傭兵将軍の嫁取り

016.傭兵将軍と魔導師

居間の向こうから扉をノックする音がずっと続いている。ラクタムの常にない切羽詰った声に、さすがのジオリールの動きも止まり、シリルエテルも瞳を瞬かせた。あと数秒遅かったら、確実に無視しただろう。しかし、幸か不幸か……いや、不幸としかいいようがないが、すんでのところで2人の理性は残っていた。

「……ジオリール……」

「分かってる」

ジオリールが唸るように言った。分かってはいる。ラクタムはジオリールがシリルエテルと共にいるのを知っているはずだ。当然、中で何が起こっているかも想像しているだろう。それでも敢えて、あれほど呼ぶ……ということは、よほどの事態が起こったに違いない。

「……畜生……っ!」

ジオリールは、ほとんど無理やりシリルエテルから身体を引き剥がした。互いの気持ちを確認し、身体を重ねようとした直後の息の詰まりそうな昂揚感と情欲が、簡単に収まるはずが無い。しかしそこは歳を重ねた傭兵将軍だ。ぐう……と一つ大きく息を吐くと、居間の扉へ早足で歩き、ガチャリと扉を開けた。

****

グルル……と猛獣が喉を鳴らしたようにも聞こえる。

「なんの用だ……」

少なくとも3回は死ぬと思った。

空腹の猛獣が食事をしているところに横から手を突っ込むなど、命を捨てるも同じである。もちろん、ラクタムとて中で何が繰り広げられているかは想像が付いていたのだ。中庭で見せたシリルエテルの涙。それを見たジオリールがシリルエテルをさらって連れて行く。一連の絵のようなその様子に、その場にいた全員が黙り込んだ。どんな惚気よりもひどい見せ付け方で、長年迫ってきたチアルですら口を出せなかった。

その直後にこうして呼びに来る。ジオリールにとってもラクタムにとっても嫌がらせどころの話ではない。

己に課せられた理不尽な役割を呪いそうになりながら、それでも声を張って呼ばわると、きわめて不機嫌な顔でジオリールが髭面を覗かせた。半眼の瞳、思い切り刻まれた眉間の皺、聞いたことの無いほど低い声。冷気ではなく熱気で鼻の奥が痛い。死ぬ。

……が、まだ着衣がほぼ乱れていないことにホッとする。いや、どちらがよかったのだろう。着衣が完全に乱れきる前と後。ひとつ言えるのは、半分平らげた……とか、メインディッシュはこれから……などという中途半端な状況ではなさそうだ、ということだ。そんな状況だったら確実に殺られる。

いや待て、そんな状況だったらもうジオリールは出てこないだろう。むしろそちらの方がよかったかもしれない。

「ラクタム、……さっさと用件を言え」

迫力にしばし沈黙した副官に向けられた声は相当低いが、思ったよりは冷静だ。まだ大丈夫だったかとラクタムは胸をなでおろした。さすが傭兵将軍といったところか。ラクタムは唇を湿らせて、用件を伝える。

「ホーエン侯爵領北の地アルカで、人食獅子マンティコアが現れたと早馬が」

その知らせに一気にジオリールの気配が低くなる。切り替わったその様子に、ラクタムが続ける。

「エノラート様より、至急、会議室に来てくれ……とのことです」

「すぐ行く」

「お願いします」

ラクタムが一礼して踵を返す。その背中にジオリールが声を上げた。

「おい、ラクタム!」

「……はっ」

「あの侍女の嬢ちゃんも呼んでやれ」

その指示の内容にハッとした表情で顔を上げると、「分かりました」と神妙に頷き、駆け足で廊下を去っていく。

ラクタムの後姿を確認してすぐに部屋に戻ると、既に立ち上がり身支度を調えていたシリルエテルが出迎える。何かあったことを察したらしいシリルエテルに、手短にラクタムからの報せを伝えると、彼女もまた……すぐさま表情切り替えて何事かを考えている風だ。「ジオリール、私も……」と言う言葉に重なるように、「お前も来い」と短く告げる。

「はい」

ほっとしたように笑んだ頬に思わず触れ……そのまま頬から首筋、首筋から背中へと腕を回して、ぐい……と引き寄せた。

「半刻したら迎えに来る。その間に身支度しとけ」

シリルエテルの返事を待たずに顔を下ろし、ぺろりと唇を舐めてすぐに離した。自分はどんな顔をしているのだろうか。シリルエテルは顔を赤くしたが、表情を何とか引き締めて「分かりました」と頷いた。

****

会議室にジオリールがシリルエテルを伴って現れると、エノラート、馬を駆けさせてきた使者、ラクタム、スフィル、そしてなぜかチアルまでも一緒にいた。ジオリールがチアルにじろりと視線を向ける。

「なんでてめぇがこんなところにいるんだ」

「マンティコアの騒ぎはアタシの担当なの。それもあって、こっちに来てたんだから」

取って食べたりしないわよ、と肩を竦める様子を横目に、シリルエテルとジオリールも卓に着く。全員が揃ったところでエノラートが腕を組んだ。

「全員揃ったかい。……ジオリール。取り込み中のところ、悪かったね」

ジオリールが一瞬息を付いたが、首を振ってエノラートの言葉の先を待つ。

「早速だが、アルカに現れたマンティコアの件について、だ」

そもそも王国の北に位置するホーエン侯爵領は魔物の多い土地だ。人の手が入っている部分が少ない……つまり田舎、ということもある。野生の魔物の領域テリトリーには人間は手を出さず、そこから大分離れたところに街を作って住んでいる。だから、魔物と一般の人間が接触する機会はそれほど多くない。

だが、一歩人の手を加えていない森や山岳地帯に入ると魔物の姿を多く見かける。大人しいときは何もしないが、繁殖期であったり餌の少ない冬期であったりすると、気が立っていて人間に攻撃を加えてくることがあるのだ。そうした魔物を討伐するのは傭兵や騎士の仕事だった。

アルカにマンティコアが現れるという最初の報せがあったのは1ヶ月ほど前だ。

「このことをジオリールに相談しようと思ってたんだが、事態は早く動いたみたいだね」

エノラートが苦い顔をした。シリルエテルとジオリールを執務室に呼びつけたのは、その魔物の件だ。ホーエン侯爵領の傭兵達に協力して、共に討伐を図って欲しいと依頼しようと思っていた。1ヶ月ほど前に姿を現したときは、素早く森に帰ったらしい。しかしそれからも何度か姿を見せ、その度に見張りの傭兵達が追い払った。だが完全に撃退するには至らなかった。マンティコアが吐く睡眠、炎、痺れの瘴気が傭兵達を苦しめ、思ったよりも成果が出ない。

そのマンティコアが、いよいよアルカの街近くに現れ、それこそ街から見えるほどの位置でうろうろし始めたらしい。アルカの人間は早々に避難させて全員無事だが、いつまでもそのままにはしていられない。街には家畜も畑もあるのだ。もう何日もそのままにしてはおけないだろう。出来るだけ早く、退治する必要があった。

「瘴気を吐く……? 」

ジオリールが腕を組んだ。魔物によっては魔力を操るものもある。魔力をその身に帯びるのは人間だけではないからだ。人間が呪いの言葉を唱えて様々な魔法を使うのと同義で、魔物はもっと自由にその魔力を使う。そうなってくると、厄介だ。

「ロープで四肢を引っ張って倒し、頭部を攻撃する……のはいいとして、その前に瘴気が来ると、厄介ですね」

マンティコアというのは、醜い人面に獅子の鬣、コウモリの翼にサソリの尾を持つ魔物で、大きさが厄介だ。しかしジオリールらの傭兵達も相手にした経験があり、倒せなくは無いだろう。ただし、瘴気を吐く種類にはいまだかつてお目に掛かったことはない。魔力を極端に多く持って生まれたか、魔力を持つものを多く食らってその身に溜め込んだか……そのように魔力を帯びた魔物は、瘴気やブレスなどを使ってくることがある。そうした類に変化してしまったのだろう。

「つまり、瘴気を防ぐ方法があれば倒せる……というわけですね……?」

各々が沈黙して考えている中、シリルエテルがぽつりと言った。ジオリールがその横顔をちらりと見ると、真剣で……どことなく凛々しい表情は今までに見たことのないものだ。……いや、1度ある。シリルエテルを初めて見たとき、魔法で食人鬼オーガの魔法鎧を解呪したあのときだ。

「何を考えてんだ」

つまり……魔法でどうにかしようと、頭で練っているのだろう。しかし、瘴気は呪いや魔法ではない。魔物が独自に体内の魔力を外に吐き出すものだ。人間に沈黙の呪いを掛けるようにはいかない。

「瘴気を、止める方法を……」

ジオリールの方は向かずに、顎に手を当てて真剣に何かを考えている。その様子にチアルが怪訝そうに腕を組む。

「魔物は呪文を唱えてどうこうするって生き物じゃあない。魔法で防ぐなんて、無理なんじゃない?」

「何か考えがあるのかい、シリルエテル」

呆れたようなチアルの声に反して、エノラートの問いかけはどこか確信めいている。それに対して、考えながらシリルエテルが答える。

「普通に……いきましょう。マンティコアの首に、魔力消去イレイズを掛けます」

「そんなことができんのか……?」

「ちょっと、そんなことができるの?」

「はい。地面に描いたとしても、マンティコアがすぐに動いて使い物にならないでしょう?」

ジオリールとチアルのうなるような問いかけに、シリルエテルが答える。魔法の効果をとどめるためには通常、魔法陣を使う。それをもっとも魔力の集中する首周りに造り、魔力消去の魔法を固定するという。魔力消去はかなり高位の魔法だ。それに加えて魔法陣の記述、首周りの固定となると並みの魔導師では出来ないはずだ。

「魔力消去のような魔法は……普通、魔法陣を地面に描くはずです。それを首周りに張りつける……などという、そういう呪文が存在するのですか?」

ラクタムの言葉に、シリルエテルがほんのりと微笑む。その隣ではスフィルが、何かを待つように瞳を輝かせて師匠の横顔を眺めていた。

「存在しなければ、作ればよいのです。……スフィル」

「はい! シリルエテル様」

え……?と驚愕の表情を浮かべたラクタムとは正反対に、スフィルが嬉しそうに顔を上げた。

「<veneficia>……<delens>……<circum>」
([魔力]を[消す]、[陣]を組みましょう)

「……それは、直接?」

「……<faciem>」
(いいえ、魔力の集中する、[顔]……首周りに。)

「固定しますか?」

「<constituendis>……<intus>」
([固定]します。方向は[内側]に向けて。)

シリルエテルが呪いの言葉を次々に発音していく。美しい響きは、魔導師でなければ分からない響きだ。室内の全員が、師匠と弟子のやり取りを見守っている。

「……継続は……」

「<ad mortem>」
([死ぬまで])

今度はスフィルが考え込む。……ふ……と息を吐くと、シリルエテルが追い討ちを掛けるように言った。

「今のを、10秒まで短縮します。道中で呪文は作りましょう。宿営の場を持つなら、そこで最後の調整を」

「10秒!? 短呪にもほどがありますよ!? 普通は60秒は掛かる詠唱ですよ? それを10秒なんて無茶ですよ!」

「支障の無い程度に魔力を残して、詠唱2回分と見積もって10秒です。無茶ではありませんよ」

ジオリールが眉をぴくりと動かす。少し怒りを含んだ声で、シリルエテルを責めるような口調になる。

「10秒? 詠唱を10秒ということか?」

「はい」

「ダメだ」

「いいえ、やります」

チッ……と舌打ちする。詠唱が短ければ短いほど、魔力を大量消費するリスクを追う。60秒を10秒に短縮する……ということは、単純な計算でも6倍の魔力消費になる。しかも、術の主体が魔力の消去となると、どれほどの魔力消費になるか。

傭兵将軍は、瘴気を吐く怪物と腕のいい魔導師である自分の妻とを測る。元より瘴気を吐こうが吐くまいが、倒す必要のある相手なのだ。即断した。

「出来ない可能性は」

「万が一マンティコアに掛けられなかった場合は、その場の地面に掛けなおします。詠唱は10秒」

「短縮しすぎだ!」

「……ジオリール。リーン家は既存の魔法だけではなく、自前の呪文や術式を構築するのが得意な家系なのです。多少強引なのは、目を瞑ってください」

シリルエテルが苦笑して、まっすぐにジオリールを見返した。ジオリールは、む……とうなって眉間に皺を寄せる。過剰に魔力を消費させる作戦など取らせたくはないが、どっちみちやらなければならないことだ。すでにジオリールの傭兵隊の計算に、シリルエテルとスフィルは入っている。戦士に刷り込まれたそうした暗算が、少なからず妻を戦いに巻き込むことは承知だが、そういった部分にもジオリールがシリルエテルに心寄せる理由があるのだ。

「姿を見せてすぐに呪文を掛けられるか」

「もちろんです」

「なら、呪文が掛かったのと同時にいつもの対マンティコアの作戦で行く。瘴気のことは考えるな。尾の毒針にだけ、気をつけろ。……シリル、スフィル、お前らは何があっても前に出るなよ。いいな」

ラクタムとチアルが脳内で傭兵の武器と人数を引き合わせて、考え込む。少しの間があって、「はい」と同意の意を示した。チアルはまだシリルエテルの腕を疑っているようだが、それでも渋々頷く。

「出発はどうしましょう。明日の朝に?」

ラクタムの言葉に、ジオリールが一瞬瞑目し、首を振った。

「いや。アルカは半日の距離だ。朝行ってそのまま対峙するよりは、今からすぐに出てアルカで宿営したほうがいい」

移動した後にすぐに対峙するよりは、一晩休んですぐの方がいいだろう。それに1日でも早く行って片付けた方が畑や家畜に被害が出ないし何よりも、

「とっとと倒してさっさと戻ってくるぞ」

ジオリールが声を低くしてうなるようにつぶやいた。
今度こそ、中途半端な状況はごめんだ。……何が、と言われると、もちろんシリルエテルのことだ。後顧の憂いなく叩きのめす。もちろんそれを口に出しはしなかったが。

シリルエテルはジオリールの馬に、スフィルはラクタムの馬に相乗りする予定にし、以後は、大まかな作戦を立て、傭兵らは準備へと各所へ走った。

****

いつものドレスではなく、魔導師の装いのシリルエテルを初めて見た。フードが付いた臙脂色のコート。その下はすらりとしたホーズと編み上げのブーツ。魔道の意匠を込めた腕輪はエノラートが与えたものだ。スフィルも同じようなコートを着ていて、こちらは落ち着いた濃紺だ。ノイル侯爵の領地から持ってこられたものは少なかったが、魔導師の衣だけは……と、ドレスや旅装の底に紛れ込ませたのだという。2人のコートの縁には文様のように見える刺繍がびっしりと施されていて、これはそれぞれ自らが手で一針一針縫いこめたものだ。

ジオリールは墨黒の鎧を着けている。胸元と腹、足元、そして腕を守る墨黒の色合いに、羽織っているマントも同じ色。腰に佩いた剣も同色で、馬に取り付けている大剣は光沢を抑えた灰色だ。どれも華やかな艶はないが重厚で、いくつもの戦いを潜り抜けてきた刃なのだということが雰囲気で知れる。

ホーエン侯爵領に入ってから1日と経過していなかったが、全員士気の乱れもなく、妙な気負いもなく、傭兵達は出立した。傭兵達にとってこうした突然の出立は珍しいことではなく、むしろ久しぶりの戦いの香りに高揚しているようでもあった。

ジオリールは馬上でシリルエテルの身体を後ろから抱き寄せながら、ふと、シリルエテルが会議のときに言った言葉を思い出した。その内容に懐かしさを覚えて、ガリ……と頭を掻く。

「お前は、俺の知ってる魔導師によく似たことを言うな」

「お知り合いに、魔導師が?」

「ちょっと前に俺の傭兵隊に居た男だ。『魔法というのはそもそも強引なものだ。多少は目を瞑れ。悪いようにはしない。』」

ジオリールは、その男が言ったらしいフレーズを、わざと神妙に礼儀正しい風に言ってみせた。その様子に、シリルエテルが大きく瞳を見開いて振り向き、僅かに動揺したように視線を動かす。

「その方は、お名前は何と……?」

普段あまり見ないシリルエテルの動揺した様子に、ジオリールが少し首を傾げる。

その魔導師はイリド・ワズワースという。5年ほど前に戦場で拾ったはぐれ魔導師だ。ジオリールの傭兵隊に入り傭兵らとも懇意になったが、その実力で宮廷に上がってからはすっかり疎遠になってしまった。もともと魔導師としては非常に上位の腕を持っていたのだろう。宰相に取り入り、主席魔導師まで一気に駆け上がった。要職についてからは、ジオリールはその腕を一緒に振るわないかと何度も誘われたが、宮廷で働くようなガラじゃねえ……と断っていた。

短い期間仕事をしただけの間柄だったが、互いの実力を認め合い、信用しあった仲だった。道は分かたれてしまったが、イリドにはイリドの考え方とやるべきことがあるのだろう。あれが宰相に取り入り、利用し、利用されたとしても、それはあいつの人生だとジオリールには分かっている。ただ、もしも自分を頼るような事があれば来るといいし、ジオリールも万が一宮廷につながらなければならないことがあれば、イリドを頼るだろう。そうした、間柄だった。

「髪と、瞳の色は?」

妙なことを聞く……と思ったが、質問の意図をすぐさま思いつく。だが、ジオリールの答えは恐らくシリルエテルの望んでいる答えではない。

「髪は麦わらの色だ。……瞳は、緑」

少なくとも、黒ではない。それを聞いたシリルエテルが、手綱を持つジオリールの腕の中でゆっくりと力を抜いた。安堵ではなく、脱力したようだった。

「そう、ですか」

「弟のことかい」

「父は生前多くの術を構築しましたが……、よく笑いながら『呪文を構築するときに多少強引なのは気にするな。そもそも魔法というのは強引なものだ。』……と言っていたのです」

だから、イリドという魔導師が言っていた言葉は、リーン家の男が口にするに相応しい誇りと自信に満ちた言葉のように思えた。

「生死は……分からねえんだったか……。なんて名前だ」

「オルクス……。オルクス・リーン……と」

シリルエテルの弟は、シリルエテルが侯爵の妻になった取引と引き換えに、魔導師としての腕を磨いた。ノイル侯爵家から支援を受け、末は宮廷にも仕える事が出来るだろうといわれていたが、自ら進んで戦場へと乗り込み、生き急ぐように技を奮い、瞬きの間に行方不明になった。死んだ……とも伝えられたが、死体は確認していない。そうした弟は、リーン家の家系を写し取ったような、黒髪と黒い瞳の青年だ。生きていればシリルエテルの2つ下で、付与術が得意な魔導師のはずだった。

髪は染めればいいし、瞳の色は魔導師であればいかようにも変えられる。しかし、言動が似ているからというだけで弟とイリドを結びつけるのは余りにも短慮な気がした。

手綱から片方の手を離したジオリールが、太い腕でシリルエテルの身体を引き寄せた。距離が近付き、ジオリールの吐息がシリルエテルの髪に掛かり、逞しい指先がなぞるように腹を撫でている。心配しているらしい夫の気配を感じ取って、シリルエテルも今は弟のことを頭から切り離した。生きていればいずれ会える。会えなければ、いまがその時期ではないということだ。シリルエテルはそうやって、過ごしてきた。

「大丈夫、です。……いまはマンティコアを倒すことを考えましょう」

「シリルエテル……」

少しだけ体重を預ける。夫の身体は広くて厚く、低い声とそれと共に吐き出される息は、シリルエテルに安心と力を与えるには充分すぎるほど温かかった。