「あー、ミチル、待て待て待て」
素早く駆け出したつもりだが、たやすくエティエンヌの手に掴まえられて、ミチルはひょいと小脇に抱えられた。
「やだ、離してエティエンヌさん、もうヤだ、私、ヤダ!」
「おうおう、分かった分かった。その文句よう、男共に言ってやろうぜ、なあ?」
「やだぁ……」
「やだじゃねえ、曲りなりにも嫁だろうが、しっかりしろ!」
「うぅぅ」
ひいぃぃっく……と喉から嗚咽が漏れる。エティエンヌから叱咤されて、泣いてはいけない、みっともない……そう思って我慢した。我慢したのに、ぽろりと涙が零れてしまう。喉はひりひりと痛くて、胸もきつく締め付けられているかのように苦しい。
「ミチル?」
「エティ?」
騒ぎを聞き付けたのだろう。男2人が振り向き、こちらを認識した。大きな獣人の影で、腰も足も驚くほど細くて引き締まっているのに胸が豊かで美しい肢体の女性が「あら?」と楽しげに微笑んでいる。
エティエンヌはミチルを腕に抱えたまま近付くと、悪戯が見つかってしまったような顔をしているマリオンと、いまだ状況が掴めていないラザフォードに向き合った。しかし、その前に娼婦の女が間に立ち入る。
「エティエンヌさん……ではなくて、問題ありそなのはそちらのお嬢ちゃんかしら?」
「そうみたいだなあ、メイラン。修羅場にしたくねえなら状況説明してやってくれるか?」
「ふふ。いいわ、こちらへ。でも追加料金はいただいてよ」
「そういうことなら、そこの灰色のデカイのにつけといてくれ」
メイランと呼ばれた娼婦はエティエンヌとは顔見知りのようだ。一目でエティエンヌとミチルが男共2人の迎えだということに気が付いたのだろう。ともすれば修羅場ともなり兼ねない雰囲気を軽くいなした。それに相対するエティエンヌも、また淀みなく冷静に対応する。
ツケでと言われて情けない顔になったのはマリオンだ。
「おいおい、エティ!……これは」
だが、エティエンヌはそんなマリオンの声もぎろりと睨んで黙らせる。灰色熊の方がエティエンヌよりは1.5倍は大きいのに、今は何故かエティエンヌの方が大きく見えた。
一方、ミチルは必死でエティエンヌの腕から逃れようともがいていた。暴れるミチルの様子にラザフォードが気付いて、手を伸ばす。
「ミチル? どうした、こっちに」
「嫌!」
ぱちんとミチルがラザフォードの鱗の手を振り払った。ラザフォードの琥珀色の瞳孔がショックを受けたように揺れる。
「ミチル……」
「ラズの馬鹿、きら、嫌いになったならそういって、いっ、言ってくれた、らっ」
「ミチル、何言って」
ひっくひっくと嗚咽しながら、懸命に何か言おうと思うのだが、声にならなかった。いつだったか、浮気されたと訴える友人を慰めながら、自分だったらこういう時は絶対男に強気で出てやろうなんて思っていた。しかし実際にはそんなこと出来ない。いろんな感情が綯い交ぜになって、何にも出て来ないのだ。
おろおろしているマリオンと、行き場を失った腕を力無く下ろして呆然としているラザフォードを交互に見て、エティエンヌがお前ら馬鹿じゃねーの? とため息をついた。メイランはニコリと笑ったまま、綺麗に首を傾げている。エティエンヌは、よっこいしょとミチルを腕に座らせて抱え直した。
「自分の旦那が娼館から娼婦と出てきたんだ。おまけに、世話になった、なんて言いながらな。ショック受けるのは当たり前だろうが、反省しろ!」
「なっ、違う! 俺は……」
ラザフォードが慌てて言い訳をしようとして、だが、自分のしたことと誤解させてしまったことの重大さに気付いて言葉を詰まらせた。その時、パチンと小さな音が響く。メイランが手を叩いたようだ。
「はい、そこまでよ。お兄さんお姐さん方。うちのお店の前で争い事はご法度。やるなら中でおやりなさいな。それに、ありもしない色事で誤解されるなんて、このメイランが許すはずないでしょう?」
「あ、……ありもしない、いろごと? ありもしない?」
くすんと涙声で反芻したミチルをメイランが覗き込んで、安心させるように頷いた。よく見ると頭にふかふかとした尖った獣の耳が付いていて、顔は毛深く猫のようだ。雪のように白く美しい毛皮で、耳の先端はうっすらと銀色が混じっている。
彼女が猫族の半獣人メイラン。かつては首都でも名を轟かせた娼妓であり、ゼルニケで一番の娼館<弓なり月に鈴の家>の女将である。
****
ラザフォードをこの娼館に連れてきたのはマリオンだった。メイランの娼館が使う道具は怪しい筋からは決して仕入れない、一流の正規品ばかりである。したがって、彼女らが持つ伝手もまた一流のものなのだ。その一つが大型商人マリオンで、彼女らの使う道具や出す酒、身を飾る飾りなど、ほとんどをマリオンが世話するか、話を付けてきたものばかりだ。ゆえに、マリオンはメイランと商売人として、親しくしていた。
「マリオンの旦那は奥方一筋で全然あたくし達なんて、相手にしてくれないのだけれどね」
くすくす笑いながら、メイランはミチルとエティエンヌに爽やかな花の香りのお茶を出してくれた。男達は防音のしっかり整った別の部屋に待機させられている。ようやく止まった鼻水に、すん……と鼻を鳴らして、ミチルはお茶を受け取った。こちらが恐縮してしまうほど高級ではない、だが一目でよいものだと分かるお茶とカップだ。部屋の意匠もいかにも娼館という風でもなく、寝台も無く、居心地のよい背もたれのついた絨毯の上に座らされていた。
「ミチルさん」
泣くわ喚くわで疲れもあり、しゅんと大人しくなってしまったミチルの前に、メイランが居住まいを正して座った。そうして美しい所作で頭を下げる。
「ミチルさんには要らぬ誤解と共に切ない思いをさせてしまってごめんなさいね」
その作法に思わずミチルは首を振った。
「私こそ、いろいろみっともなく取り乱して、すみませんでした」
「いいのよ。それだけラザフォードさんが好きなのでしょう? あの蜥蜴さん、きっと思い知ったでしょうね」
メイランがころころと笑うと、猫の口元が愛らしく綻ぶ。宝石の様な銀色の瞳がうっとりと細くなって、色っぽい猫が急に子猫にでもなったかのような愛くるしさだ。
「それで、あの馬鹿共はどうしてあんたんところを訪ねて来たんだい?」
エティエンヌもマリオンの関係で、メイランとは顔馴染みだ。メイランはエティエンヌからの質問に、くすくすと笑いながら事情を説明してくれた。
****
「あたくしの娼館ではね、異種族をお相手にしたい獣人の、そういう方面の世話をしたりもしているのよ」
「そういう、ほうめん、ですか?」
「うふふ。勘違いしないでね? 異種族の異性はどうやったら悦ぶのかとか、そういうことを聞きたがる人、多いの。だから教えて差し上げたり、よい道具を融通したりしているの」
「どっ」
どうやったら……って! どうぐ……って!
平然と茶をすするエティエンヌの横で顔を赤くしたり眼を丸くしたりするミチルの百面相を、メイランは実に楽しそうに眺めている。
つまり、ラザフォードはマリオンに連れられて「人間の女の身体の扱い方」について、相談しにきたのだそうだ。もちろん、男2人のために付け加えておくならば、実地ではなく単に相談である。しかしメイランは、ラザフォード側の事情を訊かされて、ぴしゃりと怒ったらしい。
そのラザフォード側の事情……とやらを初めて聞いて、ミチルの顔がかあと赤くなった。
「ラザフォードが、私を傷つけたくないって。……そんなの、私、別に傷ついてなんかないのに」
「ふふ……そうよね、私も女だから、ようく分かるわ。でもね、ミチルさん。あなたのお肌に鱗か牙が引っ掛かって、赤くなってしまったのですって」
「んで、ショックを受けたって訳か。案外、ヤワなんだな隊長も」
「あら、エティエンヌさん。優しいって言ってさしあげて? いまどき珍しい位の殿方よ。人間の肌はつるつるだからって、赤くしたがるお客さんも多いのにねえ」
色めいた話に泡を吹きそうになるやら、ラザフォードの事情に胸がいっぱいになるやらで、ミチルは目が廻りそうだ。つまりラザフォードは、ミチルのことを大切にしようと思って触れられなかったということらしい。
「聞けば、それからミチルさんに触っていないのですって? こんなに愛らしいのに、もったいないわ」
「ホントだな。まだ若くて新婚なのに、聖人か仙人の域だ、ったく」
「うふふ。ねえ、ミチルさん。お風呂上りなのでしょう? こちらへいらっしゃい。お肌にうんとよいクリームを塗ってあげるわね」
エティエンヌもそれがいいとうんうん頷く。貫禄のある獣人の女性2人に挟まれて髪の毛を梳かれ始めたミチルは、別のことを考えていた。
たった今からでも、隣の部屋に走って行ってラザフォードに会いたい。会って、自分は平気だと伝えたい。ラザフォードがミチルに触れようとした時、ミチルは嫌だと言って思わずラザフォードの手を振り払ってしまったのだ。違うのだと言いたかった。本当は誰よりも、ラザフォードにだけ、触れて欲しいのに。
だが、まだ待ちなさいとでも言うように、メイランはミチルの腕を取ってよい香りのするクリームを塗り始めた。取り乱していた手前、勝手をすることも出来ない。為されるがままになっているミチルを、エティエンヌがむふんと楽しげに眺めていた。
メイランはミチルの肌をお手入れしてくれながら、ラザフォードに言った内容を教えてくれた。
奥方のお肌に触れていないなんてとんでもない! 男性側のやり方は知っているのでしょう? 萎えたわけでもなく、挿れてみたわけでもないのでしょう? 何に失敗したのか、まずは奥方の身体に触れてみてから、それからお2人でいらっしゃい。
でもひとつだけ言っておくと、女は愛する男からもらう痛みには耐えられるけど、愛する男から触れられない切なさには耐えられないの。貴方だって奥様が触れてくれないと悲しいでしょう? お兄さん、こんなことやっている間に奥方に逃げられても知りませんよ。
そんな風に言うと、ラザフォードはぎょっとして何も言わずに立ち上がり、戸口に駆け出したのだと言う。
「それをあわててマリオンさんが追い掛けてね、礼も言わずに失礼なことすんなって。それからラザフォードさんは、紳士的に謝って、お礼を言ってくださったのよ。もし何かあったら、今度は2人で来るっておっしゃって」
だから、女の肌には優しく念入りに触れなさいとだけ教えて、娼館から帰したのだそうだ。ラザフォードはメイランには指一本触れなかったらしい。
それを聞いて、エティエンヌがふんと鼻で笑う。
「そんなこったろうと思ったんだよ。マリオンの奴が何か言っていたからな」
「なら、何にもないって分かってらしたのでしょう? ミチルさんをこんなところまで連れてきて、意地悪な方」
どうやら、エティエンヌはいろいろ知っていてミチルをここまで連れてきてくれたらしい。マリオンも同様だ。知っていたなら教えてくれてもいいのにと思ったが、同時に自分達の様子は、周囲によほど心配かけていたのだろうかと思い至り、いたたまれなくなった。
もう、男の方ってなんて馬鹿で可愛らしい生き物なのでしょうねえ。そう言いながら、メイランはとても楽しそうだ。メイランはミチルの首筋と肩と腕、それから指先にまでマッサージしながらクリームを塗ってくれた。おかげでお肌はしっとりすべすべで、ほわほわと温かくて、女らしい香りがする。
「さあ出来た。ミチルさん、旦那さんを許してさしあげてね」
「あ、ありがとうございます、そんな許すだなんて。……なんか、私が1人拗ねてたみたい」
結局何も無かった上に、ミチルが1人で誤解していたのだ。ラザフォードの言い分も聞かずに、嫌いだなんて言ってしまった。冷静に考えればマリオンも一緒に居たし、あの2人がそんなことするはずがないのに。そんな風に考えると、取り乱した自分が恥ずかしい。
ふるんと頭を振ると、メイランが猫の目を心地よさげに細くした。なんとも愛らしいその顔は、ミチルが思わず見とれてしまうほどだ。身体のラインははっきりと分かるけれど、けっしていやらしくない装いに、肩と胸元を隠すショールを巻いていて上品な雰囲気だ。そのくせ、どこか妖艶で胸が騒ぐ姿の人だと思う。
そんなメイランが、うふんと肩を竦めた。
「あたくしもね、こう見えても四分の三は人間なの。だからミチルさんがどうされると痛いかとか、獣人のお相手のどういうところが大変かっていうのは、よく分かっているつもりよ」
「えっ?」
「顔はね、こんな風だけど、殿方のお相手をする部分は人間族と変わらないのよ」
とのがたのおあいてをするぶぶん!
何でもない風にさらりとメイランは言って、エティエンヌは「そういや、猫族の血は四分の一だっけかー」などと、呑気に返している。年齢の割に恋も男も初めてのミチルには刺激の強い話ばかりだ。
獣人との混血は、もちろんクーロンでは珍しくはない。また、その血の現出の仕方はまちまちなのだそうだ。混血であるのに完獣に見えるものもあれば、現王族やメイランのように一部が獣化するものもある。胎に居る時間も生まれ方も、基本は母親の胎内に合わせて生まれてくるらしい。
美しい猫の顔と美しい人間の肢体を持ったメイランは、そんなクーロンの国柄を現したような姿である。だが、恐らくは他国では迫害されるだろう。人間族が上位と考え、獣人との混血を蔑む国もある。
だからこそ、種族の隔たり無く愛し合うことを、メイランは手助けしたいのだという。ミチルはそのようなことを、まるで何でもないことのように話すメイランの横顔を、憧れの眼差しで見つめた。
ミチルの視線に気付いたメイランは、猫の口元をふくふくとさせながら笑んだ。それを合図に、エティエンヌが立ち上がる。メイランも立ち上がると、男達の控えている部屋に通じる鈴をチリンと鳴らした。途端に、バタバタと物音がする。
「ミチル!!」
ミチル達がいた部屋の続きの間の扉が乱暴に開いて、まず真っ先に飛び込んできたのはラザフォードだった。ラザフォードは真っ直ぐミチルに駆け寄ると、その身体を迷いなくぎゅっと抱きしめた。
すり……と触れるラザフォードのすべらかな鱗に、ミチルもホッとため息をつく。
「ミチル、すまない……不安にさせて、本当に悪かった」
「ん、あ、あの。私も、嫌いだなんて言ってごめんね。嫌いなんかじゃない、ラザフォード」
「ああ……よかった。ミチル」
「嫌いじゃないの、本当よ?」
「分かってる、大丈夫だ……ありがとうな」
何が「ありがとう」なのだろうと少しだけ不思議に思ったが、ミチルの不安を大丈夫だと受け止めてくれて安堵した。身体の力を抜くと、ミチルの好きな手がゆっくりと髪を梳いてくれる。顔を上げると、マリオンが申し訳なさそうに、だが、何処か楽しげにエティエンヌの説教を聞いている姿が見えた。
「さあさ、これ以上はこのメイランもサービス出来ませんよ。他の女と仲良くするなら、ご自宅でやってくださいな」
慌ててミチルがラザフォードから身体を離したが、足元にくるりと尾が巻きついた。肩を引き寄せられて、2人並ぶ。
ラザフォードが神妙な面持ちで頭を下げた。ミチルもその隣で、出来るだけ丁寧にゆっくりとお辞儀をする。
「メイラン殿、……世話になった」
「メイランさん、いろいろお話聞かせていただいて。ありがとうございます」
「あら、あたくしは別に何にもしていないわよ?」
夫婦仲良くなさいな、と言って頷いてくれる。マリオンもエティエンヌにやっと許してもらえたようで、背中にぴったりとくっついても怒られなくなったようだ。
「世話んなったなあ、メイランの女将」
「いいえ、でもお代はちゃあんとマリオン船長につけとくわね」
「ま、しゃあねえなあ。しばらくこっちに落ち着くからよ、また何かあったら言ってくれ。融通するぜ」
そうして玄関までぞろぞろと見送られると、メイランがラザフォードを呼び止めた。ミチルから少し離れたところに連れていかれ、何かヒソヒソと耳打ちされている。ラザフォードが、ごふっと咳き込み、ぶんぶんと頭を大きく横に振って、その後、こくこくと頭を大きく縦に振った。
一体何を言われたのだろうと思っていると、今度は入れ替わりにミチルが呼ばれる。メイランに何か耳打ちされたミチルはほんのり染まっていた頬が、ぼっ! と真っ赤になった。それを見たメイランに、あらあらと頭を撫でられている。
互いに何を言われたのか気になったが、結局聞かないまま、ようやく4人は家路に着いた。
****
「さあて、ミチル。今日はうちに泊まるか?」
エティエンヌとマリオンの家、ラザフォードとミチルの家に道が分かれるところで、マリオンが意地悪な顔で聞いた。エティエンヌも今度ばかりはマリオンの言動を咎めたり、茶々を入れたりすること無く、腕を組んで待っている。
質問はミチルに対してだ。
そういえば、そんなことも言っていた。いろいろとあったせいで、すっかり忘れてしまっていたが。
一瞬何を聞かれたのか分からなくて、ぽかんとしてしまう。それを勘違いしたのか、ラザフォードがミチルを抱き寄せて髪に顎を埋めた。
独り占めしようとする子供のようだ。
「ダメだ、ミチル。今日は一緒に帰ろう」
その仕草と言葉にミチルは小さく笑って、抱き締めてくれているラザフォードの二の腕にそっと触れた。
「ごめん、ラザフォード」
「ミチル!?」
「私、すっかり自分の家に帰るつもりだったよ」
そう言って、ラザフォードを見上げる。
断られたと思っていたのだろう、ラザフォードの仰天していたまん丸の瞳がみるみるうちに、溶けるように細くなった。尻尾が揺れて、いつものようにくるりと動いたが、それを見たエティエンヌが咳払いする。
「はいそこまで。続きは自分の家でやれ自分の家で。礼も謝罪もいらねえから、とっとと帰れ、ほら」
ぐいぐいと押されて強制的に後ろを向かされると、ラザフォードが申し訳なさそうに頷いた。ミチルも「おやすみなさい」を言う。
「2人とも明日は仕事なんだから手加減しろよな」
すでに背中を向けていた2人は振り向かなかったが、ミチルの肩が飛び上がり、ラザフォードの尻尾がぴんと伸びたのを見て、エティエンヌがうひひと笑った。
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新婚2人を見送った後の帰り道。熊族の夫婦のかたわれ、夫の方が妻にすりすりとすり寄ってきた。
妻は憮然としつつも引き離さずに、呆れたように言う。
「まったく、一体何考えて隊長をメイランのとこにやったんだ」
「だってよう、俺らの大事なミチルの旦那だぞ? あれでちょっとでもメイランになびこうものなら、ギタギタにのしてやろうと思ったって仕方がないだろ?」
「んなこと言って。ホントは、黙って嫁にいかれたのが面白くなかったんだろうが」
「ま、それもあるわな」
がはは、と全く悪びれることなくマリオンが笑う。エティエンヌはやれやれとため息を吐いて、まあ、これで2人の仲が上手くいくんならいいかと、肩を竦めた。
ようやく怒られなくなったかと、マリオンがふんふんとエティエンヌの首の毛皮に鼻を突っ込む。
「うちもそろそろかなあエティ! 俺もしばらくはこっちにいるし」
「しばらくってどれくらいだよ」
「生まれたての子供がけらけら遊ぶようになるくらいかあ」
「その間あんたの船と商売はどうするのさ」
「船はこっちに置いとくさ! うちんところから独立したやつらがいてな、しばらくはそいつらの荷を面倒見てやろうかと思ってんだよ」
だからこっちにいて、もっと儲ける話をつけるさ! と、また大きく笑った。
その言葉にまったく仕方がないなと言いながら、大きな熊族が2人寄りそって歩いている。なんだかんだと言ってこの熊族夫婦は、ミチル達に負けないくらい仲の良い夫婦なのだ。