aix story

023.login :発見・交錯

「すげー発見したかも、俺!」

ヴァーツはログイン早々、ルイスに駆け寄って懐中時計を持ち上げて見せた。ルイスが何かを言う前に、ヴァーツは懐中時計の上のボタンと下のくぼみを同時に押してみせる。その行動にルイスが目を見張っていると、カパリとそこが開いた。

「あ、れ?」

そこには何も入っていない。

しかし、今度はルイスがヴァーツに促される前に懐中時計を開けてみせた。ヴァーツが目を見張る番だった。

この開け方はコーチョーがあの時教えてくれたものだ。向こうの懐中時計とこちらのアイテム、……つながるとは思えなかったが造作がどうしても似ていて、それで気になって触って居たという経緯があった。自分だけがこの開け方を知っていると思っていたのに、ルイスも同じタイミングで知っている……というのは偶然だろうか。

「……え、ルイス、開け方知ってんの?」

「コーチョーが……」

開けたルイス自身も驚いている。

「え?」

「開けてみせてくれて……」

ルイスとヴァーツが顔を見合わせた。「まさか、君は」とルイスが声を落とす。同時に「あんた、もしかして」……とヴァーツが答える。だが、すぐにルイスが人差し指を唇に当てた。小さく首を振って、口を閉ざす。その様子にヴァーツも頷いた。

互いの正体を明かさずに、時計に視線を戻す。

裏蓋の開いたそこには、小さく折り畳まれた紙が入っていた。

「セタ……?」

これはセタのくれた懐中時計だ。ルイスが紙を取り出して広げると、それは古い写真のようだった。男の子が2人と女の子が1人。1人はフウカにそっくりで、男の子の内大きな子の方はどことなくセタに似ている。3人は兄弟なのだろうか。その疑問は、首を傾げたヴァーツが口にした。

「これ、兄弟? フウカと、セタと……もう1人は……」

「弟、か」

ということは、フウカ、ショウ、そしてもう1人、2人には弟がいるということになる。この弟は生きているのだろうか。生きているとしたら、接触することができる。上手く行けば、フウカとショウの話を聞き出すことも出来るかも知れないし、ラズにつながる情報も得られるかもしれない。

「ヴァーツ……これはコーチョーから聞いた話だけど、フウカにはショウ……という兄がいる」

「ショウ? セタじゃなくて?」

「ああ。ショウとセタの関係は分からないけど……とにかく、兄がいて、フウカがいて、2人は亡くなっているそうだ」

「え?」

「詳しくは、また後で話そう。ともかく、2人には会えないけれど……」

「あ! ……弟なら、もしかしたら」

「そう」

フウカ・ダルトワとショウ・ダルトワには会えないが、この弟にはすぐに辿り着けるだろう。何しろ、ルイスとヴァーツには共通の知人があり、互いにどこに行けば会えるのかが既に分かっている。

「なあ、俺達……ログアウトしても」

会えるんじゃないか? という言葉をヴァーツは飲み込んだが、ルイスは聞こえたように頷いた。

「ああ」

「これって……すごいことじゃね?」

「私もそう思う……今日はもうログアウトしたほうが」

「はあ? バカじゃないの?」

唐突に、2人の会話を少女の声がさえぎる。ルイスとヴァーツが身構えて振り向くと、そこには辛らつな言葉とは裏腹に、愛らしく笑っている黒いワンピースを着たフウカがいた。

****

「その写真、私がセタにあげようと思ってたのになんであんたが持ってるの。死ねばいいのに」

ルイスが時計と写真を懐に入れるのを見て笑顔は一瞬の内に消え去り、憎悪を込めた顔でフウカは2人を睨み付けた。どうやらセタの懐中時計に写真を入れたのは、フウカだったようだ。しかしその反応を見ると、写真はセタの目に止まる前にルイスとヴァーツが手に取ったようだ。

しかし再びフウカが泰然と笑みを浮かべ、挑むような視線を向ける。

「さあて、2人とも。ログアウト出来るって思ってるの? バカじゃない?」

「フウカ…てめえ…」

「あら、てめえだなんて。怖いわヴァーツ」

「…ログアウトできないというのはどういう意味だ、フウカ、あなたの目的は…」

「うるさいわね、このあばずれが。殺すわよ」

フウカはヴァーツに対しては恐ろしく甘い猫撫で声で答えたのに、ルイスに対してはその言葉を最後まで聞くことなく、低い声でぴしゃりと遮った。

黒いドレスのフウカに初めて見えたヴァーツは、自分に掛けられた言葉よりもルイスを罵ったその言葉の激しさに信じられないものを見たような顔になった。顔は愛らしい少女のまま、汚い言葉を発するフウカの姿は、自分達の知っているフウカとは全く異なった。セタやルイスが言っていたように、全くの別人としか考えられない。

フウカの言葉に沈黙したルイスを見て、あざけるように笑う。

「まだ死んでなかったとか、しぶといわね。せっかくこっちの世界で殺してあげようって思ってたのに」

「こっちの世界?」

「そうよ、死にたいんでしょ、あなた」

フードの中で、ルイスが僅かに息を飲んだのが分かった。「死にたい?」とヴァーツが言葉を反芻して、隣に並んだ魔導師のフードの中を見上げる。しかしルイスはあくまでも冷静に、ふ…と息を付いただけだ。

「フウカ、あなたの目的は、何?」

「教えて欲しい?」

まるでとっておきの秘密を隠し持つ子供のような愛らしさだ。だが、瞳だけは老いた魔女のような滑稽な輝きを放っていた。

「私の、ね、フィードバック先なの、あの子」

「あの、子?」

「誰だよ…あの子って」

「ラズ」

ラズ…? それが意味する事は2つある。セタが言っていた、ルイスと仲間を引き離そうとしていた人間がいるのだ……と。その裏切り者の正体が、たった今知れる。

「……ユリアナは」

「ああ、あのバカな女? あれはこっちの人間よ、最初から。気づかなかった? あんた達もおんなじ位バカってことね」

「てめえ……」

いちいち嫌な言い方をするフウカに、気の短いヴァーツがぎり…と奥歯を噛み締める。思わず腰の剣に手をやり、カチリと音を立てて刃を出した。ルイスも杖を引き寄せてフウカに対峙する。相変わらず少ない情報だったが、様々な可能性が飛び込んできた。

フウカのフィードバック先だというラズ。裏切ったのはユリアナ。

だとすれば、助けるべきはラズだ。

「つまり、ラズに、フウカがフィードバックする……ということ?」

「そんなこと、出来るはずが無いだろう!」

「それがねヴァーツ、出来るの。……今は、少し無理だけどね」

フウカが一歩踏み出し、2人と1人の間に緊張が走る。同時にカツン…と背後から気配と音がした。カチャリと聞き覚えのある操作音に振り向くと、そこには銃口をこちらに向けているセタがいる。

「セタ……!」

ルイスの焦ったような声に、ぎらついたセタの瞳が揺らいだ。その瞳はあの時と同じように、破壊と理性との間をゆらゆらと揺らめいているようだ。眉間に皺を深く刻み、汗が滲んでいるのが分かる。

「まだ再現率は低いから、あんたたちを殺すくらいにしか使えないけどね? …ねえ、ラズの身体を貰うには、こうするしかないの」

「どういう、意味だよ」

ヴァーツの疑問に黒いワンピースを着たフウカが、可愛らしく首を傾げた。人差し指を頬に当て、唇を少し尖らせる。その仕草は以前のフウカにそっくりで全く違っている。天使のように可愛いのに、醜悪で、凶悪だ。

「信頼してる仲間達が殺しあう姿を見たら、絶望すると思わない?」

今はなんとか身体を明け渡さないと生きることに執着しているけれど、もうラズを助けてくれる仲間も誰もいないのだと知ったら、どういう反応を見せるだろう。しかし、ルイスは首を振った。

「そんなこと、普通じゃない。怖い思いをすればすぐにだって現実の世界に戻りたいと思うはずでしょう」

思わず言葉遣いがファルネに戻った。しかし、そうしたルイスの反論も、フウカは小馬鹿にしたように鼻でせせら笑った。

「死にたいあなたが偉そうに」

死にたいあなた……という言葉にルイスが再び沈黙して、実に楽しそうにフウカは笑って続けた。ラズに隙が出来るか、一瞬でも絶望すればそれで大丈夫なのとフウカは言う。その一瞬の絶望を引き出すために貴方たちの殺し合いが見たいのだと。

だから2人のログインを止めず、セタをここに連れてきた。

今までの冒険で、ラズを見捨てることは2人には出来ない。特にヴァーツはなおさらだ。そこに裏切り者のセタとユリアナの登場だ。さぞラズはびっくりするだろう。だって今まで、あんなに冒険が楽しかったのだから。

「とりあえず、試してみましょう。ねえ? セタ?」

フウカは再び猫なで声に戻って、セタに教える。

「セタァ、言い事教えてあげるわ。貴方の大事なルイスの情報。……ねえ、ルイスはね……大好きなだーいすきな家族が、目の前で車にぐっちゃぐちゃに潰されて死んじゃったんですって!」

フウカのからかうような声を背に、ルイスがセタを見る。…セタはフウカの言葉を聞いているようだ。歯を食いしばったまま、銃口を真っ直ぐこちらに向けている。

「つまりね、置いてかれちゃったの、家族に。かわいそう! 優秀な弟さんだったのに。あ、弟さん、ルイスって言うんでしょう? 死んだ弟の名前を使うなんて、感傷に浸りすぎててバッカみたい。いつまでもいつまでも、死んだ家族のことを思ってる、かわいそうな人なのねえ」

「フ、ウカ、黙れ」

セタの眉間の皺が一層深くなり、苛立ったように口を開いた。しかし、破壊衝動には抗えず、歩きながらキシ…と撃鉄を起こす指の動きが見える。

ルイスの眼前に、セタが迫った。ルイスは動けない。

「あら、ねえ、セタ、もしかしてルイスのこと好きなの? あはは。なら、置いてけぼりはかわいそうよね? 望み通り、殺してあげて」

「セタ……」

「く、そ、避けろよ、ルイス」

銃は発砲されなかった。その代わり、ヒュ…と風を切って、銃がルイスの顔を殴りつけるように下ろされる。ガ…! と鈍い音がして、ルイスの顔が下を向く。殴られた米神から血が落ちて、慌ててヴァーツがルイスにすがりつく

「なんで避けねえんだよ、なあ、ルイス! …セタ、お前も、なんで」

「あら、殴りあい? 女の子の顔を? それもいいわねえ。あ、あのね、ほっぺたの傷も事故の時に出来たんですって。隠すために俯いて、ファルネちゃん。…ほんっとに、陰気な女」

陰気な女。

「名前、ファルネ……?」

「セ、タ」

ぽつりとセタに呼ばれてルイスが顔を上げ、ぐらぐらと揺れるセタの瞳を見据える。そこに映る弱りかけた色を見て、ルイスはハッとする。たった今、セタは……正常だ。ルイスは体制を整えて、杖を構えた。迷い無い風にセタと向き合い、ヴァーツを庇うように押しやる。

「ヴァーツ、下がって」

「おい、ルイス……」

「ログアウト、しよう」

「え?」

「ログアウト、コマンド、を」

一瞬だけヴァーツを見て、ルイスがこくりと頷いた。ルイスの考えは分からないものの、ヴァーツも「分かった」と頷き返す。

ログアウトのコマンドは入力してから、20秒の待機時間がある。その間、この場を……フウカに邪魔されないように、持たせなければ。

「ログアウト、開始」

2人の声が揃って、同時にセタの銃口が重い音を響かせた。ギリギリのところでそれをかわすと、ルイスのローブの端が銃弾で擦り切れる。近い距離は触れられるほどで、ルイスは半身を捻ってセタの手を避けながら、自分の手を伸ばす。

ひやりと空気が冷えた。

ピシ…と氷にひびが入るような音がして、触れるか触れないかの距離に伸ばされたルイスの指先から、セタの銃を持った方の腕が凍りつく。セタはすぐさま銃を持っていないほうの手を腰にやると、大きなバトルナイフを抜いた。

「ファルネ ……あと、少しだ」

セタが苦しげにルイスの…本当の名前を呼ぶ。触れてもいないのに、まるで好いた女を抱いて離さない男のように、必死の声のように思えた。

ルイスの杖がセタのナイフを受け止め、そのままガリガリと擦過音を響かせながら滑らせた。受け止めた反動で壁と杖の間にルイスが挟まれるが、セタの身体に蹴りをいれようと足を持ち上げると、セタが一歩離れてルイスと距離を取る。

そこにヴァーツが剣を抜きざまに一閃する。

金属同士がぶつかる音がして、一瞬火花が浮かぶ。セタの銃が脇腹の辺りでヴァーツの剣を受け止め、すぐさま弾き返される。弾き返しざま、カチリと音がしてすぐに銃声が聞こえた。狙いの甘いそれはヴァーツの足元で弾ける。まるで戦闘訓練のようだ。……セタが本気を出していない証拠だとはっきり分かる。セタは2人をログアウトさせようと、時間を稼いでくれているのだ。

「何ぬるいことやってんのよ、セタ! そんな女の名前呼ばないで!」

「うるせえ、フウカ! 黙っとけよ!」

「はあ? ヴァーツ、あんた何そんなこと言ってんの? 親に捨てられたガキのクセに!」

「んだと…!」

ヴァーツの眼が見たこと無いほど憎しみにきらめいて、セタに向けていた剣を、背後のフウカに向けた。そのまま躊躇うことなく地面を蹴って、フウカに向かって振上げる。

途端に、ドン!…と銃声が響いて、ヴァーツの身体がよろめくが、その銃弾はむしろフウカを掠めた。フウカがセタをにらむと、セタの腕に噛み付くようにルイスがしがみついている。

ヴァーツの剣の切っ先が、フウカの喉元を捉えた。

セタはルイスにしがみつかれ、自由が利かなくなっている。

「……ヴァーツ!」

セタを押さえているルイスがヴァーツを促したが、ヴァーツは最後の一閃を振り下ろす事が出来なかった。その剣が触れる瞬間に、ふう……とフウカの表情が変わったのだ。泣きそうな、顔だった。

「……ヴァーツたすけて」

「……!!」

その顔にぎょっとして、ヴァーツが躊躇う。

躊躇った瞬間、ニィ…とフウカが笑った。

「バカなガキ。アンリ。……あんたがバカだったから、あんたの親はあんたよりゲームを選んだんじゃない?」

せせら笑ったフウカの言葉と同時に、ログアウトが完了されたというアナウンスが流れる。

『ログアウト、完了します』

セタの腕からはルイスが、フウカの上からはヴァーツが、消えた。