そもそも魔性を持つ生き物は、群れることを好まない。個人がよければそれでよく、一族の結束などは皆無だ。人を嫌って街を離れるものもあれば、己の楽しみのために人を殺すものもあり、人におもねって生きるものもあれば、静かに人のふりをして生きているものもあった。
シルフリード自身にとって人間は、餌かそうでないかというだけで、特に深い興味は持っていなかった。強いて言えば、踏めば死ぬほどの弱い生き物であるにもかかわらず、数だけは馬鹿のように増やしてしぶとい。餌はできれば美しい女の方がよい、その程度だ。
地下でのんびり毒の研究でもして生きていればそれでよかったのだろうが、いつも同じ餌というのも飽きがくる。シルフリードは人間どもの貴族のふりをして、時折夜会で女を見繕っては餌にして捨てるという放蕩な行為を繰り返していた。
そうした怠惰な生活が一変したのは、2年前のことだ。
シルフリードは、シルフリード・グローリアム伯爵……と名乗って、侯爵家が主催する夜会に出席していた。貴族という人間は大体きな臭い生き物だ。もちろんその傘下に入るつもりはなかったが、利用できる隙があれば知っておくに越したことはない。それに貴族らが多く集まる夜会であれば、美味な女も一人や二人いるかもしれないではないか。
その程度の考えで出席してみた夜会は、さほど面白みは無かった。
暇そうな女を一人二人誘い出して餌にして、早々に退散してやろう……そのように考え、事実、そのように振る舞った。あれはなんといったか、もはや名前も顔も髪の色すらも思い出せないが、確かに一人、女を誘った。ワイングラスを2つ手にして中庭の東屋に誘い出し、甘い声で美しさを讃える言葉を囁けば、人間の女はすぐに足を開く。
口付けのふりをして喉元へ牙を通すのは容易かったが、その味は大して美味でもなかった。先ほど口にしたワインの方がよほど美味い。
「グローリアム様……」
女の声がうっとりとシルフリードを呼ぶ。吸血鬼が吸血を行うとき、その牙が喉の皮膚を破る痛みを感じさせぬよう、媚薬にも似た体液を流し込む。それゆえ、吸血行為はまるで性行為の時のような愉悦を相手にもたらすのだ。もっとも、そのようなこと、シルフリードにとってはどうでもいい。
獲物にしてみた女は、その声も血の味も気持ちが悪かった。面白くもない余興だったと途端に興醒めし、手を離したときだ。
ウウウ……と獣の呻り声が聞こえ、醜悪な姿の魔獣が姿を現した。
「魔獣か。飼い主は侯爵か?」
シルフリードと違い低級なこの魔獣に言葉が通じるはずもない。さて、どうしたものか……しかし、積極的に関わりあうつもりもないシルフリードは、一歩後退した。
その時。
ヒュ……と何かが目の前を横切った。その何かに魔獣が反応して跳躍したが、うなり声も断末魔の声も響かせることなく、喉を切り裂かれて血を噴いた。
「ほう、これは」
無論、目の前で魔獣が切り裂かれたとて動じるようなシルフリードではない。魔獣を切り裂いた主の姿を見て、シルフリードはふっと笑った。抱えていた女の耳元に何事かを囁いて、背中を押す。何も見ていない、していないと暗示をかけて、女は今宵のことは忘れるはずだ。
命じられるままに中庭を出て行く女には興味を失って、シルフリードは目の前のそれに一礼する。
「よい夜をお過ごしのようで、お嬢さん」
転がっている魔獣を見下ろしていた「お嬢さん」が、シルフリードの声にゆっくりと顔を上げた。
満月の夜だった。月明かりの下で髪の色も瞳の色もよく見える。年の頃は15、6歳だろうか。少女ではないが、大人の女というわけでもない……独特の危うい色めかしさを持った、人間がそこにいた。
「お嬢さんじゃないわ」
「ほう、ではお名前を? 私はシルフリード」
「イェルルージュ」
その独特の美しさによく似合う響きの名だ。イェルルージュは、赤を基調としたドレスを着ていた。胸元と付け襟は黒いレースで、ドレスの裾も黒。それ以外は全て深い赤。これほど赤色が似合う女がいるだろうか。他の女が着れば派手すぎたり大げさすぎる赤いドレスも、イェルルージュが着れば決して派手でなく落ち着いた衣装に見える。
しかし何にも増して美しいのは、その深緋色の髪と薄翠色の瞳だった。剥き出しの肩の肌色が月明かりに白く滑らかに輝き、その肌色に掛かる一房の深緋色は、どのような装飾品よりもイェルルージュを美しく彩っている。
シルフリードはこの美しい少女……女……イェルルージュに一歩、二歩、近づいた。
「美しい名ですね。貴女のような方がこの会にいらしたとは」
そうして、もうあと少しでイェルルージュをエスコート出来るという距離に近づいたところで、ヒュ……と空気を切る音が響いた。喉元に小剣を突き付けられたのだ。
「近づかないで」
「おや」
「貴方は何者ですか」
警戒心の塊の猫のようだとシルフリードは苦笑する。しかしその警戒心ももっともな話だ。
「貴女こそ。侯爵の夜会に武器の持ち込みは禁じられているはずですが」
「……」
痛いところを突かれたのか、イェルルージュが口を噤んだ。冷静に見えてまだ若く幼いのだろう。シルフリードは両手を挙げて、出来る限り……そう、餌を狙って舌舐めずりする表情にならぬよう、紳士の笑顔で続ける。
「それに丸腰の私に、剣を向けるのですか?」
イェルルージュの表情が一瞬迷い、剣の切っ先が揺れる。しかしシルフリードが小さく笑った瞬間、喉元に突き付けられていた剣が、鋭く横に流れた。咄嗟に後ろに下がる。
「丸腰? 貴方に武器は関係ないでしょう」
「ほう、なぜ?」
「魔獣がすぐそこで唸っているのに、平気な顔して女性に口付けする人間がまともとは思えないわ」
「なるほど」
くすくすと笑ってシルフリードは肩をすくめる。イェルルージュはどうやら相手が丸腰だからといって遠慮するつもりはないようだ。
「先ほどの女性に何をしていたの」
「何も。少し血をいただいていただけですよ」
「吸血鬼……?」
「さて。そのように呼ぶ者もあるかもしれませんね」
楽しくそう言って、シルフリードが懐に手を入れた途端、イェルルージュは喉を的確に狙って、剣を斜め下に振り下ろした。
「動かないで!!」
「おや、恐ろしいのですか?」
もちろんその剣は半身を捻るように避け、シルフリードもまた、探っていた黒のロングジャケットの下から細身の短剣を取り出す。一歩踏み込み、突き出された剣に刃を触れ合わせ、跳ね上げるように滑らせる。
すぐにイェルルージュは触れ合わせた剣を横に倒して刃を離し、そのまま振り切ってシルフリードの横半身を狙う。シルフリードは大きく開いたイェルルージュの胸元を狙って短剣の一閃を入れたが、予測の範囲だったのか、イェルルージュは小剣の根元を使ってそれを防いだ。
再び噛み合う刃と刃の音。
「女性にしては、随分とお強い」
「馬鹿にしないで」
馬鹿になどしてはいない。正直な感想だった。イェルルージュはまるで女が男を誘うように剣を揺らし、ふらふらと誘いに乗ると一気に食らいついてくる。それを分かっていても誘いに乗らずにはいられない。まるで踊りを踊るように。
しかし、剣と剣の戦いは、魔獣を剣で倒すのとは全く異なる。そして相手を誘うには、駆け引きの技と経験がものをいう。実力は圧倒的にシルフリードの方が上で、イェルルージュにもそれが分かっているはずだ。
殺すのは簡単だった。だが、もっと見ていたい。シルフリードをまっすぐに見る眼差しは、人間が忌み嫌う魔性を見ているというのに誠実で真面目だ。実力差はもう理解しているはず、それなのにどこかにある勝機を必死で信じている強い眼差しが美しい。
殺さぬ程度に傷をつけて連れて帰ろうかとも思った。しかし、そうすればこの強い眼差しは失われてしまうかもしれない。
イェルルージュが大きく踏み込んだ。シルフリードは笑みを消し、それに応えるように短剣を防御に構える。
ヒュ……と音がして、シルフリードの空いた手が振り上げられ、イェルルージュの右目の脇に投擲ナイフの刃が掠めた。失速し、カランと落ちたナイフの刃先に、赤い血が付いている。
よろめいた身体が東屋に置いたテーブルもたれかかり、二つ置いたワイングラスの一つが倒れて音がした。勝負が着いたのだ。シルフリードの視界に、驚愕に目を見開いたイェルルージュが映っている。
しかし。
倒れこんだ身体はシルフリードのもので、その胸にはイェルルージュの小剣が突き刺さっていた。
****
負けるはずのない勝負だった。しかし、現実に心臓を貫かれたのはシルフリードで、その剣を持っているのはイェルルージュだ。
イェルルージュも俄かには信じられなかったのだろう。しばらく倒れ込んだシルフリードの身体にもたれかかっていた。
敗因は、シルフリードの刃が先にイェルルージュの肌を傷つけたことだ。
シルフリードの得意技は毒。先制し、相手に毒の痛みと苦しみを与えたはずなのに、それがシルフリードの全てを狂わせた。
それは、イェルルージュが流した血の香りだった。
むせかえるような血の香りは、シルフリードにとってはこれまでに感じたことのない芳醇な香りだった。吸血鬼にとって美酒の香りと同じそれに、シルフリードは一瞬、酩酊した。確かに一瞬だったはずだ。だが、こうした勝負にとって一瞬の油断は永遠の敗北につながる。いくらイェルルージュの突きが捨て身のものであっても、普段のシルフリードならば避け切れるはずだった。しかし、シルフリードは一瞬、血の香りに酔って、対応が遅れた。
もちろんイェルルージュもただでは済まなかったはずだ。毒の種は激痛を与える類のもので、動きを鈍らせる予定だった。しかし、実際に動きが鈍ったのはシルフリードだ。イェルルージュがその隙を逃すはずもなく、毒の激痛をねじ伏せてシルフリードに飛び込み、それを避けきれなかった。
シルフリードはイェルルージュの血の香りに敗北し、イェルルージュはシルフリードの毒の痛みに勝利した。
「負けたのか……?」
目を閉じる。不思議と悔しさはない。むしろ、あの血の香りの持ち主になら、膝を屈してもよいと思った。
ただ、このままではおそらく、シルフリードは命を失ってしまうだろう。魔性は人間とは比較にならないほどの生命力、そして身体の回復力を持っているが、銀の刃で心臓を傷つけられた今、その回復力でも追いつかぬほど消耗していた。
もしも死んでしまったら、この血の香りはもう二度と味わえぬのか。
ああ、それはよくない。
シルフリードはゆっくりと瞼を持ち上げる。口の端には笑みすら浮かべて瞳を開けると、その視界には再びイェルルージュが映った。瞑目していたのはほんのわずかな時間だったようだ。イェルルージュの瞳にはまだ驚愕の色が浮かんでいたが、恐る恐る手を離そうとしているところだった。
離そうとしている手を掴む。
「……っな」
「イェルルージュ嬢」
この距離で、まだ息のある魔性に腕を掴まれたことに恐怖したのか、イェルルージュの身体がびくりと強張った。声が掠れ、手先が冷たくなっているのは、顔の傷の痛みが影響しているのだろう。
「私の負けのようです」
そう言って微笑んでみせると、イェルルージュの薄翠色の瞳が大きくなる。その幼い表情を、シルフリードは懸命に自身の瞳に焼き付けながら続けた。
「しかし、私は命が惜しい。……取引をいたしませんか?」
「とりひき……ですって?」
「そう。貴方に分がいいだけの、取引ですよ」
ケホ……とシルフリードは咳をする。さっさと説明して取引を終わらさなければ、もう時間が無いようだ。シルフリードは地面に座り込んだまま、東屋の卓の上に手を伸ばして探る。指先がまだ無事だったワイングラスに触れて、慎重にそれを取った。
イェルルージュを太ももに乗せたまま、シルフリードは乾杯の仕草をするようにワインを持ち上げた。指先はまだ震えていない。時間はもう少し、ある。
「私を、貴方の下僕にしなさい」
「下僕……?」
シルフリードは頷く。
「主従の契約を……交わすのです。もちろん、貴女が主人、私が下僕。そうすれば私は生き長らえ、貴女は私という剣を手にいれる」
「なにを、いって……」
二つ返事が返ってくるとは思っていない。イェルルージュは人間で、シルフリードは吸血鬼だ。いきなり下僕にしろと言われて、信用できる者はいないだろう。
しかし、イェルルージュに断らせはしない。
シルフリードは片方の指をそろそろと持ち上げ、血を流すイェルルージュの右目の横に触れた。
「……っ…!!」
触れられると痛む恐怖で、バシ……!とイェルルージュが咄嗟に払い、シルフリードの手は力なく、だらりと地に落ちる。その弱々しい様子に、イェルルージュはまるでしてはならないことをしでかしてしまったかのような表情になった。ああ、なんという可愛らしさ。目の前の男は敵であるはずなのに、弱っていると見捨てられないのだ。
「その傷……毒が混じっているのに気が付いていますね?」
「……」
「激しい痛みは私の手でなければ止まらず、開いた傷はふさがらない。放っておけばじわじわと、そのうち貴女も死ぬでしょう。……もちろん、大切な主人の怪我ならば、私がすぐに癒しますが」
「脅す、つもり……?」
「滅相もない……しかし、貴女に損はない。どのみち、ここで二人で死ぬか、二人で生きるか、その選択肢しかないのです」
「私が、……貴方を信用すると思っているの?」
シルフリードは静かに苦笑した。強い警戒心と揺れ動く情、不安そうな瞳をなだめるように、シルフリードはそっとイェルルージュの髪を撫でた。
ワイングラスを持った手がカクンと落ちる。
「待って!!」
しかし、ワイングラスがシルフリードの指先を離れる前に、イェルルージュの手がそれを掴んだ。イェルルージュの手と声が震えている。この震えに触れただけでも、シルフリードは自分の心臓がまだ動く気がした。
「どう、すればいいの」
「このワインを、私の唇に」
言われて、イェルルージュはシルフリードの手を支えるようにワイングラスを唇に持ってくる。シルフリードはワインを口に含むと、グラスから手を離し、イェルルージュの頭を引き寄せた。
「きゃっ……!!」
小さな悲鳴をシルフリードの唇が塞ぐ。くっ……とイェルルージュの髪を引っ張るように無理やり顎を上に向かせ、口の中のワインをイェルルージュの口腔に移す。
細い喉がこくんと上下し、ワインが体内に入ったことを確認するのと、イェルルージュがシルフリードの頬を張るのと、ほぼ同時だった。パン! と小気味の良い音が響いて、シルフリードが横を向く。
「何をするの……!」
「ご命令を、イェルルージュ様」
「え……」
「生かすも殺すも、ご命令次第」
契約は成された。
魔性が主人を認める証……それは、主人に自ら給餌を行うことだ。どのようなものでもかまわない。自らの命つなげる糧を主人に捧げる行為自体が、捧げた本人を自己暗示で縛り付ける。
魔性は己の序列がはっきりしており、主人のためならば命すら操ることが出来る、そのように自己を制御する。主人を認める……という行為をかわすことによって、己の魔性に麻薬のような影響を与え、力を得るのだ。
今、シルフリードはイェルルージュの命を受けるために生きている。
「シルフリード……」
主人の唇から紡がれる己の名の美しいこと。
「イェルルージュ・シェーラーの僕となり、私の剣となり、盾となって、……生きなさい」
それがイェルルージュの命令ならば、そして……イェルルージュの血の美しさを守るためならば、シルフリードは何度死んでも生きるだろう。
心臓が動き出し、銀の刃と戦う力が戻ってくる。
シルフリードは己の心臓に刺さっている小剣の刃を握り、ゆっくりとそれを引き抜いた。銀の刃に己の手のひらが血に濡れたが、それが流れるよりも早く傷はふさがる。
身体から完全に剣を離すと、シルフリードはそれを傍らに置いた。
イェルルージュの身体を退かし、眼前に膝をつく。
「生きよと、貴女がご命令ならばその通りに、イェルルージュ様」
座り込んだままのイェルルージュに、小さく笑って、シルフリードは手を差し出した。少しためらって、イェルルージュはシルフリードの手に自分の手を置く。
細い指先、美しい小さな爪。この細い手が剣を持って、シルフリードを追い詰めた。そう考えるだけで、愛おしいではないか。
立ち上がったイェルルージュに、シルフリードが失礼します……と唇を近づけた。
「何を、いや……っ」
「おとなしくなさい。口付けでもされると思ったのですか? 毒を抜くだけです」
「……!」
イェルルージュの顔が真っ赤になって、おとなしくなった。からかう口調に表情を一変させる主人は、まだ幼さが残る証拠だ。
顔の傷に唇をあて、啜るように血を舐めとる。毒はそれほど回っていない。
「お可哀そうに、相当痛かったでしょう」
顎を撫でて引き寄せ、ゆっくりと……大切に、味わうように舐めとりながら囁くと、イェルルージュはシルフリードの身体を引き剥がそうとする。
「あなた、が……っ」
一度はおとなしく引き離されたが、唇をぬぐって、今度はやや強引に近づいた。強くは抱き寄せない。イェルルージュがシルフリードの腕を感じるか感じないか、ギリギリの軽さで腕を回し、再び唇を近づける。
「ええ、そう。私の所業でございます。罰しますか?」
「……。治すなら、早く治しなさい」
「仰せのままに」
イェルルージュは気づいただろうか。シルフリードの声が愉悦にかすかに揺れている。目の前の極上の血、それを口に出来る至福の喜び、この主人の傷を癒すことのできるのは己一人という自負、しかしこれ以上の行為はしてはならぬという戒め、多くの感情がないまぜになって、シルフリードは昂ぶった。シルフリードの自己治癒力は最大限まで高められ、先ほどまで傷ついていた心臓は、以前よりも強く鼓動している。
主人の命じるままに、シルフリードは丁寧に傷を癒して毒を抜いた。美しいこの顔に、傷を残すなどとんでもない。
傷をすっかり治して、シルフリードは主人の顔から唇を離した。一度、二度、うっとりと宝物を撫ぜるように手を這わせ、すっと表情を消す。
「これより私の命は貴女のもの。イェルルージュお嬢様」
こうして、シルフリードはたった一人の己の女主人を見つけた。その血と、その血を育む身体と情に、シルフリードは膝を屈して下僕となったのだ。
****
「イェルルージュ様……」
柔らかな……主人のためにしつらえた寝台の上で、シルフリードはイェルルージュに覆いかぶさった。
「そういえば、こうして貴女に口付けたことが一度、ありましたね」
あの時の口付けは、主人に下僕の証を渡すための口付けだった。では今は……?
何を誓い、何を与えようとしているのだろうか。しかしそれが何であれ、今のイェルルージュは気がつかない。
満月に狂ったイェルルージュは、シルフリードの瞳を見ていないのだから。