魔王様は案外近くに

009.きっと賭けにならないね。

掴まれた二の腕に眉を潜め、離れようと葉月が少し力を込めて一歩引いた。だがそれも許されないほど、思いのほか強く掴まれている。

「那田リーダー? …離していただけませんか。」

「聞かないのか。」

「何を…」

「わざわざ2人で話したくて、こうして回りくどいことをしたというのに。」

「お話があるなら、八尾課長を通してください。」

「八尾相手だと、ダメだの一点張りで話にならない。」

ふん…と鼻で笑うように表情を歪め、葉月の二の腕をさらに強く掴んだ。

「なあ、こちらも困っているんだ。課は違っても同じ部署だ。助け合うのは当たり前だろう。」

「いったい何のお話ですか。」

蔑んだような含みを持たせた声に不快感が募る。乱暴に掴まれた二の腕を振り解くと、今度は有無を言わさず手首を掴まれた。掴まれた瞬間もがいたが、力は強く離れない。

「まあ、そう逃げるな。何も変な話ではない。」

「だから、何の話ですか!」

単に資料を取りに来ただけだったはずだが、うかつだった。資料を取りに来たこと、八尾に相談しなかったことは失敗では無い。…あと5分、早く資料庫を出ればよかった。

葉月が諦めたように腕の動きを止めて、那田の言葉を待つ。それに気をよくしたのか、那田は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。この人は尊大な態度しか取れないのだろうか。

「坂野。こっちのチームに来ないか。」

「お断りします。」

即断即決。考えるそぶりすらしなかった葉月に苛立ったのだろう。那田は笑みを消した。尊大な態度にさらに不機嫌さが加わり、この距離でそのような表情をされるとさすがに葉月も背が冷えた。それでもはっきり断っておかなければ、後で言いがかりをつけられてはたまらない。

「…私の一存で決めることではありません。そもそも、部内の異動は課長職以上の方が決められるのでは?」

「…。」

那田が黙り込む。やがて吐き捨てるように言った。

「坂野が希望を出せば、簡単に異動できる。」

「私が…? でも、基本的に部署の異動は希望が出せても、プロジェクト間の異動は…。」

「うるさい!」

何が引き金を引いたのか、突然那田が声を荒げて手にしていた資料を乱暴に葉月の肩に叩き付けた。バサッ…と資料が床に落ちる。突然の行為に驚いて、思わず葉月の身が竦んだ。「何なのか」…と聞こうとして言葉が出ない。

一方、憎憎しげな瞳を葉月に向けた那田は、さらに強く葉月の腕を握る。「いた…痛いっ…」と葉月の声が聞こえたが、無視した。

那田は何度も葉月を自分のチームに加えるように、上長に掛け合っているのだ。それだけではない。メンバーをとにかく増員し、自分が受け持つ第3期のプロジェクトをなんとか成功させようと必死だった。だが上は、これ以上のメンバーの増員も葉月の異動も認めなかった。理由はただ一つ、「リーダーのマネジメント能力の問題」だという。現状のプロジェクトを上手く動かせるだけのメンバーはすでに揃っている。転倒しているとはいっても、期日・期間・メンバーの実力から言ってもこれ以上人員を割くことはできないし、その必要もない。動かせないのは、リーダーの実力不足。…つまり、トップの挿げ替えを暗に示唆されていたのだ。

ただ、そんなことは認められない。人数さえ揃えておけばどんな仕事だって上手く回るはず。那田はそういう信念で今まで働いてきた男だ。今回だって、失敗したのは十分に人員を揃えられなかったからに決まっている。出来る限り人数を集め、人海戦術でやればいい。その人員が、プロジェクトのことを少しかじっていれば、なお都合がいい。葉月もそういう都合のいい人間の1人だ。違うチームにいるが、2期前の仕事を知っているだけあって、依頼をすれば水を吸い込むスポンジのようにすぐにこなす。しかも女だ、いろいろな使い方が出来るだろう。だから使ってやろうと思ったのだ。

だが、そう上手くはいかなかった。八尾という男が葉月の上司だったが、その男が再三にわたる葉月への依頼にストップを掛けてきたのだ。おかげで、那田がやらなければならないことが増えた。

そう。八尾という男がそもそも非協力的だから、この女が上手く動かないのだ。
…今回のプロジェクトの失敗で、リーダーを下ろされるなど…ごめんだった。

「あんたから八尾に頼めよ。那田のチームに移らせて下さいって。」

「そんなこと出来ませんし、しませんし、必要もありません!…離してっ…」

「八尾にちょっとねだれば、移してもらえるだろう。女なんだから。」

「どういう意味っ…」

「海外帰りだか知らんが、経験も浅いくせに生意気な面を。顔だけは遊んでそうな男だ。あんたが色目を使って頼めば…」

「そんなことしませんっ…!」

「はっ、無理やり言うことを聞かせてやってもいいんだぞ?」

那田が葉月のもう片方の手も掴んで、机に葉月の身体を押し付けようと迫った。暴れる葉月の足を絡めるように近づき、顔を寄せようとする。

「やめて!」

葉月が大きな声を上げて、ぶんっ…と掴まれた腕を振った。男の手に掴まれているのだ、その程度では外れも緩みもしなかったが、思ったよりも強い抵抗を那田が持て余す。葉月が常よりも激しい口調で言った。

「八尾課長みたいな実力のある人のところで、一緒に仕事できて光栄に思っています。すごく勉強になるし、忙しいけど楽しいし、…それなのに誰が好き好んでそっちのチームなんかに…っ!」

「生意気な!」

葉月が全ての言葉を言い終わる前に、那田が片手を振り上げた。打たれると思って、葉月がぎゅ…と目を瞑る。だが、いつまでもその手は降りてこず、恐る恐る瞳を開けると、誰かが那田の手首を掴んでいた。

その人を見て、葉月が思わずホッとする。

「…課長。」

「…や、八尾っ…お前、どこからっ…はなせっ…」

那田を見下ろす眼鏡の下の瞳は、これまでにないほど冷たく鋭い刃物のようだ。だが、鋭い刃物特有の…怜悧な美しさも持ち合わせていた。そんな雰囲気を纏わせながら、やはり切れるような鋭い声で、その男…八尾は言い放つ。

「お前が葉月からその汚い手を離せ。」

八尾が力を入れたのだろう。「痛い止めろ!」と喚いて、那田の手が葉月から離れた。八尾は那田と身体を入れ替えるように反転し、葉月を背にかばって那田と向き合う。その時、ちらりと葉月の掴まれていた手首を見下ろした。

縄で絞めたような赤い痕が付いていて、それは…。

「この…下種が。」

魔王の怒りを買うには、…充分だった。

****

八尾はもう片方の手で、那田の胸倉を掴んだ。

「坂野に依頼があるときは、私を通せと言ってなかったか。」

「あ、あ、あんたに頼んでもいいとは言わないだろう!」

「当たり前だ。坂野は渡さない。」

「だから直接っ…」

「ほう。」

最後まで言い切ることが出来ない。八尾の声がさらに低くなり、葉月の身にもはっきりと感じられるほど…周囲の気配が濃密になっていく。

「それで、女を1人こんなところに閉じ込め、直接・・暴力を振るおうと?」

「ま、まだ何もっ」

「まだ…?」

八尾がカチリと音を立てて眼鏡を外した。葉月の視界には八尾の背中しか見えないのに、その怒りがびりびりと伝わる。だけど葉月を守る背中だけは優しくて、すがりついてしまいそうだった。

「…なるほど。では、これからそういった真似を働こうとしていた…というわけか。…貴様…」

「あ、あ、」

さわりと八尾の髪が伸びる。スーツは前のはだけた服へと変わり、耳の辺りから1対、背中から2対のコウモリ羽と鴉羽が姿を現す。怒りのあまり放出する魔力が限界を超え、人の姿を保つことが出来ずに本性を現したのだ。

数枚の羽が、背にかばう葉月の頬を柔らかく撫でる。

だが、それとは正反対の厳しさで魔王の腕が那田を持ち上げた。

「ば、化け物! 離せ、離してくれ! 」

「俺にはお前の方が化け物に見えるが、人間。」

「待ってくれ、何もしない、もう何もしないから!」

「何をするつもりだった。」

「許してくれ!」

ルチーフェロがさらに力を込める。いよいよ那田の身体が持ち上がり、首元が締まって声が掠れ始めた。

「何を、するつもりだった。」

「…ちょ、っと、脅せばっ…言うことを聞くと…、お、お前もそうやって坂野にせまっ…」

「何だと?」

それ以上は声にならなかった。ぐ…とくぐもった声が洩れただけで、ルチーフェロの手を離そうともがく。

「この俺の花嫁を侮辱しようとは、愚かな。」

本当に、愚かな。

「いっそ、消し飛ばしてしまおうか。」

少し力を込めれば、このようなつまらぬ男など一瞬だ。ルチーフェロが瞳を細めた。周辺の気配がいよいよ濃くなり、息をすれば空気が喉に焼け付くほど熱い。あとほんの僅か、力を込めれば那田の存在は消えるだろう。

「ルチーフェロ。」

だがその寸前、ぎゅ…と、背中に柔らかな身体が当たった。自分の背中の漆黒の羽に頬を寄せ、細くか弱い手がルチーフェロの腹を抱えるように回されている。

その手の持ち主。自分の唯一。
それが自分の名を呼んでいる。
その恍惚に、ぞわりと羽が逆立った。

「ルチーフェロ…もう。」

もう一度名前を呼ばれる。人の子にこの名を許すのは、この存在のみ。それが、葉月が、「もういい」と言っている。

ルチーフェロは肩越しに振り向き、葉月を見下ろす。葉月はただ、心配そうな表情でルチーフェロを見上げていた。その表情を見ていると、ルチーフェロの魔力が急速に凪いだ。言い換えれば、怒りに任せて那田を消し飛ばすことに興味を失った。

少しずつ自分が戻ってくる。少なくとも、この男を放逐できる程度には。

ルチーフェロは那田から手を離した。かなり高い位置から離したからだろう、那田の身体が床に崩れ落ちる。それを一瞥し、吐き捨てた。

「行け。ただし、2度目があると思うな。」

那田の身体は解放したが、ルチーフェロの声はこれまででもっとも冷たく低く、怒りの魔力が込められていて那田の腰が抜けた。ひ…と声にならない悲鳴を上げて、転がるように資料室の扉につかまると、シュ…と音を立ててそれが開き、必死で那田は廊下に出る。

それを見送り、葉月が安堵の息を吐く。張り詰めたような緊張感は解け、葉月の腕も緩んだ。だが、代わりにルチーフェロの身体が葉月を締め付ける。

いつの間にか、ルチーフェロの身体が葉月の方に向けられていて、きつく抱きしめられていた。

「葉月、…はづき、…怪我は」

「ないです。大丈夫…」

「嘘だ。」

「え?」

ルチーフェロが那田に掴まれていた葉月の手首を持ち上げた。うっ血して赤くなっていて、那田の手の指のあとまでがはっきりと残っている。その痕を見ると、胃の腑が捩れるような怒りが沸いた。自分以外の…魔王以外の男の痕が葉月の身体に残っている。許せない。魔王というのは欲望に生き欲望を喰らう魔族の王であり、1つの界を治める存在。その魔王の花嫁に、爪の先だろうが髪の毛の一筋だろうが、傷を付ける者がいるなどと。

葉月の上に残る男の痕を消し去り、自分を刻みたい。

ぺろ…とルチーフェロが葉月の手首に舌を這わせた。濡れた感触に葉月が思わず身を竦めたが意に介さずに、啜るように舐めていく。どれほどそれが続いたのか。魔王の魔力が葉月の腕から痕を消していき、消えてもなお、唾液が滴るほど舐められ、その様子に思わず葉月が何か言おうとしたとき。

「葉月…。葉月が、」

たった今、欲しい。

ルチーフェロの身体が、葉月に覆いかぶさった。

****

「化け物…化け物がっ…」

腰が抜けて立てなかったが、這うように廊下に出る。どうしてこんなことになったのか。少しばかりあの八尾の部下の女を脅して、自分の仕事を手伝わせるつもりだった。所詮は女。どうとでも屈服させることはできるだろうと思っていた。それなのにあの女は強情で、しかも…。

「何なんだ、あれは…化けも…」

「その化け物の花嫁に手を出そうっていうんだから、ある意味、大したもんだよねえ。しかもあの状態のルーちゃんを前にして、よく無事でいられたもんだよ。葉月ちゃんには感謝して?」

カツン…と硬質な靴音が響いて、那田の視界に黒い服を纏った足が見える。見上げると、見える肌が全て海のように青い鱗に覆われた男が、冷ややかな笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

「ひ…っ」

思わず後ろに後ずさると、そちらにもまた、ただならぬ気配を感じる。恐る恐る振り向くと、褐色の肌にびっしりと這う刺青を持った男が仁王立ちになっていた。その背にはトンボの様な透けた羽が生えていて、手も1対ではないようだ。その男は何の表情も浮かべず…ただ淡々とした顔で見下ろしている。

「よもや、何事もなく終わるとは思っていないだろうな。」

太く響く声で、その男が告げた。

前にも後ろにも逃げることが出来ず、那田は壁際に張り付いた。その姿に、青い男…レヴィアタンがにっこりと笑う。

「魔王の花嫁を侮辱することは、魔王そのものを侮辱すること。魔王が許しても従者の僕らが許さない。…だけどね、それだけじゃないよ。」

レヴィアタンの隣にベルゼビュートも並ぶ。人ならざるもの2人の迫力と魔力に圧倒され、那田は言葉を発することなど出来なかった。ただ言葉の意味だけは、聴覚からだけではなく感覚に直接認識させられる。

「僕はチームリーダー、こっちは課長補佐…だ。」

「一尋…三羽…?」

「そ。つまりね、葉月ちゃんは人間の僕らの部下でもあるんだよ。…意味分かる?」

那田の顔が強張った。

「部下に無体を働こうとする他所のチームのリーダーを、放っておくと思うか?」

ベルゼビュートが一歩那田に近づき、その首根っこを掴んで持ち上げた。持ち上がった那田の正面に、レヴィアタンがやってくる。その顔を検分するように、笑みを浮かべたまま瞳を細める。

魔王の花嫁は魔界の花嫁。魔王と花嫁が結ばれる悦びは、魔界に生ける者全ての悦びだ。その花嫁を貶めることを、魔界の魔族が許すはずもない。だが、それだけではない。花嫁でなくとも、魔族のお気に入りの人間が目の前で別の者にいいようにされて、面白いはずがないのだ。

「でも、安心して? ちゃんと人間の流儀で、落とさせてもらうから。」

「ど、ど…どういう意味…。」

「お前のチームから苦情が上がっていてな。…特に、女子社員から。」

ぎくりと那田の身体に緊張が走る。

「それに上層部から現場の人間に打診されている。第3期のリーダーにいい人材はないか…と、な。」

葉月の仕事の邪魔をする那田の存在は、八尾らにとっても、もともと疎ましかったのだ。八尾は、上層部に那田の女子社員に対する「仕事ぶり」を「それとなく」指摘してきた。もともと第3期の失敗のこともあり、さらに人材の要求をしてくる那田の評価は低い。八尾が追い込まなくとも自滅はしただろうが、これは決定的だった。さらに挿げ替えることの出来そうな頭を用意して推薦しておく。早々にリーダーの入れ替えは行われるだろう。八尾の推薦したリーダーになれば、暗に第3期のプロジェクトを八尾の監督下に置くことも出来る。

手短に説明した三羽が、宣告する。

「安心しろ。お前にふさわしい、ポストが用意されるだろう。」

「よかったね。那田リーダー。」

「ひ、きょうだぞ。」

「ん、何が?」

きょとんとレヴィアタンが首をかしげた。だが、その問いに那田が答える前に三羽が低く脅すような声色で言う。

「仕事に私情を持ち込んだ…などとくだらんことを言うなよ、那田。…我らが人間にそれほど優しい生き物だと思うな。」

初めて、く…と三羽が笑った。

「…それに僕らがやらなくったって、あんたはいずれこうなるさ。…さて、そろそろ眠ってもらおうかな。」

鱗の男…レヴィアタンは愛くるしく笑って、ベルゼビュートに持ち上げられている那田の額に指を置く。そうして、ふと、思いついたように瞳を丸くさせた。

「そだ。こういうの、人間界ではなんて言ったんだっけ、ベルゼ。」

「左遷…だ。レヴィ。」

「あ、それそれ。さ・せ・ん。だって。させん、よかったね。」

じゃあ、おやすみ。

そう言って、レヴィアタンが指をパチンと那田の額で弾くと、「ぐ」…と喉から声をこぼして、がくりと那田の首が倒れた。どうやら気を失ったようだ。

「…はい、記憶抹消、と。世話焼けるよね、ルーちゃんも。」

重くなった那田の身体を放るようにベルゼビュートが手を離した。那田はがくりと廊下にうなだれるように倒れこむ。そのうち守衛に見つかるか、自分で起きるかして帰るだろう。病院送りになろうがどうなろうが、2人の知ったことではない。

「それにしても。」

レヴィアタンが資料庫の方にちらりと視線を向ける。

「怒りで本性を剥き出しにしたルーちゃんを、よく止められたもんだよ。」

レヴィアタンの視線につられたように、ベルゼビュートも視線を上げた。

「…さすが、ルチーフェロ様が選ばれた花嫁、というところか。」

「本当に不思議だね人間って。こんな那田みたいなのもいれば、葉月ちゃんみたいなのもいるんだから。」

葉月は魔力が全く無く非力で脆いが、魔族の誰もが持たない能力を持っている。それは魔王に並び立ち、魔王の魔力を受け入れ、魔王に愛されるという力だ。

魔王とは魔界そのものであり、つまりは一界を成すほど存在。本質は魔族だが、その魔族が暮らす魔界そのものである魔王は、通常の魔族とは全く異なる。それは同種の力が2つと並び立つ者の無い、孤独な存在ということだ。その唯一が愛する存在になり得る能力ちから。そのような力があること自体、得がたいことで奇跡的だと思われた。

だが、本当にそうだろうか。

「ルチーフェロ様の怒りの魔力を前にして、怯えもしないで平気で羽や髪に触れることができるとは。」

辺りに満ちた魔力が変わった。
怒りは消え、その代わりに花嫁を欲する情欲に満ちる。

資料庫には結界が張られ、レヴィアタンやベルゼビュートですら立ち入ることの出来ない空間として切り離された。その様子を感じて、レヴィアタンが眩しげな表情を見せる。

「やっぱりルーちゃんは魔王だね。」

「当然だ。…そしてやはり、坂野は魔王様の花嫁なのだろう。」

「…ねえ、どっちだと思う?」

「何が。」

「花嫁の資質があったからルーちゃんが惚れたのかな。それとも、ルーちゃんが心底惚れたから花嫁になったのかな。」

ベルゼビュートが、…今度は邪悪な笑いではなく、笑う。

「賭けるか。」

その提案にレヴィアタンが大げさに肩をすくめた。

「きっと賭けにならないね。」

まるで高校生のように恋に落ちたのは魔王。
そんな主君を邪魔しないように、2人が資料庫に背を向けた。

やがて魔界が満ちる。昂ぶった魔王の魔力と欲望を受け止めて。