魔王様は案外近くに

010.狂ってしまいそうだ。

「葉月…はづき、お前が…」

葉月が欲しい。

たった今、欲しい。

ルチーフェロの怒りは収まったが昂ぶった気は収まらなかった。自分はずっと葉月に触れていなかったというのに他の男に葉月が触れられた…という苛立ちは、ルチーフェロの本性を露にし、常に無いほどの情欲を湧き上がらせる。

抱きしめた葉月の細い身体が、身動ぎをした。

「か、課長…?」

だが、ルチーフェロのがっしりとした腕は葉月の身体を離さなかった。

「ルチーフェロ…と。」

「ル…チーフェロ…?」

「ああ…。」

その声に応えて、2対の漆黒の羽に葉月の身体が包まれた。ルチーフェロの手の平が葉月の身体を這い、首筋をなぞり、…上を向かされる。

「…か、…ちょ、うっ…んんっ…!」

くちゅ…と音がして、大きく葉月の唇が食まれた。吸い付くような動きで何度も音を立て、やがて、ぬるりと触手の様なルチーフェロの舌が葉月の口腔内に入ってくる。少し厚ぼったくて長いそれが葉月の舌の上を撫で、絡まって裏を返し、ちゅう…と吸い上げた。与えられる感覚に、あっという間に葉月の息が上がってしまう。

はあ…と息を吐いて一度唇を離し、すぐにまた塞がれる。今度は隙間無くぴたりと重なり合い、奥へ奥へと入り込んでくる。優しくはないが丁寧で、強引なくせに繊細な動きで、唇が重なり合っているはずなのに、熱く疼くのは下腹だ。ぎゅ…とルチーフェロの肩を掴むと、腕が背中に回り下半身を押し付けられた。

そこはすでに熱を持っている。少し顔を背けると腕が緩み、見上げると情欲に蕩けそうな瞳がじっと葉月を見つめていた。

「…あの、課長。戻らないと…」

「葉月。」

「あ…」

ルチーフェロの顔が葉月に下りてきて、再び深く探り始めた。とろ…と唇から銀糸が零れる。葉月のくぐもった声と、ルチーフェロの荒くなっていく息が艶かしく重なった。

意識をあっというまに持っていかれそうな口付けだ。

ここは資料庫だと思っても、葉月の身体はまるで言うことを聞かない。それでもルチーフェロを押し退けようとするが、その身体は離れなかった。

ルチーフェロの片方の手が葉月の服をまさぐり、肌を直接撫で上げた。

「…課長、待って…やめっ…あっ…!」

葉月の身体がひっくり返されて、ルチーフェロに背中を向ける格好になった。そのまま葉月の上半身がうつ伏せに、机の上に押し倒される。ルチーフェロが葉月の背中に覆いかぶさり、さらに2人を漆黒の羽が覆った。

真の姿に戻った魔王は、纏う欲望そのものだ。欲望が深ければ深いほど…そして求める快楽が強ければ強いほど、その魔力は誰にも止められない。

「こんなに…濡れている、葉月。」

理性の解け切ったルチーフェロの声が葉月の耳に届いた。片方の手は葉月を逃さないように押さえつけ、もう片方の手が何のためらいも無く下着の中に入る。数度撫で、すでにどろどろに解けているその中に指がずるんと入り込んだ。あまりにたやすく受け入れてしまった自分のその部分に、葉月はいいようのない羞恥を感じる。だが同時に襲う感覚は、確かに悦楽だ。何度もルチーフェロに覚えこまされたものだったが、それはあの時よりももっともっと乱暴で、何倍も葉月を求めていた。

下着を下ろされ、いつの間にか取り出されたルチーフェロの硬い欲望があてがわれる。

「うそ、…課長、ルチーフェロ…やめて、ここ、会社っ…」

「…魔界と思え。」

「や…だっ…! やめてくださ…っ」

「葉月…っ」

「や、いやっ…」

ぬぷんっ…と先端が入り、入った…と思った瞬間、奥まで突き上げられた。その刺激に声を失う。

濡れているとは言ってもそれほど愛撫をしたわけではないそこは、以前とは比べ物にならないほどにきつくルチーフェロを咥えた。堪えきれずにそのまま動くと、粘着質な音を立て始める。つながった箇所を指でなぞると、堪えていた葉月の嬌声が上がった。さらに、ぎゅう…と締まり、葉月の内奥も擦られて、抗う声も甘いものになっていく。ルチーフェロが獣のように後ろから葉月を貫く。肌を打ち合わせる音が響き、それ以上に濡れた音を立てる。

互いの感覚は激しく高まっていった。精一杯の葉月の抵抗など、本気の魔王に叶うはずもない。魔力というものを感じない葉月にすら、情欲そのものの不思議な力がしみ込んでくるのが分かる。自分達を覆っている黒い羽根は天蓋のようで、ルチーフェロの言うとおり、その中は魔界なのかもしれないと思うほどだった。

漆黒の闇の中で、魔王に抱かれている心地がする。捲り上げられた太ももに資料庫の机が触れ、その冷たさだけが奇妙に現実的だった。

「葉月…」

「あ、はあ…」

「葉月、名を…。」

「や、もう、」

「お願いだ、葉月、ああっ…!」

「やっ…ルチーフェロ…っ、熱い、あつ…、」

葉月が名前を呼んだ瞬間、ひときわ大きくルチーフェロが腰を穿った。ぐぐ…と葉月の感じるところを擦り、途端にドクンと脈打って葉月の中に熱い液が放たれる。

「…あ。…は、づき。」

吐いた精はなかなか止まらなかった。中にどくどくと流し込まれる感覚に葉月の身体が震える。精を放ちながら、ルチーフェロは葉月の背を抱いた。だが、この程度でルチーフェロの情欲は収まらない。

ずるんと引き抜いたが、まだ勢いは衰えなかった。

葉月の身体を向かい合わせにすると、一度達してくったりとしている葉月の身体は、たやすく机の上に乗る。そのまま脱げかけていた下着から片方を抜き、足を抱えて開かせると、先ほどルチーフェロが吐いた白濁が零れそうになっているのが見える。

だが、それが零れ落ちる前に再びきつく栓をされた。

「あっ…、もう…っだめ…!」

「だめ、じゃない…くっ…」

我に返った葉月が抵抗したが、下半身がつながれ、手を掴まれて引っ張られると2人の身体は離れなかった。

再び激しい抽送が始まる。

葉月の服はまくれ上がり、そこから見える柔らかな双丘が抽送の度に揺れる。その揺れを押さえつけるようにルチーフェロの身体が近づき、はあ…と荒い吐息をこぼす葉月の唇を塞いだ。再び漆黒の羽の帳が降り、濃密な気配に沈められていく。

「…ルチ、フェロ…も、そんな…あ、あっ…」

葉月が声を上げるたびにルチーフェロの律動が激しくなる。葉月も何も考えられなくなってくる。会社の資料庫という…こんな場所でこんな風に感じるなど、自分の身体はおかしくなってしまったのではないだろうか。達する直前、思考が飛ぶ寸前に、ちらりとそんなことを思う。…すると、口にしたわけでもないのに、呼応するようにルチーフェロの甘い声が葉月の耳元に囁いた。

まるで媚薬か何かのように、魔王の低くて甘い声が葉月に浸み込む。

「お前とこうしていると、狂ってしまいそうだ。」

ぞくん…とその声が葉月を押した。果てようとしていた身体が、さらに追われる。自分の喉からこんな絡みつくような声が出るのかと思うほど、甘い嬌声をルチーフェロに聴かせて達してしまった。そのひくつく中に、魔王も快楽の果てを吐き出す。2度目だというのに収まらない。脈動に合わせて動くと、行き場を失ったそれがこぽりと零れるほどに溢れてくる。

長い時間をかけて葉月の中に吐き出し、ゆっくりと引き抜いた。

「葉月…。」

先ほどの強引さが嘘のように、優しく抱き寄せる。

「部屋、で、…もう一度…。」

「あ…、」

課長…と葉月が呼ぶ前に、硬い机の上ではなく柔らかな寝台の上に身体が沈められた。

****

寝台の上で服を剥がされ、ルチーフェロが葉月の身体に重なった。

葉月を後ろから抱きしめ、腕を回す。2度果てた直後の葉月の身体は自由が効かない。身体だけではない、気持ちすら自由ではなくなってくる。口から零れるのは甘い吐息、そしてルチーフェロの名前だけで、抗うことは考えられなかった。

漆黒の羽が葉月の瞳を優しく覆った。まるで目隠しをされているように何も見えなくなり、触れているルチーフェロの羽と肌だけを感じる。蝙蝠羽の皮膜がざらりと撫で、羽毛が薄布のように身体を這っていく。

その肌触りに心地よさを感じたのも束の間で、片方の足が持ち上げられて再び猛々しいものに身体が貫かれる。

「あ…っ…う」

「葉月。葉月…」

また身体が揺れ始める。 いや…揺れる、などという生やさしいものではなく、がつがつと抉られるような感覚だ。あれだけ感じていたのに、まだ先がある。ルチーフェロが奥に届くたびに波打つような疼きが湧き上がり、それはもう止められなかった。溢れてしまう。何かを言おうと思っても、声は吐息か嬌声になってしまう。ただ、ルチーフェロの名前だけははっきりと声になった。

「…ルチーフェロ…、は、あ、」

「葉月、逃げないで。」

与えられる感覚に思わず引けてしまう葉月の身体を、 自分から離さないように必死で抱きしめてしまう。重なるように密着した2人の間には空気も入らない。

こうして動かしていると時折、鈴の鳴るような啼き声に混じって自分の名前が聞こえ、ルチーフェロの抽動にあわせる様に中が締まった。意図的にではないのだろうが、そのようなことをされては魔王も理性を保っていられない。耳から聞こえる声も、熱い吐息も、触れ合っている肌も、繋がっている締め付けも、内奥の脈動も、全て欲しくて、足りなかった。

繋がっている箇所のすぐ上の、ぷくりと膨れた花芯を指で触れる。途端に葉月の身体が声もなくびくんと逸れて、軽く達してしまったことを知る。ふつりと内側が柔らかく解れ、すぐにきゅうと締まる。

ああ、これは。

ルチーフェロの動きが尚一層激しくなった。葉月の身体がまた高みに連れて行かれる。登らされるのに、堕ちていくような感覚だった。

「や…、またっ…」

「葉月、俺、も…」

「も、うっ…」

「っ…く、おいで…葉月…俺と。」

一緒に、声を聞かせて。
達するところを見せて。

ルチーフェロの背にもぞくりと何かが走る。欲望を解放するように幾度も動くと、それは同時に葉月を追い詰めた。襲う愉悦に震える葉月を抱きしめて、そのなかに魔王の白濁を吐き出して、2人は幾度目かの果てを知る。