魔王様は案外近くに

007.もう一回したくなった。

「葉月。」

首筋に唇で触れられ、そのまま名前を呼ばれただけなのに、震えた空気に葉月の肌がぞくりと粟立つ。それは不愉快さからではなく、じくじくと疼くような心地よさからだ。名前を呼ぶ唇の動きが首筋をなぞり、戯れるようにかじられ、つ…と舌が這った。

「…は、か、ちょう…っ」

葉月の口から「好きです」という言葉を(無理やり)得た八尾は、そのまま葉月の腕を掴んで寝台の上に縫い止めた。だがすぐに掴むのを止め、その代わり圧し掛かるように身体を合わせ、葉月の背に腕を回す。

片方の手で頭を抱え、唇を柔らかく重ねる。愛しいものに触れるように唇を甘噛みし、音を立ててそれを何度も繰り返した。物言いたげに葉月が八尾を見上げれば、「葉月」と名前を呼んで、その唇をまた塞ぐ。それを逃れて葉月が「課長」と喘ぐように呼ぶと、それには返事をせず、代わりに唇が立てる音は首筋へと動いていく。そして再び首筋や耳元に唇を触れさせたまま、名前を呼ぶのだ。

やがて八尾の手が葉月の柔らかな双丘の片方を、こねるように探り始めた。かり…と切っ先を親指で擦ると小さな声を上げて葉月の身体が跳ね、何も身に着けていない下半身が密着する。その反応を楽しむように、幾度もそれが繰り返された。

葉月の腕を取り、自分の首に回させる。

「ん…」

羞恥にか、愛撫にか、顔を紅く染めて葉月が八尾を見上げた。その瞼の横に音立てて口付けすると、足を開かせて自分の身体を挟ませる。じ…とその表情を見つめながら、八尾の身体が徐々に降りていく。唇が首筋を這い、鎖骨に痕を付け、指で触れていない方の胸の柔らかさを唐突に吸った。その途端、また葉月が声を上げて片方の膝が持ち上げる。八尾がその膝を抱えて、さらに開かせた。足と足の間に顔を埋めるように、八尾の身体が動く。

「や、課長待って、そ…」

「なぜ、待つ?」

「だっ、って…あっ…」

八尾が葉月の腿の内側に顔を埋め、ちゅ…と強く吸い付いた。ちくんと痛みが走り、胸や鎖骨につけられたのと同じ赤い痣が付けられたことを知る。一度唇が離れ、さらに付け根に近いところに痛みが走る。再び唇が離れ、もう一度。また離れて、もう一度。…もう付ける場所なんて無い…というところで、また離れて、「…ああっ…!」と、葉月の色めいた声が上がった。今度は唇は離れなかった。…八尾が葉月の蜜壷の入り口をぞろりと舐め上げ、唐突に深く舌を挿れたのだ。

「や…課長、やめ…」

「無理だ、止められない。…こんなに濡らして。」

「で、も…」

「指のほうがいい?」

「は…」

一度唇を離して舌を抜き、代わりに指を奥深く沈めて抽送を始めた。引き抜くたびにぬるりと絡みつく量は増えていく。柔らかくて、きつくて、思わず指を増やす。引っかくように、交互に指を中で曲げて触れたざらつきを撫でると、葉月の愛らしい声が荒い吐息に混じった。指が出入りしているすぐ上の膨れた小さな花芽を舌で転がして吸い付けば、指に絡む内壁がきゅ…と締まって葉月の腰が浮く。

葉月が八尾の手で感じて、身体の奥を濡らしている。その様子を見ているだけでぞくぞくした。

「ん…あ…っ」

控えめな嬌声がさらに八尾を煽る。

我慢の限界だ。交わりも愛情も、何もかも欲しい。そして何もかも、与えたい。八尾は身体を起こし、太ももまで濡れた葉月の秘裂に己を添わせた。うつつの葉月を求める己は普段よりもぎちぎちと張り詰めていて、少し力を入れただけでぬるりと入り込む。

みし…と寝台が軋み始めた。

「あ…課長…っ」

濡れた声が耳元に心地よい。

「そんな…お、く…」

啼かせているのが自分だと思うだけで興奮して、腰の動きが止まらない。

「奥が、いいかっ…」

「ん、…きもち、い…。」

「ああ、俺も…葉月…。」

くちゅ…くちゅ…と、互いの下半身からいやらしい音が響く。

仰向けの葉月の身体を正面から貫き、足を抱えて動かした。少し身体を倒して抱き寄せ、胸の柔らかさを口に含んでじっくりと舌で転がせば、中がさらに心地よく締まる。

夢の中で抱き合ったのと同じように、ゆっくりと葉月の身体を味わっていく。強引な動きではなく、じわじわと高みに押し上げていくのだ。葉月の腰を掴んで先端まで引き抜き、じっくりと奥を突く。速くは無いが重く、規則的なリズムを刻んだ。たっぷりと濡れた中は、何の抵抗も無く八尾の動きを受け入れる。それなのに柔らかく締め上げて、抽送で溢れた蜜がつながった箇所を濡らしていった。もちろん欲望のままに動かして早く駆け上りたい気持ちもあったが、一気に引き上げてしまうのももったいなかった。ずっと入っていたい。互いの快楽が長く切なく続けばいい。

「あっ、あ…!」

それでも這い登る感覚に、何かの予兆のように葉月の身体がびくんと跳ねた。すがるものを求めるように動く葉月の細い手を、八尾の長い指が絡め取る。動く身体を逃がさないように強く抱きしめて、より深く腰を密着させた。

徐々に高くなっていく互いの愉悦が、いよいよ溢れんばかりになった。その瞬間は互いの動きも激しい高鳴りを見せて、葉月の中がさらにきつく収縮する。たまらない。搾り取られそうだ。八尾の身体にも奥が持ち上がるような感覚がやってきて、それを開放するように小刻みに動いた。

「は、づきっ…!」

「か、ちょう、ダメ、…中っ…はっ」

葉月の中でとくんと八尾のものが一際大きく膨らみ、どくどくと生々しく脈動して熱いものが吐かれた。
は…と、肩で息をしている葉月の身体に夢中でしがみつく。

「葉月、葉月…。」

「か、課長っ」

「ん…。」

…が、折角の余韻を味わおうと思っていたのに、なぜか、むぎゅううううう…と密着している肌を押しのけられた。

「葉月?」

「課長、いま、今っ、中に…」

「ん?」

「中に、だ、出してっ」

「ああ。」

くす…と小さく笑って、八尾がじんわりと己を引き抜く。中から熱くどろりとした白濁が溢れてくる感覚に、葉月が戸惑うように頬を染めた。それをなだめるように、八尾が抱き合った身体を自分の胸に引き寄せる。

「魔王の精液だ。悪いようにはならない。徐々に慣らしていこう。」

「いや、慣らしていこう、じゃなくて…」

「どうした。何か問題があるのか?」

「ありますよ、子供が出来たらどうするんですか…!」

少し腕を緩めると再び腕を突っ張って身体を離そうとする葉月の様子を、八尾は不思議そうに眺める。

「魔族と人間族は全く異なる生き物だ。妊娠はしない。」

「え。」

「そもそも、魔族は孕ませるために精を吐くものではない。確かに中にはそのようなものもいるが。高位の魔族の精は、本来魔力を交換したり、与えたりするものだ。 」

緩めた腕を再び強めて葉月を囲う。

「もっとも、葉月が子が欲しいというなら、そのようにしても構わない。お前と俺の子ならば可愛いに違いない。…ただ、魔界に行かなければならないが。」

「ま、魔界!?」

「そうだ。お前は魔王の花嫁なのだから、魔界に出向くのは当然だろう。私の妃だ。」

「き、妃って…課長、私、結婚するとは…!」

言っていません。と言いかけて、葉月は八尾の…いや、正しくは魔王ルチーフェロの眼光、まるで捨てられた犬のような傷ついた視線に沈黙させられた。

「あれほど、愛しあっただろう?」

再び葉月の身体がひっくり返され、先ほどの時間を思い出させるような欲情した瞳で見つめられる。

「いやあの、心のっ、準備が」

「心の準備?」

「まだお付き合いしてもいないのに、結婚と言われても、その…」

「だが、葉月は俺のことを好きなのだろう?」

「それは、」

当然、葉月にはもう嫌いだ…とはいえなかった。嫌いな相手にあんなことやこんなことは出来ない。…思い出しただけで、恥ずかしいが…嫌では無かった。単に人肌だから…という心地よさだけではなく、その瞳で見つめられるのも気持ちが込められた言葉を囁かれるのも、それを返したいと思ってしまうくらいには、恐らく好きなのだ。ただ、結婚とか魔界などと唐突に言われても、咄嗟に決断できるほどの性急な気持ちを問われると困惑する。

そういう葉月の心を沈めるように、八尾が葉月の頭の下に腕を差し入れる。腕枕の状態になって、そのまま引き寄せられた。

「なら、大丈夫だ。」

何が、と問う前にそっと葉月の頬に唇が滑る。

「時間ならたくさんある。永劫とも言えるほどに。もうお前は魔王の妃なのだから。」

「もう…ええっ!?」

葉月が聞き捨てならない言葉を聞いたが、既に八尾にとってはそんなことは瑣末な問題だった。もぞりと腰を動かすと、葉月の下半身が八尾の足に挟まれる。先ほどまで自分の中に入っていた八尾のものは、すでに猛々しく起き上がっているようだ。それが葉月に、ねだる様に押し付けられる。先ほどの名残と先走るぬめりが混じり、何の引っ掛かりも無く滑らかに動いた。入り口をなぞるように何往復かするとさらに濡れて、葉月の抗う声が色めいたものに変わる。たったそれだけの行為なのに、互いに胸が詰まるほど心地よい。八尾はもちろん、葉月もそれは感じた。

八尾がうっとりとしたため息を吐く。

「葉月……。」

「は、い。」

八尾の中でもう話は終わったらしい。非常に真剣、かつ、切羽詰った声で葉月の顔を両手で挟み込み額をくっつけた。

「もう一回。したい。」

「はい?」

「もう一回したくなった。」

「したくなったって、まだ話…、やっ…」

腰が密着し、ゆっくりとだが途中で止まることなく奥まで入ってくる。奥に到達した途端、くつり…と腰に角度を持たせると、「あ」…と葉月が声を上げて、八尾にしがみついた。

「話は終わったろう。…ああ、葉月…すぐに奥まで…」

「ん、課長、人の話聞いてっ…あぅ」

「葉月、ルチーフェロと呼んでくれ。」

「それは無理ですっ、て…ば!…」

その後、どこからどう見ても八尾課長なのだからルチーフェロは無理です…と主張する葉月に、それならばこの姿なら大丈夫なのか!…と、真の姿に戻って欲望5倍増し(当社比)になったルチーフェロが襲い掛かり、魔界の話はどこかへいってしまった。

八尾にとって非常に幸福で、葉月にとっていたく残念だったのは、その日が土曜日だったことだ。土曜日の昼間から抱き合い、疲れ果ててうとうとと眠ってしまい、目が覚めるといつの間にやら軽食が用意されていて、お腹を満たすと落ち着いてしまう。そんな風に土曜を過ごしてもまだ日曜日があり、夜、腕の中で眠って朝の遅い時間に目が覚めるのは、抗いがたい独特の幸福感があった。

身体をつないでなくても裸で毛布に包まれて、葉月の身体は離してもらえなかった。ルチーフェロの語る魔界とやらの話を聞かされ、あっという間に休みが終わってしまう。

ただ、このまま八尾の部屋で過ごすわけにもいかない。葉月の部屋に戻ることに了承を得るまでかなりの説得を要したが、「一度帰宅して、きちんと考えます。」…と言うと、しぶしぶ承知してくれた。

「おいで。」

八尾が着替えた葉月の手を取り、きゅ…と少し強くその手を握る。そのまま強く引き寄せて葉月の身体が八尾に包み込まれた瞬間、気が付けばもう葉月の部屋だった。

「ここ…。」

「俺にとって、距離などは関係ない。…ああ、葉月の部屋だな。お前の香りがする。」

八尾にとっても葉月の部屋は初めてだ。わずかにきょろ…と周囲を探り、そう言って葉月の顔を赤らめさせた。

「葉月。次はいつ会える。俺は明日にでも会いたい。」

「は、か…課長。」

「葉月?」

「…えっと、土曜日、なら。」

葉月の答えに八尾が、とても残念そうな表情を浮かべる。

「…せめて火曜日で。」

「課長。」

「なら…、水曜日っ…」

「課長、あの。」

「ダメか、ダメなのか、何故ダメなんだ…!? それなら木曜日はっ…」

「…金曜日の夜、ちょっと遅くなってもいいなら…。」

「葉月…。」

さすがに翌日やら翌々日などは節操が無い。毎日会っていると自分の気持ちに区切りがつかない。そう思ってのことだったのだが、電気屋の値切り合戦のような攻防を繰り広げたうえに、結果、叱られた後に耳が垂れしぼんでしまった犬みたいな泣きそうな顔をするのは止めて欲しい…と葉月は思った。

八尾は「はあ…」と漫画のようなため息をついて肩を落としていたが、不意に両手で頬を包み、上を向かされる。いつもキスされるときは、八尾はこうするのだ。こうして、じ…と強い眼差しで葉月を見つめる。視線が合った瞬間に、強引だったり優しかったりする唇が降りてくるのだ。今は、包み込むように柔らかく重なった。

「葉月と毎日こうしたい。」

「課長…。」

「葉月にもそう思って欲しいが…今日のところは退く。…だから、」

葉月の胸がきゅ…と狭くなった心地がした。喉の詰まるようなこの感覚は、なぜだかとても甘い。少しだけ身体を八尾に寄せてみると、抱き寄せている腕が少し強くなって応えてくれる。八尾がそっと葉月の頭を撫でた。この撫でる手は、素直に好きだと思える。ぼんやりとそう思っていると、八尾が優しい声で囁いた。

「だからもう一回した…」

葉月ががばーっと八尾の身体を引き離した。いろいろ引き戻されたが、八尾はいたって真剣な顔をしている。

「か、ちょう…っ! もう、何度もしたじゃないですかっ…!!」

「葉月、ああ…葉月の部屋で…お前を、」

「ちょ…どこ、さわっ…て、あっ…」

八尾の手が葉月の上でいやらしい動きを始めた。そもそも、八尾がただで金曜日までおあずけを喰らうはずも無いのである。