それなり女と魔法使いのお菓子

お菓子

部屋に戻ってきた結菜とジーノは、早速お茶を淹れて、持って帰ったお土産を皿に開けた。薄い黄色のクリームがたっぷりと乗った小さなカップケーキに、ふわふわと柔らかな生地の小さなシュークリームだ。うわあ……とため息を吐きながら、結菜が鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。先ほどの爽やかな白いクリームと違って、僅かにバニラのような香りがした。

楽しみだなと顔を上げると、ジーノが顔を近づけた。ちゅ……と鼻の頭に唇を付け、ペロリと舐められる。

「ちょっとジーノ!」

「クリームが付いていましたよ」

「うそ」

嘘とも本当とも言わず、ジーノは隣に座った結菜を引き寄せて、自分の膝の上に乗せた。

「ジーノ、食べるんじゃなかったの?」

膝の上で暴れ始めた結菜をしっかりと抱きとめたまま、ジーノは結菜の耳元に唇を寄せた。

「食べますよ。……ユイナ、ユイナは何がいいですか?」

「え、えっと……あの、小さなケーキ」

「分かりました」

耳元に唇を寄せれば、ジーノの吐息に結菜の肩が小さく揺れるのが分かる。ジーノは結菜を後ろから抱き寄せたままケーキを取って、結菜の前に持ってきた。結菜が呆れたようにジーノを振り向く。

「ジーノ、自分で食べられるわよ」

「いいから。ほら、ユイナ」

ぐい……と目の前にいい香りのするクリームが寄せられる。耳元で平坦な声が、平坦なくせに甘い声色でささやく。

「ほら、クリームとキスしてしまいますよ、ユイナ」

「……もう……」

観念して、結菜がかぷりとケーキをかじる。本当に小さなケーキだったので、一口で3分の1ほどが無くなった。だが、ぺたりと口元にクリームが付く。ああもう……と思いながらそれを結菜が指先でぬぐうと、空いている手でジーノがその指を取った。「あ」と思う間もなく、それがペロリと舐められる。

「美味しいですね、ユイナ?」

「……う……」

「まだ残っていますよ」

どうしてだろうか。ジーノの声で淡々と言われると、結菜は逆らえない。拘束力など何一つないのに、きつく抱き締められている心地がする。むう……と唸りながらも、結菜は2口目を食べて、もう一度いやらしいことを言われる前に、最後の3口目も口に入れた。もぐもぐと噛んで、こくんと飲み込む。

薄い黄色のクリームは、カスタードのような味かと思っていたが、予想に半して粉砂糖のように繊細であっさりとした味だった。土台の方には干した果物がいくつか入っていて、歯触りにアクセントを与えている。……が、それを味わう前に、ジーノが結菜の顎を取った。

「ユイナ、こちらを向いてください」

「……ん……」

顎を取られていて上手く言葉が出ず、そのままジーノの舌が口元のクリームを舐め取った。口元にクリーム付けるなんて恥ずかしい……と思ったが、ジーノがわざと付けたに違いない。だが、抗議する力が沸くはずがなかった。そろりそろりと唇を掠める濡れた温もりが、触れても居ない結菜の身体の奥をくすぐる。

「あ、ジー、ノ」

それでもなんとか困ったようにジーノの名前を呼ぶと、その隙を狙って舌がするりと入り込んだ。軽く音を立てて口腔内で混ざり合い、しばらくしてため息を吐くように離れる。

ジーノの顔を覗きこむと、眼鏡の奥の灰色がじっと結菜を見つめていた。

「……甘いですね。ユイナ」

「……だって、クリーム……」

「クリームだけではありませんよ」

すっかり大人しくなった結菜の身体を少し持ち上げると、自分の膝をまたがせた。対面に座らされておろおろとしている結菜に、ジーノが無表情で首を傾げた。

「ユイナ、私はもうひとつの方が食べたいですね」

「え?……食べたいって……」

「食べさせてください」

「……え、ええええっ」

「店では駄目でも、ここでならよいのでしょう?」

無表情で頼むことなのだろうか。……だが無表情だけに、眼鏡の奥は冗談を言っているようにも思えない。にこりともせずに、じっと見つめられ、居心地のいいような悪いようなうずうずとした気持ちになって、結菜は仕方なくシュークリームの方を手に取った。口元に持っていくと、伏した視線でそれを追いかけていたジーノが、はむ……と口に入れた。

シュークリームの中は、真っ白いクリームと薄い黄色のクリームがマーブル状に混ぜられているようだ。

「美味しい?」

「……ええ。とても」

「もう一口食べる?」

「もちろん」

やっていることはとても恥ずかしいが、ジーノのような無表情でストイックに見える眼鏡の男が自分の手からシュークリームを食べている……という光景がなぜか面白く、結菜は思わず2口目をジーノに勧めた。ジーノはもちろん、表情を変えることなくそれをぱくりと口にする。

柔らかなシュー生地の隙間から、冷たいクリームが結菜の指にこぼれる。

それを認めたジーノが、結菜の手首を取って指を口に含んだ。人差し指を奥まで入れると、ちゅう……と吸い付きながら引いた。とろりとした舌の感触と、ジーノの熱い眼差しに結菜の背筋がぞくぞくする。

「……ジーノ……なに」

「もったいないでしょう?」

言いながらジーノは中指の指の際に舌を這わせて、ぺろりと舐め上げた。薬指は人差し指と同様に口に入れて、吸うように離す。親指と小指にはクリームなんて付いていないのに、同じようにしゃぶった。ちろちろと指と指の間を舐められると、たったそれだけの僅かな感覚に結菜の喉がこくりと鳴ってしまう。

その喉の動きをなぞるように、指を舐めていた舌が離れて喉に吸い付く。思わず「んん」と声を上げてしまい、誘われるようにジーノが結菜の胸に手を這わせる。

「あ……、う……待って……」

「何をですか?」

意地悪くそう言うとジーノは結菜の上着の留め具を器用に外して、剥ぎ取った。上着の中は手触りのよい布地の、やはり前で合わせて留め具で止める形の服だ。だが肩紐が細くそれを肩から抜いてしまえば、下着に到達するのは造作も無い。下着は結菜の世界で言うところのビスチェのような形だったが、そこまで補正効果があるわけではない。ジーノとしては、結菜が普段着けているような胸元だけを覆い隠すものの方が手間が掛からなくてよいのだが。

「ん、ちょっと……ジ、ノ」

ジーノは結菜の下着の上から引っかくように指を這わせた。ある一部を掠めるたびに、結菜の声が弱々しくなる。だが、焦らすように手を止めて、ジーノは結菜を覗きこんだ。

「今度はユイナの番ですね?」

「……え……、番って……」

「こちらを食べていないでしょう」

「あ……」

当然のようにジーノが言うと、目の前に先ほどジーノが食べたのと同じシュークリームを差し出された。向かい合わせに座らされているから、ジーノの顔がとても近く、正面から見つめられている形になっている。恥ずかしいが食べなければこの恥ずかしさは終わらないような気がして、そして……それ以上に甘やかな気持ちになって、大人しく、もぐ……とシュークリームを噛んだ。

「美味しいですか?」

「ん、おいし」

真っ白いクリームの爽やかさと黄色いクリームの繊細さ。それにふっくらとふくよかなシュー生地の味。結菜がよく知るシュークリームの生地と同じだった。それに合わせたクリームのさらりとした口ざわりと味は、ため息を付きそうなほどだ。

ジーノの膝の上で、肌も露なこんな格好でなければ。

だがそんな訴え、こうなってしまってはジーノが訊くはずもない。甘いお菓子の味の中に、身体がうずうずと疼く艶めいた気分が混じって、羞恥と心地よさで溶けてしまいそうだ。ジーノが結菜の背に手を回して抱き寄せるように身体を近づけ、もう片方の手で結菜にシュークリームを勧める。

「ほら、もう一口ですよ」

「ジーノ……」

「ほら」

恨みがましい目で自分を見つめる結菜に、ちゅ……と口付けて、一口残っているシュークリームを差し出す。結菜は諦めてそれを口にした。すんなりと口に入ったが、ジーノの指と結菜の口元にクリームがこぼれる。

「ユイナ、こぼれてしまいましたね」

まずはジーノが結菜の口元に付いたクリームをぺろりと舐める。時折、く……と温かな舌が絡んできて、結菜の舌をさすっていく。ひとしきり互いの甘い舌と味を楽しんでいると、あふ……と開いた結菜の口にジーノの指が挿し入れられた。

「……ユイナ……こちらも」

「んっ……」

こく……と喉がなって誘い込むように舌がジーノの指を舐め上げる。そこに付いていた甘いクリームを結菜は舐め取った。

ジーノの指を結菜が瞳を潤ませながら舐めている。羞恥と困惑を通り越して、2人の空気を楽しむようにジーノの身体の上で結菜が溶けていく様子を見るのは、男をたまらなく興奮させた。

「ん、ん……」

まるで自分のものを舐められているかのような感覚と表情だ。ジーノがもう一本指を増やすと、吸い付くように結菜がそれを受け入れる。ちゅ……ちゅ……と音をたてて指をしゃぶっている様子は、愛らしいのにいやらしい。

「ユイナ、……貴女は本当に可愛いですね」

「ジーノ……? も、意地悪、言わないで」

ちゅる……と結菜の唇から指を抜くと、つ……と糸を引いた。ふと見ると、親指にまだクリームの残滓が残っていて、ジーノはそれを無表情で見下ろす。はあ……と息を吐いて徐々に自分を取り戻した結菜も、つられてそれを見下ろす。

「ジーノまだ、つ……」

まだ付いてる、と結菜が言葉を言い切る前に、ジーノは背中に回している手を胸に持ってきて、下着をぐい……と引き下ろした。

「あっ……」

ふるんと胸が盛り上がり、桃色に色づいている切っ先が僅かに覗く。そこにクリームの付いた親指で、戯れるように触れた。ひやりとクリームが付けられた感触に、結菜の頬がかあ……と染まる。

「ちょっと、何してるのジー、ノ……っ」

「ああ、付いてしまいましたね」

「うあ……ん」

もちろん、それはジーノの唇が舐め取った。結菜の二の腕を掴んで、胸元に顔を下ろす。僅かに覗いた胸の先端に舌を這わせると、やすやすとクリームは結菜の胸の上からジーノの舌の上へと移り、それだけでは足りない……とでもいうように、動物が水を啜るような音が聞こえ始めた。

完全に剥がされているわけではない下着、その隙間からちろちろと舌先で舐められているもどかしい感触に、結菜の言葉が完全に止まった。背筋が張ってしまい、喉が仰け反る。時折、ぱくりと大きく口に含んで、熱い口腔内でねっとりと舐められ、下着から引き出すように咥えられて吸い付かれた。もう片方の胸ももちろん留守にはされない。細く長い指が柔らかなふくらみを楽しむように揉み、節の目立つ指先が先端を上へ下へと小刻みに弾く。

吸い付く水音と結菜の控えめな声が、空気に混じった。

「ふっ……あ……ジ、ノ……あ……」

「は……ユイナ……そんな風な声を……上げないでください……」

結菜の息を聞いているだけで、限界が来そうだ。ジーノは結菜の腰を少しずらすと、服を緩めた。そこにある熱い存在に、結菜がへなりと眉を曲げて泣きそうな表情をする。その顔を覗きこんで、ジーノが真顔で問う。

「眼鏡は邪魔ですか?」

ふる……と結菜は首を振った。こんなに近くで、素の瞳で見つめられるとどうにかなりそうで、外してもらいたくなかったのだ。……ふっ……と硝子越しの灰色の瞳が細くなる。ジーノは勃ち上がっている己を取り出すと、結菜の下着に手を掛けた。

「ジーノ、あ、あの……こ、ここで?」

少し首を傾ける。

「ここをこんな風にしているのに、我慢することはありませんよ」

「あ、っ……や……」

下着は両側の紐を解けば、するりと脱げる。ジーノは片方の紐だけ外すと、その中についと指を滑らせた。そこには、いつもジーノが寝台で味わっている、何よりも甘い蜜液が溢れている。少し指を沈み込ませてくちくちと動かしていると、結菜の刻むような嬌声が上がりはじめる。

「……いい声ですが、……聞いていると我慢出来なくなる」

「あ……だって……んっ……」

「ユイナ、腰を少し浮かせて」

もう堪え切れない。……はあ……とジーノも息を吐いた。まだ挿れて動かしてもいないのに、興奮で息が上がってしまう。ジーノとて結菜のことはいえぬほど、先走るもので濡れているはずだ。素直に腰を浮かせる結菜を支えて位置を調整すると、ゆっくりとその身体を押さえつけた。

「……あ、あ、……ジーノ、入って……」

「そう……ゆっくりと下ろして、……ああ……ユイナ……」

結菜の身体がじくりと下りてくると、同時にジーノの欲が柔らかく温かく包み込まれた。くちゅと粘着質な音がして、互いの付け根が触れ合う。根元まで入ったのだ。少しジーノが引き寄せただけで、結菜の奥が優しく擦られる。

「……や……そこ、……奥…………」

「ええ。奥ですよ……ユイナ、とても気持ちがいい……」

だが、もっとよくなりましょう……と、ジーノがぐい……と腰をひきつけた。途端に中の位置が変わり、結菜の艶めいた声が上がる。それを合図に、ぐつぐつとジーノが腰を動かしはじめる。

ソファが揺れ、結菜がジーノから離れないように必死で抱きつこうとしたが、ジーノが少し身体を離して結菜を見つめている。膝の上に乗っているからだろう。今は下にあるジーノを覗き込むと、ジーノの眉間に皺が寄っていた。

いつも無表情のくせして、今は余裕のない表情をしているのだ。眼鏡を掛けているのにあまりにも近くて、硝子越しに灰色の虹彩が見える。いつもだったら恥ずかしいその距離も、奥の瞳の色が情欲に溶けているように見えて、結菜は少し嬉しくなった。

「ジーノ……気持ちい……?」

思わずジーノの名前を口にしてしまう。それに答えようとジーノが口を開いたのを、結菜が塞いだ。

「……っ……」

思いがけない結菜からの反撃に、ジーノの瞳が開いた。そのまま結菜がジーノの口の中で、舌を這わせている。同時に、ひくん……と結菜の中が好い具合に収縮し、ジーノに吸い付いた。

「……く、は……、ユイナ……っ」

少し唇を離して、もう一度、今度はジーノから唇を重ねる。……とはいえ、もはやどちらから……などという順番など無意味だ。つながった下半身を欲望に任せて激しく揺さぶり、失った余裕を誤魔化す。

「んっ……あ、そんな激し……やっ……あっ」

「……っ……、ユイナ、もう……」

急に激しくなった動きに、結菜は一気に引っ張り上げられた。

「おく、……あ、当たって……」

ぐっ……と思いきりジーノが腰を引き付けてごりごりと動かし、最も奥を強引に抉る。その瞬間軽く達してしまい、だがジーノの動きは全く止まらず、容赦なく結菜を攻め立てた。

「む、り……そんなうごかさな、で……」

「動くな……など、…………無理……はっ、こちらですっ……」

「ジー、ノ……あ……ああ……」

「……ユイナ……っ」

結菜の身体が大きな愉悦に襲われて震えると、ジーノが奥で大きく爆ぜる。結菜の中がそれを飲み込むように、こくこくと脈打った。互いの荒々しい息は隠すことも出来ず、余韻に腰を揺らしながら、結菜がやがてジーノに体重を掛けた。

「ジーノ………………」

「ユイナ?」

何かを言われたような気がしてジーノは耳を澄ませたが、はふ……と呼吸を整えている結菜からはそれ以上は何も聞かれなかった。うっとりと心地よさそうなその表情を見つめていると、ジーノの心もまた心地よさに満たされていく。

愛する女の体温を胸に抱いて、ジーノも息を整える。

結菜の柔らかな身体を抱き締め、しばらくの間灰色の瞳を閉ざす。「ユイナ」……と女の名前を呼ぶジーノの口元が笑んだように動いたが、本人も結菜もそれを知らない。


食べ物でお遊びしてはいけません。