気がつくと、ジオリールが背中から覆い被さり愛しげに首筋に……耳の後ろ辺りに唇を這わせていた。その感触に意識が徐々に戻り、ぎゅ……と柔らかな羽毛の枕を掴む。その手の上に、ジオリールの大きな手が重ねられて握り込まれた。
「シリルエテル」
「あ……は……」
「気が付いたか。悪ぃ……手加減出来なかった」
「……ジオ……」
「大丈夫か」
「は……い、……あっ」
どうやら、抱き合っている途中にわずかの間、意識を飛ばしてしまったらしい。先ほどまでの夫との激しい情交を思い出して、シリルエテルは顔を赤くした。暗がりの中でも、照れてため息を吐いたのに気が付いたのだろう。ジオリールはシリルエテルの身体を自分の方に向かせると、今度はゆっくりと身体に手を沿わせる。
ちゅ……と音を立てて唇が重なった。思わずシリルエテルがジオリールの背中に手を回すと、それに呼応するようにジオリールの手がぐ……と腰を深く引き付ける。今夜はまだ一度もシリルエテルを味わっていないジオリールの欲望が、熱を持って硬く存在を主張していた。それを感じて……、は……と息を付き、一度唇が離れる。ジオリールがじっと自分を見つめて、シリルエテルの反応を伺っている。背中から手が回されると、男の欲を挿れようとする部分を太い指が探し当て、一掬いなぞられた。
びくっ……と身体を揺らして、シリルエテルがジオリールに回す腕を強くした。
「もう入りそうじゃねえか」
「……ん、だ、って……」
先ほどまで激しく指だの舌だので、意地悪く攻め立てていたのはジオリールだ。それを分かっていて、ジオリールはわざとそういうことを言う。
「挿れるぞ……っ……!」
「……ああっ!」
シリルエテルの片方の足を持ち上げると、返答を聞かずに一気に突き立てられた。それだけで、シリルエテルの胸の奥に苦しいほどの愉悦が這い登る。膣内がうごめき、入ってきたジオリールのものを締め付けたり緩めたりしてしまう。
「……シリル……っ、は、……そんな、吸い付くんじゃねえ……まだ動いてもねえだろうが……!」
「……や、ジオ、また……もうっ……」
いつになく余裕のない声でジオリールが動き始める。軽く達してしまったシリルエテルの身体が、またも激しく攻め立てられた。幾度目かの感覚が下腹から喉元に掛けて線を刷くようにやってくるが、それを堪えるようにシリルエテルがジオリールの大きな背中にしがみつく。
寝台がきしむ音と、荒くなる呼吸の音が重なる。
激しく揺さぶられ、最後の瞬間になお一層腰が深くつながった。
「ああっ……あ……」
「シリル……っ……くうっ……」
これまでにない愉悦が弾け、同時に熱い熱を下腹部に感じる。吐き出されるジオリールの欲望にあわせて、中に挿れられているものがどくどくと脈打っていた。吐精の感覚は長く続き、快楽の余韻としては十分過ぎるほどにシリルエテルに満ち足りた感覚を与える。
「シリルエテル……お前ぇとこうすると……離れたくなくなる。困ったもんだな」
やがてゆっくりとジオリールが出て行き、優しい言葉をくれながらシリルエテルを抱きしめた。
最初は受け入れ切れなかったジオリールの身体は、今ではもうすっかりとシリルエテルの身体に馴染んでしまった。互いに互いを知り尽くし、それでもなお深く知りたい。特にジオリールはいつもそうだ。抱き足りない、飽き足りない。ぎりぎりまで貪って貪って……、それでも足りない分を補うように、事が終わるとシリルエテルに抱き付いて眠る。
常のジオリールは傭兵将軍として十分過ぎるほどに頼りがいのある……そして少し強引な性格をしているのに、このときばかりはまるで子供のようだ。甘えられて頼られているようで、なぜかシリルエテルは幸せな心地になる。
今夜も自分を抱き寄せる腕にそっと身を任せながら、シリルエテルは瞳を閉じた。
****
……が、別に悩み事がないわけではない。
「シリルエテル様! 今日はホーエン侯爵からいただいたお菓子をお茶の時間にお出ししましょう」
「そうね、ジオリールのところから戻ってきたら、そうしましょうか。……何かお礼のものをお贈りしなければ」
そう言ってスフィルの背中を見送りながら、シリルエテルはこっそりと自分の首の後ろ辺りをさすった。……どうやら昨晩、いつの間にかジオリールに赤い痕を付けられていたらしく、あまつさえスフィルに見つかり治癒魔法を掛けられてしまったのである。これが他の人に見つかったら……と思うと気が抜けない。
ジオリールはシリルエテルの身体に赤い痣を付けたがる。自分に治癒魔法をかけるのはあまり好きではないのだが、首筋や胸元に付けられてしまうと消さざるを得ない。見えるところに付けないで……というと、見えないところならいいのか……と、今度は痕が下へと下がっていく。そういう問題ではありません、と再び治癒魔法で直していると、最近はやっと分かってくれて、付けなくなったと思っていたのに。
独占欲を垣間見て嬉しいような困るような、そんな風にまるで年若い娘のような浮ついた気持ちになってしまう。
「お砂糖細工のものにしましょうか。とてもキレイな形ですわ」
ぼんやりと考え事をしていると、スフィルのはしゃいだ声が聞こえて我に返った。
ホーエン侯爵からの贈り物はお茶菓子だった。今日のお茶用に運ばせていたものを、改めて確認している様子だ。先代傭兵将軍アシュラル卿の伴侶だというホーエン侯爵は、5人の息子に恵まれていて、現在その五男が家令として砦に勤めてくれている。家族ぐるみで砦で働いてくれていて、この土地のことをあまり知らないシリルエテルにとって、さまざまなことを教授してくれる彼らの存在は大きい。ホーエン侯爵もジオリールのことを自分の息子のように可愛がっており、その妻であるシリルエテルのこともまた、同様に大切にしてくれているのだった。
ホーエン侯爵は、こうして女同士が喜ぶような贈り物も贈ってくれる。その度に、シリルエテルもまた領地で採れた産物などを贈り、交流を続けていた。今シリルエテルが取り掛かっている温泉の話も、もし完成したら是非呼んでおくれと言っている。もちろんそのつもりだ。ホーエン侯爵領にもシリルエテルが出来る限り、魔導師の支援を行うつもりだった。人員の育成や派遣なども視野に入れていて、そのような話をするのも楽しみにしている。
「ずいぶんたくさんあったでしょう。後で皆に振舞ってあげなさい」
シリルエテルがそう言いながら立ち上がり、お菓子を眺めているスフィルの元に行く。
ちょうどその時、コンコン……とノックの音が響いた。
「お入りなさい」
シリルエテルが呼応し、スフィルが扉を開ける。「ラクタム様」……とスフィルの声が聞こえてシリルエテルが視線を移すと、ジオリールの副官ラクタムが姿勢良く立っていた。シリルエテルの姿を認め、貴族のような見事な礼を取る。
「シリルエテル様。ラクタム様が来られました」
頷いて、シリルエテルはテーブルの上に置いてあった城の図面を取り上げた。お茶の時間の前に、ジオリールに呼ばれていたのだ。
「今、行きますわ。スフィル。後はお願いしますね」
「……はい……。いってらっしゃいませ、シリルエテル様」
少し声の沈んだスフィルに苦笑しながら、シリルエテルは部屋を出た。ラクタムに案内されて、ジオリールの執務室へと足を向ける。
ケテン砦は広く、居住区から執務室までの距離はかなりある。廊下を歩きながら、先行しているラクタムが爽やかな笑顔でシリルエテルを振り返った。
「スフィル殿が、ずいぶんと残念そうな顔をしてらっしゃいましたね」
先ほどの少し沈んだ声を聞いたのだろう。ラクタムが楽しげな表情を浮かべている。それにシリルエテルも頷いて、困ったような顔をしてみせた。
「ホーエン侯爵からお菓子をいただいたのですよ。ずいぶんと楽しみにしていたので、早く味見したいのでしょう」
「なるほど」
再びラクタムが笑う。上司の奥方に向ける表情にしては親しげなそれは、スフィルを思い浮かべているからだろうか。ラクタムという夫の副官は、他の傭兵達に比べてずいぶんスフィルと仲がよい。
スフィルはシリルエテルがノイル侯爵の妻だった時に世話した娘だった。もともと、ノイル家の侍女候補として屋敷にやってきたらしい。しかし本来の目的……ノイル侯爵に奉仕する……という目的は知らなかったという。事情を知っているのならまだしも、こうした少女が事情も知らないまま、あの老人に無理矢理仕えるのかと思うと、放っておくことは出来なかった。聞けば戦災孤児なのだという。庭の片隅で泣いていたスフィルを離れに匿い、信の置ける使用人に事情を話して、シリルエテル付きの侍女としてノイル家の使用人の片隅に名前を連ねさせたのだ。
身体に異常はないか、病気はないか、そういったことを調べていると、思いがけずスフィルは魔導師向きの魔力に恵まれていることが分かった。だが、最初は魔法を教えることを、シリルエテルは躊躇った。魔導師として生きることが普通の娘に必要なこととは思えなかったし、シリルエテルがかつて弟や妹に出来なかったことをスフィルに投影してしまうような気がしたからだ。それでも、スフィルの興味を抑えることは出来なかった。もともと勉強や学ぶことが好きだったのだろう。掃除の最中に、シリルエテルが持っている魔術書を興味深く見つめていることが多くあった。
魔法を習ってみますか……と尋ねた時の嬉しそうな表情は、今でもはっきりと思い出すことが出来る。
侍女としても魔導師としてもスフィルは申し分なく育った。それだけではない。ノイル侯爵というどうしようもない男の下で過ごすシリルエテルの、スフィルは心の支えにもなってくれた。シリルエテルが教えたことは、お茶の淹れ方から呪い語まで多岐に渡ったが、スフィルは乾いた土地が水を吸うように教えたことをものにする。こちらの発信することをいつも一生懸命聞いている輝くような好奇心は、シリルエテルの心を慰めた。これほど教えがいがあり、信用の置ける弟子は無い。
だが逆に、スフィルにとって、シリルエテルしか居ないという時期もずいぶん長かった。それはスフィルの視野の狭さにもつながっていることに、シリルエテルは気付いている。
だからこそ、スフィルには己の心が大切だと思う人を早く見つけて欲しかった。シリルエテル以外の人にも目を向けて、シリルエテル以外の人とも心を通わせるようになってほしいと願っている。
北の辺境の地までの旅程は、スフィルにとっていい刺激になったようだ。傭兵達に憎まれ口を叩く様子も様になっているし、砦の他の使用人達とも上手くやっている。その中でも、特にラクタムとは親しい様子で、彼もまたスフィルをよく気に掛けてくれていた。
「そういえば、先日薬草園にまた新しい株を植えておられましたね」
「ええ。よくご存知ですわね」
「スフィル殿が教えてくださいました。彼女にはよく話を聞かせてもらっているのですが……お邪魔ではないでしょうか」
「いいえ。いくらでも聞いてあげて。スフィルにもいい勉強になりますもの」
「それを聞いて安心しました」
ラクタムの声がほっとしたように綻ぶ。シリルエテルも、もう少しスフィルに休む時間を与えなければ……と心に決めた。スフィルは休む時間があっても、なかなかシリルエテルの世話から離れようとしない。こうしてラクタムが連れ出してくれるのは、彼女のためにも良いことのように思えた。
****
結局お茶の時間には戻れなかった。
ジオリールがシリルエテルを捕まえて、離さなかったのである。
シリルエテルの首に残っていた痕が消えているのを見て、……それを消したのがスフィルだと分かると、なぜだかジオリールがムキになったようだ。ジオリールがいつまでたってもシリルエテルの身体を離そうとしないので、執務室ではダメだとたしなめると、なら仮眠室ならいいだろうと横抱きにされた。
ただし、すんでのところで夕食の時間になり、この時ばかりはジオリールも手を離してくれた。
夕食も終わり、ジオリールと二人でゆっくりできる時間が取れるかと思っていたのだが、残念なことにジオリールはまだ仕事が残っているようで執務室へと戻っていった。元々書類仕事の嫌いなジオリールである。それらが残っていても、わざわざ残業するのは珍しいことだ。シリルエテルは魔道書を開いて、一人、ゆるゆると時間を過ごしながら夫の戻りを待つことにした。
「シリルエテル様」
スフィルの声に顔を上げると、いつの間にか回りにすっかり酒の準備が整えられていた。シリルエテルの好きな果物が切ってあり、先日ホーエン侯爵からいただいたお茶が冷たく冷やして淹れてある。それと混ぜる甘めのお酒はシリルエテルの好きなものだ。お茶の時間がお流れになってしまったから、スフィルが一生懸命用意したのだろう。心遣いを可愛らしく思っていると、スフィルが湯浴みの準備が整った……という。ここでジオリールに捕まると一緒に入れと言われてしまう。
「そうね、入りましょうか」
シリルエテルはスフィルの言うとおり先に湯浴みを済ませた。
湯浴みを終えて身体を拭いていると、ふと、腰の後ろ辺りが鏡に映る。そこには虫に刺されたような赤い痕が見えた。
「……まあ……」
身体を捻って背中を映してみると、いくつかの痕が点々としている。
「ジオリール……」
珍しく、むむう……と顔をしかめたシリルエテルが、これは抗議しなければ……と思っていると、居間のほうからジオリールの声が聞こえてきた。何事かをスフィルと話し合っているようだ。「お飲み物でも出しましょうか?」などとスフィルが聞いている。
そっと覗き込むと、ジオリールとスフィルが一緒になってバタバタとなにやら楽しげに居間を動き回っていた。
「……何をしているのかしら。2人とも」
ネズミか何かが入り込んだのだろうか。あんな動きをする夫も侍女も見た事がない。左右に動いたり、互いに回り込んだり。……逃げるジオリールをスフィルが追いかけたりしているようにも見える。かといって、何をするわけでもなくぶつぶつ言いながら、ただひたすら室内を走り回っていた。
スフィルは、最初こそジオリールにあまり打ち解けては居なかった。ジオリールを怒鳴りつけたこともある。それがあんな風に室内を2人で協力して、走り回っているなんて。
協力?……何を協力して走り回っているのだろう。
「ジオリール? お戻りに?」
思い切って声を掛けてみると、はたと動きが止まり、2人が一斉にシリルエテルを見た。はっとした表情が、2人そっくりだったためシリルエテルは思わず微笑む。
2人で居間を駆け回るなんて、子供みたい……と思うと、なんとも微笑ましい。疲れたであろうジオリールには湯浴みを勧め、スフィルと一緒に飲み物の準備を行う。いつも湯浴みが終わった後は暑いと言っているから、冷たい酒はジオリールも喜ぶはずだ。
湯浴みから出てきたジオリールの側に寄り添うと、早速抱き寄せられてソファに導かれた。同時にスフィルがおやすみなさいませの挨拶をして、出て行く。
****
部屋で何をしていたのかを問うてみれば、なぜか夫はむっとして、それまでの穏やかさとは全く逆の強引さでシリルエテルをソファに押し倒した。急いたように唇が重ねられて、口腔内を探られる。舌がねっとりとシリルエテルに絡み付き、音を立てて混ざり合う。
湯上りの夫の肌の香りが心地よく、その身体に包まれていると一日の疲れが取れていくようだ。
……と、思っていると、ジオリールの唇がそのまま胸元に降りてきて、柔らかなふくらみの少し上に強く吸い付いた。
「ジオリール!!」
「ああ?」
「痕は付けないでってあれほど……!」
「俺しか見ねぇところだから、いいんだよ」
「でも……あっ……さっき見たら、後ろにも……」
「ああ、見つけやがったか」
消してねえだろうな……と、ジオリールがシリルエテルの夜着をまさぐりはじめた。うつぶせに抱えられて肩紐を外され、ゆっくりと夜着を下ろされる。ごつごつとざらついた手が背中を這い、腰の辺りで止まった。先ほどシリルエテルが痕を見つけた辺りを、優しく撫でている感触がする。
「また付けてやる」
「え?」
「簡単には消えねぇようにな」
「ええ?」
笑みを含んだ意地悪声でそうささやいて、ジオリールはシリルエテルの身体を抱き上げた。居間の灯りを小さくして、寝室へと足を運ぶ。
ジオリールが真面目に残業していたのは、次の日の朝は寝坊して、妻とゆっくりと戯れたかったから……という理由なのだが、シリルエテルがそれに気付くのは、もうしばらく後のこと。散々、奥方の肌に痕を付けた傭兵将軍はもちろん叱られるのだが、言い訳のように口にしたその理由に、今度は奥方の頬が赤く染まるのだった。