西の大陸リフェイラの南、三方を海に囲まれた土地に位置する温暖な地方に、リュチアーノ王国という国がある。
魔に重きを置く西の文化にあって、南の穏やかな気候に住まうリュチアーノ王国の人間は比較的温厚で、どちらかというと平和慣れした保守的な人間だと言われている。
そうしたリュチアーノ王国を統べる王は、名をマルシュリオルスヴァルブランシュ・リュチアーノという。マルスは王族の割に遅くに出来た第一王子である。父である先代王はそろそろ隠居を考えるかという時期に病で亡くなり、マルスはわずか17歳で王となった。先代王が優秀で穏やかな王であったためによくそれと比較され、彼の人と為りが評価されることはまだ少ない。しかし王となってからここぞとばかりに擦り寄る奸臣に惑わされず、己の目と感覚で好しとした人物を積極的に側に置こうとするなどの姿勢は忠臣を引き寄せる。部下からもまずは合格点を与えられた、王としてはまだまだこれからの若者である。
そんな彼が王となり3年が経った。
先代の世は惜しまれたが、荒れた時勢に王として立ったわけではなかった。隣接する国が好戦的な時期ではなかったという幸運も重なり、穏やかな時勢に穏やかに代替わりした王である。いまだ安定とは言いがたいものの、騒然ともしていない国政において、次に王が望まれたものは子の存在だ。王はまだ20歳だったが、子がいることに越した事はない。先代王が王子を授かった時期が遅かったという事実も、王の種を望む側近らを焦らせた。
さて、王には王太子時代からの婚約者が一人あった。隣国ラシュテアの第3王女リュイナリアリウスウェイル・ラシュテアである。王太子時代、隣国へ遊学中に知り合った2つ歳下のリュナ王女を、マルスは自ら選んだ。本当は父である先代王が存命のうちに結婚するつもりだったのだが、王の代替わりによりそれも叶わず、若い王が立ったことにより内政がしばらく落ち着かなかったため、呼び寄せる事が叶わなかったのだ。
そのリュナ王女が正式にマルス王の元に妃として輿入れしたのは1年ほど前だ。マルス王の信頼できる部下に側近が代替わりし、身の回りに置く人物達をようやく掌握しつつあったころに迎え入れた。他国から呼び寄せた愛らしい王女は当時17歳。淡い赤金色の髪に翠色の瞳をしたリュナ王女は、マルスに近しい者には好意的に受け入れらた。
こうして結婚して1年。妃と王がそれはそれは仲睦まじいことは、もはやリュチアーノとラシュテアに住まう者であれば、宰相から市井の子供まで皆知っているほどになった。ことあるごとに自分の娘や孫を側室にと薦めて来る年寄りにうんざりし、妃を連れた夜会の場で「余にリュナ以外の女は要らぬ。リュナ以外の女は娶らぬ」とキレたのは有名な話だ。
夫婦仲の良いところ、特にマルス王がリュナ妃を目に入れても痛くないほど愛を注いでいる様子に、リュナ妃は当然のように子を求められた。
若く健全な身体に恵まれた夫婦が仲睦まじく過ごせば、すぐにも子供が出来るだろうと側近達は安心していたのである。
****
その日、マルスは執務室に1人の男を呼び寄せた。近衛騎士も侍従も退室させ、室内にはその男とマルス以外誰もいない。
「お呼びでしょうか」
男は媚びることもなければ責めることもない口調で、マルスを真っ直ぐ見つめていた。灰色の瞳からは実に何の表情も伺えず、王に対する敬愛や畏怖も読み取る事が出来ない。
彼はジノヴィヴァロージャワシリー・フルメル。 リュチアーノ王国次席王宮魔法使いである。
ジーノは、伸ばした灰色の髪を無造作に一つにまとめ、流行を全く気に留めていない青灰色の長衣を着ている、見ようによっては陰気な男だ。しかし、人の心を見透かすが如く真っ直ぐに相手を見つめるその視線には、強さを感じる事はあっても昏さを見つけることは全くない。ぴくりとも動かない顔の筋肉が、初見の者に陰気な印象を与えるのだろう。
相変わらず無表情な男だなと、いつもの感想をマルスは抱く。
ジーノの無表情はともすれば不敬だと見られがちだが、マルスは気にしていない。愛想が無いくらいであれば、王に対して何を不機嫌な顔をしているのだと咎めるべきだろうが、ジーノのそれは愛想が無いとか、そういう問題ではない。愛想が無いのではなく表情が無いのだ。それも変人かと思われるほどの領域で。
例えば魔法の模擬戦闘で敗北しても勝利しても、その顔に悔しい色も喜びの色も決して滲ませず、王にその功績を認められても口角を上げもしない。その性格上疎まれる事の方が多い男だが、嫌味程度では当然顔色など変える事は無く、激昂して罵倒されても何の表情も浮かばない。ジーノの師匠であり主席魔法使いのグレイ……グルレイスシュレデルゲート・ウェーバーなどの話によれば、夜会で女に誘惑されても微動だにせず、それに機嫌を悪くした女に悪し様に罵られても涼しい顔をしているそうだ。
何を考えているのか分からない男と当然評されているが、ジーノは一部の人間には信頼されている。そもそも始めから無い表情は読む必要が無い。もしかしたらその腹の底は相当黒いのかもしれないが、少なくとも胡散臭い笑顔で近付いて来る貴族やら、したり顔で口を出して来る老いた狸どもよりは、彼の仕事は誠実で真面目だ。
そんな変人ジーノに、マルスはとある相談をするつもりで呼び出した。
「実は、お前に相談と依頼をしたい」
「グレイ主席魔法使いではなく、私に……ですか」
ク……と人差し指で眼鏡の位置を直し、ジーノは小さく首を傾げる。マルスは大きく頷いた。
確かに王直々に魔法使いへと依頼を行うのであれば、ジーノの上司である主席魔法使いグレイを通すのが道理だろう。しかし、それが出来ない理由があった。
「グレイではなく、ジーノ、お前に……だ。内容が内容だけに、あまり多くの人間に知られたくはないし、その……余としても、軽々しく口にしにくい内容だからな」
「……」
マルスは落ち着かなさげに視線をきょろきょろと移ろわせた後、いつもの王としての気難しい表情ではなく、どこか頼りなげな若い視線をジーノに向けた。もちろんジーノの顔には何も浮かばないが、ただ淡々と切羽詰まったようなマルスの視線を受け止めている。
その様子に、マルスはほっとする。
悩みを打ち明けるにあたり、必要な条件は2つだ。決して口外しないこと。そしてもう一つは、決して驚いたり躊躇ったりしないこと……つまり無表情を維持しておいてくれることだ。マルスにとって非常に個人的でデリケートな問題を含み、それについて表情豊かに言及されると居たたまれない内容なのである。
マルスは思い切って、話し始めた。
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「実は、余とリュナのことなのだが……」
「王妃殿下ですか」
うむ……とマルスは頷く。
マルスはリュナと14歳の頃に出会った。第三王女のリュナは、美しく気高い姉達に比べて控えめで淑やかな少女だった。美しいドレスや宝石を選ぶよりも美しい花を育てることを好み、夜会で社交を楽しむよりも刺繍や読書に喜びを見いだすような、そんな大人しやかな愛らしい少女にマルスは幼い恋を覚えた。
とはいえマルスは遊学中の身。自国に戻らねばならず、彼女を連れ帰るわけにもいかない。ここで幼い恋心ははかなく消えるかと思われた。
しかし自国に戻り王太子としての職務に忙しく立ち回りながら、いつも思い出すのはリュナの笑顔だった。忘れる事など到底出来ず、社交の場で女性に声を掛けられる度に愛らしいリュナの表情と比べてしまう。
離れているうちにリュナとの縁が切れてしまうかもしれないと思うと居ても立ってもいられず、マルスは暇を見つけては魔法の手紙をしたためて、リュナの喜びそうな小さな贈り物を贈り続けた。リュナもまたマルスに心を込めた贈り物と手紙を返してくれた。リュナからの返事はもちろん脳内でリュナの声で再生され、夢にまで出て来るほどだ。
こんな2人であったから、マルスとリュナの婚約が整うのにそう時間はかからなかった。隣国とは古くから友好的な関係を続けて来た相手であるし、王女と王太子であれば身分的にも申し分ない。
しかし婚約を発表してしばらくした後、マルスの父が亡くなり王の代替わりが行われた。
王妃に関しては、急ぎ迎えるべきであるという意見と、今は王自身の基盤固めに集中すべきであると二つに別れ、マルスはリュナに会いたい思いを我慢して後者を選んだのだ。
そうして、マルスとリュナが出会って3年。
隣国での1年を仲良く清く過ごした後に離ればなれになり、婚約者として2年間もの間文通を交わし、リュナはどれほどかわいくなっているだろうと夢想し、何かしらの行事があれば半年に1度ほど顔を合わせてはその夢想の正しい事を確認し、その間マルスも大人になり、純真な恋心がどことなく悶々とした情熱に変わった頃、ようやくリュナを迎えた訳である。
で、1年。
たった今、マルスの熱は年齢的にも上昇気流で、そんな様子は周囲にも思い切り知られている。まるで市井の夫婦のように、毎日同衾している仲の良さがあれば懐妊するのは時間の問題かと思われた。
しかし。
「お前も知っているだろうが、我々にはまだ子が居ない」
「存じております」
そう。未だリュナには懐妊の兆しが見られないのだ。マルスはがっくりとうなだれ、深いため息を吐いて頭を抱えた。
「侍医に相談したのだが、……精神的なものではないのか、と」
「精神的なものですか」
マルスは頷く。ジーノに向けて頷くというより、事実を自分自身が確認するかのように、どこか遠い目をしながら言葉を選ぶ。
「あれは控えめでおとなしい性格だ。慣れぬリュチアーノに嫁いで我慢させていることも多々あるだろうが、それを言い出せぬのやもしれぬ」
もとよりリュナは王の外戚を狙っている貴族どもには疎ましがられている。1年経過し子が出来ぬとあれば、それを責める声も大きくなるだろう。子が出来ぬ要因は女だけとは限らないが、こうした問題は往々にして女に責任を求められがちだ。
それを安心させるのはマルスの仕事だが、侍医はそれに対して厳しい意見を述べた。
「それに、その、……あれに子が出来ぬのは、未だ余を信頼して身体を預けておらぬのではないか、と」
「身体」
「わ、わか、分かるだろう」
「ああ」
淡々と反芻し頷くジーノに、マルスが顔を真っ赤にする。
「しかし、陛下と王妃殿下は仲が非常によろしいとお見受けしていますが?」
「うん……」
マルスがわずかに俯く。こんな話をしたのは侍医とジーノが初めてだ。侍医は古くから王城に仕える白いひげの固まりのような好々爺で、その妻が女性専門の医者だった。その老夫婦からマルスは散々責められたのを思い出した。
「その、仲がよいというか、余が一方的なのではないか、と」
「一方的? 同意無し、無理矢理、という意味ですか?」
「ち、ち、違う! ……いや、分からぬ……」
慌てて首を振ったが、途中で自信を失ったようにマルスはしおらしくなった。身体を小さくして項垂れる。
「余も、……女はあれが、初めてで」
「ふむ」
「やり方を知ったとて、それがリュナを悦ばせているかどうかは自信が無い」
「よい傾向ですな」
「よい傾向?」
「自信満々で間違った扱いをするよりは、よほどよろしいでしょう」
「そ、そうか」
「しかし、陛下がそのように考える、ということは、わずかにでも思い当たる節があるのですか?」
褒められた生徒のようにぱあ!と顔を輝かせたが、すぐにマルスはしょんぼりと肩を落とした。思い当たる節……ありすぎて困るというのが本音だ。
「あるのですね」
今度は親指と薬指で両端を押さえて眼鏡を押し上げ、マルスに続きを促す。やはりその間、ジーノの顔は表情を変えず、しかもまだ本題に入っていないというのに、それを急かしたりもしない。やはりこの男に相談を持ちかけてよかったと、マルスは続ける。
「ある。……余は、毎晩リュナを疲れさせてしまう」
つまり、マルスはリュナ可愛さに毎晩毎晩無理をさせてしまうのだ。17歳から18歳、ほころびかけた花が徐々に美しい大人の女に開花していく頃合いである。おとなしく少女らしい可愛らしさは、落ち着きのある凛とした気品に変わり、マルスをいつも夢中にさせた。つまり抱いても抱いても飽きなくて、ついついもっともっとと求めてしまうのだ。
「はあ。なるほど」
「リュナは、最後にはおとなしくなるが、1年も経つというのに恥ずかしがって、いつもその、余に身をゆだねる、ということが無い、気がする。余もそれで焦って、」
ついつい押さえ込んだり、我を忘れたりしてしまうのだ。
かといって、リュナの元に通わないとか少し間を空けるなどということは考えられない。しかもそんなことをすれば、とうとうマルスがリュナに飽きたかなどと詮無い噂を流され、つけこまれるか分からない。
「それで、……お前に頼みがあるのだ」
「この流れで、私に頼みごとですか」
「お前にしか、頼めない」
神妙に頷いた。普通なら王にここまで言わせれば、臣下もまた神妙になろうというものだろうが、ジーノは座った時の姿勢のまま、それこそお茶が入るのを待っているかのような余裕っぷりで微動だにしない。
もちろん、それを承知でジーノを呼んだマルスは、いよいよ本題を口にした。
「ジーノ。……お前の魔具作成の発想とその腕を見込んで、頼みたい」
「なんでございましょう」
「余の妃が、余に身も心も開くような魔具を作ってはくれないだろうか」
「……」
そのときマルスは、ジーノの眉間にかすかに皺が寄るのを初めて見た。
****
「困りましたね」
王の下を退室したまま己の研究室には戻らず自宅へ直帰したジーノは、書斎に置いた椅子に深く腰掛け、珍しく途方に暮れた声を出した。
マルス王の悩みは理解した。リュナ王妃が懐妊しない理由とそれが直結するとも思えないし、単純に子が出来るか出来ないか、という問題でもなさそうだ。愛する女と誠に心の通った性交が出来ない、というのが本当の悩みなのだろう。
しかしそれをジーノに解決せよと言われたところで、どうしろというのか。
これでジーノが女を籠絡する技術に長けているとか、女心を正しく理解しているとか、そんな男であればまだ何か思いついたかもしれない。しかし、ジーノは自分自身がそのような男女間の色事から最も遠いところに居る人間だということを知っている。むしろ師匠のグレイなどの方が、道具などを使わず適切な助言を与える事が出来るだろうに。
もちろんジーノは最初は断った。さらには、主席魔法使いのグレイに助言を求めた方が良いとも言った。しかしマルスはそれをよしとはしなかった。グレイのやり方は女の扱いに長けた人間がやれば巧くいくが、自分がリュナに対してやっても巧くいかないという。夜会で女を追い払う話術は参考になるが、たった1人の本命にたった1本の花を贈る時の言葉は教えてくれなかった。
また、媚薬や酒などを使って心や身体を弱らせた隙に付け入ることもしたくはないのだという。よからぬ輩からよからぬ筋のものが口に入るとも限らず、飲ませるようなものは出来るだけ使いたくないと。
『好きな女と身も心も心地よいと思いたいだけなんだ。ジーノ、お前も男ならば分かるだろう』
そう言われた言葉を思い出す。
……が、残念ながらジーノは女に対していまだにそこまでの心境に至った事は無い。これでもマルスよりは7年余分に生きているが、恋愛事情はマルスと比べてよいとは言い難い。ジーノにとって女の身体とは決まった箇所に触れれば決まった反応を示すもので、己の性的欲望もそれと似たようなものだった。
これまでジーノは依頼された魔具について、これほどまでに「全く何から始めればいいのか分からない」という事態に陥った事は無かった。誰もが思いつかないような魔力の配合を施したり、魔と相性の悪い素材を敢えて使用したり、そのような奇天烈な方法を選んで来た事はあったが、今回は手の付け所すらも想像が付かない。
しかし、だからといって一度引き受けたものを諦める……というのもまた、ジーノの矜持に反するのだ。
それにジーノも知りたかった。そうした道具が本当にあるのか。あるとすればどのようなものなのか。
この世には、自分達が住む世界とは全くことなる界がいくつも存在するという。あるいはそのいくつも存在する界の中に、ジーノや王の求める道具があるかもしれない。
「召喚……」
召喚……という魔法の技術がある。本来は、遠くに存在する己の道具を呼び寄せるために使う魔法のことだ。自分の呼び寄せたいものと呼び寄せたい願いを強く陣に込めて、空間を超えて手元に引き寄せる。呼び寄せたいものの姿を綿密に知っているか、呼び出したいものの座標を正しく魔法的に把握することが重要で、大抵は呼び寄せたいものに自分の魔力を付与させておいて使用する。これを応用できないだろうか。
呼び寄せたいものがそもそも己の中に「無」の状態であるから、姿を想像する事は出来ず、魔力が付随しているはずもない。
それならば、後は「願う」しかない。
幸いなことに願いははっきりしていた。すなわち「国王マルスと妃リュナが、夜伽の際に互いに身も心も開くことが出来るような道具」である。
そのようなものが召喚の糸に引っかかるなど、ジーノ自身も思ってはいなかった。あくまでもそれは1つの方法で、全てでは無い。しかし、少しずつ願いを変えれば、いつか何かしらヒントになるようなものを見出す事が出来るかもしれない。
ジーノは考え方を改め、魔具の設計ではなく召喚陣の設計に心血を注いだ。方向性や形が決まっているのならば、後は手と頭を動かすだけである。難易度がどれほど高かろうが、どれほど複雑な陣であろうが、やることの決まったジーノに迷いは無い。
こうして召喚の陣を組むのに、ゆうに10日は掛かった。
陣を組んでいるとき、時折考える事があった。
王はジーノにこうした道具を依頼するほど妃との仲を思い悩み、妃と共に心地よい時間を過ごすことを望んでいるが、自分はそうした思いを抱いた事が全くない。いつか、そのような女が……離したくない、心地よい時間を過ごしたい、求められ、求め合うような女が現れるのだろうか。
「全く想像が付きませんね」
それがどのような存在なのか、ジーノには全く想像が付かない。愛や恋、言葉は知っているし、意味も知っている。ジーノも健全な男であるから女に触れたことはあるが、かといって心を騒がせた事は無い。
「まあ、私には関係のない事です。今は、王の願いを」
眼鏡の奥の灰色の瞳を閉ざし、ジーノは組んだ魔法陣の上に手をかざした。願いのままに呪文を唱え、構築した全ての仕組みに魔力を注いでいく。
驚くべき事に、どこかにつながったようだ。界の境界を探れば、それが開かれた感覚を覚える。
ジーノは魔法陣が触れた「何か」に思い切り魔力を絡め、こちらの界に一気に引き寄せた。
ぽすん。
ばふっ。
予想外に大きな物量が背後に落ちた様子に、ジーノは振り返る。
そしてジーノは初めて思い知るのだ。
離したくない、心地よい時間を過ごしたい、求められ、求め合うような女……それが自分自身の心と身体に与える影響。それらの物理的なもの、心理的なもの、全てがどのように己を騒がせ、どのように己を焦らせ、己に喜びを教え、時に不安や恐怖を覚え、それ以上に得も言われぬ幸福を与えてくれるのかということを。