それなり女と魔法使いのお菓子

002.かなりバカな部類

「美味しいです、このスープ」

「まあまあ、よかった。たくさんお食べ。朝はちゃんと食べないと元気が出ないからね」

にこやかで恰幅のいい女の人に、結菜はこっくんと頷いた。ここはジーノの借りている部屋の食堂ダイニングで、目の前にはずらりとおいしそうな朝食が並んでいる。温かなパン(のようなもの)、そしてそれに付けて食べてもそのまま口に運んでも美味しい白いまろやかなスープは、じゃがいもに良く似た味。にんじんに良く似た根菜はそのままの形でこんがりと焼かれ、上には飴色のあっさりとしたソースが掛かっている。飲み物は、豆乳のような香りと味のチョコレート色のあったかいものと、ほうじ茶のように香ばしい香りの常温のものが用意されていた。

「この焼いた野菜も、香ばしくて甘くて美味しいです。なんてお野菜ですか?」

「これはね、ダッカスっていうのさ。栄養満点なんだよ」

人参ダッカスの丸焼きを食べながら、ふむふむ……と結菜は頷いた。外側こんがり、中がとろり、甘味も味もニンジンにそっくりでとても美味しい。ジーノが隣に並んで座っていて、結菜とともに食事を口に運んでいる。

この恰幅のよい女の人はマムライアーナミュルヌ・フルメル。マアムと呼ばれていて、ジーノの借りている家の女将さんだ。ジーノが借りている部屋は、結菜の世界でいうところの外国のアパートメントのようなところで、隣の部屋に女将さん達管理人家族が住んでいる。アパートメントの1部屋……と言っても、結菜の住んでいるワンルームに比べるとかなり広い。生活空間になっている部屋は、寝室に書斎に客間、浴室、居間、食堂に台所……と、1人暮らしのクセに信じられない贅沢さだ。ジーノの部屋は1階で、特別に書庫として地下の部屋も借りているそうだ。女将さんはジーノの叔母に当たる人で、雇われて、1日1度食事を作ったり洗濯をしたりしに来ている。

結菜はマアムにこちらの服の着方や、化粧の仕方を教わった。もっとも結菜が住んでいる世界とほぼ変わらない衣装で、多少、ウェストの留め方や上着の着方が異なる程度だ。化粧もあまり変わらない。クリームではなく、パウダーが主体……ということくらいだろうか。化粧という概念があるだけありがたい。しかも全て普通に石鹸で洗い流せるそうだ。

最初はもしかしたら怪しい人間として警戒されるんじゃないだろうかと心配していたが、マアムにとってジーノは息子も同然らしく、そのジーノが初めて部屋に連れ込んだ女の結菜のことも、手放しで歓迎してくれた。とりあえず、リュチアーノ王国ではない別の国、別の文化圏から旅してこちらに来た女性……として紹介されている。同じ女性としてジーノに聞きにくいことも相談に乗ってもらえるし、結菜にとってマアムの存在はとても助かっていた。

リュチアーノ王国は、結菜の住んでいる日本とは少しだけ異なる時と季節が巡る国だ。

言葉の問題は、召喚の術が吸収するらしい。召喚魔法は召喚の目的を達成するために、召喚する側とされる側は最初から意思疎通を計れるのだそうだ。……当然、ジーノと結菜は会話が出来たが、最初、マアムとは言葉が通じなかった。それも今はジーノが言語理解の魔法を付与してくれて、こちらの世界の人と話をする事が出来るようになっている。

結菜はこうしたジーノの世界に7日間に1度召喚されて2日過ごし、元の世界に戻る……という生活を送っている。とはいっても、まだそれほど回数は数えていない。マアムにいろいろ教えてもらうか、ジーノに本を見せてもらうかして過ごしていて、まだ外出させてもらっていないのだ。

「あらあらいいのよう、ユイナちゃんは座ってて」

「あ、でも、どんな風にやるのか見ておきたいので。お手伝いさせてもらってもいいですか?」

「ユイナちゃん、いい子ねえ」

食事が終わって洗い物を手伝っていると、マアムはいいのいいのと結菜をジーノのところに押しやろうとするのだが、こちらの生活文化の違いを少しでも知っておきたい結菜は、洗いものや洗濯、料理などを極力手伝うことに決めている。結菜にとってはそれだけなのだが、マアムは大袈裟に褒めてくれるのだ。どうでもいいが、何歳だと思われているのだろう。相当子供扱いされているような気がするが、マアムはあのジーノにもこうした態度なので、性格なのかもしれない。

「ユイナちゃん、ジーノにお茶を持っていってやって」

「あ、はーい」

「ユイナちゃんの分もあるからね」

洗い物が大方終わったからだろう。マアムは結菜に温かくて甘く淹れたお茶を持たせると、ジーノの元に追いやった。さきほど食卓に在ったほうじ茶のような香りのお茶に、ミルクと砂糖を淹れた飲み物だ。居間のソファに身を沈めて朝から何かしら書類のようなものを眺めているジーノのところに持っていくと、ジーノが顔を上げて隣に座るように促した。

ちょこんと結菜がジーノの横に座ると、もう少し近寄れ……といわんばかりにすぐさま腰に手が回り、ぐい……と引き寄せられた。人前でのスキンシップに慣れない結菜は、反抗的に、ぐ……と押しやりお茶を手に取る。ジーノは押しやられたことも気にしない風にカップを手に取り、よいしょと座り直してぴたりとくっついてきた。

むっとした結菜がジーノのほうを向くと、顔が驚くほど近い位置にあった。それこそ眼鏡のガラス越しに瞳の色や虹彩が分かる位、近かった。眼鏡越しに瞳を覗きこむ……というのは、ものすごく恥ずかしい。思わず頬を染めて瞳を逸らすと、無表情のままジーノが口を開いた。

「ユイナ、今日は出かけようと思います」

「あ、え、」

「あらあら、おでかけ? いいわねえ」

ニコニコしながらマアムがやってきて、代わりに返答する。ジーノは淡々とそれに頷いた。

「……ええ。城下で有名なお菓子の店へ」

「え。お菓子?」

カップで手を温めていた結菜が、ぱ……と顔を上げた。再び近くにあるジーノの瞳と視線が絡み、それを合図に結菜の黒い髪に指の通る感触がする。

「お店の中で食べられるそうですから、行ってみましょう」

ただ、ジーノはやはり無表情だ。手つきだけは優しく結菜の髪を梳きながら、ユイナを見つめている。

「連れて行ってくれるの?」

「はい」

結菜が外に出るのは実はこれが初めてだ。しかもこちらで人気のお菓子を食べられるとなると、甘い物好きの結菜は心が浮き立つのを隠しきれない。その様子にジーノが眼鏡の奥の瞳を細くする。仲のよい二人にマアムが楽しげに頷きながら、いってらっしゃいなと言ってくれた。

****

ジーノが住んでいるのはリュチアーノ王国の首都シキという街である。首都のどこに居ても見える王城の前方に城下町が広がっている。国そのものも首都も、それほど広くはないが美しく整えられた端正な街だ。街の中心には建国の王の像が建っている広場があり、その周辺に住宅街や商店街が配置されている。

ジーノの家から歩いて30分ほどのところにそのお店はあるらしい。乗り物を借りますか? と聞かれたのだが、歩ける距離なら歩きたい……と言って、散歩がてらやって来た。ジーノの家は集合住宅アパートメントと言ってもかなり綺麗で、こちらの文化をあまり知らない結菜が見ても、高級住宅街だなと思われる場所にある。石畳の道は綺麗に整備されていて、人通りも適度にある。馬によく似た生き物がカポカポと蹄の音を立てながらお行儀よく往来を歩いていて、周囲の人々の身なりも姿勢も振舞いも礼儀正しい。

馬によく似た生き物は「エクスス」と呼ばれていて、馬に似ているが鼻が長い。どちらかというと、顔はバクに似ている。間抜けな表情と、スマートな身体のギャップは結菜の世界では見られないものだ。性格がおだやかなため、一般の人の乗り物として車を引かせたり騎乗したりするらしい。立ち止まっているエクススに近づいてみると、ふんふんと臭いをかがれた。ジーノがいい、というので触れてみると、ベルベットのような手触りで、特に暴れたりはしない。「また今度乗ってみましょう」と請け負ってくれる。

こうしてみると、文化的なものも生活水準も、結菜の暮らしとそれほど変わらない。電気はないが魔法が生活を補助しているし、衛生面も水周りも困る事は無かった。

少し歩いて住宅街の門をくぐると、賑やかな通りに出る。店が立ち並ぶ場所も、高級住宅街に近い辺りは貴族達が御用達にしている専門店が多いようだ。しばらく歩けば高級住宅街からも離れ、雰囲気が気軽なものになっていく。

連れて行ってもらった店はそういう場所にあった。建物が多く並んでいる場所からは少し外れ、裏手には広く綺麗な庭が作られている。見るからに落ち着いた……いかにも上流と中流の中間という雰囲気だ。小奇麗な造りの建物はそれほど大きくは無いが趣味がいい。店の前の敷地も広く取られていて、入り口まで庭を少し歩かせる。

「かわいいお店。こういう店って、こっちにもあるんだ」

「ユイナの世界とあまり雰囲気は変わりませんか」

「うん。私の住んでいるところは、地方……あんまり都会じゃないけど、こういうちょっと可愛いお店が多い」

最近は地方にもセンスのいいカフェが多い。結菜はよく休日に新しいお店を探したり訪ねたりするのが好きなのだが、連れてきてもらったお店もまた、そういう少しおしゃれな郊外カフェ……のような様相だった。

まだお茶の時間には早いのに、店の中は適度に埋まっている。だが、客と客の間はよい具合に離されていて、息が詰まらないように仕切りがある。とても感じのいい店だった。

案内された席は品のよい2人がけのソファにテーブル、向かいに2脚の椅子を置いている。ジーノは結菜をソファに座らせると、その隣に腰を下ろした。

結菜はこちらの飲み物はよく分からないので、ジーノが注文する。愛想のいい店員がケーキの見本を持って来てくれた。

「ユイナ、どれが食べたいですか?」

「……んー、迷うなあ……」

どれもこれも綺麗で美味しそうだ。造詣も使われている果物も、あまり結菜の世界と変わらない。しいていえば、カットケーキは全て四角いということだろうか。丸いケーキを8等分したような形のケーキは無い。中でも、オレンジ色のさくらんぼみたいなものが乗ったショートケーキと、白い半透明な果物をぎっしり詰めたタルトが美味しそうだった。……だが、上に淡い色のクリームがたっぷり乗せられた小さなカップケーキも気になるし、小さなシュークリームそっくりなお菓子も気になる。

「どれとどれで迷っているのですか?」

「……えっと、この4つ」

「……」

しばしジーノが沈黙した。もしかして、食べすぎとか迷いすぎとか思われているのだろうか。結菜は慌てて自分の言葉に付け加える。

「ええと……このオレンジ色の丸いのが乗ったやつと、こっちのタルトが特に美味しそう」

「では、その2つを。……もう2つはいくつか持って帰りましょう」

「え、持って帰っていいの?」

「……今の時間は本来お茶には早いですし、のんびり帰ったら2つ目を食べるのにちょうどいい時間でしょう。食べたくはないのですか?」

「いや、食べたいけど」

「ならばそのように」

ジーノが、す……と眼鏡を直し、無表情で店員を促す。心なしか2人の会話に店員が半笑いだったような気がするが、結菜はもう何も気にしないことにした。自分が住んでいるところとあまり変わらないから油断していたが、そもそもここは異世界だし、ケーキの名前は全く分からないし、せっかくこちらの甘い物が食べられるのだから。

「あ、ジーノはどっちがいい?」

「どっち?」

「ケーキとタルト」

「半分ずつにしましょうか」

「え?」

「どちらも食べてみたかったのでしょう」

「うん」

言われていることはたいした言葉でもないのに、奇妙に甘い気分になって結菜は思わず赤面した。ジーノは別段なんでもないことのように視線を元に戻す。不愉快ではない沈黙が落ちて、結菜はふと外を眺めた。

「……?」

なんだか変な視線を感じたような気がして視線を上げたが、その瞬間ふわりと髪が揺れた。隣に座っているジーノが結菜の髪に触れているのだ。人前でこうした風にされるのはやはり慣れないが、こちらの世界では普通なのだろうか。結菜は思わず周りを見渡した。

「どうしました?」

「い、いや……その」

まさか周囲のカップルもいちゃいちゃしているかどうか見ているとはいえない。男の人と付き合い始めってこんなんだったっけな……と結菜は思う。人前で触れられるのは嬉しいくせに照れくさい。……というより、ジーノは自分の恋人……という位置付けでよかったのだろうか、いまだに少し不安で結菜はジーノの眼鏡の奥を見上げる。

「あの、ジーノ……」

「お待たせしました」

ジーノが首を傾げたときに、ちょうど2人分のお茶とケーキがやってきて、話は終わりになった。ジーノが無表情で結菜の頬にそっと触れ「来ましたよ」と促す。

ケーキもお茶もとても美味しかった。お茶はどことなく花のような香りがしてエグみが無く、すっきりとしている。クリームは結菜の世界のものと少し異なり、非常にあっさりしている。それに比べてスポンジ部分はまったりと甘い。要するに、すごく美味だ。

「……うわあぁぁ……美味しい……」

「それはよかった」

初めてのケーキをふんふんと楽しんでいると、ジーノが自分の前のタルトをさっくりと切った。

「ユイナ、こちらも食べてみますか?」

「ん?」

ずずいとタルトを刺したフォークを目の前に差し出され、思わずぱくりと口にする。

「……ぉぉぉ……っ!」

「?」

……しまった、あーんされた!……と思って赤面した瞬間、どこからか奇妙な声が聞こえた。なんだろうと思って視線を上げたが、特に怪しい人は居ない。ジーノも眼鏡の奥を静かに細めて視線を持ち上げた。2人して少し周囲を見渡したが異常は無く、あーんした羞恥もどこかへ行ってしまった。

とりあえずもぐもぐと咀嚼してみると、果物の爽やかな甘酸っぱさが口に広がる。

「なにこれ、美味しっ……!」

あまりの美味しさに奇妙な声のことは忘れてしまい頬が紅潮する。気分が高揚して、結菜は目の前の自分のケーキをさっくりと切った。この美味しさは是非とも共有シェアするべきだ。

「ジーノも食べる?」

するとジーノは、結菜の手首を掴んでフォークを自分のところまで持ってきて、まったく顔色を変えず照れもせず、まるで普通のことのようにそれをパクリと食べた。食べた瞬間、結菜の方が赤面する。

「ちょ、ちょっと食べないでよ!」

「……食べろという意味かと思いましたが?」

「わ、たしが食べようと思ってたのに……」

「そうですか、それならば私が食べさせて……」

「……ふぉぉぉ……」

食べさせる? 食べさせるってどういう意味だ、と結菜が反論しようとしたところで、再び変な声が聞こえた。

今度はさすがに聞き間違いではないと思って顔を上げたが、やはり誰も居ないし気配もない。周囲のお客さんの誰かかと思ったが、皆普通にお茶をしているように見える。声だけが聞こえて気配がしないなんて気持ち悪い、そう思いながら、またジーノに反論する言葉はうやむやになってしまった。ただ今回は、特に上手い言葉も見つからなかったので、少しホッとする。

「ユイナ、もう少し食べますか?」

「う、うん。あ、でも自分で食べるからいいよ。ほらジーノもこっち半分食べなよ」

「それではおもしろくないでしょう」

「おおおおおもしろくないって……」

「ユイナ、はい」

「う……」

再びジーノがフォークを持ち上げた。仕事中にペンを持ち上げるのと同じ位、ど素面で何も読み取れない表情だが、それだけにむしろ断れない。しかたなく、結菜はそれをぱくん……と食べた。これでは相当バカップルではないか。あまりのいたたまれなさに周囲の目が気になって思わずきょろきょろしていると、少し離れた隅っこで、彼女らしき人とお茶をしている金髪を短く刈った男と目があった。その途端、ばばばばっ……とすごい勢いで視線を逸らされる。その視線の動きから、これはかなりバカな部類に見られているらしい……と理解した。

「ジーノ、ここでは恥ずかしいから止めてよ」

「何も恥ずかしい事はないと思いますが」

「こういうの、当たり前なの?」

「何がです」

淡々と聞かれて、思わず結菜がむむう……と顔をしかめる。ジーノが親指と中指で眼鏡の両脇を押さえて、位置を整えた。その一息を待って、結菜を見遣る。

「では、ここでなければよいのですか?」

「ここではって……」

そこまで言って、また視線を感じたような気がした。気配は分からなかったが、思わず先ほど目のあった金髪男の方に結菜が視線を向ける。再び目があって、また逸らされる。やはりこちらを見ているらしい。

「ユイナ?」

結菜の視線の動きを見咎めたのだろう。ジーノがすこし首を傾げて視線を上げた。金髪男が、ぎくりとした顔をしてあわあわと目を逸らしている。ジーノはすぐに男から興味を失ったようで、なだめるように結菜の髪を梳いた。

「気にしなくてもかまいませんよ」

「知り合い?」

「さあ。向こうも女性と来ているようですが」

だがどう見ても知り合いのようだった。結菜が首をひねったが、ジーノはそ知らぬ顔で結菜にケーキを促す。

「気にせず食べましょう。お茶が冷めてしまいますよ」

「う、うん」

「淹れ直させますか?」

「ん、いいよいいよ。まだ冷めてないし」

男の視線はまだ若干気になるが、ジーノにそう言われるとやっぱりケーキに気を取られた。それくらい美味しいのだ。さくりとフォークを入れてもぐもぐと食べる。すっきりとした味わいのクリームは、ミルクに近い味がするのに動物性の濃厚さが無い。その物足りない分はスポンジ部分のまったり感がカバーしていて、中に入っている甘酸っぱい果物の味がアクセントになっている。不思議な味わいだがバランスが取れていた。

「んー……やっぱり美味しい」

むふう……と感動に打ち震えていると、今度はジーノの視線を感じた。眼鏡の奥は無表情だがとても優しい気がして、思わず結菜がうふふーと笑う。それを受けて……か、どうか分からないが、ジーノの口元がほんの少し緩んで、また元に戻った。

「ユイナ、こちらも食べていいですよ」

「うん。ジーノもこっち食べるといいよ」

「いただきましょう」

今度は、あーんする……ということにはならずにお皿を交換して、タルトを一口食べる。ジーノも綺麗な所作で、ケーキを一口食べていた。タルトに使われている果物は「リュチ」というらしい。ライチのような色と歯触りだったが、味は梨に近い。クリームはケーキに使われているものに比べて黄色味が強く、少し味が濃い。これがまた絶妙で、果物のさっぱり感を上手くカバーして、ちょうどいい重みの甘さになる。

それにしても、こちらの果物はどちらも不思議だ。見た事がないものだからあたり前だが、外見から想像する味と実際の味が異なるのが新鮮である。結菜はケーキの上に乗っているオレンジ色のさくらんぼを、ぱくりと食べた。

「この果物なんだろ」

「これはケラウスといいます。リュチと同じく、この時期に一般的ですね」

「種無いね」

「種のある実と無い実があるのですよ。無い方が食用です」

「実によって種の有り無しがあるなんて不思議、……イチゴみたいな味がする」

「イチゴ?」

ジーノは無口というわけではない。相変わらずの無表情と抑揚の無い声で淡々と、結菜の質問に答えてくれる。最初は気になっていた無表情も、こうして会話したり触れられたりするとほとんど気にならなかった。むしろ意外と楽しい。くせになりそうだ。

適度に会話を楽しんでいると、じきにお茶もケーキも無くなり、「さてそろそろ出ましょうか」とジーノが席を立つ。隣の結菜にも手を貸してくれた。抱き寄せられるように、するりと結菜の腰にジーノの腕が回された時。

「ぬぉぉぉぉぉ……」

今度こそ、はっきり聞こえた。