その日、リュチアーノ王国の魔法使いジノヴィヴァロージャワシリー・フルメル……通称ジーノは、国王に献上する品物の試作品の調整を行っていた。
その試作品とは、国王直々の依頼によるものだ。寵愛する王妃が身も心も国王に許し、心安らかに国王の手管を受け入れる事ができるようにする道具……すなわち「王妃が国王に身も心も開くような道具」である。
この依頼を受けたとき、さすがのジーノも匙を投げかけた。そもそも依頼する相手が間違っている。ニコリともしない無表情。退化した表情筋。過ぎた冷静沈着さと慇懃な態度は、付き合いの長い友人以外、女どころか人をほぼ寄せ付けない。これはジーノ自身も自覚するところだ。それでも不便に感じたことはないし、直そうと努力したことも無い。要するに、女が身も心を開くようになる道具など、ジーノが思いつくはずも無いのである。
困ったジーノは、それを外の世界に求めた。ジーノの世界には「召喚」という術がある。本来は場所を隔てて存在するものに対して空間を超えた干渉を行い、手元に呼び出す術のことだ。その術の範囲を自身の界の境界を越えて、執り行ったのだ。
そうして、ジーノは「王妃が国王に身も心も開くような道具」を願い、呼び出した。
結果から言うと、召喚は成功した。だが驚くべきことも起こった。
「道具」を呼び出したはずなのに、なぜか人間まで呼び出してしまったのである。
道具と共に落ちてきたのは、とろけるような滑らかな黒髪と、大きくきょろきょろと動くこげ茶色の瞳の、1人の女。
女はその道具のことを「バイブ」とかなんとか呼んでいた。最初はその道具の使い方を試すだけのはずだった。もっとも試す……ということが、どういうことかは理解した上で、だ。しかし、道具を試す……というだけでなく、ジーノはその女を欲してしまった。女から懇願されたから……というのは堪え性の無い男の言い訳で、ジーノはその女の身体を最後は自分自身で味わった。寝台の上で何度も啼かせ、自分の精を何度も吐いた。それこそ、久しぶりに会った恋人同士かと錯覚するほど抱き合ったのだ。
もとより淡白で女に対してもその態度は変わらない自分が、どうしてこれほどまでにその女に執着したのか。抱いた瞬間から愛しくなり、手放せなくなった。自分の身体の下でひどく乱れた姿と、腕の中で健やかに眠っていた姿の差異がやたら生々しく思い出される。思い出す度に、温度など無いと思っていた自分の心臓がどくどくと脈打ち、生理的な刺激にしか反応しない身体が感情だけで呼び起こされる。
手放さない……と思っていた女を、しかしジーノは一度手放した。
何よりも、異世界から身勝手にも召喚してしまった……という罪悪感が大きかったからだ。
もう1つ別の考えもある。ジーノはあの女をただ手放すつもりは無かった。手の中に囲い込んで、自分の妻にでも何にでもしてしまおうと思っていた。他の女には興味が無い。代わりなども不要だ。だから必ず、あの女を得る。
そのためには……。
「ユイナ……」
作業の手を止めて、ジーノはその女の名前を口にする。口にすればその女の声が、脳裏によみがえり、体温を思い出す。寝台の上で狂おしく自分の名前を呼ぶ声も、事が終わった後困ったように周囲をうかがい、ジーノに不安を打ち明ける羞恥と戸惑いが混じった声も、たった今、とても恋しい。
女に恋焦がれるジーノの気持ちは本物であった。
しかし実にここまで、ジーノは無表情である。
ともあれ、30日が経過した。そろそろ限界……もとい、第一段階だ。……ジーノは、ふ……とため息を吐き、眼鏡を外して眉間をもみ込んだ。少々仕事をしすぎたようである。いつの間にか外は夜で、明かりは手元の魔法灯と高い位置に設えてある窓から差し込む月の光だけになっていた。眼鏡を掛けなおすと立ち上がり、カップに飲み残してあった紅茶を一口含んで上着を脱ぐ。
そのときだ。覚えのある魔力が近付く気配、界の境界が開く力を感じたのは一瞬だった。
ドスンバフン。
「うひゃう!」
背後で寝台の上に何かが落ちる音と、愛らしい悲鳴が聞こえた。
振り向くと、そこには幾多にも重ねたクッションからひょいと飛び出た2本の綺麗な足、クッションを掻き分けようとジタバタする細い手。そして、その手に握られた見覚えのある眼鏡。
「もう、どうなってんのよ、なんなのよ……! やだ、何、これ、ジーノ? ジーノ!?」
ふ、とジーノは息を吐く。半分は自分の願いが、半分は自分の狙いが、叶えられたことに心の中で笑みを浮かべた。目の前の自分の寝台の上で暴れているのは、他ならぬ、恋焦がれたあの女だ。
「ここにいますよ、ユイナ」
ジーノが静かに返事をして、ゆっくりと寝台に近付く。
相変わらずの、無表情であった。
****
下へと落ちていく覚えのある感触と、唐突に世界が開かれる覚えのある開放感。どうやら再び結菜はジーノの寝台の上に落ちてしまったようだ。また召喚されたのか、なんだって召喚されたんだ。理不尽ながら2回目ともなれば、心はいくらか冷静に事態を受け止める。近付く気配と声は、覚えのあるジーノという魔法使いのものだ。
「ユイナ……」
「ちょっと、ジーノ、何これ、何なのもうーーーー!!」
結菜は自分の上に圧し掛かっているクッションをぎゅうと抱きしめ、なんとか身体を隠そうと必死である。何せ、シャワーを浴びようか……と下着になったときに召喚されたのだ。目の前には大人しく自分を見下ろしているジーノの、相変わらずの無表情がある。
冷静なジーノと、慌てている自分。
……(ほぼ)裸で暴れている自分がアホみたいじゃないか!……といささか恥ずかしい気分になって、結菜は大人しくクッションを抱き締めたまま恨めしげにジーノを見上げた。
「……ジーノ?」
「はい。ユイナ」
再び、ジーノが返事をした。さらにそのまま結菜の上に重なるように身体を下ろしてきて、ちゅ……と耳元に唇で触れた。そわそわ……と身体に何かが走るが、それは合コンの時に男にされたような悪寒ではなく、思わずしがみつきたくなるよう甘い感覚だ。
だがそれ以上の悪戯はせず、ジーノは埋もれた結菜の身体を抱き起こし、クッションの中から救出してやった。
「……ユイナ。やっと来てくれましたね」
「……ジーノ! ちょっと、どういうことよ。何でまた……!」
ジーノが相変わらず淡々とした表情で結菜を抱き寄せ、象牙色の肌に手の甲で触れている。頬、首筋、肩、……膨らんだ胸、しなやかな腰、柔らかそうな太腿。順を追って見下ろす眼鏡の下の灰色の瞳はいっそ事務的だ。それなのに、愛しげに肌をなぞる手の動きに気をとられて、結菜は一瞬自分の置かれた状況を忘れる。
何度も言うが、結菜は(ほぼ)裸である。
「ユイナ、今日はなんという……愛らしい格好をして」
「って、ジーノ、見ないで、みーなーいでー!」
「何をいまさら。前はあれだけ見せてくれたではないですか、ユイナ」
「ちょ、何言ってるの、あれは……やっ、ん……さわ、触らないで、ちょっとまっ、ストップ、ストーーーップ!」
「すとっぷ?」
「止めてってば。……うあんっ……」
手の動きが本格的にいかがわしいものになり、きわどいところを指が滑るたびに結菜の吐息が色めいたものになる。結菜は慌てて寝台の上に手を伸ばした。上掛らしき布を取って自分の身体の上に重ねる。ジーノはため息を1つ吐いただけで邪魔をせず、大人しく上掛を纏った結菜を抱き直した。
身体を隠して落ち着いた結菜が、はふう……と体勢を整えて、じろりとジーノの無表情を睨みつける。
「……また呼び出して、何のつもり? ジーノが呼んだの?」
「…………」
ジーノは静かに結菜の視線を受け止めて、その頑固そうな瞳を柔らかく細めた。口角が僅かに上がり、薄っすらと笑みらしきものを浮かべる。もしかしたら、これは笑顔か。そう思って結菜は一瞬呆気に取られた。その表情すらも味わうように、ジーノは結菜をうっとりと眺めて黒い髪を梳きながら、硬質な声に優しさを滲ませて答える。
「……いいえ、私は貴女を呼び出してはいませんよ」
「え……?」
結菜が瞳を丸くする。
「ちょっと待って、そしたら、なんで……? あ、もしかして眼鏡を取り戻そうと思った?」
そう言って、左手に持っていたジーノの眼鏡を差し出した。そういえば眼鏡……と思って結菜がジーノを見上げると、彼は今は銀色の縁ではなく、若干黒光りしている縁の眼鏡をしていた。ガラスの下半分だけ縁がある仕様だ。さてはジーノ、お洒落に合わせて眼鏡を変える派か? 服も割りとくたびれてて、全然そんな風に見えないのに。むしろ、研究一筋で眼鏡みたいな小道具にこだわりなんてありません、的な雰囲気なのに。……などと、全然どうでもいいことを考えながら、ジーノをまじまじと見つめてしまう。相変わらず鋭い、冷たくて切れ長の灰色の瞳。頑固そうに釣りあがった眉と、意思の強そうな真っ直ぐな鼻梁。それらが少し身じろぎすればすぐに触れそうな位置にある。
……あらためて見ても、インテリ眼鏡の様相だ。
「ね、ジーノ……?」
返答の無いジーノに焦れて、眼鏡を差し出したまま結菜が首をかしげた。すると、身体を抱き起こされて吐息が近付き、再びゆっくりとジーノの顔が下りてきて、ちゅ……と頬に口付けられた。そのまま、首筋に舌が這う。
「相変わらず、かわいらしいですね、ユイナ」
肌に乗る舌の感触と言われた言葉に、思わず、こっくん……と喉が鳴ってしまった。何だこれ。「相変わらず」ってどういうことだ。そもそも1ヶ月前は結菜に対して「かわいらしい」などと一言も言ってなかったではないか。それなのに「相変わらず」ってどういう意味だ……と、結菜の思考がぐるぐるしていて、肝心なことを流されそうだ。
「ん、ちょっと誤魔化さないでよ、ジーノ!……呼び出してないって、どういう意味なの」
ちゅるちゅると首筋を舌でくすぐるジーノを無理やり引き剥がす。「分かりましたユイナ。……そう乱暴にしないでください」……とジーノが眼鏡を直しながら、結菜から身体を離す。よいしょ……と乱れた結菜の身体を横抱きに起こして、上掛を掛け直し、改めてジーノが言った。
「前回ユイナが帰るときに、眼鏡を渡したでしょう?」
「……渡したっていうか……気が付いたら手に持ってた」
「ええ。実は、あれに帰還の術を掛けていました。対象は、術者の魔力を体内に有する者。……発動は眼鏡に触れること。呪文は、」
すり……と、ジーノが結菜に頬を寄せる。
「術者の……私の名前、です」
****
つまり、こういうことだ。
結菜が眼鏡に触れ、ジーノのことを思い出し、思わずその名前を口にする。その一連の行動により、ジーノの魔力を体内に持っている結菜がこの国に「帰還」する。これは結菜に言うつもりは無いが、結菜が帰る前に飲ませた避妊用の薬湯にも、似たような術が掛かっていた。リュチアーノ王国魔法使いジーノの魔力を結菜に転写する術だ。これを飲むことにより、結菜がこの国に存在していた……という礎を埋め込む。口づけでそれをさらに確定的なものにする。そうしておいて、魔力を頼りに術の対象にしたのだ。
術の効果は30日。それを過ぎたら実力行使に出る予定だった。
……だが幸いなことに、実力行使にはいたらなかった。結菜はジーノを思い出して眼鏡に触れ、その名前を口にしたのだ。上出来だ。自惚れてしまうではないか。
「思い出してくれたのですね、私を」
「え、いや、それは……」
女の機微など分からないジーノが、結菜が寝ている間に咄嗟に思いついた手段としてはかなり上等だった。構築した術とて簡単なものではない。それを思いついて実行し、全てを準備した集中力は並大抵のものではなかった。どれだけ結菜に執着しているか知れるというものだ。
「会いたかった。……ですが、貴女を無理やり連れてくるのは最後の手段にしたかったのです」
「……ちょっと。ちょっと待って」
「ユイナ?」
「……それ、それって……私が、ジーノ嫌い!……って言ったらどうす……」
言った瞬間ものすごく後悔した。無表情のジーノが極めて不機嫌そうな表情になったのだ。眉をしかめ、眼鏡のレンズの向こうが怖くて伺えないほど、鋭い眼光を飛ばしてくる。
「そう、言ったのですか?」
「い、言うわけないでしょう!」
「では、なんと言ったのですか……?」
冷たい雰囲気がふう……と霧散した。結菜の身体を寝台に下ろすと、問いながらジーノも服を緩める。前をはだけ、倒れ込んだ結菜の上に乗った。
「だから、……そ、れは……」
「それは?」
「あ、ジーノは何してるのかな……って……」
「それだけですか?」
冷たかった灰色の瞳が熱を帯びた。……この色には覚えがある。1ヶ月前に結菜を嫌というほど抱いたときの、瞳の色だ。言葉にされなくてもはっきり分かるほどに、結菜のことを欲しいと求める飢えた獣みたいな「男」そのものの瞳。インテリのクセに、眼鏡のクセに、真面目で堅物に見えるクセに、こんな時だけこんな瞳になるなんて卑怯すぎる。
「……憎たらしい魔法使いに、もう会えないのか……って、思って……」
なんで嘘とかつけないんだろう。……喉の奥から引きずり出されたように、言葉が出てくる。結菜のそれを聞いて、再びわずかにジーノの口角が上がる。
「憎たらしい魔法使いに会いたいと、思ってくれたのですか?」
「だから、それはっ……あっ……」
「そして私を気にしてくれていた」
するん……と耳の中を舌が這う。こんなの絶対卑怯だ。……そもそも、あんな風に過ごしてあんな風に手放されたら、誰だって思い出してしまうだろう。……しかも今日は、夢まで見て、沙也加にも指摘され、男に迫られて、否が応でもジーノのことを思い出した。結菜はこのまま流されてしまうのも嫌で、迫ろうとするジーノの顔を引き剥がした。……だが、ジーノは別段気にする風でもなく、嫌な顔もせず……無表情で結菜から顔を離す。
「……ずっと、仕事に没頭していましたよ。……貴女のことを思い出すと、どうにかなりそうでしたから」
そうして30日間、仕事に打ち込むことでやり過ごした。……要するに、国王に献上する品物を作ることに没頭して誤魔化していたのだ。
「仕事って……」
「ええ、貴女の持って来てくれた『バイブ』? あれの試作品です。出来上がってますから後で試して……」
「待って、待って、試すのは無し。……そもそも、試すったって、別に私じゃなくてもいいじゃない!」
そんな風に言われて、再び最初の1回のことを思いだす。本当に作ったのか。……ジーノがあれを模して作ったら、いったい何が出来るのだろう。微妙に気になるが、ここで興味を示したら終わりのような気がした。それに……試すだけならば自分でなくてもいいはずだ。
それを聞いたジーノの無表情がぴくりと動いた。再び気配が低くなる。
「……ユイナ、私があの道具を貴女以外に試す……とでも思っているのですか?」
「いや、思ってるのですか、って、普通はそう思うでしょう」
「なぜ?」
「なぜ、って……」
言われてジーノが他の女の人と寝台の上でいちゃいちゃしている構図を想像して、なんだか嫌な気分になる。
だが、どう考えたって、ジーノにとって結菜は、変な道具を持って異世界から現れ、道具を試して据え膳で食った女……でしか無いではないか。それを説明しようとすると、ジーノが結菜の手を掴み寝台に押さえつけた。
「……貴女以外の女性の肌には興味がありません。楽しませることも不要です」
「え、いや……」
「私が愉しませたいのは貴女だけです。ユイナ。……他の女に試すなど、もってのほかです」
「……で、でも、最終的には王妃様に試すんでしょう? 私じゃなくて……」
「試すのは陛下です。しかしそれは、王妃様を愛している陛下が行うからこそ意味があるのですよ。……同様の実験結果を得るには、私が貴女以外の女性に試したとて意味がありません」
「ちょっと待って、その理屈でいうと……」
ジーノは。
……というところまで、思い至って結菜の顔が盛大に赤くなる。その反応を見て、ジーノが押さえ付けていた片方の手を離し、つ……と眼鏡を直した。そして再び顔を下ろし、首筋に唇を落とし、そこを口に咥える。
「貴女が欲しいのです、ユイナ」
「けど、ジーノ、私、私はっ……」
「ユイナ……」
「私とは、1回しか、会ってないしっ、……それに、んあっ……うご、動かないでよ……っ」
もそ……とジーノの手が結菜の肌を撫で始める。いまさらながら、結菜は自分の格好の心許なさに驚愕した。自分は下着ワンセットでジーノの前に落ちてしまったのだ。……上下お揃いの下着でよかったー! ガーターベルトじゃなくてよかったー!生足でよかったー!……などと考えている場合ではない。
「ユイナ。……ユイナの世界には一目惚れ……という言葉はないのですか?」
「へ……?」
「1回しか会ってないのに、と貴女は言いましたね。……確かに1回しか会っていません。しかしそれが私の理由です」
「……ひ、ひとめぼれ?」
「分かりませんか?」
「いや、その……」
「貴女の世界には、無いのですか? 言葉で一から説明した方が?」
それは勘弁して欲しい。
「いや、ある! あります……!」
「ならばもう言葉は不要でしょう。……ユイナ……貴女に会いたかった」
何故、いきなり会って2回目の無表情インテリ眼鏡に、熱烈に口説かれているのか。……熱烈といっても、この台詞をジーノはあくまでも無表情で、眼鏡をインテリくさく直しながら言っているのだ。それだけに怖い。怖くて、そして……それとは全く逆の何かで身体が熱くなる。
「……だから、貴女が私の名前を呼んでこの世界に落ちてきた……という事実が、どれほど歓喜か分かりますか?」
再び、こっくんと喉がなる。
ここまで言われてはっきり分かる。全く認めたくないことだが、結菜は、明らかにジーノとのこの先を期待しているのだ。「一目惚れ」と言われて、嬉しかった。自分だって「会いたい」と言ったと認めてしまった。身体を重ねる言い訳が出来たこと、ジーノに触れても後ろめたくないのだということに気付いてしまった。
「ジーノ……あ、の」
「ユイナ。……私は……」
肌を咥えたまま囁かれる。ぞくん……と背筋に甘い戦慄が走った。ジーノの声は硬い。なんというか……とても真面目だ。無表情な顔に似合う、抑揚のあまりない低い声だったが、それに甘さが混じると少し掠れる。肌を咥えたままその声で名前を呼ばれると、空気がどんな風に震えているかまで分かってしまう。
抵抗できない。
「ジ、ーノ、あ、待って……うあっ……」
ぺろ……とそこを舐められる。少し首筋を離れ、再び別の箇所を蹂躙しようとジーノがユイナの顎を横に向けた。カチャリと眼鏡を外して傍らの台に置き、剥きだしの灰色の瞳で結菜を見下ろしている。さらさらと黒髪を梳いて、そのまま肌に指を滑らせ……つ……と下着の肩紐を引いた。
「以前も思っていましたが、ずいぶんと美しい細工を施した……、これは下着の類ですか?」
「え、そ、そこ?」
「エソソコ?」
「だから、違うって!」
「まあいいでしょう。……ユイナ……」
ジーノが結菜の下着の紐に手を回し、ぷつんと止め具を外した。胸元が解放された感覚に、結菜が息を呑む。何のためらいもなくジーノが下着を捲り上げ、柔らかな膨らみを口に含んだ。
「……あっ」
ぺろりと舌を這わせると、それだけで結菜の身体が震える。その反応にジーノはひそやかに満足し、さらに別の反応を引き出すべく、結菜の身体に溺れていく。
ここまで、ジーノ。9割5分、無表情である。