燭台を持っている。だが、時子は恐ろしくて顔を上げる事が出来なかった。頼景ならば平気で顔を見せられるのに、目の前に居る見知らぬ男に顔をさらすことは出来ない。微かに床を摺る足音が聞こえたが、それが一歩、二歩を数える間もなく、あっという間にそれは時子の側にやってきた。

時子はいよいよ縮こまって扇をしっかりと握りしめて顔を隠し、男の方を見られない。

「可愛らしい姫、どうか顔を見せて」

「あの、あの」

「隠す扇は無かったのでありませんでしたか?」

くすくすと楽しそうに笑って、男は時子の側にしゃがみこみ、片方の手首を掴んだ。

「……!」

「ほう、これはこれは」

ぽとりと扇が着物の上に落ちた。燭台の灯りにさらされて、隠す扇も無いまま互いの顔が知れる。男の……文の公達の顔は、切れ長の瞳と薄い唇の、女かと見紛うほどの美しい面差しだった。頼景のような髭も無く、髪も綺麗に烏帽子の中に調えられている。

男は時子の顔をじっくりと見聞すると、満足そうに唇を弧の形にした。

「このような愛らしい小さな姫を雪の中に隠していたとはもったいない」

「かくす……?」

「お名前は? 可愛い雪の姫君」

男は燭台を傍らに置き、時子の肩をとんと押した。

「……あ」

そうして揺らいだ時子の背中を支えながら、とこの上へと押し倒す。

「い、や」

「会いたかったのでしょう? あのような愛らしい歌を歌って」

いつの間にか男の唇が時子の耳に触れていた。その唇がやがて頬をなぞり、いつか頼景にされたように、時子の柔らかい唇に吸い付く。

たったそれだけの感触で、びく……と身体が震えた。しかしそれは、頼景に触れたときとは真逆の意味だ。あの時みたいな不思議な感触も、味わった事の無いような心地よさも、腹のぬくぬくも無く、ただ生ぬるくて気持ちが悪い。

憧れの公達のはずであったのに、その行動の全てを時子は頼景と比べてしまう。今は文の公達ではなく、頼景にすがりつきたくてたまらなかった。

「やだ、よりかげさま、いや!」

しかし、そうした時子の声をこぼさぬとでも言うように、男の唇が時子の唇を完全に塞いだ。