007.重ならぬ夜

身体に流れる血そのまままに、イェルルージュは満月の夜も変わらず美しい。

シルフリードはイェルルージュを主寝室に運び、その身体を組み敷いた。

「イェルルージュ様」

「は……あっ……」

潤んだ瞳と熱っぽい吐息は、シルフリードの雄を否応なく刺激する。抵抗しない身体からドレスを剥ぎ取るのはたやすく、腰回りの留め具を外して肩紐を開くと、それは容易にイェルルージュの白い肌を滑り落ちた。露わになる滑らかな肌に唇を付け、空気に触れて少し下がったイェルルージュの体温に手を滑らせる。もっとこの肌に触れたくて、シルフリードもまた、タイを抜いてシャツのボタンを外した。

イェルルージュがふらふらと手を彷徨わせてシルフリードのシャツを掴む。

それが何故かひどく苛立たしくて、奪い取るようにシャツを脱ぎ捨てると、イェルルージュの細い手首を掴んで寝台に押さえつけた。

身体を重ね合わせ、肌と肌を触れさせた。

あの日、シルフリードはイェルルージュのことを、ただ人間にしては美しいという理由だけで手に入れたいと思った。しかし、刃を合わせ、その瞳を覗き込み、その血の香りを嗅いだ時、シルフリードの欲望は血の酩酊へと変わった。そして美しい血の持ち主を、もっとこの瞳に焼き付けたいという思いが主従への誓いに変わり、この血の持ち主を守りたいと思い……今また、別の感情になっている。

刻一刻と変化する、己の心はまるで人間のようだ。

しかしイェルルージュはシルフリードという下僕を手に入れても、その下僕に対しては決して心を開かなかった。目の前の男は吸血鬼という、魔性の中でも高位の存在なのだからそれも当然といえるだろう。裏切りを許さぬよう常に目の届くところにシルフリードを置き、剣となり盾となるよう狩りの場に連れていった。もちろん、シルフリードにとっては好都合だ。主人が怪我をすれば、治すのは下僕の役目だった。血を味わうその瞬間があるだけで、シルフリードは満足だ。そう。たとえイェルルージュが、シルフリードには決して笑顔を見せなくても。

しかし、その感情が一転したのはいつだったか。

終わりかけの薔薇を庭師が剪定しているのを見て、それを気まぐれにイェルルージュの寝台の側にしつらえたことがあった。イェルルージュが美しいといった薔薇は、吸血鬼の目にも美しく映ったし、終わりかけといえどまだ花開いているものを捨てるのは忍びないと思ったからだ。

その日、朝起きた主人は上機嫌だった。余程気に入ったのか、緋色の髪を梳いているときも薔薇の花を生けた硝子の器をずっと見つめていて、不意にシルフリードに視線を向けて嬉しそうに笑んで、礼を言った。

『ありがとうシルフリード、とても綺麗な色の薔薇』

笑みをかたどるイェルルージュの薔薇色の唇の方が余程美しい……そう思った。

その日を境に、イェルルージュの表情は途端に柔らかく豊かになった。もしかしたらシルフリードの視線が変わっただけで、イェルルージュはいつもそうした顔を見せていたのかもしれない。シルフリード自身が心に作っていた何かの壁が取り払われたのかもしれなかった。

そうしてイェルルージュの表情をシルフリードの中に重ねていくうちに、欲するものが変わっていく。

守るだけで満足などと……そんなはずがない。

その血が流れる白い身体と、その白い身体が微笑む情を、シルフリードは欲した。

しかし望む形とは全く別の形で、イェルルージュは今、シルフリードに堕ちている。

「忌々しい……」

シルフリードは、己の胸板にイェルルージュを抱き寄せる。硬い胸板が押しつぶす柔らかい胸の膨らみ。背中のなめらかな曲線に、豊かな腰回り。互いに何も纏わぬ触れ合いと、そのしっとりとした感触はあまりに心地がいい。そう……心地がよければよいほど、忌々しかった。

イェルルージュがシルフリードに……吸血鬼の下僕に肌を許しているのは、あの人狼の魔性の所為だ。決して、イェルルージュはシルフリードを求めているわけではない。

それならば、もし……ラウバルトとイェルルージュが邂逅しているときに、シルフリードが行かなかったらどうなっていたのか。あのまま、狂ったイェルルージュはラウバルトとこうしていたのだろうか。

唇を重ね合わせる様子はまるで恋人同士のようだ。

しかし、思いは重なることなく、ただ、行為だけが重なっていく。それでも重ねずにはいられない。一度外れた枷は、もう二度と戻らない。やわらかな唇を味わいたい。それが、満月の夜が見せる幻なのだとしても。

唇だけではなく、イェルルージュの全てが欲しい。

シルフリードは唇を緩めて、素肌に手を這わせた。胸を掠め、腹を撫で、腰回りに到達して太ももに軽く指を沈める。やわらかな肉の弾力が指を押し返した。

イェルルージュが手の動きに合わせて膝を立てる。触れやすくなった足と足の間に指を触れると、やはりもう、濡れていた。

「もっと触れて欲しいのですか」

「あ、あ……」

足は閉ざされることなく、もっと触れて欲しいと言わんばかりに開かれたまま動かない。指を少し深く挿入すると、物足りなげに腰が揺れた。

「お命じになれば、いくらでも触れて差し上げましょう、お嬢様」

「い、や」

「それならば、今日はこれだけですね」

「いやあ……」

「イェルルージュお嬢様……ご命令を」

それが満月の言わせた声だとしても、イェルルージュからシルフリードを求める声を聞きたかった。

「は……く」

「イェルルージュ様?」

「はや、く、お願い……さわ、て」

「ご命令とあらば」

シルフリードは、イェルルージュの足を開かせると屹立した己を充てがう。確かにシルフリードはイェルルージュの身体が欲しかった。彼女と出会ったばかりのシルフリードであれば、どのような形であれ、ただその身体が手に入っただけで満足しただろう。それなのに、今は心のどこかが軋むように痛む。

だが、己の思いとは全く違う心地で、欲望は熱く硬くその先を待ちわびていて、イェルルージュの柔肉に飲み込まれていった。

****

「……っあ……あ……」

イェルルージュの初めて暴かれるそこは、濡れて柔らかくなっているとはいえ、シルフリードの先端を少し埋めただけでも裂けそうなほどきつい。もう少し解し広げることもできたのだろうが、シルフリードはそれをしなかった。痛みを覚えればいい。シルフリードと身体を重ねた証拠が、少しでも長くその身体に残ればいいのだ。

「は……、なんて、きつい」

「い、た……」

いくら男を求めているとはいえ、貫かれる痛みは抑え切れないのだろう。イェルルージュの身体が強張り、一瞬体温が下がる。シルフリードは鳥肌のたってしまったイェルルージュの身体を思わず抱きしめた。上半身は優しく抱きしめて、下半身はみしみしと奥に入り込んでいく。

「た、……は、あ…………」

「痛い、ですか? 止めますか?」

「……っ、や」

止めますか、と問うとイェルルージュがシルフリードの眼差しを見上げた。狂った瞳はまるで何かを訴えるようで、「やめないで」とも受け取れた。狂ってなければどれほど愛しかっただろう。しかし、シルフリードは知っていた。これはイェルルージュの言葉ではない。

中のきつさは相当で、これは確かに痛いだろうとシルフリードにも分かるほどだ。だが優しくするつもりもなかった。少し引き抜いて、ゆっくりと戻す。奥がこつんとあたり、当たった部分をぐっと抉ると、イェルルージュがシルフリードの背中に爪を立てた。

「は……く、……イェルルージュ……っ」

一度、二度……抽動を行うと、これまでにないほど、酔いを誘う香りが鼻腔を擽る。動きを止め、眉をしかめる。知らず喉がコクリと鳴って、牙が軋んだ。

僅かだが、破瓜の血が流れている。

シルフリードはゆっくりと己を引き抜いた。

「あ……シルフリード……?」

「痛いのでしょう?」

膣内を埋めていた塊が退きて戸惑うイェルルージュの声を聞きながら、身体を離す。足は開かせたまま、つう……と唇を下ろし、腹に口付け、そのまま秘部の上に吸い付いた。

「……は……っん」

触れた花芽のようなそこを一度強く吸い付いて緩め、シルフリードは先ほどまで己を入れていた場所へと舌を挿れた。無論奥までは届かない。しかし、少し膨らんだ蕾を指で優しく撫で回しながら舌を這わせていると、奥から溢れてくる蜜が舌まで届いた。

かすかに血が混じっている。

その血を……イェルルージュの破瓜の血を舐める。

丁寧に、丁寧に……先ほど、少し乱暴に挿入したとは思えないほど丁寧に、シルフリードはそれを舐めた。時折指をゆっくり入れて、膣内なかを柔らかく解きほぐす。外側の花弁と入り口は唾液をたっぷりと含ませた舌で、中は指を一本だけ入れてゆるゆると刺激すれば、痛みが徐々に愉悦に変わり、奥から朱を含んだ蜜が溢れた。

もっと感じさせて、最後の一滴まで吸い尽くしたい。

指の角度を少しひねり、奥の襞の窪みを軽く撫でると「あ」と声が上がった。少し大きくそこを撫でながら、舌を這わせる。イェルルージュの声が小刻みになり、腰が緊張し始めた。

震える腰を掴み、夢中でそこを啜る。イェルルージュの嬌声が聞こえ、幾度腰が動いてもまだ離さず、とろりと溢れた 蜜液から血の味がしなくなって、ようやくシルフリードは顔を離した。

一度しか味わえぬ純潔の味。

シルフリードは性行為に女の純潔は求める性格ではないが、イェルルージュは別だ。彼女を……主人を傷つけてそれを癒すのは自分でなければ満足できない。

何度か達して弛緩した身体を再び抱え、シルフリードは今度はじっくりと、時間を掛けて主人の身体に自分を埋めた。少しずつ入り込み、膣壁を擦り、その度にイェルルージュの反応を伺いながら進めていく。突いた時、襞を奥に押し込むような感触が、イェルルージュには好いようだ。

奥に進むたびにきつく締まり、解け、粘液が絡みつく。もう痛みは無いのだろう。イェルルージュから聞こえるのは、甘く小さな声と温かな吐息だけになった。

「イェルルージュ」

繋げたまま柔らかな上半身を抱きしめ、名前を耳元で囁いてみる。

「ん……う」

しかし、もうイェルルージュからシルフリードを呼ぶ声はなく、ただ、目の前の男の背中を抱きかかえるだけだ。それが忌々しくて仕方がないのに、奪い尽くさずにはいられない。イェルルージュに愉悦を与えているのはシルフリードの身体であるはずなのに、彼女にとってはそうではない。それが分かっているのに、貪るのを止められない。

心地がよいその感触だけを求めて、抽挿を早くする。たちまちのうちにイェルルージュの身体が昂ぶり始め、達する瞬間を知らせるようにシルフリードをきつく柔く、締め付けた。

「あ…っ、あ……!!」

「く……っ」

名前を呼ぼうとして、シルフリードは口を閉ざす。代わりにぎゅ……ときつく抱いて、熱い飛沫を膣内なかに吐いた。鼓動が収まってもすぐには引き抜かず、互いが達した余韻を味わうように留まる。

イェルルージュが甘えるようにシルフリードに抱きついた。

しかし、シルフリードにはイェルルージュが甘えているようには見えず、次を求めているかのように思えた。まだ挿れたままのものが、きゅんと搾り取られるように脈動する。イェルルージュが求める仕草をする度に感情が冷え、それとは逆に欲望だけが高まっていく。

「ああ、まだ、欲しいのですね」

「……ま、だ?」

「欲しいのでしょう?」

「ふ。……うっ……」

シルフリードが、ふっと笑った。

しかしそれは優しい笑みではなく、冷たく無情な笑みだ。

一度離れて、イェルルージュの身体をうつ伏せにする。まだ力の入らないイェルルージュの腰を無理やり持ち上げてみると、赤く腫れた秘裂から白濁がトロリと溢れる様子が見えた。

四つん這いのイェルルージュを、今度は後ろから貫く。

「……はっ……あ、おくっ……」

「奥が、よいのですか」

「ん……い」

「そんなに奥がよいのなら、もっと触れて差し上げます」

しがみつくようにイェルルージュの腰に手を回し、二人、まるで獣のように深く動き始める。こうしていれば、イェルルージュの瞳は見えない。自分を見ていない、狂った瞳を見なくてすむ。

男など知らぬ身体のはずなのに、つながるイェルルージュの腰は細かに揺れる。それが憎らしくて、翻弄される自分を隠すように、きつく掴んで奥を抉った。その度にイェルルージュの膣内なかが脈打ち、シルフリードも堪えきれずに吐き出す。

シルフリードのそれよりも多く達したイェルルージュが、幾度目かに寝台に倒れこんだ。

「また達したのですか。何度も何度も……しようのないお嬢様ですね」

くたりと倒れた背中があまりに色めかしく、それでいて頼りない。今まで狂ったように行為に耽っていたくせに、急に弱々しい背中を見せられて、シルフリードは己の胸を掻き毟られた。愛しく優しく抱きしめたいのに、イェルルージュは激しく狂う。だから貪ったのに、急にか弱い声を上げて。

シルフリードは舌打ちして、イェルルージュの顎を掴んでこちらを向かせた。

「イェルルー……」

「……シルフリード」

薄翠色の瞳から、銀色の雫が一筋溢れる。まるでイェルルージュが振るう刃の煌めきのように綺麗なそれに、シルフリードは眉をしかめて声を失う。自分の言葉が傷つけてしまったのだろうか。いや、そんなはずがない。自分の言葉は今のイェルルージュには届かないはずだ。

すぐに我に返って、表情を消すために笑みを作った。

イェルルージュの瞳から溢れた涙を唇で受け止めて、こくりとそれを飲み込んだ。

****

夜が明けようとしている。

満ちた月は消えかけ、地平の向こうに太陽の光がかすかに見え始めた。その時の動きに合わせるように、イェルルージュの身体から乱れた色が無くなっていく。

徐々に落ち着く意識とともに、疲れ果てた身体が休息に入った。シルフリードの腕の中で、イェルルージュの身体が重くなる。

「イェルルージュ様」

心地よさげに眠るイェルルージュの安らかな吐息と健やかな心臓の音に、至福の喜びを得る。この身体の内側に、シルフリードの愛する血が流れている。大切に守りたい、……血、だけではない。

イェルルージュ自身。大切な主人。大切な……女。

「イェルルージュ様……どうして」

どうして守れなかったのか。いや、まだ守れているのだろうか。ずっとこうしたかった。しかしもっと別の形で……たとえば、イェルルージュ自身がシルフリードに応じる形で彼女を奪いたかった。もはやそれは叶えられず、もうイェルルージュは本当の意味でシルフリードを欲しはしないだろう。

朝陽が昇るのと同時に、イェルルージュの意識は元に戻る。

そのときシルフリードがいてはいけない。

理性の戻ったイェルルージュに拒絶されたら、もっと恐ろしい、取り返しのつかない奪い方を、シルフリードはするだろうから。