結菜が眼が覚ますと首筋に温かい吐息を感じた。「んんー……?」と意識を浮上させ、視線をめぐらせると見覚えのあるジーノの部屋のようだ。
「あれ?」
腕には昨日買ったばかりのぬいぐるみを抱えていて、自分は背中から腰に回された腕と絡まった足に拘束されている。背中に感じる男の胸と匂いはジーノのものだ。ぬいぐるみを抱えた結菜を抱えたジーノが、寝台の上に転がっているのだった。
どうやら結菜が寝ている間に召喚されてしまったらしい。
結菜はぬいぐるみを抱いたまま反転して、ジーノの方を向いた。ジーノはよく寝ているようで腕が少し緩んでいるため、身体の向きを変えるのは簡単だった。ジーノに向き合った結菜は、手を伸ばして男の長い灰色の髪を梳いてみた。
ジーノ……と名前を呼びかけて口を閉ざす。仕事で疲れているかもしれないから、起こしてしまってはかわいそうだ。それでも待ちくたびれた昨夜のことを思い出して、召喚されていたことに盛大に安堵した。
改めてジーノの寝顔を見てみる。
今は閉じている瞳だが、開くと切れ長で鋭い。遠慮など無しに真っ直ぐ見つめてくるので、その視線に落ち着いたり落ち着かなかったりする。でも嫌な気分ではない。頑固そうな眉と、すっと通った鼻梁、ぴくりとも動かない頬に、笑わない唇。その笑わない唇に結菜は指を持っていく。笑わなくても、この唇はいつも結菜を呼んで、結菜に愛情を込めた言葉を囁くのだ。
沙也加あたりが見たら、「結菜ってこんな男が趣味だっけ?」と聞いてきそうだなと結菜は笑った。
そんなことを考えていると、ぱくりと結菜の指がジーノに食べられた。
「あ、ジーノ、ちょっと」
「ん……」
慌てて結菜が指を引っ込めると追いかけることは無く、ジーノの瞳が開いて鋼色が結菜を捉えた。
「お、おはよう?」
「おはようございます、ユイナ」
淡々と言って、ジーノは結菜を抱く腕を強くした。
「……」
しかし、むにゅう……と柔らかな感触は期待した結菜の身体ではなく、毛の人形が押し潰された感触だ。ジーノの声が不機嫌に低くなる。
「ユイナ、この面妖な毛皮のかたまりが邪魔なのですが」
「えっ」
「どけていただけませんか?」
「えー……」
ぎゅうと抱き締めているのが心地よかったのに……と拗ねてみせると、信じられないことに、ジーノが、ふん……と鼻を鳴らした。ぬいぐるみの耳を乱暴に引っ張って結菜とジーノの間から取り出し、ぽい……と寝台の端に追いやってしまう。
「あ、折角ふかふかだったのに……」
「私はこちらの方がいいですよ。……ユイナ、昨夜は召喚が遅くなってすみませんでした」
名残惜しげに毛皮を目で追う結菜を強引にこちらに向かせて、その身体に腕をまわした。今度はジーノにぬいぐるみのように抱き締められて、こめかみや耳元に口付けを落とされる。ひとしきり撫で回されて慌てていると、少し身体を離してジーノが結菜を覗き込んだ。
視線を絡めていると、ジーノの側にいるのだと実感が沸いてほっとする。
「うん。待ちくたびれて、寝ちゃってた」
「待ちくたびれて?」
「今日遅いなって、待ってて……ジーノ?」
「待っていたのですか?」
「当たり前でしょう?」
「あたりまえ……」
ジーノの細く鋭い瞳が、僅かに持ち上がる。頬は相変わらず少しも動かず、ただ「そうですか」とジーノが息を吐くように言って、結菜の唇を塞いだ。何かを言いかけた結菜の唇は「んむ」とあまり可愛くない声を上げてしまったが、それを恥ずかしく思う前にジーノの手が動き始める。
幾度か大きく身体を往復していた指が、結菜の胸のふくらみの片方をつんと押した。唇を塞がれている結菜から声は上がらず、代わりにびくりと身体が震える。
それでも唇は離れずに、服の上から指でそこにぐるぐると触れ、はっきりと形を成してきたところを引っかく。その度に結菜の身体が震えて、堪えるようにジーノの背中にしがみついてきた。
びくびくと震える身体から嬌声を上げることすら許さずに、ジーノは執拗にそこばかり触れる。
やがて唇を離して、代わりに耳たぶに触れた。
「ユイナの胸。ここに触れるとすぐに硬くなりますね」
ジーノの冷静な声が吐息と一緒に耳に触れて、再び熱い感覚に背中を逸らしてしまう。しかしジーノのからかう様な言葉にムッとして、結菜も自分の唇をジーノの耳に這わせた。その途端に、ジーノの息が荒くなる。
「ん……ユイナ、あまり誘わないで下さい」
「だって、……わ、私ばっかり……気持ちい、みた、い、で……」
感じてるみたいで、恥ずかしいのに。それを聞いてジーノはほんの僅か首を傾げたが、唇を離して結菜を抱いている身体をひっくり返した。
「貴女を見ているだけで、気持ちいいですよ、ユイナ……でも」
「あっ」
「……そこまで言うなら、気持ちよくしてくれますか?」
体勢が逆になった。結菜の身体はジーノの腹の上に乗っていて、今度は下からジーノが真顔で結菜の髪に指を絡めている。
「ちょっと、ジーノ……?」
「ほら、ユイナ。貴女の好きにしてみてください」
ジーノは今下穿きだけ、という状態だ。結菜は困ったような表情をしていたが、身体を起こすとちらちらとジーノの様子を窺いながら、下穿きの上からそっと膨らみを撫でてみる。既にそこは熱く硬くなっていて、ジーノと眼が合うと「貴女のことを考えていたからですよ」と言われる。そうした率直な言葉に、結菜はいつも嬉しくなってしまうのだ。
結菜はジーノの下穿きに手を掛けて、それを下ろした。もちろん、既に張り詰めているジーノのものが姿を現して起き上がる。ジーノに足を動かしてもらって下穿きは完全に脱がぜると、結菜は大切なもののようにジーノのそれを丁寧に両手で包み込んで、先端にちゅう……と唇を付けた。
びく……とジーノの身体が強張ったのを感じて、そのままかぽりと口に含む。く……と奥まで入れて、吸い付くように上下させると「は……」とため息が聞こえた。結菜が視線だけ上げると、やや眉間に皺を寄せている様子と目が合う。
無表情のはずなのにどこか切なげに見えて、結菜の胸がぎゅ……と心地よく狭くなった。見てられなくなって、慌てて目を逸らすとジーノが上体を起こして結菜の耳元をやんわりと撫で始める。
舌を出して先を大きく舐めたり、段差を舌で包んでぐるりと動かす。先端のあちこちをそうして舐めていると「くう」と喉の奥から絡みつくようなジーノの声が聞こえた。手に持っていた部分を、下から上にかけて、つつ……と舌でなぞると「ユイナ……」と熱い声が聞こえてくる。どうしてだか、その声を聞いていると止められない。
「気持ちい……?」
「……ユイナ、あ、たり前でしょう。好きな女にされれば誰だって……」
好きな女……と言われて、ぽ……と結菜の頬が染まり、そのままぐ……と喉の奥まで咥え込んだ。くちゅくちゅと音を立てながら、激しく動かし始める。唐突なそれにジーノの下半身が急に脈打ち、弾けそうになった。慌ててジーノが腰を引き、結菜の顎を両手で支える。
「あっ……くっ……まちなさ、い、ユイナ……」
「ん……んん」
無理矢理引き抜かれて、ちゅるんと音がした。結菜の唇と雄の欲とが唾液の糸でつながり、それを見てジーノがこくりと喉を鳴らす。
「ユイナ、服を脱いで」
「えっ……」
「ほら、脱がせてあげましょう。腕を上げてください」
ジーノは結菜の身体を引き寄せると、長い丈のワンピースをたぐって、急いたように身体から抜いた。上の下着は既に脱がしてある。忙しないジーノの手が結菜の下着に掛かり、中を確認するように指で掬う。
「あっ……ん」
「ああ、もうこんなに溶けて……何時からですか? 足を抜いて……」
「そんなっ、の、知らな……ん……あっ」
くちり……と音を立てながら、ジーノの指が入り込んだ。掻き混ぜるように指を動かしながら、秘部を撫でているとさらに溢れる。ひとしきりそうやって撫でて結菜を啼かせてから、ジーノは下着を全て引き下ろした。結菜もそれにあわせて足を抜く。
裸の結菜を下から眺める。柔らかな胸も背中に垂れる髪も腰のくびれも全て見えて、いい眺めだ。
ジーノの鋼色の瞳が鋭くなった。相変わらずニコリともせず、だが両手で丁寧に大事に結菜の背中を抱き寄せて、自分の胸と結菜の胸を触れさせる。
「挿れてみてください、ユイナ」
「あ。わ、たし、が?」
「そうです、貴女が」
少しだけ躊躇って、やがて結菜は言われるままにジーノの中心に腰を宛がった。手を添えて支え、自分のその場所に先端を這わすのは相当恥ずかしかったけれど、嫌だとごねるタイミングではない気がした。だってジーノにも気持ちよくなって欲しい。もっともっとジーノの身体や声や息に触れたいし、ジーノが感じる場所を知りたい。
くぷん……と音がしたような気がして、粘液を掻き分けてジーノが結菜の膣内に入り込んだ。
「……は……ユイナっ……」
「あ、あ、……ジーノ……」
ゆっくりと結菜がジーノを挿れたまま、腰を持ち上げては落とす。先ほどまで結菜が口に咥えていたこともあって、そのもどかしい動きだけでジーノは限界が来そうだった。その限界を何度か無理矢理やりすごしながら、結菜の二の腕を掴んで自分に引き寄せる。
「ああん……っ」
ころんとジーノの身体の上に結菜がかぶさり、その腰をジーノが掴んで揺らし始めた。互いを擦り合わせる身体は温かくて、きつくて、溶けていて、心地よさで胸が痛い。結菜もジーノを追いかけるように動いて、互いの感じる部分を求め合った。
「ユイナ、今日は貴女が、可愛くて……もうっ……」
「ん、ん……ジーノ、あ、わたし、もっ……」
高みに向けて激しく動かし、落ちるような登るような感覚に襲われる。繋がっている部分が、きつく柔らかく密着した。きゅ……と結菜が締め付けて、ジーノがそこにどくりと吐き出す。身体の奥に熱い飛沫が広がるのを感じて、揺らす水音が一際高く粘着質になった。吐き出す鼓動はなかなか止まらず、吐き切るように何度も動かす。必死にすがりついてくる結菜が愛らしくて、ジーノの身体もそれに応える。
あまりの好さに離れる気になれず、深く繋がったまま寝台にころりと転がった。ぬくぬくと温かさを確かめ合っていると、中が擦れてきつくなる。
ジーノが堪えきれずに、再び結菜の奥を味わい始めた。
****
「ところでこの面妖な毛の人形は何なのですか?」
汗ばんだ互いの身体で寄り添っていると、ジーノが眼鏡を掛け直して結菜に問うた。ジーノの視線の先には、放り出されて寝台の隅っこでがっくりとうなだれているぬいぐるみがある。結菜はそれを引っ張って持ち上げてみる。
「熊のぬいぐるみ」
「クマノヌイグルミ?」
「……ええと……『クマ』っていう動物の、人形?」
「ユイナの世界にはこのような奇妙な色の動物がいるのですか?」
「ん、いや、人形だから、実際の熊はもっと凶暴な動物だし、毛皮は茶色よ」
「ああ。人形だからですか」
ジーノの世界にも人形は存在する。確かに子供が遊ぶ人形は、リアルな精巧さは求められておらず、子供が遊びやすいように柔らかく作られていた。しかし、こんな奇抜な色でこんな大きさでこんな訳の分からない形で、しかもこんな手触りのよいものは初めて見る。
「それにしても、奇妙な形ですね。ユイナの持ち物ですか?」
「うん。……昨日買ったばかりで……」
「なるほど。ユイナ、貴女はこのような人形が好きなのですか」
ふむ……と感心されて、結菜は慌てて首を振った。
「違う、違うの、だって何となく似てたから……!」
「似てた?」
く……とジーノが眼鏡を直して、結菜を見下ろす。言って「しまった」と思ったが遅い。「似てたとは何にですか誰にですか」と当然のように無表情で詰め寄られた。
「……あの、ジーノ、に」
「……私?」
真面目そうな瞳、意思の強そうな鼻筋、笑っても無ければ怒ってもいないフラットな口元、長い手、長い足。それに……
「ぎゅってしてみたら気持ちよかったから……」
「……」
「会えない間は……その、やっぱり寂しいし……」
まじまじとジーノが結菜を見ている。すう……と大きく息を吸って、ふう……と吐いた。相変わらず表情を変えないまま、ジーノは結菜の身体を抱き寄せる。
「ぎゅっと……というのは、こうして?」
「え、う、うん」
「参りましたね……」
結菜を口説く手立てなど放り出して、このまま離したくなくなってしまう。
「私もですよ、ユイナ」
「え?」
「私も貴女と会えない間は寂しくて、おかしくなってしまいそうです」
「ジーノ?」
「ずっとこうしていたい」
「……」
ジーノの無表情から紡がれる淡々とした声がひどく苦しそうで掠れていたから、結菜も素直に「うん」と答えた。こうしていたい……という気持ちは、少なくともたった今は本物だ。始まり方なんて未来から見たらどうでもいいことなのかもしれない。納得する心は自分の問題で。
うっとりと身を任せていると、「それにしても」とジーノが言った。
「ユイナには私の顔がこのように見えているのですか」
「えっ、ちが、違うわよ。いくらなんでも熊には見えてないわよ」
「クマというのがどのような動物かは知りませんが、少なくともクマノヌイグルミと同義に見えている……と」
「だから違うって、雰囲気よ、雰囲気。なんかこの無表情が、かわいい、無表情具合が!」
「かわいい無表情具合?」
ジーノが息を飲んだように黙った。まじまじと結菜を見ていて、結菜がそれを不審に思う頃にやっと瞬きをする。結菜の頬に自分の頬を寄せ、しばらくの間そうしていたが、やがて結菜の上に四つんばいになった。甘く不穏な空気を感じた結菜はジーノと自分の間にぬいぐるみを引き寄せる。「ユイナ……」とジーノの身体が覆いかぶさる前に、ぬいぐるみでブロックしたのだ。
「ユイナ、クマノヌイグルミが邪魔です。私は貴女に触れたいのですが」
「だって恥ずかしい!」
「どの辺りが恥ずかしかったのですか?」
「いい歳してぬいぐるみなんか買って!って思ったでしょう!」
「いい歳の定義がよく分かりませんが、クマノヌイグルミとやらは購入に年齢制限があるのですか?」
「ないけど!」
「ユイナ、これは邪魔です」
ぽい……とクマノヌイグルミが再び寝台の隅に追いやられて、ジーノの身体が結菜の上に重なった。肌がぴたりと触れ合い、何度目かの体温を味わう。
ジーノは自身の感情の起伏の少なさが、他人にどのように評価されているかも、揶揄されているかも知っている。そして少なくとも、結菜にとってジーノの無表情は嫌悪の対象ではないらしい。それどころか、ジーノと会うことの出来ない期間を(クマノヌイグルミを買うほど)寂しく思い、ほんのわずかでも一緒にいたいと思ってくれている。
ああ、大事な結菜。
なぜ異世界の女なのだろうか。
「ジーノ」
結菜の名前を呼ぶ前に、結菜がジーノを呼んだ。ぎゅうぎゅうとジーノに抱き付いて、身体に頬を寄せてくる。
どうして異世界の男性を好きになってしまったんだろう。
結菜がそんな風にぽつりと言ったが、その言葉は聞こえなかったまま。ひとまず今はクマノヌイグルミも不要で、ジーノは限りのある甘い時間を過ごすことに専念した。