aix story

013.login :街・井戸

「……え?」

1500歩目を踏み出して、ヴァーツはきょとんとした。1600歩を終えた時からなんとなく予感はしていたのだが、まさかピンポイントにこの場所とは思わなかった。ラズはとても嬉しそうで、ルイスは相変わらず表情が見えない。ユリアナが首を傾げる。

「情報によれば、各世界で場所はバラバラのようですね」

「あー、それは俺も見た。けど…」

ヴァーツは頭をガリ…と掻きながら頷いた。ユリアナの言う通り、ヴァーツもそれなりに情報を収集してみたところ、ログイン世界によって地図の最終場所はバラバラだったのだ。だが、ここまではっきりと明確な位置を示した世界は他に無い。

玉座の欠片イベントの地図にしたがって歩き、辿り着いたのは結局街だった。ぐるりと周辺を一周して廻っただけだった。セタもルイスも歩く前から気付いていたようで、セタに至ってはルイスに言われて仕方なく着いてきたような様子だ。その結果のゴール地点が街、その中にある井戸だった。しかも、こんな井戸…先日見たときにあっただろうか。皆一様に首を傾げる。

「こんな井戸、あったっけ?」

その疑問をラズが口にする。ふむ……と小さく唸るようにルイスが腕を組んだ。

「先日までは無かったと思うが……改めて言われると自信は無いな」

「そうだよね」

うんうんとラズが何度も頷く。頷きながら、そっと井戸を覗いた。それにつられて、皆も覗く。きょろきょろと皆を見渡して、ラズが地面から石ころをひとつ取った。それを見て何をしようとしているのか分かったのだろう。全員が何も言わずに顔を起こして、ラズの挙動を見守った。

ラズが石を握った拳を井戸の上にかざして、そっとそれを広げた。

井戸の暗闇の中に吸い込まれていくように石が落ちていく。しばらくして、水音はせずにカチン…と硬質な音が響いた。その音を聞いて、ラズが思わず顔を上げて皆を見渡す。視線を受けてヴァーツが興奮したように言った。

「水が無い? ってことは、これは潜れ……ってことだよな、な!?」

ルイスがセタと顔を見合わせる。ローブの下の唇が僅かに綻んでいて、それを見たセタがやれやれと肩を竦めた。それが合図か、今まで大人しかったフウカが生意気そうに腕を組んでふふんと笑う。

「決まり? 次の冒険は井戸の中ってわけね?」

****

もろもろの準備を含め、井戸に降りるのは次の日のログインを待ってから…ということになった。どうやって下りるか…という手段については、セタがロープを用意してくれた。長めのロープを交互に結んでいく結び方で簡易的なはしごを作ったのだ。俺も俺もとやりたがるヴァーツにも教えてやりながら、はしごを用意する。ルイスは不機嫌そうに、ロープ一本で作ったはしごで井戸の底まで降りられるのかと心配していたが、ともかく下りなければ始まらない。

一番最初にヴァーツが下り、次にラズがびくびくしながら下り、ユリアナが下りた。

3人が下りたあとルイスが慎重に足を掛けて下りていく、その途中。突然、ルイスの持っているロープの手応えが緩くなった。ふわりと足元の空気を押し上げられたように、ロープに掛けてた体重が軽くなったように感じたのは一瞬で、軽くなったのではなく重力に引っ張られたのだった。

ぷつ…という小さな音が響いてロープが切れ、「ルイスっ…!」という珍しいセタの怒鳴り声が聞こえた。

落ちた…と意識したのは一瞬で、すぐに意識を足元に向ける。地面に着いた途端にかくんと膝が折れて、バランスを崩して後ろに尻餅をついた。先に到着していた3人は、井戸の真上から少し外れた通路の方へ避けていたようで慌てて駆け寄って来る気配がした。

だが気配はルイスに近づけなかった。

ガシャン! …と金属音がして、井戸の底とそこから伸びた通路をつなぐ入り口が鉄格子で塞がれたのだ。ルイスが視線をそちらに向けて、「鉄格子…?」と怪訝そうにつぶやく。

冷静なルイスに反して、ラズが焦って鉄格子を掴んだ。

「ルイス!? 大丈夫かい? なにこれ、鉄格子?」

「ああ、大丈夫だ、ラズ」

ラズを落ち着かせるためにルイスが片手を挙げて答える。実際のところ、腰を打ちつけた感はあった。しかし、痛覚のフィードバックを遮断している…という売り文句は嘘では無いらしく、痛みを痛みとして感じてはいないようだ。落下に対して何の対策も取れなかったのは、単にルイスの想像不足なのだろう。恐らく、うまく受け身なりなんなりの行動を取ることができれば、その通り地面で腰を打つなどという事はなかったはずだ。そう思って、ルイスはやれやれと立ち上がる。

足元にはちぎれたロープが渦を巻くように落ちていた。ルイスが上を見上げると、僅かに見える光の端からセタが声を大きく荒げていた。

「おい、ルイス、平気か!?」

「平気だ、セタ。ロープが切れたみたいだな。2人の分はあるか?」

「探してくるから先に行ってろ、…おい、フウカ、ロープ探すぞ」

セタの影が消え、フウカを伴ってどこかへと歩いて行ったようだ。やれやれ…とルイスが頭を振る。

平気そうなルイスの様子にユリアナとラズがほっとした様子をみせ、息をついた。沈黙の続きはヴァーツが負う。ヴァーツは鉄格子を上から下までチェックしながら、ルイスに問いかけた。

「なあ、ルイス、そっちから来れるか?」

「ん、ちょっと待て」

ルイスもまたヴァーツとは逆面から鉄格子を調べてみる。鉄ではなく、もっと軽いアルミに近しい金属か何かのように見えた。こうした井戸の底にあるから、なんとなくレトロな罠と洞窟のようなイメージを持っていたのだが、周囲を見渡して見ると井戸の底も、そこから分岐する道の壁もどこか近代的だ。

各所を調べてみたが、どうやら鉄格子が開きそうな仕掛けはないらしかった。しばらくの間、皆それぞれ罠や仕掛けを探す音だけがひびいていたが、諦めたような空気になる。

ユリアナが鉄格子ごしに、ルイスを覗き込む。

「ルイス、どうですか?」

「分からないな、仕掛けがあるとすればそっち側か?」

「かなり探しましたが……」

「ああ……」

考え込んでいるルイスに、ユリアナが首を傾げる。

「セタ達を待ちますか? それならば、私達は少し進んで開錠できる仕掛けが無いか、調べに行ってみます」

「そうだな。ユリアナ達は先に行っていろ」

ルイスとユリアナの言葉に一同の諦めの空気はいよいよ濃くなり、やがて頷いた。どちらにせよ、このままではセタ達が来ても困ってしまうだろう。それならばセタに引き上げてもらうか、その間に開錠すればセタとフウカを下ろすかの方がいい。

最後まで仕掛けを探っていたラズがやっと諦め、渋々と言った風に口にした。

「じゃあ、…先に行ってるね」

「ああ、いずれセタが来るからこちらはあまり気にするな。もし合流できなければ、酒場に集合ということにしよう。どれほど掛かってもいいから、きっちり行っておいで」

「うん、ありがとう」

気をつけろ…というルイスに、ヴァーツも「まかせとけ」と力強く笑い、ユリアナもどこか心配そうだったが、諦めたようにルイスに背を向けた。