「サティ、変ではなかった。とても似合っている。だから出てきてくれ」
「サティさん、ピウニー卿もこう言っていることですし、思い切って出てきてみては?」
「サティ、一応お前らの祝いの席だろう。出てきたらどうだ」
「サティ殿、……うぐっ、その、大丈夫、大丈夫ですから」
布の掛かったテーブルの下を、3人の騎士が交互に眺めながら声を掛けている。布の向こうにちらりと見える大きな瞳は瞳孔全開で、警戒心一杯に動いていた。その手前には、騎士の正装をしたネズミがちらちらと中を覗いている。
「……サティ、よく似合っている。本当だ」
ネズミの言葉に、ズボー!と猫がテーブルの下から頭を出した。セピア色の毛皮の上には、白い花とみずみずしい緑の葉が彩ったヴェールがちょこんと乗せられている。猫は、ネズミの騎士が身に着けているマントに牙を立てて噛み付くと、そのままずるっと布の中に引っ張り込んだ。布の中からなにやら声が聞こえてくる。
「サティ! 変ではないというのに」
「いや……でも、さっき鏡見たけど変だった」
今、サティとピウニー卿は猫とネズミの姿で……理の賢者の奥方から贈られた衣装に身を包んでいた。ピウニー卿の服はサティが着せ、サティの服はセシルに手伝ってもらったのだ。そして、部屋から出る途中、鏡で自分の姿を見たサティは、凄い勢いでテーブルの下に隠れてしまった。どうやら、思っていたよりもずっとずっと……、自分の姿に驚愕したらしい。
ピウニー卿(ネズミ)は普段2本足で歩いているし、前足で剣を持っているから、(サティから見れば)騎士の服も違和感が無かったが、そもそも、4本足で歩く猫がドレスを着ている……ということ自体が、なんというか、サティにとって衝撃的な姿だったのだ。
「いや、これはおかしいって。そもそも4本足だし……」
「ならば、2本足で立ってみれば……」
「……」
「……っ!!」
「ピウ、今笑った! 笑ったでしょう! もう、やっぱり変なんじゃない!」
テーブルの下からなにやら声が聞こえてくる。ラディゲが額に手をあてて激しくため息をついた。そもそも、ネズミの姿でどうやって笑った……とサティは分かったのだろうか。
「おいヴェルレーン、毎度毎度何なんだこの夫婦漫才は……」
「僕は知りませんよもう。夫婦なんだから仕方がないんじゃないですか」
プリムベルに専用の護符を作ってもらったヴェルレーンは、今日はくしゃみをしていない。そのヴェルレーンとラディゲが半ば諦め気味に話していたが、パヴェニーアは諦め切れなかった。何を……もちろん、兄と兄の妻サティの(猫とネズミの)正装姿だ。あんなに似合いの2人はいない。今まで見た中で一番愛くるしい生き物だった。なぜ隠れてしまうのだろうか。もったいない。泣きそうだ。
「兄上……サティ殿、お願いですから出てきてください。折角の愛らしい姿を見せて……」
パヴェニーアが余り功を成しそうにない説得を真剣にし始めたが、後ろから様子を見ていたプリムベルがあっさりと2人を引き出した。
「サティ、ドレスが汚れたらお母様が」
「おおおおおう!」
変な声はピウニー卿のものだ。ずささささーーーーー!と猫が布の中から飛び出した。口には騎士姿のネズミを咥えている。そのまま、トントンとテーブルの上に昇ってネズミを落とすと、花瓶の裏に隠れてこそこそとし始めた。あれは何の真似だろうか。そんなことをされても、新手の可愛さアピールとしか思えない。
花瓶の裏からドレスがはみ出ていて、サティは残念ながら全く隠れていない。
「あの、サティ……とっても可愛らしくってよ?」
プリムベルが遠慮がちに花瓶の後ろに声を掛ける。
「……変?」
ちら……と、グリーンの大きな瞳がこちらを伺った。
「いや……変っていうか……」
プリムベルがつい口ごもると、ピャッ……!と花瓶の裏に隠れてしまった。
****
時間はほんの少しさかのぼる。
式の場にはささやかながら、季節の花々で飾った飾り台があるのだが、その一角に、しんがぷーらのぬいぐるみとはむすたーのぬいぐるみが置かれていた。そのぬいぐるみを前に、パヴェニーアとセシルの2人がやや興奮気味に話し合っている。
仲良く並んで置かれているそのぬいぐるみは、なぜだかサイズぴったりのウェディングドレスと精巧な騎士服を着ていた。もちろん、どちらがどちら……などは言わずと知れている。
理の賢者の奥方からの贈り物が、このような形で生かされるとは。
もちろん、パヴェニーアは、本当は2人に猫とネズミの姿になって着て欲しかった。あのつんと澄ましたまん丸のグリーンの瞳と柔らかな毛皮、金色のふかふかの繊細な身体にぴくぴくと動くネズミの口元。あの2匹……いやちがった、あの2人があの姿でこのドレスと騎士服を着て動いたら……。そして、ネズミの短い前足で猫の頭をもちょもちょと撫でたりしたら。あまつさえ、口元ぺろりなどをして愛を誓い合ったりなんかしたら!
ああ……あまりの絵面に動悸が。
「うぐう……これはこれで愛くるしいが、なんという生殺し感……!」
「やはりあなたもそう思いますわよね」
セシルがほう……と溜息をついた。そんなセシルの肩を抱き寄せながらパヴェニーアも、ううむ……と唸る。
だが仕方がない。ここは2人の祝いの席なのだ。2匹……ではない、2人に無理矢理着せるなど。そもそも、このぬいぐるみにこの衣装を着せることができただけでも、奇跡に近い。セシルがサティに「折角の贈り物なのですから」とお願いしたら、それくらいなら……と、許可が得られたのだ。
ちなみにこのぬいぐるみを初めて見たとき、兄は驚愕の顔をしていたが、サティはいたく気に入っていた。はむすたーの方をお土産に欲しい……!と言って、ピウニー卿に渋い顔をさせていたのが微笑ましい。
それにしても、この2人……ではなくて、この2つのぬいぐるみが何かしら衣装を着ると驚きの愛らしさ。これはアレだな。あのぬいぐるみ屋に申し付けて、このような衣装があるかどうかを確認してみなければ……。ぬいぐるみに衣装……なるほど。
「そうか……この手があったか」
「何がだ」
「おうふ!」
パヴェニーアが物思いという名の妄想に耽っていると、急に背後から声を掛けられた。ある意味、父や母よりも恐ろしいその低い声は、他ならぬピウニー卿だ。ぎぎぎ……と振り向くと、綺麗なドレスを着たサティを伴った、正装の兄が居た。似合いの2人だ。
「いえ。その」
「サティさん、ああ、本当に髪の飾りと合わせるとなおさら、ぴったりでしたわね。よかった。お義兄様と並ぶととてもお似合いですわ」
ナイスフォロー。さすが妻。褒められたサティが頬を染めて、「本当ですか?ありがとうございます」などと言っている。そんなサティをとても愛しげに見下ろして、ピウニー卿はサティの細い腰に手を回した。気が逸れたようだ。
「何が『この手』なのだ」
逸れていなかった。
「い、いえ……その、」
兄とその妻(がネズミと猫になったとき)そっくりのぬいぐるみにあらゆる衣装を着せてみたい、などという願望を打ち明けることができる弟がいるだろうか。いやいない。パヴェニーアはセシルをちらりと伺ってみたが、今はサティと談笑していて、救いの手は期待できそうになかった。
ただでさえ、騎士服を着たネズミのぬいぐるみを見たときの、兄の表情の固まり具合と言ったらなかった。ただし、猫のぬいぐるみを見た瞬間は頬が緩まったのを、パヴェニーアは見逃さなかったが。
ピウニー卿はパヴェニーアに迫る。
「どうなのだ」
「あら、この衣装」
相変わらず逆らえない兄の威圧感にパヴェニーアが圧されていると、思いがけない方向から助け舟が入った。
****
「この衣装……お母様の贈り物ですわね」
「プリムベル!」
「プリムベル殿」
ピウニー卿とサティがプリムベルの方を振り返った。パヴェニーアとセシルも数度、会ったことがある。理の賢者の娘であり弟子の女性だ。はむすたーとしんがぷーらのぬいぐるみを覗き込むようにやってきた。パヴェニーアとセシルは、プリムベルにぬいぐるみがよく見えるように身体を寄せた。
今日はプリムベルも着飾っている。シンプルだが、裾に向けて徐々に色が濃くなっていくグラデーションが、青褐色の髪の色を少し薄くしたようで神秘的だ。いつもは全くそんなことが無いのに、近寄り難い不思議な雰囲気を放っている。だが、縁のはっきりした眼鏡が、彼女の姿を現実味のあるものにしていた。隣にはヴェルレーンが並んでいる。
そのプリムベルは、眼鏡を直しながらサティに向かって真顔で言い放った。
「サティ」
「な、何」
「着ていま……せんの?」
深刻そうな声だ。その重い声に、サティはたじろぐ。
「いや、だっていくらなんでもそれは恥ずかし」
「私もそう思いますけれど」
「思うんですか」
思わず突っ込んだのはヴェルレーンだった。彼は着飾ったプリムベルを見たときにいつもの調子で「お綺麗です!」……とは褒めずにただ頬を染め、妙に厳粛な面持ちで彼女をエスコートして、プリムベルを胡散臭げな顔にさせていた。今は、いつもの軽薄な感じに戻っていて、サティから剣の賢者まで、会場を埋める美しい花々を見ては溜息を零している。
ヴェルレーンの突っ込みに、プリムベルは眉をひそめた。
「そりゃ思いますけれど」
「けれど?」
言葉を濁すプリムベルにヴェルレーンは首をかしげる。「何か不味いんですか?」「……そりゃ、不味いなんてものでは……」不穏なプリムベルの言葉に今度はヴェルレーンが眉をひそめる。ヴェルレーンの表情は無視して、プリムベルはサティにもう一度問いかけた。
「ねえ、まさか本当に着ませんの?」
「いや……その……」
「お母様の贈り物ですのよ?」
脅しではなく、心底心配しているようだ。心配している……というよりも、何かに怯えているような2人の雰囲気である。
「それに……私、念を押されましたのよ」
「何を……」
プリムベルは一層声を低くした。
「『サティとピウニー卿がアレを着たら、さぞ可愛いでしょうね。そう思うわよね、プリムベル』……って……」
「ああ……」
「それに、お父様の贈ったドレスは着るのにお母様の衣装は着ない……となるのは……」
「あああ……」
サティがくらりと額を押さえてふらついた。「さ、サティ?」がっしとピウニー卿がサティの肩を支える。そんなサティをプリムベルが追撃した。
「サティ……今後の私達のためにも、着ておいたほうがよいと思いますわ……」
プリムベルとピウニー卿に支えられたサティが、神妙な顔になってぬいぐるみを見下ろした。会話の意味は、全員に分からない。だが、伝わる雰囲気に少しばかり嫌な予感がしたピウニー卿がサティから身体を離し、一歩、後ろに下がった。そのピウニー卿の腕をサティはがっしと掴む。
「ピウニー」
「おいまて」
「うん、分かる」
「いやしかし」
「だってやっぱり奥方の贈り物は……」
放置はできない。
ぬいぐるみだけでは……。
意を決してサティはプリムベルに頷いた。プリムベルもサティに頷く。サティは新しい自分の夫に視線を移した。その視線を受けて、ピウニー卿がますます後ろに下がる。
「待て、まてまてまてまて……いくらなんでも、そんな恥ずかしい真似は!」
「同じ恥ずかしい思いをするなら2人一緒の方がいいでしょう!」
「俺の手が必要か」
「ラディゲ、ちょっと待て、お前まで!」
いつのまにか、ピウニー卿の後ろにラディゲが立っている。黒翼騎士の正装に身を包んだ彼はピウニー卿の肩を掴み、力強く頷いた。ラディゲに動きを止められたピウニー卿に、ほとんど零距離まで詰めたサティが上目遣いで迫る。
「ねえ、お願いピウニーア? 私も一緒に着るから」
「なっ、唐突に名前を呼ぶな!……いや。だが、そのためには今着ている衣装も脱がなければならないだろうが!」
だが、ラディゲがぽんぽん……とピウニー卿を励ますようにその肩を叩いた。
「大丈夫だピウニーア。結婚の席には、お色直し……という言葉があってな」
「うぐ……」
「それに……」
冷静な面持ちでラディゲが、ふ……と微笑した。この男が笑うと、ヴェルレーンとは別種の怜悧な色気が漂う。
「お前も見たいだろう」
「な、何を……」
「猫のドレス姿を」
ぴたりと動きの止まったピウニー卿の腕を、ラディゲはがっしと掴む。
「決まったな」
「ピウの着替えは私が手伝ってあげるから」
「サティ、おま、何でそんなに楽しそうなんだ……!」
「よし行くか。ヴェルレーン、そっちを押さえろ」
「あーあ……失礼しますよ。ピウニー卿……」
「待て離せ、ラディゲ……! お前何の恨みが……」
「人聞きの悪い。友人の結婚を祝うために来たというのに」
「うわー、ラディゲさん。棒読み……」
「サティさん、扉の外に待機しておりますから、ヴェールを着けるのが難しかったら私を呼んでくださいませね」
「ありがとうございます、セシルさん」
「セシル……!私も……」
「お前はダメだパヴェニーア!」
「ええええええ」
「ラディゲ、ヴェルレーン!おい、自分で歩ける、歩けるから、離せ!」
ピウニー卿の声が遠ざかっていく。
「ああ……よかった。これでお母様もお喜びになりますわ」
プリムベルはほっと胸を撫で下ろした。
****
「おや?どうした、サティらの姿が見えないようだが」
姿の見えなくなったサティとピウニー卿に、剣と杖の賢者夫妻と談笑していたフォルディアスとラフィニーアは首をかしげた。ジョシュと側に控えていたアンヘル、ペルセニーアも顔を見合わせ、ピウニー卿の同僚の騎士達が集まっている側へと歩み寄る。
そこには大きな花瓶と、その裏からはみ出た白いドレスの裾の側で、一生懸命前足を伸ばしている騎士の正装に身を包んだ小さな金色のネズミが居た。
「……ピウニーア?」
「ち、父上、母上……!」
「ある程度パヴェニーアに聞いてはいたが、すごい破壊力だな」
「何がですか!」
フォルディアスが初めてみる生き物を見るかのような表情でまじまじと見つめて、やがて気を取り直したように大きく頷いた。なぜか爽やかな青い空を眩しげに見上げたような瞳だ。
「いや……息子よ、大丈夫だ」
「だから何がですか」
「おまえがいかなる姿になろうとも、私達の息子であることには変わらないぞ!」
「もっともらしく言わないで下さい!」
ピウニー卿が前足を組んで、こげ茶色の瞳をきりっ……と釣り上げている。その姿を見て、ラフィニーアが口元に手を当てる。
「うふっ……ピウニーア……ネズミなのに正装って……」
「母上……」
「いや……悪気はないの悪気はないのよ。ごめんなさい、ピウニーア。その、想像以上に可愛らしく……っ」
「ラフィニーア……曲がりなりにも自分の息子だろうよ」
「だって、剣まで小さくなって……さすがは剣の賢者殿って……クフッ」
ラフィニーアが肩を震わせて噴出した。剣の賢者はラフィニーアを呆れたように見ながらも、そっとピウニー卿を見て、「ああ、いや、すごくほら、分かってたけど、可愛いね」などとフォローになっていないフォローを口にしている。
だが、思わず噴出してしまうラフィニーアの気持ちも分からなくは無い。面白いからではなく、あまりの可愛さに頬が緩むのだ。
黒を基調とした騎士の式典用の正装 (ネズミ)は、オリアーブ国王親衛隊の正式なものとまるで同じデザインである。マントがちょこんとはためき、胸元や肩口にはよくよく見なければそれと分からないほどの金糸の飾り紐。腰にはマハの剣を下げ、なんとも勇ましい。ちらちらと服の裾から覗く四肢は小さく、頭は当然ネズミ……金色の細やかな毛皮に埋まるこげ茶色の潤んだ瞳に、ぴくぴく動く髭に口元。これが動いているなど、何かの陰謀としか思えない。
さらに、その後ろ……花瓶の背からそっとセピア色の毛皮の猫が顔を覗かせた。
「まあ……サティさん!」
ラフィニーアとフォルディアスの瞳が輝いた。
サティの場合は(四本足で歩いている格好のため)ピウニー卿とは別種の、なんとも表現し難い雰囲気がある。セピア色の小さな身体にたっぷりの布地が幾重にも重ねられ、裾からは美しいレースを覗かせている。袖にもふわふわとレースが纏わりついている状態で、お座りの格好をしている。その格好でちらちらとこちらを伺っている瞳は、猫特有の少しばかり生意気そうな、そのくせ臆病そうな動きだ。これはピウニー卿ではなくてもニヤけてしまうだろう。
正装のピウニー卿 (ネズミ)とドレスのサティ(猫)は、なんともお似合いであった。眺めていると、こちらの顔が赤くなってしまうほどだ。
硬派なラディゲと杖の賢者ですら視線をすっと外し、いつも軽薄そうなヴェルレーンも頬をゆるめないように気を遣っている。プリムベルは満足そうに頷いていた。セシルとパヴェニーアはもちろん、手を取り合ってうっとりと眺めている。剣の賢者はにんまりと遠慮なく笑みを浮かべ、ラフィニーアとフォルディアスはさすがというべきか、微笑ましい息子と息子の嫁を見る目つきに戻っていた。
真面目な顔をしているのは、ジョシュとヴィルレー公爵、そして妹のペルセニーアだ。セラフィーナは瞳をきらきらさせている。
「まあ……、サティ、ピウニーア様も、とってもよくお似合いね、ジョシュ!」
話を振られたジョシュも、サティとピウニー卿を見つめて朗らかに笑う。
「本当だね。サティ……!すごい、とてもよく似合っているよ。もちろんピウニー卿も!」
悪気無く、セラフィーナとジョシュが言った。ペルセニーアの眉がピクリと動く。なんとなく……今のこの2人に、その言葉はフォローになっていないような気がした。そんなペルセニーアの隣で、ヴィルレー公爵が真顔で呟く。「これは……」
「これは……もう一度、この姿で結婚の宣誓をし直したほうがよいのだろうか」
「アンヘル様、それは……」
とどめです。
ペルセニーアが、あー……と思う一瞬の間に、照れのあまりサティがピウニー卿を咥えてダッ……!と駆け出した。全員の脇を通り抜け、中庭の方に向かっていくのを見送りながら、ヴィルレー公爵は少しだけ申し訳無さそうだ。
「……何か悪いことを言ってしまっただろうか」
「いえ、……お気になさらず」
一番の役得は、恐らくパヴェニーアとセシル夫妻だろうな……と思ったペルセニーアが、ちらりともう1人の兄を伺うと、案の定、夫婦そろって手を取り合って瞳を潤ませていた。
****
アルザス家の屋敷の庭は、それほど広いわけではないが、よく手入れされている。洗練された種の庭ではないのだが、折々の素朴な花が植えられ、武家らしい野趣の効いた庭だ。その奥にオブジェが置かれている。
生垣に囲まれていて人の姿で登ることはできないが、猫とネズミの姿であれば生垣の下をくぐることが出来るのだ。そこをくぐってオブジェに上り、少し高い位置から中庭を眺めるのが2人は好きだった。2人が初めてアルザス家に姿を現したとき、そのときはアルザス家の人達にも獣であることを隠していたピウニー卿が、家人の目をくぐりながらサティに庭を案内したことがあった。
庭の広いところからは見えないオブジェの影で、セピア色の猫が白いドレスを纏いちょこんと座っていた。前足の側に黒い騎士服の金色のネズミが立っている。時々、猫が顔を下ろしてネズミに顔を摺り寄せていた。やがて、猫が丸くなってネズミの姿が埋もれる。どうやら庭を眺めているようだった。
「大丈夫かサティ?」
「みんながあんまり笑ったり茶化したりするから……」
ちょっと拗ねてみただけである。
「でもみんなお祝いしてくれて、よかった」
その言葉を聞いて、ピウニー卿が側にあるサティの喉元を撫でた。心地よさそうにサティの喉がクルクルと鳴る。
「そうだな。……ああ、よく似合っているが、人の姿の方が綺麗だった」
もふ……とサティは身動ぎをしてピウニー卿に顔を摺り寄せた。ドレスが汚れる……などとプリムベルが言っていたがなんということも無い、浄化の魔法をかければいいのだ。それに、心配しているほど汚れてはいなかった。流石は理の賢者の奥方からの、贈り物だ。
「ピウもいつもの姿の方がいいわ」
だって抱き寄せるのもいいけれど、今は、ピウニー卿に抱き寄せられるほうがもっともっと好きだ。
サティは、組んだ前足に顎を乗せて庭を眺めた。
最初にここにつれてきたときから、サティが大層気に入った場所だった。帰ってくるたびに、猫とネズミの姿になってこうしてここで庭を眺めている。耳を前に向けてグリーンの瞳で庭をじっと見つめているサティの横顔は、猫のそれだがとても綺麗だ。サティの前足と顔の間にもたれて毛皮を撫でながら、ピウニー卿も共に庭を眺める。何も話さなくても、こうして側に寄り添っている時間が心地よい。
「おい、ピウニーア、サティをどこに隠したんだ」
フォルディアスの声だ。
「ピウニーア、出て来い」
「ピウニー卿、サティさん、どちらにいらっしゃるんですか?」
ラディゲとヴェルレーンの声も呼んでいる。やれやれ、もう少し2人きりで居たかったが今日は祝いの席だ、仕方がない。
「さあ、もう戻るかサティ」
「そうね。みんな呼んでる」
これから2次会とかいうものらしい。ピウニー卿の声にサティは四肢を起こした。髭をぴくぴくと動かすピウニー卿を、綺麗なグリーンの瞳が見下ろす。
「ねえ、ピウニー」
「ん? どうした、サティ」
「これからもずっと一緒に居てくれる?」
サティが小さく首をかしげて、やがてピウニー卿に頬を摺り寄せた。
「ああ、当たり前だろう。サティ。ずっと一緒だ」
そうして、口元をペロリ。
2人は瞳を細めて、幸せそうに毛皮を寄せあう。
それは世にも不思議な騎士と魔法使いの夫婦がオリアーブに誕生した、幸福な一日。