aix story

010.login :洞窟

自宅の寝台の上でログイン用のゴーグルを装着し、端末に接続。目の前に現れるのはログイン状態を示す文字と、第3者視点で眺める自分のエクスの世界での身体。

『接続します。』

機械の女性の声が響き、目を閉じたくてたまらなくなってくる。眠るように意識が遠のいていき、暗転するのは一瞬で。

『エクスの世界へようこそ。』

再び声が響いて、瞳を空けるとそこがエクスの世界なのだ。

****

「ヴァーツ?」

瞳を開けた自分を覗き込んでいるのは、ユリアナだった。ログインする場所は最後にログアウトしたときと同じだ。ヴァーツは自分の剣を確かめて周囲を見渡す。前方にセタと頭を振っているルイス。自分の右手にはフウカが心配そうにラズを見上げていた。ラズは瞳を柔らかくして、そんなフウカの頭を撫でている。

周囲の様子を確認しているヴァーツの様子を見て、ホッとしたようにユリアナが頷いた。そんなユリアナの表情に照れたようにそっぽを向く。

「ん、大丈夫だ。みんな、そろってるっぽい?」

「ええ。みなさん、時間通りですね」

同じように視線を周囲に見渡しながら、ユリアナが応える。

「なあ、この奥に何かいるって情報見た?」

「情報?」

誰ともなく聞いたヴァーツの声にセタが振り向いた。

「ああ。ネットに情報が出回っているだろ? この洞窟のボス。世界によって違うんだって」

「へえ、世界によって、ね」

セタが再び前を向いて顎を撫でる。その話の続きを引き取ったのはラズだ。

「倒したら、アイテムがあるんだってね」

「アイテム? ふーん」

フウカが細い手を口元に充てながら、小さく笑う。

「ログインしたばかりで時間はある。充分いけるんじゃないか?」

「ええ、このメンバーだったらきっと大丈夫」

ルイスの言葉にユリアナが頷いた。

別にどんなメンバーであってもいけるはずだ。この世界のエンカウントで苦戦するはずはないのだから。それでも、「充分いける」というルイスの言葉は、これから始まる戦いへみんなの意識を向ける効果があった。

ニヤリと口元を上げてセタが笑う。

「じゃあ、いくか。方針はいつもの通り。ヴァーツ、いいか?」

「了解。ったりめーだろ」

「お前、威勢だけはいいからな」

「うっせーよ」

セタは隣にやってきたヴァーツの頭をぐいぐいと撫で、前方を睨んだ。

「いつもの」というのは、敵にエンカウントした場合の全員の動きだ。基本的には、前衛がヴァーツとセタ。ヴァーツが攻撃を受け止め、セタは手数を入れる。その隙に後方からラズが援護し、敵が固まっていたら一気にルイスの魔法でカタをつける。特殊な攻撃がきたら、ユリアナが魔法で防御。フウカはユリアナと共に安全な位置まで下がり、もし敵に効果的な弱点があればそれを指摘する。

この世界しか知らない6人はどの敵がどの程度のレベルなのかは分からないが、適宜、出会う敵が強くなっていっても、この連携で撃退してきた。今回のボスとやらが、どのような存在かは分からないが、今までと無理に作戦を変える必要はないだろう、ということだった。

「もういくか?」

「おう、やる気だな。ルイス」

「別に、そういうわけじゃない」

「そうか?」

「セタの方が楽しそうだ」

「ああん? この世界の敵は、どれも面白いやつがいないからな?」

ふん…と鼻で笑って、ルイスと共に洞窟の奥を見る。

「早く片付けて、アイテムというのがどのようなものなのか、見てみたいですわね」

ユリアナが首をかしげると、ラズが意外な風に真似をして首をかしげる。

「アイテムが欲しいの?」

「いいえ。でも、皆さんでアイテムを山分け…なんて、楽しそうではありませんか」

「あは、本当だね」

これから戦闘に行くなど嘘のように余裕で楽しげな表情で、笑う。

「さあ、行こうぜ」

「さあ、行きましょう」

ヴァーツとフウカの声が重なり、む…とヴァーツが顔をしかめた。

****

「くっそ、でけぇな!」

洞窟の奥は、巨大な空間が広がっていた。6人がそこにたどり着き、部屋の半ばに足を踏み入れた時、最奥にあった鉄格子が開きその怪物は姿を現した。
5mはあるであろう背の高さの巨体。巨体に見合った大きな顔を髪と髭が覆い、…そして本来、人の顔としてあるべきところに2つの目が無く、鼻筋の上に1つの目があるだけだった。手には自分の背丈ほどの棍棒を持ち、単眼がぎょろぎょろと忙しなく動いて、6人をにらんでいる。

単眼の巨人キュクロプスだ。

オオオオオオオオン!

キュクロプスが咆哮し、棍棒を地面にたたきつけた。その大きさにあっけに取られたのは一瞬。すぐにセタがルイスとラズを下がらせ、ヴァーツが前にでる。ユリアナがフウカを抱き寄せるように、ルイスとラズのさらに後ろに下がった。

「でかいほうが都合がいい。いくぞ」

セタが左手の銃の撃鉄を起こした。

****

でかいほうが都合がいい。

戦闘が始まるとセタの台詞の意味が分かった。ヴァーツとセタの攻撃は巨人の腹部から下でなければ狙えないが、そのため相打ちの危険なく矢と魔法で頭部を狙うことができる。

セタが巨人の右側を陣取り、棍棒を振り上げた脇腹に数発の弾丸を近距離から打ち込んだ音がした。その傷みで棍棒が勢いよくセタの上に降ってくるが、いきりたった大振りの攻撃は掠めることも無く一歩横に動くことでそれを避ける。

右に気を取られた巨人の左足を脛から切り落とさんばかりの勢いで、ヴァーツが剣を振るう。

ガキィ!と音がして、骨で剣が止まった。ヴァーツがやや驚いた瞳を向ける。なるほど、こちらの攻撃のイメージと敵の体力や硬さは必ずしも一致するとは限らないのだ。こちらが足を切り落とす攻撃を行っても、実際にそうなるほどの力がイメージ仕切れていないということがあるようだ。それならば、もっと力をこめたイメージを作るだけのことだ。ヴァーツが途中で止まった剣を抜くと、傷ついたその足が、ヴァーツを蹴り上げようと勢いよく振られる。正面に立っていたヴァーツは直撃を免れないだろうが、身を反転させてギリギリでそれを避けると、巨人の蹴りの軌道に合わせて再び剣を振り下ろした。巨人の蹴りの勢いとヴァーツの剣の勢い、二つのスピードが相まって巨人の力を利用した剣のダメージがいくはず。

だが。

ガッ!

金属の軋む様な音がして、やはりヴァーツの剣の動きが止められた。一瞬動きが止まる。蹴りの勢いの方がヴァーツのこめたイメージの力を上回り、剣を食い込ませたまま巨人の足が付いた虫を振り払うように暴れ始めた。

「ヴァーツ!」

「平気!」

巨人の足のゆれに合わせて、剣を持ったままのヴァーツも揺れる。ヴァーツが巨人の顔を見上げ、その単眼と目があう。銃声と弓を引き絞る音と周辺の空気がひんやりとするのは同時だ。ヴァーツを見ていた瞳ががくんとずれ、3つの攻撃が頭部に打ち込まれたのが知れた。攻撃の勢いで巨人の頭が揺れたのだ。衝撃で暴れていた足が止まり、その隙にヴァーツが剣を足から抜く。

「硬ぇな」

ヴァーツが体勢を整えていると、巨人がぶるぶると頭を振った。3つの攻撃を受けたのにも関わらず、虫が頭に止まったか……というそぶりだ。

「ここはやっぱり目を狙うんだと思うわ!」

「わーってるよ……!」

フウカの声にヴァーツが唇をぬぐった。

「ヴァーツ、俺と一緒に巨人の背中に回って攻撃するぞ」

その意図を全員が把握して、ルイスとラズは巨人の正面に回る。ユリアナがフウカを押さえながら横に回り一団から離れ、ヴァーツとセタが巨人の後ろに回りこみ、動きを合わせた。

セタが数撃を巨人の左足に入れ、銃を構える。ヴァーツが両手で剣を振り抜き、それと同時に銃声が何発か響いた。

さらに、ルイスが杖を引いて周辺の空気が凍り、ラズが冷気の風を追いかけるように矢を放つ。

巨人は足元のバランスを崩し、正面から入れられた頭部への衝撃で後ろにぐらりとよろめいた。

「ヴァーツ、危ない!」

「大丈夫!!」

ユリアナの声が響いたが、セタとヴァーツが倒れてきた巨体に巻き込まれるようなヘマはしない。両脇に、トン……と軽やかに避けて倒れていく巨人の身体越しに視線を交わす。ニヤリとセタが笑って、ヴァーツに顎で合図した。

「お前ヤレよ」

その言葉を受けて、ヴァーツが倒れていく巨人の胸元に乗った。喉元を足で押さえつけ、単眼を見下ろして剣を逆手に持つ。イメージなどはもはや不要だ。

オオオオオオオオオオン!!

自分の胸元に乗った敵を掴もうと、巨人の棍棒を持たない方の手が迫った。だが、その手が届く前にヴァーツが剣を振り下ろす。巨人が断末魔の咆哮を上げ、その衝撃が洞窟の空間を揺らした。聴覚に直接訴えるような妙に不愉快な感覚だ。

「ヴァーツ、こっちへ!」

すでに全員が同じ場所に固まっている。ヴァーツはあっさりと剣から手を離し、叫ぶ巨人の身体を蹴る。伸ばされたユリアナの手を掴むと、全員の輪の中に引っ張り込まれた。途端にびりびりとした空気が収まり、耳に感じた不愉快さが無くなる。恐らくユリアナの魔法だろう。フウカが心配そうにヴァーツを覗き込んだが、一つ頷きを返しただけで、すぐに振り返り結末を見届ける。

巨人の身体は剣の刺さった顔から金色の光をあげて溶けていく。あっという間にその体躯は空気に混ざり、消えた。道端でよくエンカウントするモンスターも、こうしたボスらしきモンスターも消え方は同じだ。先ほどの戦いとは、全く関係のないことをヴァーツは思った。

「いけた?」

フウカがユリアナの背中から、そっと覗き込んだ。

「……みたいですわね」

自分の背中から外を覗くフウカの頭を撫でて、ユリアナが頷く。すでにセタやルイスは全員の輪から外れて、金の光になっていく亡骸を調べているようだ。ヴァーツとラズも身体を起こすと、2人に続いて消えていく金の光を視線で追いかける。

「消え方は他のモンスターと同じなんだな」

ルイスが先ほどヴァーツが思ったことと同じことを口にした。ラズが隣に来た気配を感じてヴァーツも身体を起こす。金色の光がもうすぐ最後のひとかけらとなって消えようか、という直前、カランと高い金属の音がして何かが床に落ちた。しゃがみ込んでいたルイスが身じろぎをして手を伸ばし、それを拾う。周囲の仲間達が集まってきて、一番最初にルイスの手の中を覗き込んだのは、フウカだ。

「鍵?」

ルイスの手のひらの上に、小さな金色の鍵が乗っている。

「なんだろ」

「鍵なんだから、何かを開けるんだろう」

首を捻るラズに、さほど動じていないセタが腕を組んで答えた。何を開けるのか。誰に言われるとも無く全員が、きょろきょろと辺りを見渡したが、いつの間にかその列から離れていたユリアナが声を上げた。

「これ……でしょうか」

ユリアナが仲間の顔と、先ほど巨人が現れた鉄格子の中を見比べる。ヴァーツが視線を向けると、いつの間に合ったのか、そこに古びた木の箱が置いてあった。さっき見たときはあっただろうか。だが、あの時は眼前の敵の大きさに夢中になっていて気がつかなかった。

フウカとヴァーツが駆け寄り、その後をラズが追いかける。ルイスとセタは慌てることなく、ゆっくりとやってきた。フウカとヴァーツが木箱のそばに座る。その背中にルイスの珍しい、楽しげな声が聞こえた。

「誰が開ける?」

ヴァーツとフウカが振り向き、フウカがヴァーツを見てくすくすと笑った。

「一番の功績者が開けたら? 止めを刺したのはヴァーツでしょ?」

「うん。それがいいよ」

フウカの声にラズが同意し、ヴァーツがルイスとセタを見上げた。ニ……と、いつもの不適な笑いを口元に浮かべたセタが肩を竦める。

「別に誰が開けようと一緒だからな」

ヴァーツの手のひらにルイスが鍵を落としてくれた。ヴァーツは自分の手の上の金色の鍵を、ぎゅっと握り締める。

****

カチャリと音を立てて、箱はあっけなく開いた。

箱の大きさの割りに、中に入っているものは大げさなものではない。金銀財宝などでもなく、特別な力を持ったアイテムにも見えなかった。

「懐中時計?」

ヴァーツが懐中時計の鎖を握って持ち上げる。箱の中身を覗きこんでいたユリアナが、何故か意外そうな顔でもう一つのアイテムを手に取った。

「それに、短剣……?」

それは柄に竜の頭の装飾が施され、それとは逆にシンプルな革の鞘に納められた短剣だった。竜の口には丸い綺麗な石が咥えられていて、鱗を模る意匠はノーブルとでも言おうか。誰が見ても見事としか言いようのないものだった。

懐中時計も短剣も6つずつ。赤、青、黄、緑、黒、白。それぞれ6色の輝石が使われており、恐らくセットなのだろう。

「俺たちは6人。準備された宝物も6つ……か。周到だねえ……」

くくっと笑って、セタが青い短剣と時計を取った。

「俺は、青だ」

すぐに興味を失ったようにセタが背を向ける。それを視線で追いかけていたヴァーツが、赤い石が時計盤に使われていた懐中時計とそれと対になる短剣を取る。

「じゃあ、俺は赤。やっぱり勇者は赤じゃね?」

「子どもみたい」

「っせーな。フウカは、どれだよ」

子ども扱いされたヴァーツがムっとしながら顎で残りのアイテムを指す。だが、それに応えたのはルイスだった。

「黒を貰おう」

「え、黒?」

「青はセタに取られたからな」

フードの下の口元を笑みに緩めて、ルイスはラズに向かって肩を竦めてみせた。ラズは意外そうな表情をしたが、軽く頷いてユリアナとフウカを交互に見る。その視線を受けて、ユリアナが白い石のアイテムを手に取った。

「では、私は、白」

「あは、ユリアナっぽい」

聖職者は白。……そんなイメージを口にして、ラズはフウカを見る。フウカは随分大人びた表情で、首を傾げて笑った。

「ラズ、選んでいいわよ」

「そう?……じゃあ、んー……僕は、黄色かな」

「じゃあ、私は緑ね」

ラズが黄色いアイテムを、フウカが緑のアイテムを手に取る。各々手に取ったアイテムを珍しそうに、検分していたが、ふと立ち上がったラズが小さなフウカを見下ろした。

「フウカは、緑でよかったの?」

「うん。草花の色みたいで、綺麗だわ」

「そっか。……ここは、外に出たら緑が多いものね」

「ね」

顔を見合わせて笑い合った。アイテムから最初に興味を失ったのはセタとルイスで、時計を懐に仕舞い短剣を腰のベルトに引っ掛けるように挿すと、周辺の壁を調べ始めている。2人の後姿を見ながら、ラズはあの2人は行動が早くて頼もしいな、などと感心した。こういうときに、最初に動き始めるのはセタだ。罠を見抜き、敵の気配を警戒して、自分ひとりだけではなくて全員が動き出せるような方法を即座に考える。

しかし、ああいう行動はどのような生き方をすると見つかるのだろう。

そう思って、そういえば自分達は互いの現実世界での存在を知らないのだと気付く。当たり前のことだが、それなのにこうして無類の仲間のように行動し、前に進むことができるのは誇らしいようなこそばゆいような、そんな気がした。

「おい、こっちに仕掛けがありそうだ。ラズ!」

「うん?」

「あの位置の仕掛け、矢で狙えるか!?」

顔を向けると、セタとルイスが壁の高い位置を見上げている。目を凝らしてみると、取っ手にロープがかかっていた。あのロープを切れば取っ手が上がる仕組みのようだ。

「任せておいて!」

矢筒から矢を一本取ると、ラズは仕掛けに狙いを定める。

こうして連携されたり、協力し合ったりする1つ1つの場面シーンがとても嬉しかった。